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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第88話 11歳(夏)…シアになんとか勝つ方法

 お仕事をほったらかしでしばらく考えてみたが、おれの頭では名案が浮かばなかったので父さんに相談してみた。


「なるほど。まったくわからん」


 一通り話を聞いたあと父さんはそう言った。


「おまえな、クロアやセレスにあれだけ好かれといてさらに好かれようとシアちゃんに勝ちたいとかもう何を言っているんだって話だ。おまえが好かれてないとか言いだしたら、父さんはどうすればいいんだ」

「頬ずりするのをやめたらいいと思うよ」


 朝きれいに髭をそってもうっかりするとジョリジョリになってしまう父さんはたびたびクロアやセレスに拒絶されて意気消沈しているのを見かける。


「違うんだ。頬ずりしようと思っているわけではないんだ。気づくと頬ずりしようとしてしまっているんだ」


 なるほど。それはわからんでもない。

 クロアに「兄さん!」と笑顔で呼びかけられるとおれは反射的に頭をなでなでしまうし、セレスが「ごしゅぢんしゃまー」と寄ってくると思わず抱きしめて捕獲してしまう。


「まあいい。来年になればおまえとシアちゃんは王都に行ってしまうからな。寂しがるクロアやセレスを父さんは力一杯甘やかそう」


 ふっふっふ、と父さんが不敵に笑う。

 やりすぎて逆に嫌われないといいが……。


「さて、シアちゃんに勝ちたいという話だが……、ぶっちゃけ無理だな。おまえが特訓して強くなったとしても、その間にシアちゃんも強くなってる。なにしろ成長もシアちゃんの方が早い」

「そこをなんとかしたいんだけど……」

「おまえの強みである雷撃がシアちゃんに効かないってのがなぁ」


 おれが心をこめて仕立てたシアのメイド服には〈雷撃無効〉と〈神撃無効〉というおれ殺しの効果がついている。おかげでシアはおれの天敵になっているわけで、もうわけがわからない。


「もし効くならやりようはあるんだが……、根本的な問題としておまえ、シアちゃんにまったくついていけてないからな」

「速すぎるんだよあれ」

「いや、ただ速いだけならなんとかなるだろ?」


 まあそうだ。

 ミーネと初対面直後の試合でおれが勝てたのは、速いながらもその動きが実に素直でわかりやすかったからだ。

 しかしシアは違う。

 当然のようにいやらしく緩急をつけ、そこにあざ笑うかのようなフェイントを織り交ぜる。おれに自分の姿をはっきりと捉えさせない。

 あるとき、おれごときにそこまでやる必要ないんじゃないかとシアに尋ねてみた。

 するとシアは言った。


「魔法を使う相手と戦うための練習もかねてるんですよ。狙えなきゃ撃つに撃てないでしょう?」


 なるほど。

 もはや雷撃が効いたとしても勝てるかどうか怪しい。

 となると――、あとは巻きこみを狙っての全方位攻撃か?

 まあ現状は雷撃が効かないし、わざわざ〈雷花〉で負かす方法を考えても仕方ない。


「それこそシアがメイド服を脱いでいる状況――、例えば風呂にはいっているときに飛びこんで雷撃をぶっぱなすくらいしか……」

「もし本気でそれをやると言うなら父さんは止める。それをやってしまったらおまえは後でシアちゃんに殺されるだろうし、それを黙認した父さんも母さんに殺される。だから止める」


 父さんは厳しい顔つきで微妙に情けないことを言う。


「もしもの話だよ。ちゃんとクロアやセレスに見てもらえる試合じゃないと意味ないし」

「まあ勝つのは無理としても、ちょっとくらい良い勝負が出来るようになればいいんだがな」

「そうなると……、どうやったら勝てるのか、じゃなくて、どうして負けるのかを考えないといけないかな」

「ん? 結局は同じ話になるぞ? おまえがシアちゃんについていけないからなんだから」

「そだね……」


 シアの動きについて行けない。

 そう、これは〈針仕事の向こう側〉を使って強制的に意識を加速させている状態になってはっきりと自覚できる。普通の状態なら何をされたのかわからないままやられるが、〈針仕事の向こう側〉を使った状態ならばぎりぎり何をされているのかがわかる。

 問題はその速度に体がついていけないこと。

 姿を捉えたからといって、それに対処できるかは別問題なのだ。


「父さんはなんでシアに勝てるの?」


 おれでは話にならないため、シアの練習相手は父さんがしている。

 そして父さんはシアに勝てる。

 容易くシアを捉えてしまう。


「戦い慣れていると言うしかないなぁ……、どんな攻撃がくるとかなんとなくわかるんだ。極端な話、前から突っこんできていたのに、突然地面を突き破って攻撃してくるなんてありえないだろ? つまりありえる範囲の攻撃を、その動作から絞り込んでな、それらに対処できるように体を捻っておくというか、そんな感じなんだが……」


