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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第89話 11歳(夏)…絶対安静

 あの悲劇の日からおれは寝たきりの生活を続けていた。

 痛すぎて満足に体を動かすことが出来ず、一人では食事も風呂も、トイレにすらいけない状態になっていた。


「ご主人さまってときどき想像を超えてアホですよねー」


 ベッドで寝たきりになったおれの傍ら、椅子に腰掛けたシアがあきれかえった表情で言った。


「う、うるさい……」

「弟妹にいいところ見せたくて、体中の筋肉を損傷させるとか。あれですよ、全身で〝ぎっくり腰〟やったみたいな状態ですよ、それ」


 ぎっくり腰……?

 そうか、ぎっくり腰ってこんなに痛いもんなのか。

 知識はちょっとだけある。

 元の世界で保護者だったジジイがぎっくり腰になったとき、仕方なく調べてやったのだ。

 リモコン拾おうとして「やられた――ッ!」と叫びながら崩れ落ちた時は、とうとう気が触れたかと思った。

 医者に診てもらったところ単純な筋肉疲労からのぎっくり腰で、負担がかからないよう安静にしておくのが一番だと言われた。それから十日ほど、おれはジジイの介護に勤しむことになってしまった。

 ぎっくり腰――、外国では『魔女の一撃』なんて呼ばれたりするそうな。確かにその瞬間、妙な衝撃を受けたような感覚はあった。

 あれが筋繊維の逝った衝撃だったのだろうか?

 おれの場合は一撃どころか滅多打ちだったが。


「いいところ見せるはずが、こんな情けない姿をさらすハメになるとは……」

「べつに無理して格好いいところ見せる必要ないじゃないですか。二人はご主人さまのこと大好きですよ?」


 そうかもしれん……。

 だが!

 しかし!

 先日セレスをチェックしたとき〈シア姉ちゃん大好き〉なんてとんでもない称号が増えているのが判明したのだ!

 それはつまり、おれよりもシアの方が好感度が高いという証左に他ならない……、悔しい!


「おれは歌や遊びで二人を虜にしているおまえとは違うのだ。二人を楽しませる甲斐性のないおれは、来る日も来る日も膨大な資料作成に追われる日々。叶うことならおれも一緒になって遊びたい。今日という日はもう二度とこないのに、弟妹が無条件でおれを慕ってくれる日々はいずれ終わりを迎えてしまうのに! おれは! どうして! 薬草とってきてだの、ゴブリン倒してきてだのといったクエストを延々と作り続けなきゃならんのか!」

「……、えっと、ご主人さま、あれです、休みましょう。ここのところご主人さまは部屋にこもりっきりで作業してますから、疲れて変なテンションになってるんですよ」

「疲れている……?」


 確かにそうかもしれん……。


「しかしなにか作業をしていないと落ち着かないんだ」

「落ち着かない?」

「来年、名前を呼ばれることに慣れるために訓練校へ行くだろ? それを思うとなんというか……、気分が不安定になってしまってな、気づくと独り言をブツブツと……」

「もうとっくに疲れを通りこして病んでるじゃないですか!」


 なんだかシアが愕然とした顔になった。


「しばらく絶対安静です! ぐっすり眠って休んでください!」

「寝てても寝返りで全身痛んで、飛び起きてその動作でさらに痛んでと、えらいことになるんだが……」

「うーん……、お母さま、治してくれませんかねぇ」

「ダメだろうなぁ」


 抜き差しならない状態でもなければ、自然治癒で回復する傷は安静にして治すのが我が家の――と言うか母さんの方針である。

 それに回復魔法は成長を阻害してしまうらしい。

 話をよく聞いてみると、訓練のあとの疲労に回復魔法をかけてしまうと原状回復だけになってしまい、例えば超回復による筋肥大のような身体能力が向上する機会を失ってしまうとのこと。

 それにこれはおれへの戒めでもあるようだ。

 ここで簡単に治してしまったら、また同じような無茶をやらかしかねないと母さんは危惧しているのである。


「それにあんまり眠りたくないしな」

「眠くないんですか?」

「寝不足でめっちゃ眠い。そうじゃなくて……、夢をな、見るんだ」

「夢? 怖い夢ですか?」

「べつに怖くはない。おれはもう訓練校に通っていて、そこでみんながおれの名前を呼ぶって夢だ」

「うわー……」

「おれは必死に我慢して、なんとか笑顔を浮かべている。ただあんまり無理しすぎて、そのうちおれはそのうさんくさいアルカイックスマイルのまま顔が固まってしまうんだ。そこでいきなり場面が家に戻ってきたところになってな、クロアやセレスはおれの笑顔が怖いと泣くんだよ。おれはもう居ても立ってもいられなくなって、ゴブリンとサハギンとオークを引き連れて、どんな夢も叶うというガンダーラを探しに旅に出る……、そんな夢を繰り返し……」

