第94話 11歳(秋)…ポーション作り
秋になる頃、おれは簡単なポーションを作れるようになっていた。
まあ完成されたレシピがあるので、後は材料と設備さえあれば作成自体はそう難しいものでもないのだ。症状に応じて調合しなければならない薬とは違ってそこらへんは楽である。
作れるようになったポーションはそこそこの回復効果があって、完治するまでに少し時間を要するもの。
所持していればまあ安心できるという程度の代物だ。
市販されているポーションのランクに当てはめると中級程度になるらしい。母さんが言うには、素人が製作できるポーションはこのあたりが限界のようだ。これ以上となると必要な素材の価格が高価なものになるし、必要な素材を作るための素材を作るための素材、といったように非常に手間暇がかかるようになる。当然、生成するための設備も本格的なものでなければならない。
「あの……、ご主人さま、もーちょっとどうにかなりませんかね、この入れ物……」
完成したポーションを詰めてある瓶を見てシアが半笑いで言う。
ポーションを詰めているのはきれいに洗った酒瓶だった。
「しょうがねえだろ、ちょうどいい入れ物がなかったんだから」
「いやこれを戦闘中にぐびびーっとやるのは、あまりにも絵になりませんよ? 香水の瓶みたいな綺麗なのにいれてくださいよ」
「まあ気持ちはわかるが、まだ容器に気をつかうよりも前にやることがあるんだ」
「やること? これはもうこれで出来上がりなんでしょう?」
「出来上がりは出来上がりなんだがな、味がな……」
「もしかして、不味いんですか?」
「口に含んだ瞬間スプラッシュだ」
「うわー……」
草だの根だの、煎った虫だの、動物の骨だの角だと、実にろくでもない材料から出来上がっているので当然と言えば当然だ。
「ちょっとこの不味さは想定外だった。完成したらクロアやセレスに持たせようと思ってたのに、こんなの二人は飲めないぞ」
ただでさえちっちゃいお子さんは苦いお薬とか苦手なのだ。
由々しき事態である。
「傷にかけるのはダメなんですか?」
「それでいいんだが、念のために飲めるようにもしておきたいんだ」
「味を良くする方法とか、お母さまも知らないんですか?」
「どうもポーションの味については秘伝らしくてな、どっかに師事して何年も何年も修行してって話らしい。ポーションの価格って、効果と味の良さで決まるらしいぞ」
王都でGMやりすぎて喉をやられたときミーネにもらったポーションは味が良かった。即効性がすごいのできっと高いだろうと思っていたが、実際はその即効性でなおかつ味が良いというところが価格に影響するようだ。
あれ、すっごく高いポーションだったんだろうな。
がぶがぶ飲んじゃったよ……。
「ポーションとしての効能を落とすことなく、クソ不味さをうち消して美味しくするってんだから、そりゃあ難易度が高いだろうし余計に手間暇かかって価格が上がるわな」
「難しそうですねぇ、でもやるんですか?」
「一応、挑戦はしてみようと思ってな。ただ、ぶっちゃけ金だせば買えるものだし、そこまで本格的にやるつもりはない。冒険の書を製作する合間にちょいちょい試行錯誤してみるってだけの話だ」
もし出来たらもうけもの、という程度の感覚である。
△◆▽
それからおれはポーションの味の改良に着手した。
まずは甘さやら香りやらで誤魔化そうと考え、お菓子作りで使う食材などを部屋に持ちこみかたっぱしから調合してみた。
そんなある日――
「ごしゅぢんしゃま」
ひょこっとセレスが部屋にやってきた。
セレスはドアを開けっ放しでちょこまか近寄ってくると、机の上になにかを置く。
「ごしゅぢんしゃま。ぴーちゃん、なおりましゅか?」
置かれたのはまな板にのった鳥肉だった。
鳥肉……、だった。
「なおりましゅか?」
セレスは期待の眼差しをおれに向けている。
どうしよう……。
兄ちゃんは怪我を治す薬を作ってるんだよー、って説明してはいたんだが、まさか肉になったニワトリ持ってこられるとは想像もできなかった。
「…………」
「なおりまちぇんか?」
いや治るとか治らないとかそういうレベルじゃないのよね!
ああもう、なんて言ったらいいんだこれ。
兄ちゃんのお薬じゃ無理だって言うしかないのか? ――いや、ここで曖昧なことを言ってしまうのはセレスのためにならない。
ここは心を鬼にして、死んだもの――というかお肉になっちゃったものは生き返らないと教えなければ。
「いいかセレス、ぴーちゃんはな――」
とおれが言いかけたとき、ひょっこり母さんが現れる。
「ねえねえ、セレスが夕食のお肉を持ってっちゃったんだけど……、ってここにいたのね。……なにしてるの?」
机の鳥肉を見て母さんは困惑顔だ。
すぐにセレスは説明を始めた。
「あのね、かあしゃまあのね、セレスごしゅぢんしゃまにね、ぴーちゃんなおしてもらおうとしたの」
懸命に訴えるセレス。
母さんはしばしぽかんとしていたが、ようやく状況が理解できたのだろう、ブフォッと派手に吹きだした。
しかしそれでも大笑いまではしないように堪えて、母さんは笑顔のままセレスを抱きあげると頬ずりする。
「セレスちゃん、あのね、ぴーちゃんはもう治すことができないの」
「なおらないでしゅか?」
「そうよ。もうこのぴーちゃんとは遊べないけど、ぴーちゃんはみんなの食事になって、そのおかげでみんなはお腹がいっぱいになって元気に暮らせるの」
「みんなげんきになりましゅか?」
「そう。みんな元気になるの」
母さんの話を聞いてセレスはびっくりしたような顔になっていた。
おれが説明したらもっとシビアな話になっていただろうし、母さんが来てくれてよかった。
「さ、お兄ちゃんのお仕事の邪魔になるといけないから、母さんと一緒に行きましょうね」
「はい、かあしゃま」
抱っこされたまま、母さんの首にしがみつくようにしているセレスはそのまま運ばれていった。
ふう、びっくりした。
一時はどうなるかと思った。
……?
「母さんお肉を忘れてる! お肉!」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/09