 身体能力が高いこともあるだろうが、それ以上に戦闘に慣れているというアドバンテージがあるのか。


「それに速い相手といっても、殴りかかって来てくれるんならやりようはあるんだ。こっちに触ろうとするんだからそこを捉えればいい。本気で触ろうと出した手は、もう出してしまったら途中で引っこめることなんて出来ないからな。シアちゃんを捕まえるのはそんな感じでやってるな」


 言っていることはなんとなくわかる。

 わかるんだけどね……。


「自分より速い相手に速さで競い合っても意味がない。攻撃は必ず来るのだから、それをどうにかさえすればいい。あとシアちゃんの攻撃が楽に捉えられるのは、攻撃が軽いからだな。あれがどっかの伯爵家の爺さんみたいな重い攻撃してくる相手だと、攻撃をいなすためにも相応に体を捻っておかないといけない」


 捻っておく、というのは父さんの独特の表現だ。

 力の溜め、重心の移動、そういったものをまとめて捻ると言う。


「ミーネちゃんが来たときのことを覚えてるか? 父さんがバートランの爺さんに蹴りを喰らわしてやろうとしたら、逆にふっとばされただろ? あんな感じだ。父さんが触りにいって爺さんが捉えた。ものすごく単純にするとああなる」

「あー、なるほど」


 よくわかった。

 おれには無理だ。

 相手の攻撃を想定し、それに対処するために体勢を整える。

 その単純なことを高速で動き回りながら行う。

 次々と繰り出される攻撃、切り替えられる攻撃、それらを予測してこちらも瞬間瞬間で体勢を変化させる――。

 出来るかそんなもん。

 前提として当たり前のように優れた身体能力が必要になるし、戦闘経験の積み重ねも必要になる。

 それに――、もしその両方があったとしても、おれにはどうにもならない壁が存在する。

 それはおれの魔導的な才能が皆無であるという事実だ。

 こちらの世界の人間は体を鍛えていくと最終的に超人になる。

 肉体の限界を、その肉体によって行使される魔術によって突破することが出来るからだ。

 そして限界突破した身体能力によって生みだされる速さは、もはや地面に接する二本の足程度では支えきれない速度にまで到達する。

 が、やはりそれも魔術によって解決される。

 あるときシャロ様はこう呟いたという。


「なぜ竜は空を飛べるのだ?」


 竜は翼を持つ。

 故に飛べる。

 そんなこの世界の固定概念にとらわれない――、と言うより、元の世界の空気力学の概念を持つがゆえに生まれた疑問。

 どう考えてもその程度の翼では、その体躯を飛翔させる浮力や推進力を生み出せるとは思えない。

 なのにどうしてああも優雅に飛び回ることができるのか。

 この疑問に対し、シャロ様はこう結論する。


「竜は空を飛んでいるのではなく、魔素の中を泳いでいるのだ」


 その肉体によって魔術を行使するようになると、自分の周囲の魔素にも影響を及ぼすようになる。

 つまり、竜は周囲に存在する魔素に『私は飛ぶ』という意志を干渉させることにより空を飛ぶことができているのだ。

 程度は違うが、人の場合も同じ。

 馬鹿げた速度で動き回れるのは、周囲の魔素に『自分はこうやって動ける』というイメージを干渉させ、実現させているからである。

 この魔素への干渉はなにも動作だけに限定されるものではない。

 視覚、聴覚、触覚といった感覚の強化も起きるし、外傷に対しての抵抗力も獲得できる。父さんが母さんの雷の矢をぶん殴って粉砕することができたのはこれが理由なのだ。

 己を核とし、己の意志を周囲の魔素に干渉させる――

 あらゆるものが魔素の影響を受けているこの世界においてそれは極めて限定的で局所的ではあるが、世界を支配することと同義になる。

 魔導学においてはこの魔術現象を〈破界〉と呼ぶ。

 そしておれの話に戻る。

 おれ、魔導的な才能が皆無……。

 つまり〈破界〉を起こせるかどうかすら怪しいのである。

 魔術っぽく雷撃を放ったりしているが、あれは魔術とは別、おれに混ざり込んでいる死神の鎌の力だ。おまけにこの体じゃ制御できなくて、神々から恩恵もらってやっとこさ使えているという始末。


「……ん?」


 と、そこでふと思いつく。

 魔法や魔術の行き着く先は神撃という境地だ。

 到達点が神撃なのだから、もともと神撃を莫大に保持しているおれなら逆算的にどうにかできるのではないだろうか?

