第92話 11歳(夏)…お仕事のあと
真っ二つになったオークを妖精鞄に放りこみ、おれたちはタトナトの町へと戻った。
それからこっそり冒険者ギルド――、と言うか酒場の裏手に回りオークをだして並べる。
そして何食わぬ顔でバルトを呼びに行った。
「……えらく綺麗に真っ二つだなおい……」
両断されたオークを見てバルトは困惑顔だった。
おれはこの人ならオークの一体くらい殴り殺せるんじゃないかと思っていたが、実際は二体いて、そして少々特殊な趣向を持った――、ある意味、オーク亜種とでもいうべき奴らだった。
さすがにないと思うが、もしまかり間違ってオークたちがバルトの逞しい肉体に魅力を感じてしまっていたら、おそらくタトナト始まって以来の悲劇が起きていたのではあるまいか。
そう、討伐をおれたちに任せたバルトの判断は実に適切だったのだ。
冷静な判断は身を助くという教訓がおれの心に刻まれた。
「おうおう、本当にオーク肉は受けとらなくていいのかよ」
バルトは依頼の報酬のほかに、仕留めたオークの肉を渡そうとしてくれたがおれたちは謹んで辞退した。
いくら旨いといっても、あの状況を目撃してしまうとさすがに口に入れるのは躊躇われたのだ
バルトには「オークは実は二体いた」とは報告したが、そのオス二体が深夜のレスリングをする仲だったという事実は伝えていない。
伝えたところで誰も幸せにならないからである。
オーク肉が入荷したということで、酒場は夕方になる頃にはすでに満員になっていた。
うーむ、そんなに美味しいんだろうか?
まあいつか食べる機会もあるだろう。
断じて今ではない。
「しかしおまえたち二人はあれだな、戦闘力だけならランクBの冒険者に迫るものがあるな」
父さんがエール的な酒をぐびびーとやりながら言う。
酒場が超満員なため、おれたちは宿の部屋で打ち上げをしていた。バルトの奥さんが気をきかして、ちょっと豪勢な料理を用意してくれたのだ。オーク肉は使われていない。
「相手を行動不能にしちまう雷撃と、その雷撃のなかを自在に動き回れて、個人の能力も高いシアちゃん。反則的だな。訓練校であんまり周りをいじめるなよ?」
はっはっはー、と笑いながら、父さんはまたぐびびーと。
父さんはどちらかというと笑い上戸。普段それほど酒をたしなむことはしないが、嬉しいときなどちょっと呑みすぎる。
今日はシアが魔技を使えるようになったのが嬉しいらしい。
母さんにとってシアはついつい昔の自分を投影してしまう可愛い娘だが、父さんにとっては同じ肉弾戦仲間にして愛弟子のようなものだ。
「あ、訓練校って言えば、ミーネちゃんも仲間にはいるわけだ。強くなってるだろうし、こうなるといよいよ手がつけられなくなるな」
「ミーネ……、仲間にはいるかな?」
「そりゃ入るだろ」
「まあ入るよね……」
あんまりミーネとシアを対面させたくない自分がいる。
二人一緒……。
不安しかねえわ。
「ミーネさんて、実際どれくらい強いんです?」
そこで大人しくお芋のパイをモグモグしていたシアが興味を引かれたように尋ねてきた。
「おれより強い。それで……、たぶんおまえよりは弱い」
「おや? そうなんですか?」
ミーネがどれくらい強くなっているかわからないが、シアの速さに対抗できるとはちょっと考えられない。それにあいつは戦うことを楽しむタイプだから、必要によって戦うシアと相性が悪い。
例えばあれだ。
高々と剣を掲げて「炎よ!」とか叫んでいる間に、シアは背後に回ってその首に鎌の刃をかけていることだろう。
気質的な問題で、ミーネはシアに勝つのが難しいのである。
「だがまあ、あいつってきっかけがあれば勝手に強くなりそうだから現段階ではって話だな」
ポテンシャルに注目すればミーネはシアに負けていないと思う。
ただ、実際のところどうなのか。
そう言えばあいつのステータスは不明のままだ。
来年、再会したら改めて〈炯眼〉で確認したほうがいいだろう。
さすがに好感度不足でまた名前と称号しか看破できない、なんて事態にはならないと思う。
あんだけ我が侭放題、おねだり放題しておいて未だに心を開いていないとか……、ないよね?
もしそうなら奴とのつきあいを考え直すレベルだ。
でも、元の世界ならそういうのってわりとある話だし……。
ちょっと恐くなってきた。
なんか仲良くなった子に土下座されたトラウマがあるせいで、異性がおれをどう思っているとか、あんまり知りたくないのだ……。
「まあミーネちゃんは魔術があるからシアちゃんみたいに対個人戦よりも、対多数が得意になるだろうな。うん、いいんじゃないか、役割分担できて。相手がたくさんいたらおまえが痺れさせてミーネちゃんが薙ぎはらう。相手が手強い単体だったらシアちゃんが戦って、おまえは雷撃で援護、ミーネちゃんは状況によって遊撃って……、えらく攻撃的なパーティだな……」
父さんがふと冷静になって呟く。
確かに短期決戦型の超攻撃的パーティだ。
よっぽどの相手でなければ「こんにちは! 死ね!」で片が付くだろう。
「これで回復役がいたら完璧なんだがなー、さすがに回復魔法の使い手を仲間にするのは難しいだろうな」
魔法を使うには才能が必要だが、回復魔法はさらに回復魔法を使うための才能を必要とする。
正確には、他者を回復させられる魔術的な素養を持っているかどうかという話だ。
この世界の人間は誰もが魔術者であり、その体は固有の魔術領域である。つまり回復魔法というのは、この他人の魔術領域に干渉できる才能を必要とするのだ。
そりゃあ数が少なくて当然という話である。
では冒険者は怪我をしたらどうするのか?
答えは回復ポーション。
王都でおれが朗読しすぎて喉をやられたとき、ミーネが恵んでくれたあれである。
体が資本を地でいっている冒険者だから、いざというときの回復ポーションはちゃんと常備しておくのが常識とのこと。
「父さんってポーション作れたりする?」
「いや、俺は即席の傷薬が精一杯だな。母さんは作れるぞ?」
「あ、そうなんだ」
なんか母さんて魔法使い的なことはなんでも出来そうだな。
手間暇を考えればポーションは購入したほうが手っとり早い。
だがおれ自身、ポーションという得体の知れない代物に興味があるので、母さんにお願いして習ってみることにした。




