私はなろう小説家である&アーサー王の姉ちゃん
私はなろう小説家である。
この肩書を得てから何年の月日がたったのかについては覚えていない。
決して最初に投稿した作品の投稿日時を調べるのが面倒だという訳ではない。また、私がなろうで活動していることは、家族親戚友人同僚一同誰一人として知るところではないという事実が、この肩書における社会的地位を表しているのではないかと、日々自問するのではあるが答えが出る話でもないのだ。
ともかく、誰が何と言おうと私はなろう小説家である。
さて、なろうに限らず創作活動をしている者はある怪物と戦はねばならない。
その怪物の名は「ネタ切れ」。おっと、笑うなかれ。我々にとってこれほどの強敵はいないのだ。そして御多分に漏れず私もこの怪物と日々戦っているのである。
この怪物の闘いの日々の中、多くの創作者が一つの答えへとたどり着く。
そうだ。古典をやろう。
こう書くと私がいかにも高尚な文学の話をしているかに聞こえるのだが、そんなことは無い。これは極めて下世話な話しである。なぜならば古典というものは既に物語が完成しており、私がストーリー展開などという正解のない迷宮をさまようことを防いでくれ、なおかつ二次創作をしたとしても昔の話故に、著作権の侵害などという恐ろしい罪状で、運営様からBANされるような類のお咎めがどこからも降りかかることもないのである。
素晴らしい。
話のネタは既に仕込んである上に、知名度により読者への説明も不必要。著作権も数百年前に切れている。後は私の独断と偏見で味付けをすればよいだけなのである。なんと安楽な道であろうか。これならばネタ切れという悲しい事実と向き合わなくても良い。即ち古典への回帰とは堂々たる逃げなのである。逃げる時ほど胸を張って。これが私が勝手に創設した我が家の家訓でもある。
古典万歳。
この素晴らしきアイデアを胸に私は近所の古書店へと向かい、良いネタになりそうな古典をあさり一つの結論を得た。
よし。アーサー王伝説にしよう。
アーサー王伝説であれば知名度、ファンタジー成分、お話の完成度について申し分ないではないか。なろうは自由に作品が投稿できるが、言うても主戦場はファンタジー部門である。なろう文化にも即した題材に違いない。そして私の目の前にはたまたまアーサー王伝説を扱った書籍があるではないか。これは即ち小説家の神が、私にアーサー王伝説をかけて告げているに違いないのだ。
確信に満ち満ちた私は早速その本を購入した。
大した人気や需要がある訳でもなかろうに、古書店側の強気の値段設定に若干の不満を覚えたが、これでネタが一つできるのであれば安い買い物であろう。
さあ、これで怪物との戦いに一つの勝利を得る事が出来る。私がそう考えたとしても、さして非難されることは無いのである。しかしである。事はそう単純な話では無かったのだ。家へとたどり着いた私はさして広くもない自室で頭を抱えた。
誤解を恐れずにはっきりと言おう。アーサー王伝説は支離滅裂である。
むろん私も長い年月を経た古典に、現代的合理主義を求めるほど愚かではない。
アーサーがNTRの末に生まれてきたとか、配下と妻が不倫関係に陥ったとか、自分の姉とそのごにょごにょになろうが、問題にはしない。むしろそれらをどう味付けするかが腕の見せ所とすら言える。しかしだ。それよりももっと手前で駄目なのだ。この作品を一つの物語に出来なかったのである。
むろん私の能力不足がその第一の要因であることは認めよう。だがそれにしても無茶苦茶過ぎしませんかと私は叫びたいのだ。罪のないこの書籍を返品し、最近近所で旨いと評判の豚骨醤油背油マシマシラーメンへと変身させるべきかについて真剣に考えねばならないのではないか。そのような気分に苛まれるのだ。
駄目な理由について説明しよう。
アーサー王伝説はその出発が民間伝承であるために、作者などという存在はいない。長い年月と多くの語り部たちによって紡がれた、ずいぶんと気の長い叙事詩である。我が国の源氏物語とは根本が違い、ある意味でアーサー王伝説はオリジナル不在の、アーサー王伝説という名の二次創作物の集合体とすら言える。
この様な作品がどうなるかは、もうお分かりであろう。時代や作者の違う一つ一つの話が互いに相克し合い、矛盾の見本市と化すのだ。
