ハルのヒナ (2)
「ヒナさん、好きです。俺と付き合ってください。お願いします」
えーっと、ごめん、ちょと待って。状況についていけてない。
冷静だとは思うんだ。頭は回ってる。オーケー。曙川ヒナ、十五才、高校一年生。ダイジョウブ。
高校に入って、髪をほどいて、肩までのふんわりとしたウェーブになった。目もパッチリとしたし、スカートも短くした。拘束具が外されて、失われていた真の力を取り戻した。的な。
幼馴染の朝倉ハルも、ヒナと同じ高校に入った。ヒナはハルに告白されて、彼氏彼女になりました。オーイエス。
ハルは真のヒナ、シンヒナを見て危機感を抱いた。こんな可愛くて素敵な幼馴染を、他の男に取られてたまるものか。だったら俺の彼女にしてしまおう。ん?嘘は言ってないよ、誇張はあるかもだけど。
うん、彼氏いるよな。ヒナはフリーじゃないのです。えーっと、そこからか。あれ、そこから説明が必要なのか?
ちょっと時間を巻き戻そう。
楽しい高校一年生の学園祭が終わりを告げた。後夜祭でハルとダンスして、打ち上げでクラスのみんなとケーキバイキングに行って。その後ちっとも楽しくない中間テストがあった。
十月も半ばを超えて、いよいよ終わろうとしている。残暑なんて言葉も、もう聞かれなくなってきた頃だ。そうそう、ハルの弟、カイに呼び出されたんだった。
「すいません、ヒナ姉さん。折り入ってお願いがあるのですが」
カイから電話があるということ自体が珍しいのに、こんなお願いごとをされるとか更に珍しい。いや、別にヒナ、そんなに怖くないでしょう?古い付き合いだし、お兄さんのハルとは男女交際もさせてもらってる訳だし。カイの方も気軽に電話とか、相談とかしてくれていいからね。カイも大事なヒナの弟だよ。
で、どんな話かと思ったら、中学校まで来てほしいとのことだった。なんだろう。まあカイがおかしなことをするとか考えられないし、ヒナはほいほいと出かけていった。日曜日の午後、ハルは友人のいもたちと山登りだそうだ。まだ紅葉には少し早いけど、なかなか楽しいんじゃないですかね。ヒナはパス。足痛くなりそうだし、男子四人の集団の中に女子一人は正直キツイわ。
中学校、夏休みにも一回校門の所までは来たなぁ。卒業したら二度と来ることは無いだろう、とか思っていたけど、そんなことは全然無かったね。懐かしの母校は、相変わらずそこにあった。中学なんてロクな思い出がない。ああでも、来年にはカイが通うことになるんだから、今はまともであってくれることを願うばかりだ。
その辺絡みの話かなぁ、と悩んでいたけど、どうもそうではなかったみたい。校門の前には、カイともう一人男の子がいた。懐かしの制服。この中学の生徒ってことは後輩か。スポーツ少年って感じ。背丈もカイと同じくらい。ああ、なんかどっかで見たことあるぞ?何処だっけ?
「副嶋タク先輩です。サッカークラブの先輩で、この前学園祭で一緒に見学させていただきました」
そうだそうだ。カイと一緒に来てたね。その節はどうも。ペットボトルボート、すごかったでしょ?お陰様で最優秀団体賞もらったんだよ。ちょっと自慢。
「ハル兄さんに聞きました。おめでとうございます」
ありがとう。って、そんなハナシはどうでもいいか。えーっと、ヒナにどんなご用件でしょう?なんだかそちらのタク?くんがミョーに固くなってる気がするんですが。
カイとタクが顔を見合わせて、こくりとうなずいた。お、なんだそれ。「すいません、ちょっと外しますね」そう言ってカイはさっさと何処かに行ってしまった。え、ちょっとどういうこと?「ヒナさん」あ、はい。
「ヒナさん、好きです。俺と付き合ってください。お願いします」
そして、この状況に至る、と。
改めてタクをよく観察してみる。背丈はカイと変わらないから、実はハルとも大差ないんだよね。ヒナより高いってことだ。腹立たしいな、中学生。ヒナも一年前は中学生だったけどさ。
スポーツ選手にしては髪が長い気もするかな。サッカーってこんなんですかね。でも清潔感はある。キリッとして、引きしまった顔立ち。眉毛が太くて、意思が強そうなのが特徴的か。うん、悪くは無いんじゃない?モテそうではある。まあ、だからどうしたって感じ。ヒナはイケメンには耐性があるからなぁ。
えーっと、では、何処からどう話したもんだか。
「タクくん、でいいかな。その、私のことはカイから聞いたのかな?」
「はい。曙川ヒナさん、ですよね。学園祭の時にお会いして、その、とても素敵な方だなって、そう思いました」
学園祭の時のヒナって、どんなんだったっけ?記憶力フルパワー。一日目、ペットボトルボートを見に来てくれて、展示コーナーまでご案内しました。二日目、お嫁さんクラブ、もとい家庭科部のユマのお手伝いで、パウンドケーキの販売をしている所で出くわしました。ああ、後者はちょっと思い出したくないな。なんかブリブリの台詞吐いてた気がする。
以上。チーン。2件ヒットしました。
あれ?それだけか。ほっとんどお話も何もしてないよね。
「学園祭でちょっと会っただけだよね?」
「はい。すごく綺麗で、その、可愛い人だなって」
そう言われるのは悪くないんだけどさ。うーん。
「私のこと、そんなに知ってる訳じゃないんだ。それなら」
「いえ、これから知りたいんです!」
タクがぐわっと気を吐いた。おおう。
「カイから聞いてはいます。カイの兄さんと付き合っているってことも、聞いています」
あ、知ってたんだ。それなら話は早いと思うんだけど、どうなんだ。
「ヒナさんのことは、これから知って行きたいんです。俺のことも、知ってほしい。お互いのことを、もっと良く理解し合えたらなって、そう思ってるんです」
ずずい、とタクは身を乗り出してきた。熱いな。熱意は感じるよ、うん。でもちょっと待って。待って、ってば。
「ええっと、その、私は今、付き合ってる人がいるって、知ってるんだよね?」
「わかってます」
わかってるんかい。ホントかい。男女交際だよ?彼氏彼女だよ?
