てるみーぷりーず
田詩美玖様。
同窓会のお知らせ。
(中略)
つきましては、七府小学校四年二組のメンバーで同窓会をしようと思っています。
参加・不参加の返信をお願いします。
参加
不参加
否堀小瑠璃
***
旧友の葬式があり家に帰ると、同窓会のお知らせが届いていた。
へえ、同窓会っていう文化は存在してたのか。
架空の存在だとばかり思っていた。
荷物を放り投げて、息苦しい黒色の服を脱ぐ。
旧友とは言ったが、本当に昔の友達。というか、死んだ。という訃報を聞いて、まず思ったのが「誰だったっけ?」ぐらいの友達だったので、悲しみを引きずるということはしていない。冷蔵庫を開いて麦茶を手に取る。
「そういえば、この友達も小学校の頃の友達だったな……」
大方、母親が小学校の頃の友達を覚えていて、連絡をよこしてきたのだろうけれども、学校の友達というのは、大体殆ど、学校の期間内の友達に過ぎず、小学校の友達。というのは小学校までの友達に過ぎないのである。
もちろん、中学校にあがっても友達でいる子もいたけれども、それは『小学校の友達』カテゴリから、『中学校の友達』カテゴリにアップデートされただけだ。友達なんてものは、期間が指定されたカテゴライズでしかないことを覚えておいてほしい。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った。
画面を見てみると、『小学校の友達』から『大学の友達』までずっとアップデートされている高嶺伊智からだった。
彼女は小学生の頃、クラスでリーダー格だった。
いや、正確に言えば一番声が大きい人だった。
声が大きいから、意見が通りやすくて、でもリーダーと言うには人間としての人気がなかった彼女。声をかけられたら遊びに誘うけれども、こっちから声をかけることはまずない彼女。
そんな姿があまりにも滑稽で、私は小学校の頃からずっと友達でいる。
そんな彼女から電話がかかってきたので、私は麦茶を飲んでから応答する。ちなみに、彼女から私への着信はあっても、私から彼女への送信はない。
「伊智ちゃん、どうしたの?」
「ねえ、美玖。同窓会の連絡、届いた?」
開口一番のその質問に、私は少しばかり驚いた。同窓会に呼ばれるような子ではないと、私はずっと思っていたからだ。
それとも、この同窓会の主催者である否堀は、伊智ちゃんの手下の一人なのだろうか。
否堀、否堀、否堀……。
誰だったっけ。
今日、葬式のあった旧友よりも影が薄い。
「届いたよ、ねえ。伊智ちゃん。否堀って子、誰か覚えてる?」
「……えー、覚えてなーい」
妙な間の後、伊智ちゃんはそう答えた。
まあ、彼女の記憶力には期待していなかったので、問題はない。
さて、否堀瑠璃子の存在については別にどうでもいい。
問題は、この同窓会自体だ。
旧友よりも影が薄い子が主催をしている同窓会なんて参加する子は多いのだろうか。
同窓会というのは、人がいるから初めて参加する価値があるし、なんなら、参加する人数が多くて意味がある集会だ。
集会というのは、質ではなく数だ。
数が多くて価値があって、意味が産まれる。
だから、クラスメイトの三分の二も集まりそうもないこの同窓会には、興味がない。というのが正直なところだ。
そう思っていたのだが。
「同窓会? 私は参加するつもりだよ?」
という伊智ちゃんの意見に、私は思わず。
「嘘」
と言ってしまった。
伊智ちゃんは声の大きい人だ。
それはつまり、『周りに沢山人がいないと気が済まない人』でもある。
そんな彼女が、こんな人が集まらなさそうな同窓会にどうして参加しようと考えるだろうか。
彼女が心変わりをした?