 このままでは埒があかないし、ものは試し。

 おれは父さんにちょっと試したいことが出来たと告げ、そそくさとその場を後にする。

 そのままこっそり庭に向かい、誰もいないのを確認。

 外に出たのはもし成功した場合どれくらいの能力の向上が起きるかわからないからである。

 たった一歩を踏み出す力が強すぎて、瞬間的に飛び上がり天井に頭が突き刺さるような珍事も否定しきれないのだ。

 天井に頭が突き刺さってぷらんぷらんする兄の姿など、クロアやセレスに見せるわけにはいかないのである。


「さてさて」


 まずはイメージを構築する。

 纏うのではなく、体の内側を雷撃で満たすようなイメージ。

 雷撃を無理に使おうとすれば最悪おれは塵になるが、制御可能な範囲であればおれを傷つけるようなことはない。

 自然体で目を瞑り、体の隅々にまで意識を行き届かせる。

 うん、もちろんそんな気分になっているだけだ。

 イメージが固まったところで、おれは雷撃を体の内部に解放する。

 突然の刺激に全身がすごい勢いで震えだした。

 ぶるるる、と体に振動機能でも追加されたような有様だ。

 だがやがて震えも収まり、何事もなかったかのように落ち着く。

 とりたてて変化があるようには感じられず、おれは軽くジャブを繰り出してみる。

 と――


「ほお!?」


 突きだした拳の勢いが強すぎ、腕を引っぱられて体勢を崩したようにおれは倒れこんだ。びっくりしながらも起きあがろうと地面に両手をついたら、その勢いも強すぎて今度は仰向けにひっくり返るハメになった。


「なんじゃこりゃ!?」


 自分の体が制御できない。

 水の入っていないバケツを、水が入っているつもりで持ちあげてしまったときのような動作の齟齬がおきている。

 これは……、ちょっと身体能力がブーストされすぎている。

 恐くて迂闊に身動きがとれなくなってしまった。


「あ、そうだ」


 ふと名案が浮かぶ。

 ここで〈針仕事の向こう側〉を併用すれば、強化された体の動きに意識がついて行けるのではないだろうか?

 というわけで、さっそく〈針仕事の向こう側〉を発動!


「ん? お、おお!?」


 普段〈針仕事の向こう側〉を使うと、意識の加速について行けず体はもっさり動作に感じてしまうのだが、今はそのままの感覚で体の動きがついてくる。

 おれは体の調子を確認しながらそっと立ち上がった。

 何となく時間の流れがゆっくりになり、おれだけが普通に動けるような錯覚を覚えた。

 そんな錯覚のなかにあって、おれは不思議な静けさがあることに気づく。

 木々のざわめく音も普通に聞こえてくるのに妙に静かに感じる。

 夜中にふと目を覚まし、静まりかえった闇の中にいることを自覚したような不思議な世界だ。

 はて?

 体に雷撃を満たした影響だろうか、〈針仕事の向こう側〉までこれまで以上に強化されているようだ。

 ちょっとこれは……。

 必要以上に脳に負荷かけているとか恐いわ。

 ひとまずズルして限界突破が出来ることは確かめられたし、習得を急いで体がおかしな事になってもバカらしい。

 うん、今日のところはこれくらいにしておこう。

 満足しておれは雷撃を解除。

 と同時――


「んん!?」


 ドンッ、と何かがぶつかったような感覚を体中で覚えた。

 一瞬何なのかわからなかった。

 だが次の瞬間、否応もなく理解した。


「――――――ッ!?」


 痛みだった。

 これまで感じたこともない、とんでもない痛みだ。


「ほ、ほは、ほ――」


 悲鳴すらあげられずおれは崩れ落ちる。

 なんだこれ!?

 のたうち回ろうにも痛すぎて身動きすらとれない。

 意識の混濁や混乱すら許さない強烈な痛み。

 どこかで似たようなことがあったと思い出す。

 あれだ。

 寝てるときに足がつって、痛みが最高潮になったところで目を覚ましてびっくりしてベッドから転がり落ちてのたうち回るあの感じ。

 だがこれはあの痛みが全身に行き渡っている。

 どうしてこうなった?

 って、そんなの決まってる。

 実験の副作用!

 冷静に考えてみれば、自分の能力以上の動きを無理矢理にさせるわけだ。体への負担があって当然。それも神撃からの逆算、こっちの人類の到達点に近い動きを小学校高学年くらいの体でやらかした。もし調子に乗って激しい運動でもやっていたら、体中の筋繊維ズタズタになってたんじゃね? いやもうそんなのどうでもいい、とにかくこの痛すぎて逆に冷静になっちまう激痛を!


「シィーアァ――ッ! シィィ――アァァァ――――ッ! ちょっと助けろぉぉ――ッ! っていうかたぁすけてぇぇ――――ッ!」


 もう恥だの外聞どころではなく、おれは助けを呼んだ。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/06


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