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かみさまの夢  作者: ゆと
1/3

プロローグ 子

僕の幼馴染の話をしよう。長くなってしまうし、まるで奥の見えない黒い霧の中を傷だらけになりながら裸足で走ってもがいて行くような朧げな物語だ。それは、あと一歩進んだら崩れてしまう橋のような、「ありがとう」の挨拶みたいな一言で千切れてしまう赤い糸のような、例えようとするとキリがない。


それでもその糸は18年は繋がっていたんだと今でも思う。


黒堂陽花コクドウヒバナ

その人物を説明しろと言われれば優しいとか可愛いとか大人っぽいとかそんな陳腐な言葉で表さない。というか、その言葉からは最も遠く離れている。

かっこいいとか端正だとかその言葉ならまだ当てはまるだろう。でも、そうじゃない。そんな誰にも当てはめれるような単語じゃ足りないんだ。


過激の代名詞、花火みたいな子


僕の彼女に対する印象はそれだった。


誰よりも負けん気が強かった彼女は、怪我なんてしょっちゅうしていたし、喧嘩も毎日のようにしていた。例えば、ドッジボールで誰かが線を踏み越えてズルをしたら犬が吠えるように怒り狂うのだ、そして相手が言い訳をしたら取っ組み合いの喧嘩になる。馬鹿にされるようなことがあれば殴って相手を捩じ伏せる。などといった暴行。

所謂問題児だ


幼稚園の頃から陽花は何事も1番だったし、本人も1番になりたがっていた。芋掘りでも誰よりも沢山採っていたし、虫捕りでも誰よりも大きなカブト虫を採る。虫相撲をさせれば彼女の圧勝だった。僕は何をやるにも彼のようには上手くいかなかった。頑張ろうとして空回りしてしまう。それを馬鹿にするのも彼だった。


「あはははは!!!そうはほんとザコだな!みろよー!みんな!こいつのクワガタ!ちょうちっちぇ!」

陽花はその大きな瞳を楽しそうに細ませて、これ以上かと口をめいいっぱいに開いて笑った。フサフサと淡い栗色の短い髪が笑うたびに上下に揺れる。彼の髪は光の当たり具合で金色にも見えたりもした。

そう、というのは僕の名前だ。爽やかな雨に爽雨。陽花は楽しげに「そうはよわい、そうはしょぼい」と繰り返す。

「うわーー!!ひぃちゃんやめてよぉ!これでもがんばっていっこつかまえたんだ!」

僕は悔しくて泣き出した。「ひぃちゃん」大っ嫌いな彼女の名前を呼ぶ。陽花だからひぃちゃん。そうやって皆呼んでいた。

涙が汗と一緒に流れた7月の朝方に僕と陽花、それから同じ幼稚園の男の子3人、合わせて5人で朝6時に起きて、大人から子供だけで入ってはいけないと言われている森の中に入ってカブト虫を探しに来ていた。着替えたばかりの服は汗で温まり、湿っぽくなっていて気持ち悪い。

迷子になるからね、危ないからね…。

そうやって大人は言っていた。なんでも、僕らがよく遊ぶ無駄に広い公園の裏側にある森は上に登っていくにつれて険しくなり、道に迷いやすい構造になっている。小さい山みたいなもので、場所によっては生えている木々が邪魔で陽の光が全く入ってこないらしい。低い場所ならば幼稚園でも先生引率で自然と触れ合おうという活動の一環で来ていたりしていた。立ち入り禁止の札は建てているが、もし超えて上の方に行ってしまったら崖があったり、蜂の巣があちこちに作られていたりする。間違って入りでもしたら大変なので、大人の監視の無い中で森に入るのは駄目だと決められた。

しかし、陽花がそんな言葉を聞き入れるはずが無かった。

「いくぞ!おれのがおとなよりつえぇことをショーメーしてやる!」

立ち入り禁止の看板を飛び越えてドカドカと楽しそうに森の中を歩いていった。僕ら4人は怯んで暫くは動けなかったが、恐る恐ると足を進めていた。陽花が前にいたからだ。だから、怖さ

なんてどっかに吹き飛ばして進んだ。


僕の花火は大きくて頼もしかった。


少し歩いたところで茂みは濃くなり草木は増え、蝉の声が五月蝿く頭の中で響く。朝とはいえ7月だ。汗が止まらずに、頰を伝って地面に落ちていった。炎天下までとはいかないが、アイスやかき氷でも食べたい気分だった。木陰に入ると少し安心する。時たま風が吹けば目を閉じて逃すまいとめいいっぱい涼もうとその風を浴びた。風が吹けば、木は葉が擦れ合う音を立てて、木漏れ日を揺らしていた。ふと、陽花を見ると明暗とする彼女の髪が栗のようだったり、レモンのようにも見えたり蜂蜜のようにも見えたりする。ふと、アイスの味にありそうだな、食べてみたいなと子供らしくアホなことを考えてみる。


僕がようやく捕まえたクワガタを馬鹿にしてから陽花は自分のひと回り、ふた回りと大きなカブト虫を掴んで僕の目の前に出した。

「そう!おれのハカイドラゴンRXとたたかえや!」

「えぇ〜かてないよぉ…それにぼくのやつクワガタだからたたかえないよ…」

「ばかだー!クワガタはたたかえるんだぜ!なんでしらねぇの!」

「え〜…やだよ…」

「いいからたたかえや!!!」

そうやって無理やり戦わせようとしては、僕をみんなの見ている前で負かせてその顔をくいっと上げて目を細めた癖のある嘲笑を零すつもりなんだろ。そして、みんなで馬鹿にするつもりなんだろ。悔しさで押し潰されそうだ。


ひぃちゃんの存在はきっと、きっと神様から僕への呪いみたいなものなんだろう。


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