魔法使いのマーリンという一例を出そう。
彼はアーサー王の父に仕えていた魔法使いである。その設定が長い年月を経て某指輪のガンダルフや某ポッターのダンブルドアへと、変質していったのかのではないかと思わせるほどに魔法使いである。
このマーリンが大変な食わせ者であった。
アーサーはNTRの末に生まれたと言ったがその元凶はこの男である。ある領主の妻に横恋慕した王を手助けし、彼を領主の姿へと変身させ妻のベットへと送り込む。その後領主を討ち取りその妻と結婚。生まれたのがアーサーである。
ここまでであれば私も飲み込める。身勝手な横恋慕の末に戦争を起こし旦那や罪もない領民を殺害の末に女を手に入れる。その生きざまは外道の一言ではあるが、クズなのアーサーの父であってマーリンではない。マーリンは臣下の立場から手助けしたのだと弁護することも可能かもしれないではないか。しかし駄目なのだ。
マーリンは王との約束により生れたアーサーを引き取る。この子供はいずれブリテンを統べる王となる運命を予見したからこその行動だという。ああ、なるほど。立派な王者にするべく自分で教育したいのだなと、普通は思うであろう。しかし甘い。この魔法使いの不可解さは、預かったアーサーを騎士エクトルに預け養育させたことである。
貴様が育てるのではないのか。
夜中に響き渡ったであろう、私の純粋無垢な叫びが隣人の耳に届かないことを願うばかりである。
まあいい。騎士エクトルを見込んでの事であろう。きっと彼がブリテンの王に相応しい教育を施すに違いないのだ。
私のこの予測はまたもや裏切られる。
子供の素性を知らされていない騎士エクトルは、自分の子供として育てたのだ。それはそうなるだろう。だが、それではただの騎士の息子ではないか。英才教育をしないのであれば、なにゆえに父母の元から引き離したのだ。両親のもとで育てればよいではないか。王家である親元の方がよほど教育環境は充実しているであろう。何故に預かったのか説明を求む。それともあえて英才教育を施さないという教育方針なのか。
私の中でモヤモヤが高まっていくのであった。
この段階で私はお茶の出ない団子早食い競争に参加している気分になっているのだが、とどめと言うべき事件はここからである。
この先の展開は皆さんもご存じあろう。
アーサーの父である王が亡くなり跡継ぎがいなかったため次の王を選定しようという運びとなった。
そこで登場するのが選定の剣"カリバーン"。何という美しい響きか。私の魂に宿る中学二年生も大はしゃぎである。これがかのエクスカリバーと同じ剣でもあると言われているが、ここでは別の剣という事にしておこう。
この剣を抜いた人物こそが次の王となるとマーリンは宣言し、多くの騎士たちが王の座を射止めるべくカリバーンを引っこ抜こうとするのだ。無論資格のない彼らに剣を抜くことは出来ぬ。誰も剣を抜く事が出来なかったために、騎士たちはトーナメントを開催し、その優勝者に王としての資格を与えようという運びとなった。
ちょっと待てい。
マーリン。貴様はアーサーが前王の息子と知っておろうが。何故にアーサーをこの場所に連れてこない。皆の前で剣を抜いて見せない。そもそも、宮廷付きの魔法使いであった貴様がアーサーが前王の息子であると宣言すれば終わりの話ではないのか。その剣は何のために用意したのだ。百歩譲ってパフォーマンスの為だったことにしてもアーサー本人がいないのであれば、何の意味もない催しではないか。貴様は何がしたいのだ。
私はあれこれとマーリンの心境について推察に推察を重ね一つの結論を得た。
マーリンは痴呆症である。彼はアーサーの預け先を忘れてしまった、うっかりさんなのである。
この後もなかなかに酷い。
何も知らないアーサーはトーナメントに参加する兄に頼まれ剣を取りに宿へと戻る。しかし、宿屋が締まっており中に入れず途方に暮れたところで、石に刺さったカリバーンを見つける。
アーサーは兄の剣の代わりにこの剣を持っていこうと考えカリバーンを抜き取り兄への元へと運ぶ。
その後、なんやかんやあってアーサーは王として即位するという流れである。
何が酷いかお判りであろうか。
