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お刺身のツマを食べる君

作者: アレン


雪景色の中、電車の窓から見えるのは自分と、通路を挟んで隣で盛り上がる3人の女子高生だった。

どこまでも続く田園風景、遠くには山々が見えるはずの車窓も、夜になれば、どれほど頑張っても車内しか見えない。

昨日までの大雪により、電車が作り出す突風で舞い上がるサラサラとした雪がみえ、時折車体に硬い氷が当たる音が響き渡るが、誰も気にしない。

時折乗ってくる人の表面に、雪がついていた。また降り出したのだろうか。私側は電車が止まっても真っ暗だったが、車内から発する光で、多少の降雪が見えた。


あの女子高生の制服とその着こなし方(と言ってもほとんどコートに隠れているが。)で、この辺りでは有名な吹奏楽部員だということはわかる。銀賞の常連校だった我が母校ともよく合同練習してくれて、様々な練習方法を盗ませていただいた高校だった。吹奏楽を本気でやりたい人は、大概この高校を受験する為、先輩方もパラパラと親しい人がいたが、母校にいた頃より容姿も音もキレイになっていてカッコイイ。私もこうなりたいと思ってたが、果たしてそうした姿に成長したかは定かではない。


あの頃の自分が鮮明に蘇りつつある時、そこそこ大きい駅が近づく。雪が強くなってきたことを、ようやくハッキリ確認できるくらい、明るいホームだった。キャリーバッグを持ち、ドアが開くと、懐かしさで胸がツーンと締め付けられる。キュキュッと鳴る雪の感触、音、肌に当たるどころか目に入ってなかなか開けられない目を必死にひらいて、重たいキャリーを持ち上げて、歩道橋を渡り、改札に切符を2枚同時に入れた。


駅前のロータリーに、予約したタクシーが寂しく1台いた。

走り出したとたん、タクシーの運転手に

「いやー、こんな雪降ってどうするんだべなぁ」

なんて話しかけられて、ほんと、相変わらずよく雪が降りますね、と返答した。

「毎年毎年、成人式とセンター試験は吹雪になるのは勘弁して欲しいよなぁ、俺の息子がセンター試験をやった時は汽車が止まるかと思ったわ」

思い返せば、私がセンター試験受けた時天気は良かったが、大寒波で髪の毛が凍りついて白髪みたいになったっけな。

「明日の成人式も吹雪くなこれは」

積もり積もった雪が高く積み上がり、狭くツルツルの道をお構い無しにタクシーは進んだ。排雪が追いついてないこの街にある、たった一つのホテルが見えてきて、ロータリーをキュルキュル音をたてながらのぼり、タクシーは止まった。明日楽しんできてね!と言われて愛想良くお辞儀をした。


式は順調に進んでいった。懐かしい友達との再会が、心をあの頃に戻してく。誰なのかパッと見ただけではわからないくらい変貌を遂げてる人も中にはチラホラいたが、話し方や表情はあの頃の面影がしっかりあった。

テレビでよく見るような暴れた人が出てくることもなく、とても平和だった。あれは都会の話だけなのかな。

市役所に務める同い年の人が考えた企画が、また気の利いた楽しいものばかりだった。偉い人の話をひたすら聞くだけだと思ってたのに、別室に用意されてた懐かしい学校の机が多数並び、簡単な軽食と飲み物が用意されていた。プロジェクターに映った懐かしい先生方のビデオメッセージが流れたことで、会場は楽しいあの頃の思い出に包まれた。


同窓会の時間が迫り、外に出ると猛吹雪になっていた。


古びた居酒屋に、同学年のおよそ6割の顔ぶれが揃って、皆で乾杯し、お酒を口にする。

最初は男女別々になって座っていたが、トイレから戻ると、すでに私の席には男の子が座っていた。見渡すと、すでに男女バラバラに座ってざっくばらんに楽しんでいる。

1番トイレから近いところにとりあえず座った。どれが私のビールかなんて、もはや誰も把握してなかった。

とりあえず、未使用の割り箸と醤油皿を見つけてお醤油を入れて、お刺身をゆっくり食べよう。


結構ぼーっとしてたのだろうか、隣にゴンとビール瓶が置かれた。

「…久しぶり、呑んでる?」

話しかけられた驚きと、話しかけてくれた喜びと、ずっと目で追ってた人に対するトキメキと、ほんの少しだけビールが来た喜びと。

「今日は、お疲れ様」

と、ガラスのコップを手に持たされ、注がれる。世界で1番長い注がれる時間。

慌ててガラスのコップを探していると、いらない、と言われてそのままラッパ飲みをはじめ、私はその豪快さに思わず笑った。


元気にしてた?都会の学校はどう?就職先はどこにするの?今はどこに住んでるの?

一通りこれまでの隙間を埋めたが、私はこんな話よりももっともーっと話したいことが沢山あった。でも、周りに人がいるから、きけない。

ごめんね、色々と。中学の時に沢山傷つけた。付き合ってたのに、照れ隠しが暴走して沢山傷つけた。

ほんとは卒アルにメッセージも書いて欲しかったし、最後にツーショットも撮りたかったのに、勇気が出なくて後悔した。失恋の傷を癒すために部活に専念した。部活の定期演奏会に毎年違う彼女を連れてきてたのを、舞台から見て密かに勝手に傷ついてた。

でも、この街の思い出に君が欠かせないし、どんな遠回りな思い出も、結局は君がどこかしらに出てくる。

付き合ってるとは決して言えなかったような交際だったのは…2人で話すことが出来なかったのは…私が緊張しすぎて会話にならなかったから。積極的になれなかった。話しかけようとしてなかった。話しかけて欲しいなって、付き合ってからも思ってた。君がリコーダーを持ってきてくれただけでニヤけて飛び回るくらい嬉しくて、目が合って手を振ってくれるだけでも一日がハッピーだったと断言出来た。

なのに、私は仲良くなろうという努力をしなかった。もっと素敵な彼女になろうという気持ちがなくて、待っているだけだった。だから、君の心の変化に気づけなかった。


気づいたら、私達は無言でお刺身の下にあるツマをロボットのようにひたすら食べていた。

謝りたい、もっと喋りたい。のに、心があの頃にすっかり戻ってしまい、仕事で鍛えたトーク力が完全に消滅していた。どうしよう、どうしよう。

世界で1番長い時間、ツマを食べていた。


じゃ、俺あっち行くわ。話せて良かったよ

と、1番恐れてた言葉が飛んできた。まって、もうちょっと話そうよ。言いたいこと、聞きたいこと沢山あるの。多分混乱して「言いたいことって何?聞きたいことって何?」って言われたら全てが爆発して真っ白になることくらい、簡単に想像出来るんだけど、それでももっと、話したい。湧き上がる様々な感情を全て凝縮し、「ありがとう」と言えた。これだけの言葉なのに、唇が震えてる。彼は返事をするように手をサッとあげながら、奥へ進んでいく。

去ってく背中をチラッと見ながら、「幸せになってね」と心でも震えた唇で、そっと言った。


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