「名前じゃなくて笑顔をどうにかしようとするあたり、もう自分でもわけわかんなくなってる感じがひしひしと伝わってきて怖いです」


 シアはそう言うと深々とため息をつく。


「ご主人さま、休みましょう。本当に休みましょう。ある日、天井からぷらんぷらんしてるとか洒落になりません。妙な夢を見てしまって眠りたくないんでしたら……、あ、あれですよ? な、なんなら添い寝くらいしてあげてもいいんですよ?」

「結構です」

「いきなり真顔になって断られるとすっごく傷つくんですけど!」

「あ? なんでおまえに添い寝されにゃならんのだ」

「セレスちゃんが産まれるとき励ましてくれたからわたしも励ましてあげようと思ったんです! べつに一緒に寝たいとか思ってるわけじゃないですからね! まったくまったく!」


 もー、失礼しちゃいます、もー、もー、とシアはモーモー星人になった。

 そんなとき、部屋のドアが控えめにノックされる。

 このノックの感じはクロアだろう。


「兄さんだいじょうぶ?」


 ドアの向こうから現れたのはやはりクロアで、その後ろにはセレスもついてきている。

 クロアとセレスは日に何回かおれをお見舞いに来てくれる。

 それは嬉しい。

 非常に嬉しいのだが……、セレスはおれの状態がよくわかってないらしく、しがみついてきたりしてちょいちょい地獄を見る。


「ああ、大丈夫だ。心配しなくていいぞ、兄ちゃんはすぐに元気になるからな。それですごくがんばって大金持ちになって、おまえたちが一生遊んで暮らせるくらいのお小遣いをやるからな」

「いや休みましょうって」


 シアがなんか言っていたが、おれは気にせず心配そうな顔をするクロアに元気なところを見せようとした。

 でも体は痛くて動かせなかったので逞しい笑顔だけ見せといた。


「ごしゅぢんしゃま、はい」

「ん?」


 セレスが抱えていたぬいぐるみのレダをおれの枕元に置く。


「レダいると、さみしくないです」

「な、なんと優しい妹か……」


 片時も手放さないレダを、この情けない兄に貸してくれるセレスの優しさにほろりときた。


「よ、嫁にはやらん……!」

「いやいやいや、いきなりなに言いだしてるんですか。セレスちゃんにはいつか素敵な王子様が現れるって決まってるんですから」

「王子だぁ?」


 またシアがおバカなことを言いだした。


「おまえな、そりゃあ王子はいるだろうさ。だがセレスにふさわしい王子なんて本当に存在すると思うか? 王子つっても国王が元気ならいい歳したおっさんでも王子なんだぞ? 想像してみろ。ゴブリンと見分けのつかないような王子がやってきて、ぐへへへ、セレスちゅわんください、とか言ってきたらどうする?」

「殺しますね」


 シアが真顔で言う。

 ちょっと恐かった。


「だ、だろう?」

「いやまあそうですけど、どこかにセレスちゃんにふさわしい王子様がいるかもしれないじゃないですか」

「ふさわしいって、どれくらいがふさわしいんだ?」

「そうですねぇ、歳はセレスちゃんと同年代、そしてわたしよりも強く、優しく、逞しく、そんでもってお金持ちでなければなりません」


 うん、いるわけがねえ。

 キリッと表情を引き締めて言いはなったシアを、クロアはぽかんと眺めていたが――


「セレスはお嫁にいけないかもしれないねー」


 妹の頭をなでながら、しみじみした口調で言った。


    △◆▽


 二週間ほど安静にした結果、痛みは筋肉痛程度にまでおさまりようやく寝たきり生活から解放された。

 実にさんざんな目に遭ったわけだが、あの実験が完全な失敗であったとは言えない。〈針仕事の向こう側〉とセットで使用すればかなりの戦闘力向上を見込めるからだ。

 しかしあの副作用は実にやっかいだ。

 使うとしたらいざというとき、奥の手としてか。

 あと使った時のことを考えて回復手段を用意しておくべきだろう。

 とりあえず名称は〈魔女の滅多打ち〉にした。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/05/30


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