アーサーの行いはどう見ても窃盗である。追加するのであれば兄貴のパシリでもある。
法的にはカリバーンを抜いても窃盗にはならないかもしれないが、これは特殊な事情によりそうなっているのであって、事情を知らないアーサーにとっては窃盗である。もう一度繰り返すがアーサーは剣を抜けば王になれることを知らないのだ。
なんか知らんが石に剣が刺さっていたので、持ち主の了解を得ぬまま兄の前へと持って行った。アーサーの視点を単純化するのであればこうである。コソ泥以外の何者でもないではないか。
そこで私は腕組みをして考える。
アーサーがこのような行為に及んだ理由はなんであろうか。
一つはアーサー自身が窃盗に対して抵抗感が無い気質の人物であるといこと。もう一つはさらに酷い。窃盗に及んでも兄の言いつけを守らなければならない家庭環境下で成長した悲しき少年であった。この二点に絞られるのではないか。
前者であればアーサーは順法精神に欠ける人物であり、後者であれば騎士エクトルの家庭環境は劣悪である。すなわちアーサー養育を騎士エクトルに委ねたマーリンの目は節穴という事であろう。
どちらにしてもブリテンを救う英雄の前日譚にしては意気の上がらぬこと甚だしい。これをどう解釈すればいいのか私は数日悩んだ。
三日目の夕日が沈み朝日が昇る前に私は結論を出す。
マーリンには戦力外通告。出禁である。これにてマーリン問題は一応の解決を見た。出てこないのであれば、どうということは無いのである。
次にアーサーである。彼を出さない訳にはいかぬ。しかしながら彼が自分勝手なコソ泥になるのは避けたい。となれば兄の言いつけにより仕方なく行った犯行という事で、情状酌量の余地からの執行猶予3年を目指すべきであろう。
兄が悪い家庭環境が悪い、だから仕方なかったのだ。要するにギリギリアウトを目指すのである。しかし、こんな作品を誰が読みたいのであろうか。少なくとも私はそっ閉じである。
苦悩する私になろうの神が微笑みかけた。
そうだ。兄貴を姉貴に変えればいいじゃない。
名案。名案である。
兄貴のパシリと姉貴のパシリでは同じパシリでも後者の方が微笑ましさが増す。のではなかろうか。兄貴の場合はどうしても暴力を伴う虐待を想起させるが、姉貴の場合は「はぁ、やれやれ」で、流せはしまいか。そう、やれやれ系である。やれやれは"なろう"の文化の一つでもある。よしよしこれで押し切れ。
こうして私は一本の短編を書き上げた。
タイトルを「アーサー王の姉ちゃん」という。
自画自賛を恐れず言うがなかなかの出来栄えである。少なくとも原作の絶望的支離滅裂さから、一つの物語へと書き上げた自信がある。だが現実は無常であった。私の苦心の作品はあまり読まれることなく"なろう"の海へと埋没したのである。
評価が低いのはまだ理解できる。しかし、読まれないのはどういう事か。軽めのタイトルがいけないのか。ファンタジー部門への投稿がいけなかったのか。それともそもそもとしてアーサー王伝説への興味が低いのか。カクヨムに至っては閲覧数が2である。2って。私の過去作の中でもぶっちぎりのワーストである。私は足搔いた。投稿部門をファンタジーから歴史へと変えてみたりもした。しかし結果は変わらず低調なままである。
まぁよい。そんなこともあろう。
しかし、改めて私なりにアーサー王伝説と向き合ってみたが、物語というのは案外支離滅裂でも構わないらしい。そうで無ければアーサー王の伝説がこうも長い間、多くの人々から愛されたりはしない。
要するに、小説とは面白ければそれでよいのである。
「私はなろう小説家である」 終わり
・補足
今回は森見 登美彦先生をリスペクトです。
わたくし加藤良介めが、「四畳半神話大系」の主人公である「私」になり切った気分でお送りいたしました。
アニメ版の声優さんの声で再生して頂けると、より楽しめると思います。ご存じない方は本文を早口で再生してください。イメージとしてはそんな感じです。
ついでと言っては何ですが、このエッセイの発端となった小説も同時にUPしておきます。
・小説「アーサー王の姉ちゃん」
グレイト・ブリテンの偉大な王。アーサー・ペンドラゴンは、円卓の席に一人腰かけうたたねを始める。眠りは遠い記憶を呼び覚まし、アーサー王を子供の時代へと誘った。
