7話 : 王の衣
「して、リィナよ。なぜお主コウと一緒にいたのじゃ?同じフィールドにいたからもしや、とは思っていたがの。」
ヨミの説教(?)がひと段落すると、今度はリィナに話題を振る。まだポップアップをしげしげと眺めていた彼女は反応し、ことの始まりから顛末までを話し出す。
「お主にしては珍しいの。効率の良いレベリングはそなたの専売特許であろうに。」
「慣れない職で少々焦ってしまいました。」
またもや小さく舌を出し、可愛らしく自分の頭を小突くリィナ。ヨミが言うように、彼女はレベリング効率を突き詰めており、他者の追随を許さない。そのため、彼女のレベルは、アップデート直後のタイミングというのに、コウ達と比較して数レベルの差を持っている。だが、そんな彼女も聖騎士のジョブでは今までと戦闘スタイルが大きく異なってしまうため、今日のようなモンスタートレインを引き起こしてしまったらしい。
「それはそうと、コウ君、1つお願いがあるんですけど。」
「ん?どうした?」
ヨミの小言も終わったため、コウは取り出したアイテム、『猫じゃらし』でタマと遊んでいた。ちなみにこのアイテムは、これで遊ぶことにより、タマのスタミナを僅かにだが増やすことができる。そのため、戦闘にこそ出ていなかったコウだが、他のステータスアップのアイテムを含めて、タマの強化は日常的に行っていた。だが、次のリィナの言葉に手を止める。
「私と次のイベントでパーティーを組みませんか?」
「へ?」
思わぬ誘いに、猫じゃらしを持った手が止まる。ちょうど高い位置で止めてしまったため、タマがぴょんぴょんと跳ねて掴もうとするが、高さが足りない。少し怒ったのか、コウの膝をテシテシ叩きだす。
「ダメじゃダメじゃ。コウは妾と既に組むことを約束しておるのじゃ。」
ヨミが遮る。ヨミとリィナは同じギルドメンバーであり、メンバー全員が聖獣の入手を目指しているため、メンバー同士で組まない方針になっている。そのため、ヨミが反対したのだ。
「やっぱりヨミちゃんが組んでましたか…。たぶんヨミちゃん、これ知ってたんですよね?」
そう言ってリィナが見せたのは、彼女が先ほどまで見ていた、攻略サイトの限定公開情報のページ。項目は【魔物ノ王】である。そのページには、コウの戦闘風景が動画で掲載されている。しかも、ジョブに関する情報が追加で載っている。
『【魔物ノ王】は【王の器】スキルを発動しない限り、テイムコストは1しか持たない。転職条件を考えると、初期モンスター以外の手持ちはいないはずである。*考察: モンスターコストが他職と異なるため、実質【魔物ノ王】は他職の条件を達成していても、転職は不可能である可能性がある。』と、ドンピシャの情報が書かれていた。しかも、考察の内容に至っては、コウ自身が考えてもいなかった事である。しかし、テイムコストの件は、ヨミにしか話しておらず、どこから情報が漏れたのか不明だった。
「つまり、コウ君は聖獣と出会ってもテイムできない。ならば一緒に行動すれば、戦力が増える上に聖獣を譲ってもらいやすいってことですよね?いいなぁいいなぁ。ヨミちゃんばっかりズルいです。…コウ君、私もパーティーに入っちゃだめですか?」
「ズルいとは人聞きの悪いことを言いおる…。妾とコウはお互いに交換条件を出し合った上で組んでおるのじゃ。」
リィナがコウとパーティーに加わる理由は聖獣の入手に他ならない。コウはともかく、ヨミにはデメリットしかないため、断固拒否を続ける。
「私もヨミちゃんと同じ条件ならどうですか?それに私、ヒーラーで行けます。今の2人だと、支援と回復役がいないんじゃないですか?」
「む…、まぁその通りじゃ。」
実際のところ、ヨミは支援と回復はコウの作成するアイテムで補うつもりだった。しかし、彼のアイテムでも、本職の支援バフや回復スキルに及ばない。さらに、リィナの支援職としての技量やパターンは同じギルドメンバーとして熟知していているため、聖獣の入手と攻略の安定性の天秤がゆらゆらと揺れ始める。