「それでも、俺はヒナさんのこと、諦められないんです」
ええー。
そうなんだ。ええっと、それは、ヒナのことをそんなに好きってこと?キミが?タクが?ええー?
「ヒナさんに彼氏がいるのは、なんとなくわかってました。こんな綺麗な人だし、みんな放っておかないだろうって」
・・・うん、なんだろう、一周回って馬鹿にされてる気もしてきた。綺麗?ヒナが?よくわかんねーな、こいつ。
「でも、ヒナさんだって、一生その人と一緒にいるとは限りませんよね?」
ファッ!?
「だから、待ちます。今がダメでも、俺、待ちますから。よろしくお願いします」
そこまで言うと、タクはビシッとお辞儀をして固まった。うっわー。思わず周囲を見回す。あ、カイが物陰に隠れた。ちょっと、カイ、これどうすりゃいいのよ。困ったなぁ。
「うーんと、タクくん?」
「はい!」
タクが身を起こして目をキラキラさせてくる。期待している所大変申し訳ないんだけど、返事は決まっちゃってるんだよね。
「とりあえず、ごめんなさい。さっきも言ったけど、彼氏もいるし、お付き合いは出来ません」
「はい・・・」
目に見えてしゅーんとする。犬系男子だなぁ。耳とか尻尾まで見えてきそう。
「綺麗とか、可愛いとか言ってもらえたのは嬉しいんだけどさ。その、タクくんにはまだこれから色んな出会いがあると思うし、もっと可愛い女の子と知り合う機会もあるよ」
「いえ!俺は、ヒナさんのことが好きなんです!」
突然、がば、って跳ね起きた。うわぁお。急に復活するなよ。何がスイッチなのか判り難いな、この子。
「無理を言ってるってことはわかってるんです。ヒナさんを困らせているのもわかってます。でも」
タクが真正面からヒナの目を見つめてきた。あ、これ本気だ。軽い気持ちとか、ちょっとやましい気持ちとかなら、銀の鍵なんか無くても判る。これだけ真っ直ぐなのは珍しい。
「俺は、諦めたくないんです」
タクはしばらくヒナと見つめ合っていた。澄んだ瞳、とは思うけどね。ごめん、ヒナも意思は固いんだ。正面から受け止めて見つめ返す。押されてどうにかなるほど、ヒナは甘くは無いよ。
ややあって、タクは突然がっくりとうなだれた。にらめっこ終了か。ヒナはほうっと息を吐いた。そのまま、タクはくるりとヒナに背を向けた。
「すいません。今日はありがとうございました。俺の気持ちを知って貰えただけでも嬉しかったです」
「え、あ、うん。ごめんね」
どう声をかければ良いのやら。ええっと、気を落とさないでね、とか?早く諦めてね、とか?うーん。
「カイに謝っておいてください。じゃあ、今日はこれで」
言い終わらないうちに、タクは走り出していた。足速いな、さすがサッカークラブ。あっという間に見えなくなってしまった。嵐のように告白して、嵐のように去って行く。すごいな、ストームブリンガーと呼ぼう。さらば、ストームブリンガータク。
ぽかーんとタクを見送っているヒナの横に、カイが並んだ。ああ、やっと出て来てくれたね、カイ。ヒナはもうキャパシティオーバーだよ。
「ヒナ姉さん、その、すいませんでした」
申し訳なさそうなカイの頭に、ぽん、と掌を乗せる。まあ、カイは悪くないよ。ちょっとビックリはさせられたけどね。