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ハルのヒナ  作者: NES
8/8

ハルのヒナ (8)

「あ、いた、ソエ!」

 突然そんな声がした。女の子の声。びっくりして廊下の先に視線を向けると、制服姿の女子が走ってくるところだった。

 ぱたぱたという足音。ふわっとした肩までの髪、大きく開いたブラウスの胸元、膝上の短いスカート。おおう、校則違反のオンパレードだ。その長さの髪は縛らないとだし、ブラウスのボタンは上までしっかり止めないとだし、スカートの丈は膝下十センチだ。

 不良女子だな。最近は校則緩くなったのかな。っていうか、ヒナが卒業したのは去年だし、まだ一年も経っていない。なんだこりゃ。

「あれ?曙川先輩?」

 ほへ?そう言われて、驚いて女の子の顔をまじまじと眺める。ちょっと、クミ、あんたなんて格好してるのよ。

「お久しぶりです」

 バスケ部の後輩の八幡クミは、そう言ってにこにこと微笑んだ。一コ下だから、今三年だよね。受験勉強してなきゃいけない時期じゃない。そんな恰好で何やってんだか。ヒナは心配になっちゃうよ。

 人懐っこくて、甘えん坊のクミは可愛い後輩だった。少なくともこんな感じじゃなかったのになぁ。一体何デビューなんだ。

「クミ、その、派手になったねぇ」

「ああ、これですか」

 スカートの裾をつまんで、くるっと回転。ひらって翻る。む、そんな技まで身に着けているとは。ヒナだって、ハルの前ではまだそれやったことないぞ。

「今だと、このくらい結構普通ですよ?」

 そうなの?

 いやいや、タクがすっごい渋い顔してるんだけど。それ嘘でしょ。絶対嘘でしょ。

「八幡先輩は、普通じゃないです」

 ほら、タクだってそう言ってる。っていうか二人とも知り合い?どういう関係?

「私、バスケ部の方はもうほとんど出てなくて、サッカー部のマネージャーみたいなことやってるんですよ」

 はあぁ?

 いやいや、なんだそれ。バスケ部はそのままなの?だったらバスケ部はやめて、サッカー部に入ればいいじゃん。

「んー、それだとなんだか真面目にやんないと、みたいじゃないですか。そういうつもりは無いんで」

 フリーダムだねぇ。クミ、そんなキャラだったっけ?もうちょっと大人しめの印象だったけど、実はでっかい猫かぶってた?

「やっぱり、先輩の代の影響ですかね」

 負の遺産、ですか。何があったって、学校は助けてくれたりなんかしない。学校の言うことなんて聞いていても、ロクなことにならない。大きな反動を作り出しちゃったね。

「感謝もしてるんですよ。お陰で、とても自由にさせてもらってます」

 それは良いことなのかどうか、微妙な線だとヒナは思うよ。まあ、クミがそう言うならそれで、って感じかな。

「生徒の自治が進んでいるって言う意味なら、まあ良くはなってますよ」

 タクはなんでそっぽを向いているの?あれ?ひょっとして。

「ところでクミ、タクを探してたんじゃないの?」

「そうだよ、ソエ。練習始まるよ」

 クミが遠慮なくタクの手を取って、ぐいっと引っ張る。へぇ。決まりが悪そうに、タクはヒナと目を合わせようとしない。へえぇ。これはどういうことなんでしょうねぇ。

「行きますから、離してください」

 タク、もてるんだねぇ。言われてみればまあ、カッコいい部類に入るもんねぇ。ヒナはタクのことを全然知らないからな。まあ、知りたいとも思わない。そうかそうか。へぇ。

「あの、ヒナさん」

「ん?なあに?」

 モテ男かぁ、そうかぁ。いや、別にだからどうってことは無いんだけど。でも、ふーんって感じだなぁ。

 なんか色々悩んで損したって言うか、ちょっと複雑な気分になっちゃうな。

「ハルさんと、幸せになってください」

「うん、ありがとう」

 それが判っていただけたなら、十分です。タクにはタクの幸せがありそうだし。あとはどうぞ、おかまいなく。

「それから、こんなことを言って信じてもらえるか判らないですけど」

 クミがむっとした表情を浮かべる。はぁ、タク、それ、今言わないとダメ?もうちょっと空気読んであげようよ。真っ直ぐ君はこういう時、融通が効かないなぁ。

「俺は、本気、でした」

「判った。覚えておく」

 その事実くらいは覚えておいてあげるよ。ヒナとハルの幸せの裏には、破れた恋もあるって。二人の歩んできた道は、決して二人だけのものでは無かったって。

 タクがずるずるとクミに引きずられていく。一度、クミがヒナの方を振り向いて、べぇって舌を出した。ごめんごめん、別に邪魔するつもりは無かったんだってば。今日だってお断りするために来たんだし。クミのことも応援するよ。

 それにしても。

「ねえ、ナシュト、人払いってしてたんでしょ?」

 ヒナの呼びかけに応えて、長身の男が姿を現した。浅黒い肌、銀色の髪。燃えるような赤い瞳。豹の毛皮をまとった半裸の姿。大変、校内に変質者が。事案発生。さすまた持ってこなきゃ。

 ナシュト、そろそろ服装ぐらいなんとかしようよ。どうせ他の人には見えてない、とかじゃなくて。せめてヒナのところにいる間くらいさぁ。

「普通の人間なら、この場に干渉することは出来なかったはずだ」

 あ、服装に関してはスルーっすか。

「それはクミが普通じゃないってこと?」

 超能力者?魔女っ娘?改造人間?宇宙人?妖怪変化?

