だから今日は
窓に切り取られた青い空を背景に、異国の軍服がまるでその人の為に作られたように映える。
僕・市村鉄之助は眩しく眼を細めながら、低く響いた声を鼓膜の手前で反芻して、心の中に入れるのを拒んだ。
深く考えずとも、明確な答えは出ていた。
「厭です」
「訊いてねぇ。もう一度だけ言う。俺の故郷に、兼定と写真、手紙を届けろ」
ここは、蝦夷箱館の五稜郭。
新政府軍の専制政治に対抗し、蝦夷共和国を設立した旧幕府軍最後の地。
近々箱館総攻撃があると、陸軍奉行並・土方歳三先生の小姓である僕でさえ知っていた。
「僕だって武士です! 皆が戦う場所を離れて、逃げるような真似はしたくないんです!」
そんなの、折角最後の隊士募集で入隊を許されたのに、新撰組の立場が危うくなった途端に寝返った市村辰之助……僕の兄と同じだ。
「残ろうが、俺の命令を聞けねぇ小姓は要らねぇな」
土方先生は、愛刀・和泉守兼定に手を掛けた。
僕の知らない頃……京での“鬼副長”の異名が箱舘では嘘みたいに、隊士みんなが
「まるで母だ」
と言うくらい優しかった先生は、僕に、それこそ信じられないような殺気を当てる。
スラリと、美しい抜き身が陽に反射して光る。
「大人しく任務を全うするか、ここで俺に斬られて死ぬかのどちらかだ」
剣先は、僕の首。
躊躇う気など、微塵も無い。
僕は一歩、また一歩と、近付いて刀身を握ろうと手を伸ばす直前、先生が喉の奥
「馬鹿!」
と呟いて、刀を退かしてくれた。
それじゃあ僕の意志が伝わらないですよ。
「……先生の側にお仕えできないならば、斬られた方が余程幸せです」
土方先生はハッと一瞬眼を丸くして、また刀を納め、溜息した。
「なんでこう……俺の周りは駄々っ子ばっかなんだ」
駄々っ子ばかりって……誰のことだろう……って、ヒドイです! 僕はもう十五ですよ!
すぐに猛抗議に出たいところだけど、先生が僕に背を向けて、窓の向こう……ずっと遠くを見詰めているみたいで黙り込むから、僕も硝子に映る顔を見ようとするぐらいしかできなくなった。
「戦場で死ぬより、ずっと尊いことだ。だからこそ、お前に任せたい。俺の言う意味は……鉄、お前もいずれわかるだろう」
ひどく微笑んでいたから。
だから僕はもう涙が止まらなくて、厭とは言えなくなって、先生は
「やれやれ」
と振り向いた。
「見ろよこの男前。百年後の女でもオトせるぜ?」
「っぷは!」
「テメッ! なんだその笑い!」
得意気に、確かに男前な写真を見せられて泣き笑いに苦しくなっている僕に、土方先生は一言も別れの言葉を掛けなかった。
でも、お預かり物を抱えて歩く僕が先生の部屋の窓を何度も見上げると、いつまでも、そこには黒い影ができていた。
だから今日は、離れて行く道でも進んでいける。
了