「そうですね…、コウ君、ヨミちゃんとはどんな条件でパーティーを組んでるんですか?」
むむむ、と悩み始めたヨミを横目に、リィナはコウに話しかける。
「聖獣のテイム権の代わりに、道中の素材アイテムと、イベント報酬は全部俺がもらうことになってる。」
「なるほどー。なら私はそれに追加して、天使系の聖獣じゃなければ、テイム権放棄するっていうのはどうですか?これならヨミちゃんにもメリットありますよね?」
ここにきて、ヨミもようやく折れるのだった。コウもヨミがそれでいいなら、とリィナのパーティー加入に同意する。そもそも彼には彼女が参加することにデメリットはなかったのだから。すぐに、リィナは誰かにメッセージを送る。
「あ、ギルマスさんも『ヨミ姫の同意があるなら構わない』だそうです!」
「のう、リィナよ。お主なぜ妾たちのパーティー参加にこだわる?」
お主なら支援職として引く手数多じゃろ?とヨミは問いかける。その上、聖獣という強いモンスターを連れているのだ。
「えとですね、…その、コウ君に一目惚れしちゃって。きゃっ(//∇//)」
顔に手を当て、そっぽを向くリィナ。だが、ヨミはジト目でそんな彼女を見てため息をつく。
「リィナ、そんな見え透いた嘘は言わなくて結構じゃ。…これ、コウ!お主もデレデレするでないっ!」
「し、してねぇよ!」
そんな双子のやりとりを見て、リィナはクスクス笑う。
「実のところ、私困ってたんです。ヒーラーだと火力は低くてイベント攻略は困難だし、フレンドさんは皆さん聖獣持ってないので、パーティーに入るに気が引けて…。それで、戦闘向きの聖騎士ならいけるかなって思ってたんですけど、やっぱりうまくいかなくて…。でもでも、そのおかげでコウ君に偶然出会えて本当にラッキーでした。…ちなみに、あの時はコウ君もヨミちゃんみたいなロールプレイをしてたんですか?」
リィナの言葉に、スキルを発動させた時のことを思い出し、悶えるコウ。その後、あれはスキルの副作用みたいなものだ、と説明するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リィナとの邂逅から数日、コウはレベリングがてら様々なフィールドに繰り出していた。目的はアイテム集め。彼のレベルアップに伴い、1つの生産系スキルが解放されたのだ。
スキル名は【王の衣】。スキル詳細には、『【魔物ノ王】専用の外見防具を製作/装備できる』と書かれていた。攻略サイトで最近更新された情報の中に、生産系の2次職で外見防具を製作するスキルが開放されたという情報があり、それに類似するものだろうとコウは考えていた。また、彼の防具は、能力防具こそワイバーンの素材で作った中級装備だが、外見防具は初期装備のままである。ヨミやリィナが聖獣から得られる専用品のため、少し羨ましく思っていたこともあり、イベントまでに作ろうと頑張っていた。
ちなみに、コウが初めて王の衣のスキルを選択した時、『装備がインベントリにありません。もしくは未製作です。』とシステムメッセージが出た。そして、防具のレシピが出現する。レシピには『以下の素材及び、黒龍のブレス・猫の足跡によって完成します。』と表記されており、素材リストが併記されていた。
とりあえず、素材リストに載っているものから揃えはじめたコウ。一部入手方法が不明な素材はあったが、カイトの攻略サイトに情報をもとに、数日であらかた揃えることができた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほれ、コウ。お主が言っておった素材じゃ。」
ヨミがトレード機能で、『大蛇の革』をコウに送る。一方のコウは、ポーションや寄せの香といったアイテムをヨミに渡す。
「サンキュー。これでとりあえず素材は揃った。」
