第9話 2歳(春)
おれが転生してきてから三度目の冬をこえ、三度目の春を迎えた。
両親は年越しをもっておれが四歳になったと言っていたが、それは数え歳で実際にはまだ二歳と八ヶ月くらいだ。
冬という季節をおれはせっせと言葉を話す練習と、文字を覚えることについやした。
三歳くらいになれば、舌足らずで語彙がすくないとはいえ、しっかり意思疎通ができはじめるくらいだ。ふたつ、みっつの言葉でコミュニケーションをとれるようになる。好奇心が旺盛になり、そしてはじまる「あれなに? これなに?」攻撃。おれは普通の子供らしく気になることを両親にかたっぱしから尋ねはじめた。
でもさすがに普通の子供そのもののような演技はできず、妙な理解力の高さにある日、ローク父さんは首をかしげて呟いた。
「あれー……、おれの息子、天才じゃね?」
親バカ全開のセリフである。
期待させて悪いが大ハズレです。もうしわけない。
「なぁリセリー、これくらいの子ってこんな物覚えがいいもん?」
首をかしげかしげ、父さんはリセリー母さんに話をふった。
「俺、孤児だし、おまけにあれだったから子供がいるようなところは極力避けてたんだ。だからこれくらいの子供と触れあったようなことないんだよ。やけに頭がいいような気がするけど、もしかして普通もこれくらいなのかなーって」
母さんは天井を見あげるようにして「うーん」とうなる。
「私だってあなたと同じようなものよ? 気づいたときには、旅をしている師匠に拾われて育てられていたんだから。そうねー、考えてみれば、これまでこのくらいの子供と喋ったことなかったわ。自分がこれくらいの頃にどんな子供だったかなんて覚えてないし……」
母さんがそう言うと、父さんも「だよなー」と同意した。
両親ともに「孤児だったからわかんね」ということだった。
他の同年代の子供と比べようにも、ここは森のなかの一軒家。
もしいたらそれは怪談である。
おれは仲良くハテサテと首をかしげる両親を見守っていたが、話題が広まりそうもないので強攻手段で話を終わらせることにした。
「とーさん、ぼく、あたまいいー?」
あざとく言ってみる。
「お? おお、そうだぞーセクロス。おまえは頭がいいぞー!」
親バカに会心の一撃。
父さんは眉間にしわをよせていた恐い顔から一変、ややまぬけな笑顔になっておれのあたまをわしゃわしゃした。おれは名前を呼ばれたことにややイラッとしたが、精神力でおさえこんで笑顔を見せる。
「やっぱり母さん似だからだな。髪や目の色もそうだし、きっと頭だってそうだろう。母さんはすごい魔導師だからな、きっと将来おまえもすごい魔導師だな!」
すんません、才能ないのでそれは無理です。
「確かに髪や目の色は私だけど、顔つきとかはあなた似よ?」
父さんが上機嫌でにこにこしていると、母さんはすこし悪戯っぽく言った。
「そうか? そうかなー。そこは似ないでもいいところだなー」
「どうしてー?」
尋ねると、父さんは苦笑した。
「父さんはなー、顔が剣呑なせいで色々とあったんだ。まあそれはおまけみたいなものだったが、それでも、もし愛くるしい顔をしていたら……、いや、駄目だな。それはそれでろくでもないことを言われそうだ。破滅の妖精だの、死の精霊だのと……」
片手で顔をおおって、がっくりと肩をおとす父さん。
いや、称号の件といい、いったいどんな人生おくってきたのよ……。
まあいつか尋ねるとして、今は耳にしたばかりのことを聞かねば!
「ねーねー、ようせいってー? せいれいってなにー?」
元の世界みたいにものの例えなのか? それとも本当にいるのか?
魔物や竜や魔王だっているんだ、きっといるんじゃないだろうか。
素で期待していると、父さんはにこりと微笑んだ。
「よーし、じゃあ父さんが妖精を見つけたときの話をしようか。精霊は会ったことないな。リセリーはある?」
「私もないわ。でも、師匠ならあるかもしれないわね。いつか訪ねてきてくれたときに聞いてみましょうね」
おれわくわく、父さんにっこり、母さんにこにこ。
今日もレイヴァース家は平和であった。