「アーサー。アーサー」
まどろみの中で、聞きなれた声が聞こえる。
「起きろ。寝坊助アーサー」
額に衝撃が走り夢の世界から叩きだされた。
「やっと起きた。お日様はとうの昔に上っているわよ」
目の前でトパーズ色の瞳が輝く。
「ケイト姉ちゃん・・・おはよう」
「姉ちゃん。じゃない。家じゃないんだから、お姉さまとお呼びなさい。お姉さまと」
白い騎士服を纏ったケイト姉ちゃんが俺の寝具をはぎ取った。
「うーん」
俺は大きく伸びをする。開け放たれた窓から水の匂いが漂ってきた。
ここはテムズ川の畔の街"ロンドン"。
朝から多くの人々が行き交い仕事に商売にと精を出す。通りからは荷物を山と積んだ荷馬車の車輪が石畳にこすれる音が響き渡り、故郷の村とは比べ物にならないほどに栄えている。
「ほらほら、さっさと支度しなさいって。お父様にどやされるわよ」
「分かってるって」
俺は身支度を整えると、父上とケイト姉ちゃんの後を追って宿を出た。
姉ちゃんは手ぶら。
俺はと言えば、姉ちゃんの荷物を背負って後ろからついていく。まるで下男みたい。
弟ってのは辛い生き物なんだよな。
宿を出た直ぐの広場に、人だかりができいてた。
通り過ぎの際に横目で眺めると、石の台に一本の剣が刺さっていて、それを引っこ抜こうとしている人がいた。力自慢か何かなのかな。
どうやら物凄く硬いらしく、大の男がひいひい言いながら挑戦している。その周りを野次馬たちが取り囲み笑いながら見物していた。
何だか楽しそうだな。後で俺もやってみよ。
広場を抜け、やって来たのロンドンの中心にそびえ立つ円形競技場。
大理石をふんだんに使って輝いて見える。百年以上前にローマ人が作ったそうな。
「よーし。高まってきたわよ。見てなさい。今日は私の武勇伝の輝かしい始まりの日よ」
姉ちゃんは鼻息荒く競技場の中へと入っていった。
俺か? 勿論ついていくに決まってんだろ。重たい荷物を抱えてね。
今日は年に一回執り行われる、騎士たちによる競技大会の日だ。
国中から腕自慢が集まってトーナメントを行い、ブリテンで一番強い騎士を決めるのさ。
それだけでも大したものだけど、今回のトーナメントは今までと違う。なんでも父上が言うには、今日の勝者はここロンドンの主になれるとのことだ。
何を言っているか分からないだろうけど心配するな。俺も分からん。
聞いた話だけど、去年の暮れにロンドンの主が死んじまった。しかも跡継ぎもいないから、跡目をめぐって騎士たちの間で揉め事が起こったらしい。
戦に発展する一歩手前までいったけど、毎年行われている競技大会で一番強かった騎士がロンドンの主になるって事で話がまとまったんだってさ。だからいつも以上の盛り上がりになっちまい、ロンドン中がお祭り騒ぎなんだ。
ケイト姉ちゃんは女だてらに、あっ、これは姉ちゃんには内緒だ。聞こえたらぶっ飛ばされる。
兎に角、何を思ったのか姉ちゃんは、自分もこのトーナメントに参加すると言い出したんだ。
俺は正直、「何言ってんだ姉ちゃん」としか思わなかったけど、父上が了承したから仕方ない。俺たちは応援がてらにロンドンまで繰り出すこととなった。父上は姉ちゃんに甘い。俺には厳しいのに・・・母上は小さい弟たちと村でお留守番だ。
女だてらといったものの、ケイト姉ちゃんはぶっちゃけ強い。剣でも弓でも乗馬でも。
今でこそ俺も互角に戦えるけど、昔はてんで歯が立たなかった。
身長も俺と同じか少し低い程度。村の女たちに比べたら格段に高い。
背が高いで思い出した。ついこの間、姉ちゃんが「見下ろされるのは悔しいから、これ以上身長をのばすな」って言ってたな。
俺に言うな。神様に言えよ。
父上や母上がケイト姉ちゃんが、男だったらよかったのにと言っているのを聞いたことがある。俺も同感だ。
姉ちゃんは同じ年ごろの女がすることに一切興味がない。裁縫も布織も花嫁修業もやっているところを見たことが無い。毎日のように剣を振るい、馬を乗り回して狩りに出かける。俺はそのお供さ。
これだけなら同じような女がブリテンにも、もう一人ぐらいいるかもしれないけど、姉ちゃんはそれだけじゃない。頭もいいから困るんだよな。
何に困るって?