「よいよい。妾もお主の作るアイテムには助けられておる。それにしても、いつになく素材の種類が多いの。【王の衣】じゃったか?」
頷いたコウは、集めた素材をインベントリから取り出し並べる。そして、【王の衣】スキルを発動した。すると、アイテムはみるみるうちに変化し、一着の服となる。
それは、灰色の軽鎧の付いた狩人が着るような服だった。初期装備の外見防具に比べれば、少し豪華になったといえる。出来上がった装備品を確認するが、特に追加効果はないようである。
「どうじゃった?」
「特に追加効果はないから、ただ外見を変えるだけのアイテムらしい。」
「ほぉん、結構レアな素材も使っておった割には、しけた装備じゃの。」
確かにヨミの言う通り、使っている素材の中にはレアリティの高い物もある。それに対してできたアイテムが見合っていないと彼女は言いたいのだろう。だが、コウはこのアイテムにはまだ足りなものがあることを自覚していた。
「『黒龍のブレス』と『猫の足跡』が必要らしいんだが、そんなアイテムあるか?」
「聞いたことがないの…。じゃが、黒龍と言ったら火山フィールドボスのことじゃろうな。」
攻略サイトにも載っていないアイテム。だが、黒龍というモンスターは存在するとのことだった。
「あやつはワイバーンより強いぞ。妾もアップデート前に行ったが、当時は4人パーティーでもギリギリじゃ。」
ヨミはユニコーンを手に入れ、円卓の聖騎士に加入した後、ギルドメンバーとともに各フィールドを攻略していた。当時実装されていた各地のボスモンスターは一通り攻略した実績はあるらしく、コウにとっては有力な情報となった。
「もしかしたら今回のアップデートで追加されたアイテムかもな。ヨミ、今度都合のつく時に黒龍の討伐手伝ってくれるか?」
「よいぞ。じゃが、あの時より妾も強くなってるとは言え、2人ではちと難かしいかも知れぬの。」
ヨミが顎に手を当て、少し考えるような素振りをする。
「リィナを呼ぶとするか。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヨミちゃん呼んでくれてありがとう。コウ君もお久しぶりです。」
後日、リィナを含めた3人は、パーティーを組んで黒龍討伐に赴くため、街の入り口に集合していた。最近は2次職による外見防具の生産が可能となったためか、以前よりも派手な格好をするプレイヤーはチラホラと見えはじめている。だが、その恰好は色こそ違えど形は同じなため、ヨミやリィナはやはり目立つのだった。
「さて、参るかの。」
街の外へ出ると、ヨミはユニコーンから馬型モンスターへと変える。もちろんコウを乗せるためである。リィナは、以前のようにラファエルの腕に抱えられた。
目指すは火山フィールド、見るからに熱そうな溶岩が流れる大地が延々と続く場所である。さらに、溶岩に触れなくとも、『火傷』というフィールドダメージが継続的に発生するため、リィナのプロテクションなしにはボスエリアにさえ辿り着けないギミックとなっている。
そんなことはお構いなしに、フィールド上のモンスター達はコウ達に襲いかかる。基本的には逃げに徹し、無駄な消耗は抑えることに努めた。それでも追ってくるモンスター達は、ヨミが馬上から切り払って対処する。
ボスエリアが近くになるにつれて、敵のレベルも強くなる。そして、中ボス級のモンスターにも遭遇するようになってきた。その姿を確認したヨミは馬を止め、コウに指示を出した。彼も頷き、馬上から降りる。そして王の器を発動した。
「さて、【王の衣】」
彼の防具が先日作った灰色の狩人の服へと変わる。彼が今まで初期装備を付けていたのは、街中では他のプレイヤーとは違う服装の為、目立たないようにするためのヨミからのアドバイスであった。
「リィナ、一発で構わん。我に保護魔法をかけよ。」
コウの言葉に、リィナが何かしらのスキルを発動させる。すると、コウの周りを光が包んだ。それを確認すると、コウはタマを頭に乗せたまま駆け出した。