月。
「今夜、泊めてくださいっ!」
「・・・は?」
そう言って僅かに笑む紫月さんに私はすかさず微笑み掛け、肺いっぱいに夜の空気を吸い込んだ。
肺いっぱいに吸い込んだその夜の空気は雨の匂いと微かなタバコの匂いとが混じり合っていてそれは夜の闇にひっそりと溶け込んでいた。
「お願いしますっ!」
私は両手をパチンと合わせ、上目遣い気味に・・・と、言うよりは21センチの身長差(プラス二の歯の下駄分の身長差)から必然的に上目遣いになってまた不機嫌になりつつある紫月さんを見つめ見た。
紫月さんは少しの間、私を見つめ見たあと、大きな溜め息を吐き出した。
その大きな溜め息から1つの決断が出たことは簡単にわかった。
「・・・今夜は特別に・・・だからね?」
呆れ気味にそう言われてしまったけれどそう言ってもらえたことが本当に嬉しかった。
まさか本当に許してもらえるなんて思わなかったから。
「ただし! 朝になったら即、追い帰すからね? いい?」
「もちろんいいですっ! ありがとうございます! 紫月さん!」
私はそう言って紫月さんに抱きつき、何も考えずに笑っていた。
ようやく何も取り繕うことなく笑える場所を私は見つけられた・・・。
もし、紫月さんとあの日、出会っていなければ・・・。
もし、あの日、あの場所で手帳を拾い、開いていなければ私は今頃・・・。
「じゃあ、もう寝よ? もう夜中だし、朝は早く起きなきゃだし」
紫月さんはそう言うと私をやんわりと引き離してカランと二の歯の下駄を鳴らし、はじめの一歩を踏み出した。
私はそんな紫月さんの見つめ見ていた。
「・・・月が・・・」
不意にそう声が漏れた。
私のその声に紫月さんは黙ったまま私を振り返った。
私は笑っていた。
真夏の夜風が紫月さんの長い髪を揺らしていた。
ただ、それだけの光景に私は胸を締め付けられる。
「・・・月が綺麗ですね」
私はそう言ったけれど、うるさく泣く真夜中の空に月なんて浮かんでいなくてただ、そこには黒いだけの闇があるだけだった。
私の言ったその言葉に隠された本当の意味を紫月さんは知っているだろうか?
きっと知らないだろうな・・・。
そんなことを思っていると紫月さんがふと、妖しく笑んだ。
それに私はドキリとさせられた。
「月は沈まないから」
紫月さんにそう返された私はきょとんとしていた。
「・・・さ。寝るよ」
紫月さんはそう言うと再び二の歯の下駄をカランコロンと鳴かし歩いてさっさと部屋の中へと入って行ってしまわれた。
私は雨の降り頻る真夜中のベランダに一人、取り残されてしまったけれど、寂しさなんて全く感じていなかった。
だって、きっと、月はずっと私のことを見ていてくれているから・・・。
この度は『月に願いを。月に想いを。』を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。
どの作品もなのですがいつも本当に楽しみながら作品制作をさせて頂いております。
ですが、この度は特に書いていて楽しかったと言うのが本音です。
純真な叶にちょっぴり意地悪な紫月・・・。
女子高生と社会人。
年の差に性別と言うどうしようもない問題・・・。
本当に色々なことを思いながら書かせて頂きました。
恐らく、高校時代の自分では書けなかった作品だろうな・・・と。
本編はこれにて終了となりますが今年の冬には長編となるものを新たに書かせて頂こうと思います。
また、その際に目を向けて頂けたら大変、嬉しいです。
イラストを描いてくださった神谷吏佑さんをはじめ、目を向けてくださった皆さまに感謝の気持ちを込めて・・・。
ありがとうございました!
H30.8.28
小鳥遊 雪都