よく聞けよ。こちとらただでさえ弟って事で肩身が狭いのに、頭までよかったら俺はどうしたらいいんだよ。一つぐらい勝っているものがあったっていいだろう。
姉ちゃんはローマ人の先生からラテン語や数学、論述に詩まで学んでやがる。学んでいないのは神学ぐらいだ。
口癖は「一回でいいからローマに行きたい」だ。自分の事を半分ローマ人と思っている節がある。どっからどう見てもブリテン女だけどね。
顔は美人らしい。村の者たちは男も女も皆口をそろえてそう言う。
らしいってのは、俺は見慣れているから何とも思わないからだ。怒るとオークが裸足で逃げるような顔になるから、みんなにも見てほしいものさ。
昔は俺と血が繋がっていないんじゃないかと思っていたけど、これは正解だった。
なぜ分かったかって? だって家族で俺だけ髪が金色なんだもん。
父上も母上も姉ちゃんも弟たちもみんなブラウン。親戚一同、俺と同じ髪の色の奴はいない。
おかしいなと思って父上に聞いたら、昔々、川から一艘の船が流れてきたことがあって、そこに一人の赤子が乗っていた。それが俺。拾った母上は神様からの授かりものって事で赤子の俺を育てることにしたそうだ。男の跡取りが欲しかった父上も同意したから俺は今ここに居る。
まぁ、感謝してるよ。そのまま海まで流されたらどうなっていたことやら。
しばらくすると教会の鐘が鳴り響き、円形競技場に人々が集まり始めた。
俺は姉ちゃんの肩慣らしの相手をして汗をかいていた。
いよいよ、トーナメントが始まろうかと言う時に、姉ちゃんが頭のてっぺんから大声を出した。
「私の剣がない」
「はぁ? 」
「だから私の剣が無いのよ」
「いや、あるじゃん。そこに」
俺はついさっきまで姉ちゃんが握っていた剣を指さす。
「これは練習用。本番用にもう一振り持ってきたじゃない。アーサー、あんた宿に忘れてきたでしょ」
「えーっ。そんなのあったか」
「あったわよ」
そう言われれば剣は二振りあったような気がする。うん、あったな。
「ちょっと。アーサー取ってきて。ダッシュよ。ダッシュ」
「やだよ。自分で行きなよ」
「これから試合の私に走れっての。嫌よ。無駄な体力を使いたくない」
「自分が忘れたんだろ」
「そうだけど・・・お願い。ほら、私が勝ったらご褒美は半分アーサーにあげるから」
「勝つ気ですよ。この人」
「当たり前でしょ。出るからには勝つ。全員ぶっ飛ばしてロンドンは私のものよ」
ケイト姉ちゃんは右手を振り上げで宣言した。
「はぁー。分かったよ。取って来るよ」
「ありがとうアーサー。愛してるー」
俺は言いつけ通りに小走りで競技場を飛び出した。
我ながら健気な弟ですよ。
ロンドンっ子は皆、競技場に集まったみたいで、人気の少ない路地を走り、俺は逗留している宿へと駆け込んだ。
「ない。ないないない」
部屋のどこを探しても姉ちゃんの剣が無い。
アレ? もしかして思い違いかな。いやいや、確かにあった。金の装飾をしている剣があったよ。間違いない。
・・・・・・もしかしてパクられた?
