Tシャツ。
「紫月さん・・・っ・・・意地悪ですよ・・・」
そう言いながら私は私を抱きしめてくれている紫月さんを抱きしめ返すのを戸惑っていた。
本当ならすぐにでも力いっぱいに紫月さんを抱きしめ返したい・・・。
けれど、今、抱きしめ返してしまったら紫月さんに私の涙や鼻水がべったりと付いてしまう・・・。
今だって少しはそれらが付いてしまっているだろうけれどこれ以上、それらを紫月さんに付けるのは本当に申し訳ないし、それで嫌われたらと思うと紫月さんを抱きしめ返すことなんてとてもできなかった。
「あれ? え? 抱きしめ返してくれないの?」
そう聞こえてきた紫月さんの怪訝気な声は私の右耳のすぐ横・・・。
本当に今の私と紫月さんの距離は近い。
身体は・・・だけれど・・・。
心は・・・わからない・・・。
今の私と紫月さんの身体の距離は本当に近いけれど、目に見えない心の距離はわからない。
もしかしたら今も紫月さんの心は遠いままでこの恋愛は紫月さんからしたらただの暇潰しの『ごっこ遊び』で私の一方通行なのかも知れない・・・。
それでも紫月さんと一緒に居たいと願う私はどうかしている・・・。
「だ、だって・・・私・・・今、顔・・・ぐちゃぐちゃで・・・」
私がそう言い終わると紫月さんは私をあっさりと抱き離し、私の顔を真っ正面からまじまじと見て『プッ・・・』と失礼にも吹き出し、ニヤリと笑った。
紫月さんのそのニヤリ笑いに私は嫌な予感しかしなくて逃げようと身構えたけれど、私が動くよりも紫月さんが動く方がはるかに早かった。
「ちょっ!? しづッ・・・んんっ!?」
「叶ちゃん、確保~♪」
そう言われた私は紫月さんの胸に顔を埋め込まれ、もがいていた。
「よ~しよ~し。私の胸で存分に泣きな~」
そう言って笑いながら私の頭を押さえ付け、わしゃわしゃと私の頭を撫でてくれている紫月さんの手を私はなんとか逃れ、激しく咳き込んだ。
「え? あ、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないですよっ! 窒息死するかと思いましたよ!?」
私はそう言いながらまだ咳き込んでいた。
本当に窒息死するかと思った・・・。
「あ~ごめんね? 豊乳で~」
そう言って苦く笑う紫月さんの胸を見て私は小さく溜め息を吐き出した。
そんな私を見て紫月さんが『・・・何?』と声を発する。
「紫月さんは豊乳って言うか・・・貧乳ですよね?」
「・・・あ? 何? ケンカ売ってんの?」
「だって・・・本当のことだし。それに・・・他に勝てるところ私にはないし・・・」
私はぶつぶつとそう言って自分の胸へと視線を落とし、また溜め息を吐き出した。
「てか、紫月さんが貸してくれたこのTシャツ・・・おかしくないですか? 紫月さんが着ているそのTシャツも・・・」
「え? そう? 似合ってるよ? ショッキングピンクの『どMっ娘』Tシャツ」
そう言ってクスクスと笑う紫月さんの着ている黒地のTシャツの胸元にはデカでかと白い字で『自由人』と書かれていて私は内心、頭を抱えていた。
紫月さんはちょっと変なところがある。
飼っている金魚には変な名前を付けているし、変なキーホルダーを待っているし・・・。
「そのTシャツが嫌なら脱いでもいいんだよ? Tシャツの下はノーブラの叶ちゃん」
紫月さんのその言葉に私は顔をしかめていた。
そんな私を見て紫月さんはクスリと笑う。
ああ、本当に敵わないし・・・本当に対等じゃない・・・。