表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

だから今日は

作者: 春羅


 窓に切り取られた青い空を背景に、異国の軍服がまるでその人の為に作られたように映える。


 僕・市村鉄之助は眩しく眼を細めながら、低く響いた声を鼓膜の手前で反芻して、心の中に入れるのを拒んだ。


 深く考えずとも、明確な答えは出ていた。


「厭です」


「訊いてねぇ。もう一度だけ言う。俺の故郷に、兼定と写真、手紙を届けろ」


 ここは、蝦夷箱館の五稜郭。


 新政府軍の専制政治に対抗し、蝦夷共和国を設立した旧幕府軍最後の地。


 近々箱館総攻撃があると、陸軍奉行並・土方歳三先生の小姓である僕でさえ知っていた。


「僕だって武士です! 皆が戦う場所を離れて、逃げるような真似はしたくないんです!」


 そんなの、折角最後の隊士募集で入隊を許されたのに、新撰組の立場が危うくなった途端に寝返った市村辰之助……僕の兄と同じだ。


「残ろうが、俺の命令を聞けねぇ小姓は要らねぇな」


 土方先生は、愛刀・和泉守兼定に手を掛けた。


 僕の知らない頃……京での“鬼副長”の異名が箱舘では嘘みたいに、隊士みんなが


「まるで母だ」


と言うくらい優しかった先生は、僕に、それこそ信じられないような殺気を当てる。


スラリと、美しい抜き身が陽に反射して光る。


「大人しく任務を全うするか、ここで俺に斬られて死ぬかのどちらかだ」


 剣先は、僕の首。


 躊躇う気など、微塵も無い。


 僕は一歩、また一歩と、近付いて刀身を握ろうと手を伸ばす直前、先生が喉の奥


「馬鹿!」


と呟いて、刀を退かしてくれた。


 それじゃあ僕の意志が伝わらないですよ。


「……先生の側にお仕えできないならば、斬られた方が余程幸せです」


 土方先生はハッと一瞬眼を丸くして、また刀を納め、溜息した。


「なんでこう……俺の周りは駄々っ子ばっかなんだ」


 駄々っ子ばかりって……誰のことだろう……って、ヒドイです! 僕はもう十五ですよ!


 すぐに猛抗議に出たいところだけど、先生が僕に背を向けて、窓の向こう……ずっと遠くを見詰めているみたいで黙り込むから、僕も硝子に映る顔を見ようとするぐらいしかできなくなった。


「戦場で死ぬより、ずっと尊いことだ。だからこそ、お前に任せたい。俺の言う意味は……鉄、お前もいずれわかるだろう」


 ひどく微笑んでいたから。


 だから僕はもう涙が止まらなくて、厭とは言えなくなって、先生は


「やれやれ」


と振り向いた。


「見ろよこの男前。百年後の女でもオトせるぜ?」


「っぷは!」


「テメッ! なんだその笑い!」


 得意気に、確かに男前な写真を見せられて泣き笑いに苦しくなっている僕に、土方先生は一言も別れの言葉を掛けなかった。


 でも、お預かり物を抱えて歩く僕が先生の部屋の窓を何度も見上げると、いつまでも、そこには黒い影ができていた。


 だから今日は、離れて行く道でも進んでいける。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