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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第93話 11歳(夏)…王都からの手紙

「そうねえ、魔導学の基礎はほとんど終わっちゃったし、あなたは来年から冒険者を目指すわけだし、ちょうどいいかもしれないわね」


 母さんの魔導学の授業は、相談したその日にポーション作りの授業へと切り替わった。


「ただポーションの作り方だけ教えてもつまらないから、基本になる薬草学から始めましょうか」


 と言うことで、ポーション作りに必要な薬草学の授業が始まる。

 ポーション作りにはこの薬草学と錬金術の知識が必要らしい。

 薬草学による、いわゆるお薬はポーションほど即効性のあるものではない。しかしそれは大昔から積み重ねてきた実証の集大成――、ある意味では人体実験を積み重ねた結果の産物であり、この世界において薬物治療の基礎になっている。

 これは元の世界の感覚もあってか、わりとしっくりくる話。

 しかしそこに錬金術がくわわってのポーションとなると、いきなりわけがわからなくなる。


「なんでいきなり傷が治る液体になっちゃうの?」

「なんでかしらねえ。でもそういうものなのよ」


 母さんも作れるだけで、どうしてそんな効果が生まれるかはよくわかっていないようだった。

 そういうもの、と納得するのが一番なのだろうが、どうも釈然としないものが残ってしまう。

 この、何とも言えない違和感は将棋盤のマスが正方形におさまっているのに数が81であるということに対する違和感に似ていた。

 何なのだろう、この1のあまってますよ感は。

 この違和感は周りにいまいち理解してもらえなかったが、まあ仕方ない話だ。ただおれが偏屈なだけなのだろう。

 しかし、わからん……


    △◆▽


 疑問を抱きながらもポーション作りのために勉強を続けていたある日、ダリスから手紙が届いた。


「お、おおう……」

「うん? どうしました?」


 手紙を読んでいたおれが唸るとシアがきょとんとして尋ねた。

 自室――、おれは椅子に腰掛け、シアはベッドで正座してクロアとセレスに膝枕をしてやっている。二人は健やかにお昼寝中だ。


「ある程度は予想していたというか、そうなって欲しいと思っていたんだが……、冒険の書の販売がかなり大々的に始まったようでな」


 ダリスからの手紙、その最初の話題は準備に一年かけた冒険の書の販売開始についてだった。

 発売に先駆けては特装版を各国の王家に献上したり、各地の冒険者訓練校に配布してまずは教員がGM役をこなせるようになるための訓練などがあったようだ。

 販売が開始された現在、冒険者ギルドは支店単位でその町に滞在する冒険者、そして住人への試遊会を開くなど、広報活動をしてくれているとのこと。

 これまでこの世界には存在しなかった遊びなので、まずは遊び方を教えられるGM役がいなければ話にならず、それを冒険者ギルドが請け負ってくれているわけだ。


「大々的すぎてちょっと恐いな……」

「意外とびびりですね」

「びびるだろこんなん。冒険者ギルド全体で宣伝することでそれが冒険者や一般に伝播して……」

「いいじゃないですか。導名への第一歩ですよ」

「その一歩が想定よりも大股すぎるって話だよ」


 ギルドの承認にしろ、商品化しての販売にしろ、当初はもっとずっと時間がかかるものと思っていたのだ。それが完成から一年で世界中にばらまかれ始めたのである。そんなんびびるわ。


「それにあれだ。冒険の書には制作者としておれの名前が載っているわけだ。それを思うと……」

「思うと?」

「一言では表現できない」


 冒険の書には制作者としておれの名前が載っているのだが、レイヴァース家という家名は削ってある。

 レイヴァースの家名を入れてしまうと人々の意識はそこに集中してしまうと考えたからだ。

 これは人々の意識をおれという個人に向けるための小細工である。

 導名の仕組みについてはまだまだわからない事ばかりで、この小細工も念のため、実際に意味があるかどうかわからない。

 隠してもいずれレイヴァースの家名は知れ渡ってしまうだろう。

 しかしまず最初の注目、それはおれの名前に集めておきたかった。


「あー、モヤモヤする。腹立たしいような、悲しいような、ようやく一歩を踏み出せて嬉しいような……、ぐぬぬ……」

「大変ですねぇー」


 ちっとも同情を感じさせない調子で言い、シアはお休み中のクロアとセレスの頭を優しくなでる。


「あなたたちのお兄ちゃんは有名になりましたよー」

「あー、これからもっと有名にならなきゃいけないんだよなぁ……」


 一歩目でこの調子。

 二歩三歩となったときおれは正常でいられるだろうか……、不安だ。


「あとなんかもう二作目についてせっつかれてんだけど……」


 手紙に「二作目の製作は順調かな?」なんて書かれているがまだ全然だよ! 難航してるよ!?


