第98話 11歳(春)…遅刻
当初の予定では十日ほどかけて王都に到着し、まず最初にこれから一年お世話になるであろう、夢と希望のメイド学校へご挨拶にうかがうつもりだった。
その後、お世話になっているクェルアーク家へと向かい、次にチャップマン家へお邪魔して冒険の書の売れ行きや二作目についての話を少しする。詳細は後日にまわし、それから王都の冒険者ギルド支店へ足を運んで冒険の書の広報活動に力を入れてくれていることに深くお礼申し上げる。最後についでとして、冒険者訓練校校長のマグリフに挨拶する――、と、そんな予定を立てていたのだ。
が、出発から三週間が経過した現在――、冒険者訓練校の入学試験の執り行われるその日、おれとシアは訓練校を目指して街道をひた走っていた。
王都へと通じる街道は大きな石の板が組み合わせられるように敷かれ実に走りやすかった。
「わたし初めての王都なのに! もうすぐそこにあるのに! ちょっと立ち寄る余裕すらないとか!」
走りながらシアが大声でぼやいた。
冒険者訓練校は王都郊外にあるので訓練校を目指すなら王都に立ち寄る必要はない。
と言うかそんな余裕はない。
「うるせえ! そんなの自業自得だ! やっぱり必要だったじゃねえかオーク仮面! 人が丹精こめて作ったってのに投げ捨てやがって!」
「どんな理由があろうとあんなものかぶりません!」
入学試験は九時から開始される。
おれは妖精鞄から途中の都市で購入した懐中時計を取り出す。
これからは都市での生活だからと買った物だ。
時刻を確認すると九時を過ぎていた。
おおぅ……。
遅刻である。
遅刻ではあるが……、これでも努力の賜物なのだ。
馬車では絶対に間に合わないことが判明した日から、夜を徹しての強行軍でようやく当日の遅刻程度に誤魔化せるところまできたのだ。
「ったく、おまえが無駄に目立つから!」
「あーもーいいじゃないですか! おかげで悪い奴らをぶっ潰すことができたわけですし! それにご主人さまならちょっとの遅刻くらい大目にみてもらえますって!」
「それが嫌なんだよ! 周りからしたらレイヴァースだから特別扱いしてるように見えるだろ!?」
「気にしすぎですって! もう開き直って、待たせたなっ、とかいいながら登場すればいいんですよ」
「どんだけ痛い奴だよ!」
罵りあいながら、おれとシアはただ走る――
△◆▽
おれとシアが訓練校に到着したとき、訓練場では入学試験にのぞむ子供たちが集合し、その子たちに向かって朝礼台みたいな木組みの演台に立ったマグリフ爺さんがなんか喋っているところだった。
試験開始前の挨拶か説明か――、声が訓練場全体に響き渡っているのは魔法を使っているからだろう。
「ぎりぎり間に合ったっぽいですよ?」
「…………」
シアがそう話しかけてきたが、もうおれは呼吸を整えるので精一杯だった。いくら父さんに鍛えられたからといっても、平凡なおれでは超長距離走など無理――、というか不可能である。
その不可能を可能にしたのはお手製のクソ不味いポーション。
休憩ごとに飲みながらおれはひたすら走った。
しかしそのポーションも昨日で底をついてしまい、今日は本当に地力でのマラソンになった。まだ薄暗い時分から走りだし、今ようやく目的地にたどりついたのだ。
「あらー、まだ喋れませんか? やっぱりわたしがおんぶしてあげた方がよかったんじゃないですか?」
うるさい。こっちにも意地ってのがあるんじゃい。
シアは同じ距離を走ってきたのにぴんぴんしている。
不味いからとポーションも飲まずにここまで素で走破してきた。
単純に身体能力が高いということもあるが、もちろん理由はそれだけではない。今回、この強行軍で話題にするまですっかり正式名称を忘れていた〈喰世〉という能力が関係してくるのだ。
それまでおれはその能力をエナジードレインのようなもの、と認識していたがどうやらもっと大雑把な能力のようだった。
簡潔にまとめると、それは周囲の魔素を取りこんで自分の力に変える能力である。魔素は空気のように世界に満ちているので、ぶっちゃけその能力を使い続ければシアはいつまでもいつまでも走り続けることだってできる。
おまえは霞を喰って生きる仙人かなにかか?
「……ばけものめ……」
「ちょ!? なんですかもう!」
うっかり本音がもれてしまったが、まあそんなのどうでもいい。
遅刻はしてしまったが肝心の試験開始には間に合った。
マグリフ爺さんとは知らない仲というわけでもないし、遅刻の理由を説明すれば……、たぶん大目に見てくれるだろう。
理由の真否については領地の悪党掃除の手助けをした領主と、居合わせた聖女からの手紙があるのでこれも問題ない。
周りからはレイヴァース家だから……、なんて目で見られるだろうがもうこうなっては仕方ない。
そこは追々、汚名返上ということで頑張ろう。
ひとまずこのまま待機して、マグリフ爺さんが話し終わってから接触しようとおれは考えた。
のだが――
「あ――ッ! やっと来た――――ッ!!」
爺さんの声をぶちやぶる大音声をあげるお嬢さんが一名いた。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/08




