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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第90話 11歳(夏)…実戦訓練

 父さんは月に二回ほどタトナトの町へ出掛ける。

 今年に入ってからおれとシアはそれに同行し、タトナトの冒険者ギルドで実際に依頼をこなし始めていた。

 冒険者の仕事、その一連の流れを学ぶのが目的だが、こういった訓練は冒険者ランクがC以上の者が同行し、指導することを条件に認められている。

 この訓練をおこなえる環境にあるかないか、この実地経験の有る無しは少なからず冒険者としてのスタートに影響をおよぼす。例えば訓練校の修学期間が一年ですむか、二年かかるか、といったようにだ。


「今回はどんな依頼がありますかねー」

「また畑の手伝いとか、薬草とってきてとかそんなんだろ」


 タトナトへの道中――

 父さんは馬を走らせ、その馬に引かせる荷車におれとシアは寝っ転がり暇つぶしの会話をしていた。

 タトナトは基本のどかな町だ。

 依頼もほとんどが町内の作業の手伝いであったり、素材の採集であったりと平和的なものばかりである。

 たまに魔物の討伐依頼もあるが、それだってどこかから流れてきたゴブリン退治であったりとあまり張り合いのないものだ。

 戦闘は実に単純。

 まずおれが発見したゴブに〈雷花〉を放つ。

 動けないゴブにシアが襲いかかる。

 ゴブたちは死ぬ。

 依頼達成。

 うん、訓練にならん。

 どこかの伯爵令嬢のように刺激的な戦いがしたいとまでは望まないが、それにしても作業すぎる。

 生き物を殺すことに慣れる訓練としても、ゴブなんぞうちのニワトリに比べたらまったく気にならない。呼びかけると「ん? ん? ゴハンくれる? くれる?」とちょこまか近寄ってくるニワトリを絞めるのは未だにダメージがある。


「王都のギルドで記録を見せてもらってわかったが、冒険者の依頼って基本的に地味なんだ。この地味な仕事をこつこつこなして、冒険者レベルを上げて、そんでもってランクをあげて、ランクCくらいになってやっとこれぞ冒険者って依頼があるかないかだ」

「冒険者を目指す子たちが聞いたらがっかりする話ですねー」

「まあな。おれとしては嬉しいが」

「へ? なんでです?」

「だって物騒なことはしなくてすむんだぞ? 地味だとしても、安全な仕事を続けていればランクCにはなれるんだ」

「また枯れたことを……」


 シアはなにやらあきれた様子だったが、仕方のない話なのだ。


「おまえな、おれの戦闘力の低さをなめるなよ? どこかのお嬢さまやメイドと比べたらゴミのようなものなんだぞ?」

「そこまで低くはないと思いますよー?」

「雷撃ありきならな。だが雷撃なしなら、それこそゴブリン相手でもごめんなさいするわ」


 相手が一体なら〈針仕事の向こう側〉で対処できるだろうが、二体、三体となったらお手上げである。泣いて逃げる。


「うーん、雷撃なしの状況ってどんな状況ですか。ご主人さまはちょっと考えすぎですよ。そのせいで警戒しすぎというか、自分を過小評価しすぎるというか……」


 おまえとの対戦がすでに〈雷花〉なしの状況なんだが……。

 まあシアは別としても、この世界には〈雷撃無効〉やら〈神撃無効〉なんておれ殺しの効果が存在することは確かなのだ。

 警戒するにこしたことはない。


「ご主人さまの、その作ってもらった短剣にもっとすごい効果がついていればよかったですねー」

「それなー」


 王都の高名な鍛冶職人クォルズに作ってもらったおれの短剣。

 クナイを細長くしたような妙な形をしており、縫牙という銘がついている。〈炯眼〉で調べたところ『色々縫いとめる』という謎の効果をもっていることが判明していた。実際のところ、その効果は一度刺すとおれが抜く気にならないかぎり刺さったままになるという、役に立つような立たないような微妙なものだった。

 それでも一応、活用しようと努力はしたのだ。

 例えば、柄の後部にある輪っかに頑丈なワイヤーをつけ、獲物に投げつけて刺されば捕獲が楽になるのではないか、と考えた。

 すぐに〈雷花〉で事足りると気づいた。


「刺すことに特化してるせいで日常的な扱いやすさもないし……」

「あ、こういうのはどうです? 悪い奴に高いところから突き落とされて、とっさにそれをどっかに突き刺して事なきをえる、とか」


 ひらめきました、とばかりにシアは言う。

 どんな特殊な状況でしか役に立たない短剣なんだよ。

 おれはため息混じりでかえす。


「高い場所にはいかないようにする」


    △◆▽


 タトナトの町の冒険者ギルドは規模が小さい。

 小さすぎて酒場と宿屋を兼業しているという有様だ。

 夕方になって町に到着したおれたちは、まずそのまま冒険者ギルドへと向かう。

 と言うか、そこしか行くところがない。

 宿泊も、食事も、仕事も、すべてそこでまかなわれるからである。

 合理的といえば合理的なんだが……、なんかね。


「おっ、来たかおまえら!」


 まだ日が沈むには時間があるのに、酒場には飲んだくれたちが集まって酒をあおっている。今日も変わらず盛況なようだ。

 声をあげたのはカウンターにいる酒場のマスターにしてギルド支店長のバルト。相変わらずいきすぎたボディービルダーのような逞しい体つきをしている。


「実は頼みたい仕事があってな、来るのを待ってたんだ」

「へえ、どんな仕事だ?」


 父さんが尋ねると、バルトはにやりと笑う。


「オーク退治だ!」


 とバルトが言うやいなや、集まっていた飲んだくれたちが「おおっ!」と声をもらした。


「……ええぇー……」


 そんななか、ひっそりとシアが嫌そうな声をあげていた。

 どうもシアはオークが嫌いらしい。

 この嫌いというのは「きゃー、いやー!」ではなく、「おぅるるぁぁぁッ! 死ねやぁぁぁッ!」の嫌いである。

 この世界のオークはイノシシが人型に進化したような魔物だ。

 そしてその肉は食用にされる。

 まだおれは食べたことはないが、非常においしいという話だ。

 討伐してもメリットの少ないゴブリンと違い、肉が取引されるオークは冒険者に人気の魔物であるらしい。


「ちょっと前にオークを見かけたって報告があってな、こりゃあ是非とも仕留めてもらわにゃならんと思ってたんだ! オーク肉があればしばらく酒場が賑わうからな!」

「……ん? ってことはあれか、おまえが依頼主なのか?」

「おうよ!」

「オークは何体くらいいるんだ?」

「話では一体だけだな。おそらく群れからはぐれて、こっちまで流れてきた奴だろう」

「なあ、それっておまえが行けばすむ話だったんじゃないか?」


 父さんが言う。

 おれもそう思った。

 たぶんシアもそう思っているだろう。


「おいおい、俺は冒険者がやるような荒事なんてやったことねえんだぞ? ただの冒険者ギルドの従業員。欲かいて無茶して、俺にもしものことがあったら妻と娘はどうすんだ」


 と言いながら、バルトは腕組みする。

 でも腕が太すぎてうまく腕組みできてねえ。

 そのセレスの腰くらいある腕なら、オークの一体くらい殴り殺せそうな気がするんだけどなー……。


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