「うごごごご……」


 思わず頭を抱える。

 自分で物語を作って好きに遊ぶためのルールブックとしてならばほぼ完成している。なにしろこれがないとクエスト製作も始めようがないので冬の間に作りあげた。

 だが、それだけでは冒険の書にはならないのだ。

 冒険の書の価値は、それが実際の冒険をするときに役立つ発想を育み、知識を習得させることにこそある。一作目は冒険の書というものを理解してもらうための入門書だったが、二作目こそはその本領を発揮させなければならない。そのためには王都の冒険者ギルドで書き写させてもらった依頼の記録、それをそのままクエストとして落とし込むだけでは意味が無く、そこにプレイすることによって獲得できるなにかしら――、仮想の経験や必要とされる知識を盛りこみ、活用できるよう誘導するものでなければならない。

 要はやりごたえのあるクエストが必要ということだ。

 おまけにその冒険の書を代表するクエスト――、メインクエストというものも必要になる。

 メインクエストは初めて触れる冒険の書、これを遊びながら理解していってもらうための必要性から導入したものだが、一方で冒険の書とはメインクエストがあるものという価値観を植えつけることになった。

 まあそれは仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

 一作目のメインクエスト。

 生まれ育った鉱山町を滅亡から救うため、少年少女がゴブリン王を討伐するというお話だった。

 二作目はその少年少女たちが王都の訓練校へ入学するところから始まるわけなのだが、通ったことなどないおれにはそこでの生活や授業内容などわかるわけがない。

 おれが王都の訓練校へ入学するのは名前を呼ばれ慣れるためというのもあるが、実際に通ってその経験を元に二作目のメインクエストを作成するためというのもあるのだ。


「まあメインクエストは王都へ行ってからだな。それまでに片付けられるところは片付ける、と」


 ひとまずこの頭の痛い話題を自分の中で終わらせる。

 なにしろダリスの手紙はまだ先がある。

 次の話題はメイド学校についてだった。

 どういうわけかミーネのお姉さま――ミリメリア姫がパトロンになってくれたメイド学校は今年の春に仮開校した。

 まずは八人の乙女たちが入学したらしい。

 この八人は純粋な生徒というより、本開校に向けたメイド教育カリキュラムを製作するため被験者の役割を担う。

 テスターとしての契約期間は最大で四年。その間に校長として迎えた元王家侍女長からの専門的な教育が受けられる。それにくわえメイドには戦闘能力が必要なため戦闘訓練もあり、そのついでに冒険者資格も取得できるようになっている。契約中は衣食住が保証され、多くはないが給金も発生する。かなりの好条件だと思う。

 入学者を増やすためには、まずこの八人にはどこに出しても胸を張れるような立派なメイドになってもらい、その評判を広めてもらわなければならない。実のところメイド学校は十年計画なのだ。

 しかし……、本開校となったら授業料とかどうしよう。

 侍女というのは、基本的には働きながら礼儀作法を学ぶものだ。

 わざわざ金を払って技能を学ぼうとする者はいるだろうか?

 それに入学を望んでもお金がないと入学できないわけだし……。

 奨学金と言う名の出世払い制度をもうけるべきか?

 おれが発明品で大儲けしたら、冒険者訓練校みたいに学費は無料とかに出来るんだが……。

 うーむ、この辺りはダリスとよく話し合った方が良さそうだ。

 幸いまだ本開校までには時間がある。


「あと、王都ではメイド学校で生活することになりそうだな」

「へ? なんでまたそんなことに?」

「メイドの実習のために、主人役として一緒に暮らしてみてほしいってダリスが書いてきている」


 訓練校の宿舎で世話になるつもりだったが、こういうことなら行かざるを得ない。いや、むしろ望むところである。

 仮初めの主人とはいえ、まさか異世界に来て夢が叶うとは。

 人生というのはわからないものである。


    △◆▽


 そんなダリスからの手紙のほかに、サリスからの手紙も同封されていた。


「サリスさん……、ああ、ダリスさんの娘さんですね。ご主人さまがウサギのぬいぐるみを贈った」

「そうそう、なんかよくわからんがお詫びしておいたほうがいいのかと思ってな」


 王都での初対面、どうしておれの頬をつねってきたのかは未だに謎なのだが、ぬいぐるみを贈ったのが功を奏したのか手紙の内容は友好的なものである。

 サリスはミーネ、そして鍛冶士クォルズの娘であるティアウルと仲良くなり、よく顔を合わせているらしい。

 ミーネからは一緒に冒険者になろうと訓練校へ誘われているようだが、なんでも大切な仕事をしなければならないようで訓練校へ通うことは出来ないとのこと。

 同時にティアウルも誘われていたが、クォルズから危なっかしいからダメと言われているらしい。

 それについて、ティアウルはちょっとしょげているそうな。


「せっかくあんちゃんに目を治してもらったのに、あたしなんにもできないなー」


 そんなことをしょんぼりと言っているようだ。

 べつにおれは目が悪いのを指摘しただけで、治したわけじゃねえんだけど……。

 せっかく周囲にあるものを認識できるなんて能力を持っているんだから、なにか適した仕事とかないだろうか。

 いや、問題はティアウルがおっちょこちょいであるということなのだから、まずはその根本的なところをどうにかしなければどんな仕事であろうとダメだろう。

 いきなり〈炯眼〉でステータス全部を看破できてしまうような、ちょっと危うさすら感じるくらいの人懐っこい娘さんだからな、出来ればなんとかしてやりたいんだが……。


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