それとも、この同窓会は私が知らないだけで、実は価値のある同窓会だったりするのだろうか。
「楽しみだなあ。せっかくの同窓会なんだから、会いたい人たくさんいるんだよねえ」
「伊智ちゃんが? ちょっと意外」
「意外かなあ。小学校の頃、私結構友達いたでしょ?」
友達。と言うほどの関係なのかは分からないけれども。
少なくとも、私は伊智ちゃんのことを、友達だと思ったことはない。
ほら。と、伊智ちゃんは思いだすように呟く。
「池網玉って子、いたじゃあない? いっつも観察池を覗き込んでいた子。私、久々に、会いたいなあ。今、確か養殖関係の仕事に就いてるんでしょ?」
「死んだよ」
私は言った。
池網玉というのは、今日、葬式を迎えた旧友その人の名前だった。
「え」
伊智ちゃんは驚いたように、声をあげる。
「死んじゃったの、池網さん」
「仕事中に頭がおかしくなったらしくてね」
私は葬式で聞いた話を、そのまま伊智ちゃんに返す。
池網さんは、鯉の養殖を仕事にしていた。
意外と繁盛しているらしくて、その日、池網さんはテレビの取材を受けていたらしい。
池網さんは、テレビの取材の受け答えをしながら、生け簀の鯉に《《バケツ一杯の玉子焼き》》をやっていたかと思うと、急にぶつぶつ呟き始めて、生け簀の中に飛び込んだらしい。
取材の人たちは、そのあまりにも突然な動きに驚いて、ふざけているのかとも思ったらしい。
しかし、一分経っても彼女は水の中から姿を現すことはなかった。
彼女は水の中で溺れていた。
鯉を口の中に詰め込んで、溺れていた。
「……へぇ、そんなことがあったんだ」
「らしいよ。それで、小学校の頃の同じクラスの私に、葬式の案内が来て、行かないのもなんか雰囲気悪いなと思って、行ってきたんだ」
「え、私には来てないけど」
そりゃあそうだ。
「はあ、池網さん、死んじゃったんだ」
しみじみと伊智ちゃんは言ってから。
「……ねえ」
と、言ってきた。
その声色はなんだか「今から変なことを言うね」と言わんばかりだった。
「四年二組ってさ、呪われているのかな」
実際、彼女が発したセリフは、まさに変なことだった。
呪われている?
一体なんの話だ?
「知らないの? 四年二組のメンバーで死んでいる人、もう十人はいるんだよ」
「……え?」
十人?
私は思わず自分の年齢を思いだす。
二十六歳。
自然に死ぬことは、まずない年齢。
伊智ちゃんは言う。
「まずは小学校の頃、屋上から落ちちゃった狭下宿でしょ」
彼女については、私はよく覚えていた。
なにせ、彼女が死んでしまった間接的な原因は、今電話をしている伊智ちゃんだからだ。
七府小学校には七不思議があった。
その中の一つ、『貯水タンクには死体が浮かんでいる』という噂話が本当かどうか気になった伊智ちゃんは、自分のイエスマン(イエスウーマン?)となっている彼女に、確かめてきて欲しい。とお願いをしたのだ。
結果、狭下さんは屋上から落ちてしまって、頭が砕けてしまった。
私が小学校にいる間、屋上には花束がずっと置いてあったし、アスファルトの地面には赤いシミがこびりついていた。
しかし、今そんな話をするなんて。
私ですら少しぐらい罪悪感を感じているというのに、伊智ちゃんは罪悪感もなにも感じていないのだろうか。
「それと、映移写くん。彼は学校の理科室で倒れてたらしいよ。胸には大きな穴が空いてたんだって」
映移写については思いだすのに少し時間がかかった。
確か、色んなイタズラをするやつだったような気がする。
夜の学校にも忍び込んだことがあると自慢していた。
そんな彼が、二十六歳にもなって、まだ学校に忍び込むようなイタズラっ子であったことは、人は中々変われない。という面白い話ができるかもしれないけれども、まさか、死んでしまっているなんて。
「映移写と一緒によくイタズラをしていて、途中から学校に来なくなった足下くんは、家で首を吊って死んでたって。なんか、足が動かなくなってから、人生がつまんなくなったって。あとはよく一緒に話してた子、名前なんだっけ。あの子もなんか首をもがれて死んでたらしいよ」
名前を思いだせない子が一番猟奇的な死に方をしている。
伊智ちゃんは次々と四年二組のクラスメイトの訃報を告げてくる。
覚えのないクラスメイトもいたけれども、卒業アルバムと照らし合わせながら確認をした。
確かに、十人死んでいる。
あと行方不明が五人もいた。
十五人。
確か、四年二組は三十二人のクラスだったはずだ。
その半分が、死亡、あるいは行方不明になっている。
確かに、それは、おかしい。
「だからね」
伊智ちゃんは言う。
「この同窓会のお知らせって、もしかしたら、安否確認なのかもしれないって、私は思うんだ」
