2話 : 魔物ノ王
コウは久々にプライベートルームの外へと踏み出していた。大型アップデートの後ということもあって、周囲にも人が多い。彼がしばらく引きこもっていた間にも、細かい調整が入っていたようで、以前より出店の数や道行く人々の服装も様々だった。
一方のコウは、相棒のタマをはじめとして全てが初期装備のままである。一見すれば、今日初めてログインする新規プレイヤーと差異はほぼない。唯一違うのは、彼とタマのレベルがカンストしており、タマの毛並みが艶やかなことだ。これは、ひとえにコウがアイテムを使って毎日のようにタマを世話していたためである。今では、他の同種のモンスターと差別化すべく、鈴付きの首輪もつけている。
この首輪、ヨミの持ってきたレアモンスターの革や希少な魔石を用いて作られていることはヨミ以外に知る者はいない。彼としては、ヨミの装備を作成する際に余った素材を使っただけなので、特に気にしていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジョブチェンジ機能が新しく実装された神殿の入り口へと辿り着くコウ。神殿から出てくるプレイヤー達は皆新しい力を手に入れたと見え、これからすぐにでも力試しをしに行くのだろう。時々出てくる初期装備のプレイヤーは、おそらくフィールドで戦闘に敗北し、リスポーンしてきた者だろう。だが、彼らが連れているモンスターの中に、タマと同じ猫型のモンスターはいなかった。
「あの端末から今開放されてる2次職の情報を得られるのじゃ。」
ヨミの指さすのは神殿の入り口、そこには建物には似合わぬ操作端末が置かれている。そこにアクセスすると、現状解放されているジョブと転職した人数が表示されていた。
レベルを上げるだけで無条件になれるグレートテイマーをはじめとして、約10のクラスが解放されている。いくつかまだ解放されていないのは、未だ誰も転職していないのだろう。既に解放されているジョブについては、詳細な条件も表示されている。
例えば、ヨミのジョブ【聖騎士】の転職条件は『聖獣』に分類されるモンスターをテイムしていることである。この聖獣、以前開催された第1回イベントで低確率で出現するレアモンスターであり、ヨミは偶然にもユニコーンを手に入れていたのだった。
「まぁ分かってはいたが、グレートテイマーくらいしかないよなぁ。」
解放されているジョブの詳細を全て確認するが、条件達成しているのはレベルのみ。条件をすべて満たすのは、やはり予想通りグレートテイマーだけだった。
「とりあえずサクッとジョブチェンジしてくるか。」
「健闘を祈っておるぞ。」
ヨミに見送られ、コウは神殿の中へ入っていった。ジョブチェンジ自体は、レベルが下がるデメリットはあれど、何度でも自由に行えるため、特にためらう必要はなかった。
神殿の奥には司祭の姿のNPCが立っている。コウが近づくと、『神託を受けますか?』というメッセージが書かれたポップアップ出現した。これがおそらく転職のイベントのトリガーなのだろう。迷わず『Yes』を選択すると、コウ周囲が光り、周りが見えなくなった。
眩しさの余り閉じていた目を開けると、2つのビジョンが浮かんでくる。1つには2種類のモンスターを使役するプレイヤーの姿。紛れもなくグレートテイマーの戦闘風景だった。
もう一つのビジョン、そこには雪崩のようなモンスターの群れを自在に操るプレイヤーの姿が。
「【魔物ノ王】…?」
説明欄には『特殊なアイテムをモンスターに与え、様々な効果を付与する職。転職条件:初期モンスターのみが持つ隠しパラメータを上限値にすること』と書かれていた。
コウは迷わず魔物ノ王を選択する。先ほど、神殿の入り口でみた情報ではまだ解放されていなかったジョブだ。物珍しさもあり、コウの頭からグレートテイマーを選ぶ選択肢はなくなった。もしうまくいかなければ、グレートテイマーを選びなおせばいいと思いながら。
光が収まると、コウはまた司祭のNPCの前に立っていた。ステータス画面を開くと、たしかにジョブの欄が【魔物ノ王】となっている。いくつかジョブ専用スキルも獲得しているようだった。
新しい能力の確認も含め、ヨミとレベリングに行こうと考えたコウは神殿を出る。
「無事新しい力に目覚めたようじゃの。…む?【魔物ノ王】?」
人前でもヨミはロールプレイを崩さない。しかも頭上にレアジョブ【聖騎士】を表示していれば、自然と視線も集まる。転職条件の聖獣自体、使役することが低確率で、神殿の端末情報ではヨミを含めて13人しかいないのだ。もともと、仰々しいポーズや言動、ユニコーンを連れていることもあり、ヨミの名は知っているプレイヤーは多いのだが…。
