ハルのヒナ (3)
はぁ。
弱った。昨日あれからため息が止まらない。何かにつけて、はぁ、だ。参ったなぁ。こんなにあてられるものなんだね。
あの後カイからいくつか話を聞いた。タクはサッカークラブの先輩で、話した通りの感じ、熱血で真っ直ぐな人なんだそうだ。高校受験を控えて、志望校を決めるために学園祭の見学とかをしていた。そういえばそんなことも言っていたような気もする。
カイのお兄さんがいる学校ということで見学に来たところ、ヒナに出会ってしまった。ほとんど一目惚れ、ということだった。プールサイドで見た時から、タクはヒナに恋してしまったらしい。えーっと、ヒナ、その時ジャージだったよね。ジャージ女子に一目惚れってのはあるの?どうなの?
本当は学園祭の二日目には来る予定は無かった。が、タクがどうしてももう一度ヒナに会いたいということで、急きょ訪れることになった。そこで出くわしたのが、パウンドケーキを売っていたヒナだ。ああ、あれは忘れてほしい。「女子高生の手作りパウンドケーキでぇす」とか、あんな姿見て惚れますかね、常考。イッタイ女だなぁ、としか思わないんじゃないか。
しかし、タクはその後もすっかり熱をあげてしまった。一体何がそんなにタクの琴線に触れたのか。学園祭の後も、タクはカイに根掘り葉掘りヒナのことを聞いてきた。
「あんまり色々話すのもはばかられましたし、諦めてくれた方が良いかと」
カイはヒナに彼氏がいることを、そしてその相手がカイの兄のハルであることをはっきりと伝えた。まあ、付き合ってる相手がいると判れば、普通は引いてくれるもんだよね。しかも年上の高校生。色々とかなわないって、そう思うのが普通だろう。
ところが、タクは引かなかった。むしろ更に燃え上がってしまったのだそうだ。なんでだよ。
「で、どうしても直接気持ちを伝えたいと言い出してしまいまして。すいませんでした」
中学生の先輩から強く言われたら、カイも断りきれないよね。可哀想に。カイが謝るのは筋違いだ。
住所とか電話番号とかメールアドレスとか、そういった個人情報の類をタクに教える訳にはいかない。それなら何処か近場で適当に顔を合わせて、軽くフッてもらって、そのまま別れてしまうのが良いだろう。カイはそう判断した。それが小学生の考えなのか。末恐ろしいな。
「ヒナ姉さんが副嶋先輩と付き合うとは思えませんし」
まあね。悪い子じゃないとは思うよ。ただ、残念なことにタクはハルじゃないから。ヒナはお付き合いする最低条件が、『ハルであること』だからね。それが突破できないようじゃ無理。つうかハル以外には不可能だ。
「放っておけば冷めると思うんです。本当に、ご迷惑をおかけいたしました」
ということで、その場はお開きとなった。タクは何処かに走って行ったまま帰ってこなかったし、もうどうしようもないわ。
で、今日。ハルと朝から学校に向かう道すがら。ここでもため息が止まらない。ヒナはハルの彼女、恋人。ハルはこの前の学園祭で、ほぼ学年中の生徒の前で、ヒナは自分の彼女だって宣言した。ヒナは人気があるから、誰にも渡したくないんだって。
ヒナの人気なんて、そんなのただのマニア受けだよ、としか思ってなかったんだけどな。まさか告白されるなんて。しかも年下、中学生から。ん?マニア受け、ってところはそのまんまそうなのか?はぁ。
「ヒナ、どうかしたか?元気ないみたいだけど」
「そう?別に何ともないけど」
ため息の原因の一つは、タクのことをハルには話せないってことだ。下手に話しちゃうと、ずるずるとカイのことにまで言及する羽目になっちゃう。それはカイにあまりにも申し訳ない。今回カイにはもうたっぷりと迷惑をかけてしまっている。この上お兄さんのハルからも突き上げを喰らうだなんて、たまったものでは無いだろう。
