襲撃者
逸見は、ズボンのポケットから煙草とライターを取り出した。
そのまま煙草をくわえ火を つけようとした時だ。木と木の物陰に人の姿が見えた。
1人は、銃を構えた男でもう一人の額にその銃を構えている。
銃を向けられている人は、うすぼんやりとしか見えないが自分と同じくらいの少女だろう。
とっさにその状況を理解することは出来なかった。
しかし、今にも撃たれそうな少女は木 に背を預けた状態で震えていた。
少女と自分の距離はおよそ 100m。
別に助ける必要はないが逸見の右腕は早かった。
とっさに自分の胸ポケットにあったルビーにライターの熱を移送させた。
その熱エネルギーを運動エネルギーにし、銃めがけて投げつけた。
ルビーは、一 瞬にして男の銃にぶつかり、その勢いで手から離れていった。
ルビーは、銃が物陰へ飛んで 落ちる時にはもう逸見の手に納まっていた。
銃をなくした男は、不意な現象に理解が及ばないのか数秒ほどその場に突っ立ったままだ。
その後、何を思ったのか自分の服にあるポケットに手を突っ込み始めた。
逸見は、その男の方へ走りながらルビーを男の腕へと投げつける
そこでやっと我に返っ たのか少女は逸見の方へと走り出した。
ルビーは男の腕に当たり、また逸見の手に納まる。
男は、ルビーによって打撲した右腕をかばいながら左手をポケットに突っ込む。
少女は、木と木の物陰から並木通りへと走っている。
逸見は、もう一度ルビーを男へ投げ つけた。
「こっちだ!」
と逸見は少女に叫び、少女もその声にこたえるようにこちらへと向かっ てくる。
ルビーはたまたましゃがみこんだ男の頭にぶつかり、左手をポケットへ突っ込んだまま その場へ倒れこんだ。
「大丈夫?」
と聞いた逸見の問いに少女は、無言でうなずいた。
とにかくこの場から離れようと思い、逸見は、師匠たちの待つスミソニア博物館へ移動した。
博物館の裏手から表の玄関通りへと二人は、歩いていく。
襲われた相手の右手には レジティマ タトゥー があった。
少女の表情をうかがう限り、襲われたのは今日が初めてだろう。
理由 はよく分からないが、少女も魔術に関係する人だ。
多分だが、協会に保護されるのが一番の策だと逸見は感じた。
「とにかく、博物館の中へ入ろう」
と逸見は少女を促した。
しかし、少女は、ポツリと
「行かない」
とだけ言った。
その一言で、逸見は、協会を裏切ったもしくは裏切られた人のどちらかだろうと感じ、
「行く当てはあるの?」
と聞き返した。
「私の実家があるデバーならたぶん・・」
少女の言うたぶんが、どういう意味なのか分からないが、逸見は今の状況のおおよそ見当がついた。
少女は、実家がアメリカということは、れっきとしたアザリア協会の人間だ。
協会を 裏切った場合、秘密の暴露や、嘘の情報流出などが挙げられる。
しかし、逸見の見定める限 り、嘘をつくような人ではない
なら、割合として、協会に裏切られたと考えるのが妥当だ ろう。
とここで、逸見は自分の素性を知らせていないことに気づいた。
少女としても、助けられた相手が、どこの誰か分からないのは不安要素の一つとなるだろう。
「ごめん、僕は上総魔術教会の逸見藍輝と言います」
少女は、少しアザリア協会の者ではないことにほっとしたのか、
「 イリス・バリオン・サ フィア です」
とだけ答えた。
二人は、そのまま博物館の玄関前の広場へと着き、無言のままスミソニア駅へと歩み始めた。
公園には、人が誰一人いなく、木々のさえずりが聞こえるだけだ。二人は博物館を背に大通りへと歩いていく。
「なぜ、死んでいない」
と、背後から声がしたと同時に熱い熱源が二人の間を一瞬にして通り過ぎた。
逸見は、一瞬先ほどの男かと思ったが、その声に聞き覚えがあった。
逸見は、イリスをか ばうように振り向きオーディオを睨んだ。
そう、目の前にはスーツ姿の オーディオ・スクエア・アルマース が立っていたのだ。
「やばいな」
と逸見は呟き、その場に立ち止まった。
ここスミソニア博物館は、大きな結界がタンザナイトにより形成されている。
しかも、その結界内で一番権力のある人物が、目の前にいるオーディオだ。
当然、逸見よりも魔術師としてのレベルははるかに上だろう。
この状況で逸見には逃げるという手段も許されないし、それはイリスにもいえることだ。
オーディオは、この状況を理解しているのかゆっくりとこちらへ向かってきた。
「上総魔術協会の方が、助けたのですね。まぁ、いいでしょう。本当は私の手で殺したかっ たので」
オーディオは、不敵な笑みをしたままこちらへ向かってくる。
多分、この状況では、逸見自身も殺す対象となっているだろう。
逸見としては、戦いで対処するのではなく、言葉で対処するしか術はない。
イリスは、逸見の背中で直立したまま震えていた。
「なぜ、彼女を殺そうとするのですか」
逸見は、少しでも時間を稼ぐためゆっくりと丁寧に質問した。
「お前には、関係のない話だ」
オーディオは、逸見の言葉に目もくれず少しずつ近づいて来る。
「私には、あなたがイリスを殺す理由が思いつかないのですが」
「お前が思いつかなくても、私には殺す権利がある」
ルビー
熱力学における第二種永久機関を一時的に可能にする。これにより、砂漠の熱源を利用した乗り物や海の熱源による船の航行ができる。魔術師の技量で応用例に差がある。