動かない足。
迷いながら震える指先で押したインターホンのボタン・・・。
ピンポーン・・・ピンポーン・・・と部屋の中で鳴り響くそのインターホンの明るいような間の抜けたようなチャイムの音に私は少しの苛立ちを感じていた。
そのチャムの音が聞こえなくなると部屋の中からは微かな物音が聞こえてきた。
その微かな物音に私は言い様のない確かな安心感を得ていたけれど、それ以上に真夜中に突撃訪問してしまった自分の浅はかな行動と身勝手な振る舞いとを悔い、嫌悪する方が得られる安心感よりもいくらか勝っていた。
「・・・はーい」
そう部屋の中から声が聞こえてきたかと思うといきなり全開に開けられたのは目の前の玄関ドア・・・。
はじめの頃はその勢いよく開かれる玄関ドアに何度となく弾き飛ばされ、転けていたっけ・・・。
そんな苦くも懐かしい記憶が甦る。
「叶・・・何してんの? こんな時間に・・・」
私を見や否やそう訊ねてきた紫月さんは明らかに不機嫌だった。
そんな不機嫌な紫月さんに私は縮こまりながら『ごめんなさい・・・』と謝って続きの言葉を口にしようとしたけれど、続きの言葉も『あ』の声さえも出てはこなかった。
「兎に角・・・中にお入り」
そう言ってくれた紫月さんに私は頷いて言葉なく『わかりました』と意思表示を示したけれど肝心の私の足はピクリとも前に動いてはくれなかった。
ピクリとも前には動かないのに私のその足は・・・私の全身は地震に遭っているかのようにガタガタと震えていてそのせいなのか歯の根は全く合っていなかった。
「・・・しっかり」
そう言って私の肩をそっと抱いてくれた紫月さんの手は温かかった。
紫月さんのその体温に溶かされてか私の凍ったように動かなかった足は少しずつ前へと動きだした・・・。
私のその動きは本当にゆっくりで自分でもイライラしてしまうほどだったけれど、紫月さんはそんな私を責めも怒りも急かしさえもしなかった。
「叶、お風呂場に行こう?」
紫月さんのその言葉に私は『え?』と声を漏らし、どうしてですか? と訊ねたくて長身の紫月さんを見上げ、見つめ見た。
そんな私を見て紫月さんは小さな溜め息吐き出し、苦い笑みをじわりと滲ませた。
「叶・・・びしょ濡れだよ?」
紫月さんにそう言われた私はまた『え?』と声を漏らしていた。