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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第96話 11歳(春)…旅立ち

 美味しい下剤は作れるようになったが、肝心のポーションの味は改良できないまま冬が終わりを告げようとしていた。

 そろそろ春の気配を感じるようになったその日、おれとシアは王都の冒険者訓練校に入学するため、いよいよ我が家を離れ旅立つこととなった。

 ……のだが、


「びぇぇぇぇえん、やーだー、いっちゃやーだーッ!」


 セレスがガン泣きで抵抗して、おれとシアはなかなか出発することが出来ないでいた。

 現在セレスはシアにしがみついており、のばした片手がおれの服をがっちり握りしめている。

 行かせてなるものか、という強い決意を感じる。

 家族全員が玄関前にそろい、セレス以外は困り顔……。

 実はここ数日、セレスの抵抗により出立がのびのびになっている。

 日数的にはまだ余裕があるものの……、さすがにそろそろ出発したほうがいい。

 それは充分わかっているのだが、セレスがあまりにも必死に引き留めるのでどうにも心が揺らぐのである。


「セレスー、だめだよー。兄さんたち出発できないよー」


 当初はセレスに負けず劣らず泣いていたクロアも、さすがに慣れてしまって今ではセレスを諭す側に回っている。

 と言うか家族みんなでセレスをなだめている状態だ。

 セレスはもうすぐ四歳。

 説得できるようで出来ない微妙な年齢のお子さんである。

 もし二歳ならよくわからないまま出発を見送っていただろうし、五歳くらいならもうちょっと聞き分けがいいだろう。

 今のセレスは頭ではわかっていても、その感情を抑えることが困難なお年頃なのだ。

 うーむ、これは今日も延期かなぁ……。


「ご主人さまー、やっぱりもっと早朝に出発するべきなのでは……」


 セレスにしがみつかれ、ぐりぐりぐりーと平らな胸に顔を押しつけられているシアが困り顔で言う。

 そろそろシアの胸はマイナス値になっていそうだな。


「それは却下だ。起きたらいなくなっていたというのは良くない」


 確かにもっと早朝――、つまりセレスがまだ眠っているうちに出発してしまえば話は早い。

 だがそれは良くないことだ。

 離ればなれになることが避けられないとしても、ちゃんとお別れをするのと、目が覚めたら居なくなっているのでは受け取り方がまったく違ってくる。

 眠っている間に出発してしまうと、置いていかれた、という印象が心に刻まれてしまうのだ。

 おれやシアが好かれていれば好かれているほど、その置き去りにされたという事実は深く傷になる。

 例えセレスがそれを意識できなくとも――、だ。


「とはいえ、どーするか」

「今日も延期しますです?」


 それも致し方ない……、と思っていると、にこにこと笑顔で静観していた母さんがやってきてセレスをひょいっと抱きあげた。


「ねえセレスちゃん、お兄ちゃんとお姉ちゃんは好き?」

「ぐすっ、す、すきです」


 母さんの問いかけにセレスはずびーっと鼻をすすりながら答える。


「うん、セレスちゃんはお兄ちゃんとお姉ちゃんが大好きね。だから離れるのが悲しいのよね?」

「いっしょが、いいです、ぐすっ」

「そうね、一緒がいいわね。それはお兄ちゃんもお姉ちゃんも同じなのよ。この家でセレスちゃんと一緒に暮らしていたいの」


 まったくもってその通りである。

 すべてはおれの名前――、もとい、こんな名前を用意したアホ神が悪いのだ。


「でもお兄ちゃんとお姉ちゃんは行かないといけないの。ねえ、セレスちゃんは二人を笑顔で送ってあげることはできないかな?」

「……えがお?」

「そう。セレスちゃんが泣いたままだと、二人はいつまでたっても旅立つことができないの。それだとセレスちゃんは大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんを困らせたままになっちゃうわ。二人が居なくなっちゃうのは悲しいわよね。でも、大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんだからこそ笑顔で送りだしてあげることはできないかな?」

「…………、うん……」


 不承不承ながらもセレスはうなずき、ぐしぐしと目元をぬぐう。


「……、……、いってらっしゃい……」


 母さんに抱っこされたまま、セレスはぽろぽろ涙をこぼしながらも懸命に笑顔を作ろうとする。


「……、くっ」


 それを見た父さんが感極まって泣き出した。

 つられてクロアも泣き出した。

 ダメじゃん!?


「うん、よしよし。頑張ったわね」

「……ふぇぇん……」


 母さんに褒められて、セレスはもう限界とばかりに母さんにしがみつくと小さな声で泣き出した。

 セレスが健気すぎておれまで泣きそうだ。


「さて、もう大丈夫よ。それじゃあ二人とも元気でね!」


 結局、満面の笑みでいられたのは最初から最後まで母さんだけだった。


    △◆▽


 おれとシアはようやく王都に向けて出発した。

 おれはリュックサックを背負い、シアは手提げ鞄を持っている。

 荷物がそれだけですんでいるのは、おれの腰にくくりつけられている携帯電話入れのような小さなポーチ――妖精鞄のおかげだった。

 これからはこの鞄が必要だろうと、両親がおれに贈ってくれたのだ。

 実にありがたい。

 妖精鞄のなかには王都へ持っていく製作中の冒険の書と資料、生地や裁縫道具、衣類、野営道具、作りまくった食料などが放りこまれている。

 実は妖精鞄さえあればもう事は足りていたのだが、旅人なのにあまりにも荷物が少なすぎると違和感を覚えられるということで、その対策としてすぐに使いそうな物、頻繁に使いそうな物だけ鞄に詰めて運ぶことにしたのだ。

 二人並んで森の道――、代わり映えのない景色のなかをてくてく進んでゆく。

 やがて我が家から遠ざかり、完全に見えなくなった頃――


「ご主人さま、手をつなぎましょう!」

「……は?」


 唐突にシアが言った。

 どういうつもりだと尋ねるよりも早く、シアは強引におれの手をがっちり掴む。


「しばらくこうしていましょう。そうしましょう」

「……、まあいいが……」


 シアには抵抗を許さない妙な気迫があり、べつに困るわけでもないので好きにさせた。

 が、すぐにシアの歩みが遅くなり、手をつないでいるおれが引っぱるような状態になる。

 文句のひとつでも言ってやりたいのだが……


「……へぐぅぅ……」


 シアがいまさら泣き出していて、さすがに気がひけた。

 こいつホントにうちに馴染んだな……。

 もしかしたらおれよりあの家に馴染んでるんじゃないか?

 まあそれもこれも、セレスの出産時こいつに取り上げさせるという暴挙を決行させた母さんの手腕だろう。

 母さんはすげえなぁ……。


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