第86話 9歳(春)…アホメイド
「あら、そんなの知らんぷりして入学してしまえばいいのよ」
「「え?」」
母さんがあっけらかんと言った。
シアが騒ぐのはレイヴァース家において日常の風景だが、今日はいつもにもまして大騒ぎ――、おまけに泣きじゃくっていたので、いったい何事かと母さんは夕食の準備を中断しておれの部屋にやってきた。
シアは即座に母さんに泣きついて事情を話した。
「だってほら、母さんみたいに自分の産まれを知らない子もいるじゃない。そうなると正確な年齢なんてわかりようがないでしょ? そういうこともちゃんと考慮にいれて、入学資格の年齢は数えの年齢になっているのよ」
「あー、それってそういうことなんだ」
確かに入学資格の年齢制限が数え歳ってのはずいぶんアバウトな話だとは思っていた。極端な話、数え歳ではゼロ歳と一歳が同じ一歳としてあつかわれてしまう場合もある。
「つまりこの入学資格の年齢ってのはただの目安なの。体がその年齢くらいには成長しているっていうね」
「じゃあじゃあ、わたしは再来年ご主人さまと一緒に入学できるんですか!?」
「できるできる。能力も充分だしなんの問題もないわ。……でもそうね、念のため訓練校宛にシャーロットゆかりのレイヴァース男爵としてお願いの手紙を送っておこうかしら」
それはお願いというかほとんど脅迫です、母さん。
「だからなんの心配もないわ。ね?」
「お母さまー!」
ひしっとシアが母さんに抱きつく。
母さんは実の子たちとはまた違うベクトルでシアに甘い。
たぶん自分が師匠に拾われて育てられたから、なんとなくシアに自分を投影してしまっているのだろうと思われる。
「それじゃあ私は料理の途中だから戻るわね」
シアを落ち着かせると母さんは部屋からでていった。
正直すごく助かった。
「……え、えっと……、お騒がせしました……」
「まったくだ。そもそもおまえが歳のことに気づいて、とっとと母さんに相談していればこんな大騒ぎにはならなかったんだぞ」
「それはまったく仰るとおりです、はい。でも入学はべつとしてもですよ、わたしも王都に連れていってくれてもいいじゃないですか」
「あのな、校内を部外者がちょろちょろしてたらまずいだろうが。シャロ様ゆかりのレイヴァース家だから特例を認めろとかそういうのはやりたくないんだよ」
「お母さまはやる気ですけど……」
「うんまあ母さんはやる気だけども」
それはそれ、これはこれ。
「おれは訓練校の宿舎にはいるつもりでいたから、となるとおまえと一緒にいる時間なんてほとんどなくなるだろ? ならムダに王都になんていないで、ここでクロアやセレスの面倒をみてもらいたかったんだ」
「二人のですか……」
「そうだ。それにたぶん一年で帰ってこられるから、そしたらあとこっちに戻って発明しながらスローライフを送るつもりだったんだよ」
「そうでしたか……、ただわたしをのけ者にしたいんじゃなくて、ちゃんと考えてのことだったんですね」
「まあな。それでおまえは……、ホントについてくんの?」
「ちょ!? ついていきますよ! いくに決まってるじゃないですか! なんですか、やっぱりのけ者にしようとするんですか!?」
「のけ者っていうか……、本当におまえがついてくるなら、今までほったらかしにしていたことを確認しないといけないわけでな……」
「確認ってなんですかー……」
ふてくされたようにシアが言う。
シアがおとなしくこの家にいれば確認する必要もないどうでもいいことだというのに、まったくめんどくさい。
「おまえ、なんか住んでたとこが襲われたんだよな?」
「……へ? え、ええ、そうです」
「そいつらって結局なんだったの? ただの強盗か? もしそうならいいんだが、ここで楽観視するのはまずいから最悪を想定しておまえが狙われていたと考える。次におまえを追いだせばよかったのか、必ず殺さなければならなかったのかだが、これも最悪、殺さなければならなかったと考える。なのにかろうじて逃げのびたおまえは再来年、人の多い王都へのこのこでかけていくわけだが、それについてどう考えてんの?」
「え……、えっと、それは……」
それについて考えたことがなかったようでシアは言いよどむ。
「おまえ目立つから捜しやすいよな? おれ導名のために不本意とはいえ有名にならないといけないから注目されやすいよな?」
「――ッ!?」
シアがはっと目を見開く。
やっとのけ者にされる理由を理解したらしい。
ぽかんとしているシアにおれはため息まじりに言う。
「ここにいればいいじゃねーか。ここなら父さんと母さんがいるし、可愛い弟や妹もいる、一年もすればおれも帰る。ほら、なにも面倒覚悟で王都なんぞについてこなくてもいいじゃねえか」
「…………」
シアはしばらく黙りこんで考えていたが……
「わたし、やっぱり一緒にいきたいです」
覚悟を決めたように言う。
ダメだこりゃ。
「好きにしろ」
「はい。好きにします」
シアは笑うが、おれはうんざりだった。
ホントにこいついったい何しにきたの?
おれを補佐するためじゃねえの?
今のところ、こいつのおかげで助かったとかそういうのいっさいないんだけど!
「ご主人さま、ちゃんと気にかけてくれていたんですね……」
ちらちら視線をよこしながらシアが言う。
「なに勘違いしてやがるボケが」
「――ボケ!?」
「要はおまえが側にいたらおれにまでその面倒がふりかかるからたまったもんじゃねえって話なんだよこれは」
「そうなんですか? でも……、えっと……、えへへー……」
「はぁ……」
はっきり言ってやったがシアはニヤついてもじもじするばかりだ。
なんか居心地が悪い。
王都から帰ってきてようやくゆっくりできるかと思いきやアホメイドのせいで落ち着けない。
「兄ちゃん、おふろー」
シアが気色悪くなっていたところ、クロアが風呂があいたと伝えにきてくれた。
ちょうどいい。風呂ならひとりでゆっくりできる。
どこぞの令嬢とは違ってシアは風呂にまで突撃してこないからな。
「わかった。ありがとうな」
「うん! ……うん? なにこれ?」
部屋には入ってきたクロアは机に突き刺さる二丁の鎌をみてきょとんとする。
「それは危ないからほっときなさい。さわっちゃダメだぞ?」
そう言ってクロアの頭をなで、シアはほっといて部屋をでる。
と――
「シア姉ちゃんどうしたの? ……うん? なんで高い高いするの? あ、ちょっとくるくるするのはやい、はやいよ、目がまわるよー! シア姉ちゃーん!?」
なんかシアが弟に迷惑をかけ始めたらしい。
なんで主人をゆっくりさせてくれないのかね、あのメイドは。
再来年、おれはこいつと王都で生活しなければならなくなる。
そしてそこにはミーネも加わるわけで……、ダメだ、明るい未来が見えない。おれのバラ色の日々はいずこ……。
暗澹たる気分で部屋に引き返す。
「おるぁーッ!」
おれは遠心力でプロペラみたいになっていたクロアを救出すると、ハリセンを持ちだしてシアの頭をひっぱたいた。
これにて一章は終了、次回から二章になります。
しかし更新に追いつかれてしまったため一週間ほど更新を休みます。
次回の更新は6月20日(月)の予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
※脱字の修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/09
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11