安否確認。
死んでないかどうかを、調べておきたい。
もしかしたら自分たちは、なにか恐ろしいことに巻き込まれているのではないか。
その確認がしたい。
確かに、伊智ちゃんが行こうと思うのも分かる。
私も確かに、他のクラスメイトたちと話をして、状況を確認したい。
「どうする、美玖?」
伊智ちゃんは尋ねてくる。
電話の音以外に音がない。
それがちょっと怖くなってきた私は、手元にあったリモコンを操作して、テレビの電源をつけた。
テレビは丁度、夕方のニュースをしていた。
画面には見覚えのあるマンションが写されていて、下のテロップには『独身女性(26)、不審死』と書かれていた。
ニュースによると、《《会社員の高嶺伊智(26)が、本日未明、首を切断されて死亡しているところを》》、《《同居人が発見したとのことだった》》。《《見覚えのあるマンションは》》、《《伊智ちゃんが住んでいるマンションだった》》。
「え?」
「ん、なに。どうしたの。美玖」
美玖。と伊智ちゃんの声が私の名前を呼
んでいる。
ニュースによると、本日未明に首を切断されて死んでいるはずの伊智ちゃんが、呼んでいる。
「私はさ、その同窓会参加するんだ。美玖ももちろん参加するよね?」
《《伊智ちゃんの声》》は私に、同窓会の参加を促してくる。
死んでいるはずの人間が、促してくる。
悲鳴が喉から先にでかけたけれども、それはインターホンの音でひっこんだ。
「……だ、誰だろう」
私は言う。
正直、助かったと思った。
ニュースの言っていることが本当だったとしたら、高嶺伊智が死んでいるのだとしたら、この電話の先にいるのは誰なんだ。
すぐに切りたかった。電話を続けていたら、良くないことが起きそうな気がした。
「ああ、私だよ。私」
電話の先の声は言う。
伊智ちゃんの声は言う。
「い、伊智ちゃん? なんで?」
「そうそう。迎えに来たんだよ」
「迎え?」
「同窓会のだよ」
もう一度、インターホンが鳴る。
三回、ノックの音。
インターホンは聞き間違いなんかではなくて、その向こうには確かに誰かがいることが分かる。私は恐る恐る、ドアの外をドアスコープで覗く。
そこには伊智ちゃんがいた。
顔は苦悶に歪んでいた。
首を絞められたように舌をだらんと垂らしていて、充血している眼球が眼窩から浮かんでいる。
しわくちゃでぐちゃぐちゃなまま固まっている、真っ白な顔の下にある首を見ると、すうっと赤い線がはしっていて、管が一つ、線から飛びだしている。ぽたぽた。と、赤い水が漏られている。
垂らしている舌を、まるでスルメイカみたいに噛みながら、伊智ちゃんは言う。舌は半分ぐらい千切れていた。
まるで。なんというか。
マネキンの体の上に、生首が置かれているようだった。
「皆、美玖のこと待ってるよー」
「……ねえ、伊智ちゃん」
私はドア越しに彼女を見ながら、スマホ越しに尋ねる。
「なに?」
伊智ちゃんの声はスマホ越しに不思議そうな声を出して、伊智ちゃんの頭はかくんと揺れてズレた。
「伊智ちゃんだよね?」
「そうだよ」
伊智ちゃんの声は答える。
「高嶺伊智だよ」
舌が半分に千切れた口で、伊智ちゃんの顔は笑った。
私は答える。
「ごめん、ちょっと用事があるから、同窓会いけないや」
「そっか」
伊智ちゃんの声は言う。
「なら、仕方ないね。気が変わったら、私に電話してよ」
電話は切れた。
ツーツー。という音。
ドアスコープから外を見ると、誰もいなかった。
私は足の力が抜けて、玄関で座り込んでしまった。
なんだったのだ。なんだったのだ。今のは。
とにかく警察に連絡するべきだろうか。
私はスマホを手に取り――電話がかかってきた。
「ああ、田詩か? 久々だな。俺だよ、映。映移写。覚えてねえかな」
私は咄嗟に、電話を切った。
ぷるるるるるるるる。
ぷるるるるるるるる。
ぷるるるるるるるる。
ぷるるるるるるるる。
再びスマホがなり始める。
それだけではない。固定電話もなり始めた。
電話の音が何個もする。何個も重なり合っている。
どんどん。
どんどんどんどん。
どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん。
ドアが叩かれる。
外から声がする。
私を呼ぶ声がする。
郵便受けに手紙が落ちてきた。
ことんことんことんことんことんことんことん。
ああ、ああ、ああ、ああ。
騒がしい。騒がしい。騒がしい。
まるで、小学校の教室のような、そんな五月蠅さだ。
がちゃ。
三十一の声と電話の音が重なる騒がしさの中、確かにドアが開く音が聞こえた。
私は、ドアを見た。
ドアがゆっくり開く。
隙間から、黒い髪の女の子が私を見ていだ。
「迎えに来たよ。きみが最後だ」