信貴山城 偽りの大火
某インターネットラジオに投稿したラジオドラマ脚本になります。
お目通し頂ける皆様におかれましては、小説とは異なる表現が有りますこと何卒ご容赦下さい。
信貴山城 ――偽りの大火――
登場人物(四名)
・松永久秀……信貴山城城主
・松永久通……久秀の嫡男
・松永方伝令
・佐久間信盛の使者
戦乱の大火がまた一つ、大和の山城を焼き尽くした。
信貴山城――乱世の梟雄が散ったこの城には一つの逸話がある。
落城のおり、城主松永久秀が愛用する茶釜に火薬を込め戦国史上類を見ない爆死を遂げたのだ。
天正五年十月。織田信長より京を追われた将軍、足利義昭は文に端を発し俗に第三次信長包囲網と呼ばれる戦線があった。これ名を連ねる諸大名の中に松永久秀の名がある。
織田勢が毛利・上杉・本願寺にと兵を割く中、手薄になった畿内大和にあった埋伏の猛毒。しかし戦火は僅か五日を以て鎮静に至った。
城に籠もるは松永勢八千。対して囲うは織田勢四万の軍勢。
信貴山城はこの大軍に対し一時は優勢をとった堅城であるが、ある綻びにより落城の窮地に至り、久秀が籠もる天守櫓へ和議の使者が送られる運びと相成った。
天守櫓最上階、上座に座る松永久秀の傍らで嫡男久通は格子戸より織田の軍勢を眺望していた。
久通「梅鉢・三引両・五三桐・桔梗紋・細川九曜・丹羽直違……それに織田木瓜。錚々(そうそう)たる旗触れですなぁ。これも父上の悪名――いえ功名でしょうや? なんでも総大将は織田の嫡男殿が直々に務めておるとか」
久秀「どこぞの愚息と違って頼もしい世継ぎだのう」
久通「(笑い声)これはしたり。藪蛇でございましたな」
(足音)
伝令「伝令にございます!佐久間旗下、和議の使者が参ってございます」
久秀「……信盛殿の使者か。通せ」
伝令「ハッ!」
挙兵以前、松永家は佐久間信盛の与力であり、責任から交渉に当たるのは順当のものだった。
しかし久秀はこの将、佐久間信盛に対しては晴らせぬ恨みが根深くあった。
使者「信長様より和議の条件を記した書状をお持ちしました」
久通「この期に及んで和議とは異なことを。質で斬られた孫の横に首を晒せとでも?」
久秀「悪態を申すでないわ。書状を拝見しよう……ふむ……」
使者「返答は明日まで待つとの仰せです」
久秀「及ばん。伝えい。平蜘蛛も我らの首も渡すつもりはない。これより家中のたまぐすりを集めたるこの間に火を放ちますゆえ、どうか飛散する天守の礫に気を付けめされい」
和議の条件とは、開城の後に愛用する茶釜「古天明平蜘蛛」を差し出せとの内容だった。
久秀はこの条件を跳ね除けたとされる。
久通「宜しかったので? 茶器一つで再起も叶ったものを」
久秀「……ならば訊くが、このさき信長を討つ事が出来ると思うか?」
久通「難しいでしょうな。天の時と地の利を得た我らの敗因は人の和、森好久の寝返りでございます。更には織田包囲網瓦解の一端、北条が越後を攻め上杉の戦線を後退させたのは織田の手引とか。戦に政治に全く見事な完敗にございますな!」
久秀「明け透けに言うでないわ」
久通「いいえこの際言わせて貰いましょう。そもそも父上は弱いのです。三好三人衆との政争に破れ、筒井に大和守護を追われ、義継様の仇である佐久間の与力となり、多聞山城を奪われ、時流を読めず家臣にすら見放されたのです。残ったものと言えば天下一の悪名のみですな!」
久秀「なるほど。ではこの首を手土産に織田に下ったらどうだ? 力なき主君にとって代わるは戦国のならいであろう」
久通「いえいえ。私は父上に似て時流が読めず、三好を支え続けた父上の如き忠義に厚い愚息ですので」
久秀「……だから何時まで経っても家督を譲れんのじゃバカタレ(小声)」
久通「……父上。こっちへ来て外をご覧下さい。面白い物が見えますよ」
久秀「はぁ……なんじゃい?」
久通「織田の包囲が遠巻きになっておりますよ。(笑い声)まさしく父上の言いつけ通りに!」
久秀「全く馬鹿者どもが。たまぐすりを幾ら用意しても天守が吹き飛ぶ訳がなかろうが」
久通「これも父上の功名でしょうな! あの松永弾正ならやりかねぬと!」
久秀「……フン。おかげで心残りが出来たわ」
久通「おや? ではもう一度織田に下ってみますか?」
久秀「たわけが。まこと天守を吹き飛ばすたまぐすりを作っておけば目にもの見せてやれたと悔やんだだまでよ!」
この日、大和の国信貴山城は戦火により灰燼に帰した。
説話に名高き松永久秀の爆死は後世の創作であり、自刃ののち首級は安土へ、遺体は筒井家当主・順慶によって奈良県北葛城郡王寺町にある達磨寺に葬ったとされている。
しかし、その悪の大火が浮かべた幻影は、今なお広く鮮明に語り継がれこんにちに至るのである。