第1話「連れ去られる」
俺は片耳にイヤホンをしたまま俺はエレベーターに乗った。
いつもどおりの時間にエレベーターに乗り、いつもどおりのデスクワーク。
いつもどおり、隣の席でアロマの香水をプンプン匂わせてくる上司。
そんな有り触れた日常と、今日もいつもどおり1日付き合って行く…
そう思ってた。
あくびをしながらイヤホンを外そうとした時。別の階からどこか貫禄のあるスーツ姿で
ガタイのいい黒人が乗り込んでいきた。
そして、いきなり俺のイヤホンを掴まれる。
「ちょっと、何すん」ー
ーそう言いかけた時だった。
ブシッ!!
俺のイヤホンがソイツの親指と人差し指で粉々に砕かれる。
恐ろしくなって、エレベーターの隅に逃げた。
なんだ…こいつ!
するとそいつはいきなりうめき声をあげ、大声で叫ぶ。
「フルーダムイズ…ノーフリーィィィ!!!」
そしてそいつの着ていたスーツが、増長するそいつの筋肉でバチバチに破ける。
怖くてとにかく、泣いて叫んだ。
パンツいっちょになった黒人は、俺に近づいて睨みつけた目でこういった。
「ウィルユーウォントュビーニーツ?」
俺は全力で首を横に振る、そいつはずっと俺を睨みつける。
気づけば、俺の会社の階にエレベーターが到着する。
俺は逃げるように、その階へ降りた。
「お前、幻覚見てんじゃねえの?」
お昼の時間、同期の康晴と桜と昼食を食べている時、
みんなに朝のエレベーターでの話をするとげらげら笑われた。
「一体、何者だったんだろうね」
そう桜が言うと、康晴は笑いながら「不審者だよ、こうやって人びびらせて
楽しんでんだよ」と言うと、桜は不安そうな表情で
「警察に言った方がいいんじゃない?」と言って来た。
俺は「いいよ、そこまでしなくても」と少しくたびれながら言う。
みんなに話すと、死にそうになっていたエレベーターの話も4コマ漫画の
ように思えてくるのが不思議だ。
それから、仕事を再開し気づけば夜9時を過ぎていた。
だんだんと人がオフィスからいなくなって行く。
直属の上司の川西先輩が隣で仕事していたが、仕事が終わり
帰り仕度をしながら不安そうに俺に
「大丈夫? もう仕事終わる?」と聞いて来たので、
「もう30分くらいで終わらせて帰ります」と答える。
「あんまり無理しないでね」と笑顔で、アロマの香水を匂わせ
「じゃあお先に」と帰って行く川西先輩は、本当に美しいアラサーだ。
香水は臭いが、メイクは薄くて上品で気遣いもできて本当に尊敬している。
さて、仕事を終わらせなければ…
× × × ×
そして時刻は夜11時。
思いの外仕事が終わらず…ついに会社は俺一人に。
ひっそりしたオフィス。誰もいない寂しさを紛らわすために俺は
鼻歌を歌いながらパソコンと向き合っていた。
沢山の緑色のプログラミング言語と黒い背景は、なんでこんなにもマッチするのだろうか。
そして俺と言う人間と、このオフィスいや…この仕事はこの言語と背景のように
マッチしているのだろうか。
正直最近、こういう一人で残って仕事することが多い。
仕事が終わらないのは、仕事量が多いからでなく、俺ができないからではないかと
疑い始めている。
今日の昼も、康晴と桜と賞与の話になった。
みんなどれくらいもらった…?と聞くと、二人とも「25万円くらい?」と探るように
聞いてて、二人ともその額だよねと互いに賞与が同額だったことを確かめあっていた。
「隆はいくらだった?」
そんな風に聞く、桜の無邪気で透明感のある表情が俺を苦しめた。
「俺は…」
…15万円。なんて言えず
「25万で〜す」と言うと、「なんだ、3年目みんな同額か〜〜」
「まあお前らより低くなくてよかったけど、桜より高くないのは納得いかねえ」
と茶化し合う康晴と桜のじゃれあいが、どこか心をざわつかせた。
俺は…お前らより10万円も価値が低いのか?
なんで?
あいつらはとっくに会社から帰って、家にいるか誰かと居酒屋でわいわいやってるだろう。
だけど俺はいつも、みんなより一生懸命仕事をして、給料も低い。
意味がわからない。
すると、突然オフィスの電気が真っ暗になる。
「はあ?! ちょっと!!」
誰かが誰もここにいないと思って、電気を消してしまったようだ。
俺の目の前にあるパソコンが一台だけ、光を放ちプログラミング言語で埋め尽くされる。
そんな文字をいていると、イライラしてデリートキーをどうしても押したくなってしまい
一回押すと一文字。長押しすると、今まで何時間も頑張った努力は簡単に消えた。
「…こんなもんか、俺の努力」
笑えて来て、長押しして全てデリートした。
終わった。
俺の苦労は、一瞬で消えた。
「ははは!!」
笑いが止まらない、社会に必死についていってついていけなかった俺の
悲しみの結晶は、笑いとなって真っ暗なオフィスに響いた。
もう…何にもやる気なくなった…
そんな絶望に追いやられた時。
ズッパァアアアアアア!!ガシャーーーーーーーーーーーーン!
「えっ!!?」
オフィスの窓が全て割られた。
うあわああああ!
そして後ろを振り返れば、オフィスのエントランスに…
今日エレベーターで見た黒人マッチョが、警備員姿でこっちを向いていた。
「…ヘイボーイ…カモン!!」
「えっ、お、おい!!」
俺は大きな袋に無理やり詰め込まれる。
そして、階段を袋の中につめられたまま持ち上げられ
全力で下って行く黒人。
「やめろ!!!」
「ビーーークワイエッツ!!!」
そして車のトランクに入れられる。
叫ぶけど、口はガムテープで固定されたまま。
助けて、助けてくれ!!
そして睡眠薬を無理やり飲まされ…目覚める。
…ここは。
目が覚めた時、俺は…真っ黄色な牢屋の中にいた。