銀の鍵以外に、ハルに隠し事が出来るとか。なんだかショックだ。ハルには何も隠さないでおきたいのに。いつでも何でも話してしまえる関係でいたいのに。あーあ。嫌になっちゃう。
ハルも『彼氏宣言』なんてしたばっかりだもんね。安心してヒナのことを独占出来ると思っていたら、見えない方向から刺されたって感じか。まあ、ヒナの気持ちは揺るがないから、そこは問題ないんだけどさ。
でも、面と向かって男の子に告白されたのは、ハル以外では初めてだ。そんなことある訳ないって思ってた。学園祭の時、隠れファンなんて連中が出て来てたけど、あれはお祭り騒ぎの便乗。直接っていうのは無かったからね。そういうの関係なく、いきなり懐に飛び込んでくるって言うのは、勇気のいる行動だろう。タクは実際に、本気の目をしていた。
って、いかんいかん。なんでそんなことを考えてるんだ。今はハルと二人で並んで歩いているのに。ずっと好きだったハルと、恋人になったハルと一緒にいるのに。雑念にとらわれてる場合じゃない。ハルとの時間を楽しまなきゃ。
「ここんとこみんな、ぼーっとしてるよなぁ」
「そう?あんまり気にしてなかった」
うん、全然気にしてなかった。何かあったのかな?ヒナはちょっと昨日ありましてね。はは、は。こういう時は吐き出すと良いって神様に教わったよ。ちょっと後でみんなに相談してみよう。
「高橋とか、最近あんまりしゃべんないじゃん」
高橋って誰ですか?ああ、ハルの友達か。えーっと、お昼一緒に食べてるよね。お昼ご飯は、ヒナのいる女子四人グループと、ハルのいる男子四人グループで、仲良く教室でお弁当を食べている。その男子グループの一人。ああ、さといもだ。さといも高橋。ハルの友達はいもだからね。頭にさといもって付けてくれないと、高橋って出てこないんだよ。悪い悪い。
そんなにしゃべって無いっけ?えーっと、最近は高橋君、お弁当持ってくるようになったんだよね。ヒナが後夜祭の時、女子にダンスを断られてあまりにも哀れないもたちに、お昼に一品作って持ってきてやるって言ったんだ。そもそもハルに作ってあげてる手作り弁当がうらやましいってハナシだったからさ。ハルも少し気にしてたんだって。言ってくれればそのくらいはしてあげますよ。ハルのお友達なんだから。ヒナ、おかんみたい。
で、その高橋君、それまでは調理パン中心の生活だった。それがお弁当持ってくるようになったのは良いんだけどさ、白米だけ詰め込んで来てんだよね。もうヒナの作ってきた一品がおかずの全て。加減ってものを知らない。お陰様で最初におかず作って持ってきた時、物凄い奪い合いになっちゃった。なんなんだ、もう。
今じゃ毎日大皿レベルのおかずを用意してきている始末ですよ。ホントにお金取りたい。材料だってタダじゃないんだよ。お母さんにも「あんた一体何やってんの?」って言われちゃった。もうね、ヒナにもワケワカランですよ。
その食い意地のはった高橋君が何ですって?はあ、口数が少ない。先週金曜日の肉野菜炒め、元気に一番食べていた気がしますよ。隣のじゃがいも1号宮下君と肉取り合ってました。口の中がご飯で一杯だから、話せないだけなんじゃないですかね。
そういえば、お昼の時、ヒナの友達のチサトが、ちょっと元気が無い感じがしたかな。飯食ってる奴らは平気だよ。ご飯を食べる元気があるなら、大概のことは大丈夫。ヒナはチサトの方が心配だ。
「なんか色々あるんじゃないかな」
色々、か。物想う秋、なんて言うもんね。ヒナもまさかこんなことで悩まされるとは思わなかった。結論は出てる訳だし、さっくりと忘れても良いんだろうけど。
でも、あの真剣な眼差しを思い出すと、それでいいのかなって、少しだけ胸の中がもやもやするんだ。ハル、ごめんね、こんな気持ちになっちゃって。ヒナ、ハルのことが一番好きなのは、変わらないからね?