 まあ確かにヒナが中学にいた頃と比べたら別人みたいだったし、何かに入れ替わられてたとしても不思議じゃないけどさ。

「因果が強いのだ。あの、タクという少年との間のつながりが」

 は。

 そうなんだ。クミのタクを想う気持ちは、神様の力を越えちゃってるんだ。あんな派手になっちゃって。ひょっとして全部タクの気を引くためなのかな。だったらすごいな。大した努力だ。

「それほど強い結界を張っていたわけではない」

 はいはい、負け惜しみは良いから。そういうことにしておきましょうよ。

 二人が幸せになってくれるなら、それが一番じゃない。ヒナも安心してハルのことを好きでいられる。タクのことを、踏み台に出来る。

 もう一度、『雛』の文字を見る。ハルはどんな気持ちでこれを彫ったんだろう。指で触れる。なぞる。ここにはきっと、ハルの想いが込められている。ヒナのこと、好き?

 ヒナは、ハルのことが好きだよ。ずっと、一生。ハルのこと、好きでい続けるよ。

 ここにある、ヒナのハルと、ハルのヒナに誓うよ。ヒナは、ハルのことが好き。



 部活に励む中学生たちの姿を尻目に校門の所までやってきた。そこには、朝倉兄弟の姿があった。はぁ、ハル、今日部活でしょ。良くヒナがここにいるって判ったね。カイまで引き連れちゃって。兄弟そろって中学に殴り込みですか。

 カイはすっかりしょげている。ごめんね、カイ。事情を説明する過程で、やっぱりどうしてもカイの名前を出さない訳にはいかなくて。変な隠し事をして話を作っちゃうと、それはそれで後で面倒なことになるからさ。

「ヒナ」

 もう、そんな心配そうな顔しないの。大丈夫だって。そんなことより。

「ハル、カイのこと、怒らないであげて」

 先輩に言われて仕方なくやったことじゃない。ハルだって怖い先輩くらいいるでしょ。それに、カイはヒナとハルの関係は絶対だって信じてくれてるから、そのくらい平気だろうって判断したんだよ。弟のことを信用してあげなさい。

「別に、怒ってないよ」

 本当かね。困ったハルだ。ヒナのことを大切に想ってくれるのは嬉しいけど、兄弟、家族のことも大切にしてあげてよ。ヒナの家族にもなるかもしれないんだよ。ふふ。ヒナはカイも、ハルのお母さんも、お父さんも、みんな大切だよ。

「ヒナ姉さん、すいませんでした」

 もう謝らなくて良いよ、カイ。前にも謝ってもらったし、どうしようもないってちゃんと判ってます。後はヒナ姉さんにお任せ。

「それで、どうなったんだ?」

 ハル必死だな。

「きちんとお断りしたから、もうおしまい、だと思うよ」

「そうか」

 判ってくれたとは思う。それに、もし次来たらこっぴどく追い返してやるつもりだ。あら、モテモテのタクさんじゃありませんこと。可愛いヒナの後輩、クミとは最近いかがお過ごし?こんな感じか。

 本気ではあったと思う。でも、タクにはちゃんとタクを幸せに出来る人がいる。ヒナはお邪魔虫だ。タクの本気は、もっと違う子に向けてあげるべきだよ。何が正しいかなんてヒナには判らないけどさ。

 ただ、少なくともヒナの気持ちは、タクに向くことは無いよ。ヒナが好きな人は、もう決まっちゃってるからね。

「ああ、そう言えば見てきたよ」

 ハルが不思議そうな顔をする。あんな所に飾ってあるなんて。卒業した後は、中学の校舎の中なんて一度も入らなかったもんね。人目に付かない所だし、知らなきゃ判らないこととはいえ。

 やっぱり恥ずかしいや。

「卒業制作。ハルのヒナ」

 一瞬何のことか判らなかったのか、ハルは首をかしげていた。その後、ううって顔をしてヒナから目線を逸らした。やめてよ。そんな反応されたら、こっちが照れ臭くなってくる。

「やっぱり難しかったんじゃない?」

「三回くらい失敗してやり直したんだよ。指も切りそうになったし」

 それは大変だ。そうか、そこまで苦労して作ったものだったんだ。それなら、また今度じっくりと見に来よう。あの頃のハルが、ヒナのことをどんなに大切に想ってくれていたのか。ちゃんと確かめよう。

 ここに来れば、それは判る。しっかりと残されている。

「ヒナは」

「私はハルの名前を彫ったよ」

 隠すことなんて無い。誤魔化す必要も無い。

 堂々と、胸を張って言える。だって今、ヒナはハルの彼女、恋人。

 もう、この気持ちを閉じ込めておく必要なんて無いんだから。

 きらきらした高校生活。やっと手に入れた、ハルとの幸せな時間。夢視てきた未来。

「カイも来年、この中学に入るんだよね」

 素敵な学校生活になるといいね。

 大切な何かを見つけられるといいね。

 ヒナは見つけたよ。


 大好きなハルの、大切な想いを。



読了、ありがとうございました。

物語は「ハルを夢視ル銀の鍵」シリーズ「コオリの魔女」に続きます。

よろしければそちらも引き続きお楽しみください。

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