おいおい。どーすんだよ。
まだ近くに盗人がいるかもしれないと、俺は宿を飛び出して辺りをうかがう。
しかし、姉ちゃんの剣を持っていそうな奴は見当たらない。
そりゃそうだ。仕事終わりにモタモタしているとんまな盗人ばかりだったら世の中平和よ。平和。
ああ、ブリテンの平和は終わりました。
父上から聞いたんだがローマの軍団兵が大陸に撤退してから、北の蛮族がブリテン島に攻め込んでいるって話だ。
なに撤退してんのよローマ。
無責任だぞ。最期まで頑張れよ。
お前らが撤退するから姉ちゃんの剣がパクられたじゃんかよ。
ローマが悪い。俺は悪くない。
ふう。
ローマに責任転嫁したところで一旦落ち着いた。
落ち着いた俺の視線の先に、石の台にぶっ刺さったひと振りの剣が飛び込んで来た。
先ほどとは違い、周りには誰もいない。みな円形競技場に行ったみたいだ。
俺はなんとなくその剣の方へと近づく。
「うわ。凄い剣だな」
間近で見てみると、その剣はこれまでで見たことのない出来栄えの品だった。
刀身は吸い込まれるような透明の輝きを放ち、柄の部分には神獣らしき意匠が施されている。
「盗むなら、こっちを盗めよな」
思わず口から本心が零れた。
「そっか。これって、抜けないんだったな」
大の男たちが渾身の力で抜こうとして、びくともしないのだから、盗める奴なんていないか。
そう思い、剣の柄を握る。
おおっ。流石は高級品。手に吸い付くような感触。ローマの名工が作った一品かも。
俺が柄を掴む手に力を込めた次の瞬間。
ポンという音がして剣が石の台座から取れた。
「はい? 」
俺はその場で固まる。
物凄く簡単に剣が台座から抜けてしまいました。
うん? もしかして抜けないフリをするための小道具なの? 空気読まずに抜いちゃったよ俺。どーすんのこれ。
取りあえず、元に戻してみる。
今度はカチンという音と共に、剣が台座に戻った。
「はぁ、危なかった。しっかしどうしたものやら」
俺は台座の剣を前に考え込む。
姉ちゃんの剣は無い。今から探しても見つかるかどうかも怪しい。ってか無理だよ。だけど手ぶらで帰ると姉ちゃんが怒る。練習用の剣で出場して負けたら絶対に俺のせいにする。間違いない。となると残る選択肢は・・・
うん。この剣を借りよう。
もう一回、剣を引き抜く。やっぱり簡単に抜けた。
持った感触だとそんなに重くもないし、長さも姉ちゃんの剣と大差ない。
強いと言っても姉ちゃんは三回戦ぐらいで負けるだろうから、その時にまた台座に差しとけばいいんじゃないかな。
「すいませーん。ちょっとお借りしまーす」
俺はここには居ない誰かに断りを入れて剣を手に走り出した。
その後の事は思い出したくもない。
大騒ぎよ。大騒ぎ。
俺が例の剣を姉ちゃんに見せたんだ。すると近くに居た騎士が飛び上がらんばかりに驚き騒ぎ立てた。俺はあっという間に知らない人々に取り囲れる。
その中のマーリンとか名乗る自称魔法使いの怪しさ満点の爺さんが、俺が前のロンドン領主"ウーゼル・ペンドラゴン"の忘れ形見だとか言いだして、ロンドン中が上を下への大騒ぎになった。
あの石の台にぶっ刺さっていた剣は、ウーゼル・ペンドラゴンの血縁の者にしか抜けない魔法がかかっており、マリーンの爺さんは皆に剣を抜かせようとすることで、跡取りとなる血縁者を探していたそうだ。
なんだ、そのアクロバティックな人探しは。普通に探せ。普通に。
兎にも角にも、あれよあれよという間に俺はロンドンの主。息つく暇も与えぬとばかりに、厄介事が降り注ぐ日々と相成りました。