「ふむ、詳しい話は移動しながら聞くとしよう。」
ヨミがそう言って周囲を見やると、今までこちらを見ていたプレイヤーたちがふと目をそらす。双子のプレイヤーが珍しいのもそうだが、二人が揃ってグレートテイマー以外のジョブについていることが周りの好奇心を掻き立てていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なるほどのぅ…。初期モンスターだけが持つ隠しパラメータが転職条件とは妾含めて誰も気づかぬわ。」
コウが【魔物ノ王】の転職条件を教えると、ヨミは興味深げに頷く。二人は、ヨミが操る馬型モンスターの背に乗っていた。なぜヨミの相棒、ユニコーンに乗らないかといえば単純な話で、ユニコーンは男性プレイヤーを受け付けないという習性があるためだった。そのため、コウを連れてフィールドを移動するために、ヨミがぱぱっとテイムしてきたのだった。
「俺にも隠しパラメータってやつが何なのか全然分からなくてさ。タマとの仲の良さなら誰にも負けない自信があるんだけどな。な、タマ?」
コウの頭の上でタマがンナァァと答える。このゲーム、テイマーズワールドに出現するモンスターには、行動パターンが学習型AIで制御される仕組みが導入されている。難易度調整のため、フィールドに現れるモンスターこそ一定期間ごとにその記録がリセットされるものの、プレイヤーにテイムされたモンスターは、その枷がなくなる。
つまり、プレイヤーと戦闘回数をこなすほど、連携が向上など適切な行動をとることができるのだ。コウとタマは戦闘経験がほぼないに等しいが、コウがかいがいしく世話をしていたためか、タマの懐き方は他のプレイヤーと比べて猫のそれに近い。
「そなたの力はおそらく唯一無二。気を付けなければならぬの。」
「ん?どういうこと?」
「王は1人、それはゆるぎないもの。それゆえ狙われる。」
彼女は言葉を続ける。、聖騎士のように希少性の高いモンスターをテイムしている、という具体的な条件が明確ならば問題はないだろう。人によっては諦め、人によっては次のイベント戦での遭遇を期待する。しかし、【魔物ノ王】は『隠しパラメータ』という不明瞭な転職条件を提示されている。しかも当の本人に心当たりがないとなると、コウ以外に【魔物ノ王】の条件を満たすプレイヤーが出現する確率はほぼないだろう。ほぼユニークジョブであると言っても過言ではない。
そのため、現在【魔物ノ王】の詳細な情報はコウ(とヨミ)に独占された状態といえる。持っているスキルが分からなければ、対策の仕様もない。特に、プレイヤー同士の駆け引きが必須となるイベント戦では他のプレイヤー対策は重要になってくる。次のイベントは、二次職が実装されてから初めてのイベント戦となるため、特にレアなジョブの情報は喉から手が出るほど欲しい人は多いだろう。
「何はともあれ、まずは妾たちの力を己の目で見極める必要があるかの。」
「そうだな。俺も武器や防具を新調するための素材が欲しい。」
2人と1匹を乗せた馬は、新しく実装されたフィールドに向かって駆け出していくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
馬上で新しいスキルを一通り吟味していると、ヨミの操る馬は目的地に到着した。そこは、草原と森林フィールドの境目だった。フィールドの境目は、より多くのモンスターと遭遇できる上、たまに中ボスも出てくるので、レベリングスポットとしてプレイヤー間で広く知れ渡っていた。コウたちからの場所からは見えないが、遠くからも別なプレイヤーが戦闘をする声が聞こえてくる。
「コウよ、いつものアレは作れるかの?」
「あぁ。レベル帯は俺たちより若干高めでよかったか?」
「構わぬ、妾の力を示すにはちょうど良い相手じゃ。」
スキルを使い、コウは『寄せの香』というアイテムを作り出す。それは任意のレベル帯のモンスターを呼び寄せる効果を持つ、レベリング時には必須のアイテムだった。
「一度香の効果を受けると、倒されるまで狙われるのが難儀じゃがな…。」
ヨミの言う通り、『寄せの香』は効果がモンスターが倒れるまで持続し、更にテイム可能なモンスターもテイム不可能になるデメリットがあった。さらに、匂いで呼び寄せるため、風が吹くと香が拡散し、手に負えない数のモンスターと対峙することもある。逃げれば追ってくるため、トレイン状態になり、他のプレイヤーの邪魔になることもあり、時と場合を選ぶアイテムだった。
「妾が先陣を切るぞ、よいな?」
香が焚かれ、その効果を受けたモンスターたちが続々と姿を現す。ヨミも相棒のユニコーンを呼び出し、自らも剣を抜くのだった。