誰か代わってくんねえかな。
はぁ、やっぱり、黙って剣を借りたのがいけなかったんだな。誰が見てなくても神様は見ているってことですよ・・・・・・
『陛下』
『陛下・・・』
耳馴染みのある声が聞こえる。
『・・・オホン。一時、臣下の礼をかなぐり捨てることをお許しください』
なんだ。騒々しいぞ。
「起きろ。寝坊助アーサー」
体が自然と飛び跳ねて夢の世界から引き戻された。
目の前にはトパーズ色に輝く瞳。
「ケイト姉ちゃん・・・」
「お目覚めですか。陛下」
アーサー・ペンドラゴンはゆっくりと体を起こす。
どうやら円卓で眠っていたらしい。
「陛下。臣下の前で"姉ちゃん"はいかがなものかと。ケイト卿とお呼びください」
・・・・・・
徐々に意識が明瞭になり、自分の今の状態が理解できた。
目の前には王国の"執事"ケイト卿。我が義理の姉にして最も信頼している家臣。
その後ろには円卓の騎士たち。
ランスロットにトリスタン。一騎当千の強者たちが笑いをこらえて立っていた。
やってしまった。油断した。醜態をさらした。これは不味い。うーむ。
王としての威厳を保つためにはどうすればよい。
そしてこんな時に助け舟を出してくれるのは。
「陛下。グルップの砦よりの狼煙です。ようやくバレンツ族が動き出しました。御下知を」
ケイト卿の言葉で場の空気が変わる。私は頷き命を発した。
「ケイト卿。出陣の支度をせよ」
「ははっ、既に万端整ってございます。馬に兵に兵糧。敵軍の予測移動先にもあたりが付いております」
「内通者は」
「三名確保。後は陛下がエクスカリバー片手に突撃して下されば勝利は確実です。戦後処理はお任せを、奴らには偉大なるアーサー王陛下に楯突いた事を後悔させてご覧にいれます」
「いつも通りだな」
「はい。いつも通りでございます」
私が微笑むと、ケイト卿も微笑み返す。この笑顔だけは時がたっても変わりない。そしてトパーズ色に輝く瞳。そこには好奇心と知性といたずら心が常に宿っている。
このような瞳を持つのは、ブリテン広しといえどもケイト卿だけだ。
「よろしい。では皆の者。出陣だ」
「「ははっ」」
アーサーは聖剣エクスカリバーを携え歩き出す。
ブリテン島の平和は彼と円卓の騎士たちの双肩にかかっているのである。
「アーサー王の姉ちゃん」 終わり
・追記
私はなろうの神様の天啓を受けて、アーサーの兄貴ケイ卿を姉貴ケイトへと変更しましたが、思ったよりも良い設定だと思います。いや、自画自賛抜きで。
エッセイでも書きましたけど、兄貴に虐げられる弟感は大幅に減少いたしました。原作のアーサーって虐待を受けているみたいで可哀そうでしたけど、私の考えたやれやれ系のアーサーだと、あれはあれで楽しそうな少年期に思えます。
それに思ったんですけど、このケイト姉ちゃんに補佐されていたら原作のアーサー王のような理不尽な目には合わない気がします。
原作のアーサー王って実の姉と、知らないとはいえ近親相姦してしまいます。それで生れたのがモルドレッド。元々は甥の設定だったみたいですけど、こっちの方が面白いという事で私生児になったみたいです。このモルドレッドがアーサー王の最後の敵として立ちはだかります。この親子はカムランの戦いにおいて悲劇的対決を行います。
でもね。このモルドレッドが腹違いの姉モルゴースとの子供ではなく、ケイト姉ちゃんとの子供だったらどうでしょう。王妃グウィネヴィアとの間に子供がいない場合、自動的にケイト・モルドレッドが跡取りにならんか?
となると、カムランの戦いも起こらないかもしれませんし、アーサーも戦いの末にアヴァロンへと向かう事もないでしょう。
アーサーは腹違いとは言え、実の姉に心奪われるほどのシスコンです。まぁ姉の魔法の力にやられたのかもしれませんけど。このシスコンという設定を利用して二人の間に間違い・・・いや、ケイト姉ちゃんとは血が繋がっていないので、間違いでも何でもありません。ただのロマンスですが、二人の間に子供が出来たら、アーサーもモルドレッドを実子として認知するでしょう。というかケイト姉ちゃんが万難を排して認知されるでしょう。
この展開だとモルドレッドのお話は、姉弟として育った幼馴染の男女がくっついて生まれた息子という筋立てになります。
大変微笑ましい。アーサー王伝説はハッピーエンドとして完結します。
私的にはこっちの方がいいですね。一人寂しくアヴァロンに向かうのはアーサー王がちょっと可哀そう。
そしてケイト姉ちゃん設定は、アーサー王伝説におけるもう一つの問題を解決してくれます。
それが王妃グウィネヴィアと騎士ランスロットとの不倫問題です。
私的にはこの不倫話は、非常に無理がある展開と考えます。作者のやりたいからやった、みたいで納得感がゼロです。
なぜなら王妃グウィネヴィアが不倫をする理由が、今一つ分からないからです。
アーサー王が王妃に対して冷たい仕打ちをしたわけでもないので、ただ単に王妃グウィネヴィアが恋多き女ってだけで、アーサー王は配下にNTRされるだけの悲しい夫になるからです。
アーサーが妻や部下の掌握が全くできていない、駄目な王様って事になりはしませんかね。救国の英雄がそれでええんか。
しかしですよ。ここにケイト姉ちゃんが出てきたら話は全く変わります。
ケイト卿の設定を振り返ってみましょう。
・アーサーの義理の姉。
・円卓の騎士。
・王国の執事←この職は宰相と同格と思われます
・モルドレッドの母親
カンカンカン。
一体全体、誰がこの人に勝てるというのでしょうか。アーサー王だって無理だわよ。
アーサー王と誰よりも付き合いが長く、誰よりも彼の事を理解していて、家臣としても超優秀。止めは跡取りの母親って。
もうやめて。王妃のHPはゼロよ。
これはランスロットとの浮気に走ってもしゃーない。アーサー王も苦笑いですわ。
しかもケイト姉ちゃんとの仲は、浮気と呼んでいいのかも微妙なライン。王妃グウィネヴィアの方が後から来た女ですからね。
因みに性別とモルドレッドの母親って部分が私の設定です。それ以外は原作通り。原作のケイ卿って円卓の騎士の中では珍しく、頭がいいって設定みたいです。私の作品でも踏襲いたしました。
常に夫の傍らで公私に渡って支え続ける女がいたら、妻としてはたまったものではありません。拷問よ。拷問。しかも自分が生んでいない跡取り息子までこさえてたら、殺意が湧くのも致し方ないレベルです。
この展開であれば、王妃グウィネヴィアの不倫話も同情的に見れます。
また、ケイト姉ちゃんはこれを確信犯的にやってくる可能性が大です。
私は本編でケイト姉ちゃんは花嫁修業もしないで唐突にトーナメントに参加すると言い出したお転婆娘と描きましたが、全てはこの人の思惑沿った行動です。
この時点でケイト姉ちゃんは、アーサーと結婚する気満々だと思います。
なぜならアーサーと結婚すると、実家から出なくて済むからです。
だってママがいるもん。家事はママがしてくれると考えている、ふてー奴です。
そして恐ろしいことに、パパとママの了解は得ているでしょう。
両親としては可愛い娘を他家へと嫁に出さなくてもいいし、アーサーを娘の夫とすることで自身との血の繋がりのないアーサーとの絆を強化する事が出来ます。誰も損しません。問題は当のアーサーの許諾を得ていない事だけです。
そこでアーサーをウンと言わせるための突破口が、トーナメントでの賞品です。
この時の賞品はロンドンの支配権。
ケイト姉ちゃんは、ロンドンの支配権を持参金にアーサーと結婚する気だったのかもしれません。私が勝ったら褒美は半分アーサーにあげると言ったのは、彼女なりのプロポーズでしょう。
ケイト姉ちゃんはとってもテリブル。
自分で設定していてなんですけど、最強すぎんか。
終わり




