第84話 9歳(春)…帰郷
王都から乗合馬車をのりつぎ、交通網をはずれてからは徒歩、なんだかんだで三ヶ月ぶりにようやく我が家へと帰ってきた。
「おーい、帰ったぞー、みんなー、とーさんだぞー、帰ったぞー」
玄関をくぐるなり父さんは大声で帰宅を告げた。
ひさしぶりに家族と再会するのが嬉しいのかテンションが高い。
タトナトの町をでたあたりからもう気がはやり始め、歩行速度がじわじわあがり、帰宅直前となると競歩の速度になったせいでついていくのに苦労した。
「おかえりー!」
呼びかけてすぐテテテッとやってきたのは弟のクロアだった。
「にーちゃんおかえりー」
喜びを表現するようにぎゅーっと抱きついてくる。
「ただいま。ちょっと見ないあいだに大きく――、なってないな。さすがに」
「ご主人さま、なに言ってるんですか……」
あきれたように言いながら遅れてシアが現れる。
「クロアちゃんはお母さまやわたしの言うことをちゃんと聞いて、おりこうさんでしたよ」
「そうかそうか、よしよし」
「えへー」
頭をなでてやるとクロアは嬉しそうに目を細めた。
「よしクロア、次はあっちだ」
「うん?」
と向いたほうには、荷物を降ろした父さんがにかっと満面の笑みを浮かべている。両手を広げて中腰の体勢になり、クロアが飛びこんでくるのをばっちこいと待ちかまえていた。
「とーちゃんおかえりー」
クロアはおれから離れ、父さんにひしっとしがみつく。
「はっはっはー」
父さんはますますテンションが上昇し、抱きすくめたクロアをひょいっと抱きあげ、さらには高い高いしてくるくる回りだした。
そんな様子を最後にやってきた母さんはにこやかに見守る。
母さんに抱っこされている妹のセレスはまだ二歳になったばかりなので状況がよくわかっていない。ただ急に家がにぎやかになったのに驚いたのか、目がまんまるになっていた。
「長旅で疲れたでしょう。まずはお風呂にはいったらどう?」
「そうだな。そうさせてもらうか」
「あ、ぼくもー」
どこかのライオンの子供みたいに掲げられたままのクロアが言う。
「お、そうか、父さんとはいるか」
「背中をあらってあげる。にいちゃんもあらってあげる」
弟ははりきっていた。
これはぜひとも背中を流してもらうべきだが、ちょっと三人一緒となると風呂がせまいね。きついね。
「ありがとうな。でも三人一緒だとせまいから、兄ちゃんは明日たのむよ」
「わかったー」
「よーし、じゃあ風呂にいくぞー」
「あーい」
クロアは父さんに抱えられたまま、きゃっきゃしたまま風呂へと連れていかれた。
「ふふ、おおはしゃぎね」
「そうですねぇ」
父さんとクロアを見送りながら母さんとシアがほのぼのと言葉をかわす。
「二人が出発してからしばらくは、かなりしょんぼりしていたんですよ?」
「シアちゃんが付きっきりで慰めていたものね」
そうか、シアはそれなりにお姉ちゃんをやってくれていたのか。
「じゃあぼくは自分の荷物を部屋に置きにいくね」
「あ、お手伝いしますよー」
ぴょん、とシアが一歩前へ。
「いやべつに手伝ってもらうほどのことはないよ?」
「む? そうですか? そう言えば荷物とかほとんどありませんね」
「あー……」
とおれは母さんを見る。
シアはまだ妖精鞄のことを知らないのだ。
母さんはすぐおれがなにを言わんとしているか気づき、うなずく。
「そうね。シアちゃんにも教えてあげないといけないわね。じゃあ部屋で見せてあげて」
「そうする。じゃあシア、ついてきて」
おれは荷物のなかから小さな妖精鞄を手にとり、なにを聞かされるのかわからずきょとんとしたシアをともなって部屋へと向かった。
△◆▽
「うわっ、完全に四次元ポケットじゃないですかー!」
妖精鞄のことを説明しながら実際に生地をひょいひょいとりだして見せるとシアはおおいに驚いた。
でも四次元ポケット言うな。
「さすがはレイヴァース家! うわ、おもしろいですこれ!」
シアは嬉々として妖精鞄で遊び始めた。
おもしろがって椅子を入れたり出したり、入れたり出したり。
「やめいうっとうしい」
カードケースっぽい小さな鞄に、椅子が出たり入ったりするのを延々と見せられるうっとうしさはなかなかのものだ。
「これがあれば旅とかすごく楽ですね!」
とにかく便利なシャロ様特製の妖精鞄だが問題もある。
まず荷物はそれを入れた人間でないと狙って取りだせない。それこそ四次元ポケットのように「あれでもないこれでもない」と出しては投げ捨て出しては投げ捨てを繰り返すことになる。
そしてもうひとつは貴重すぎて所持しているのが知られると命を狙われかねないということだ。
「すごく便利な代物だが、もう誰も作ることのできない物だ。価値がどれくらいなのか想像もつかん。だから無駄に狙われないためにもこれのことは秘密だ。おれも王都へ行くときに初めて教えられたくらいだ。クロアやセレスにはまだ内緒にな」
「わかりました」
「よし。じゃあ遊んでないでとっとと返せこら」
シアはまだ遊びたそうな顔をしていたが、おれはかまわず妖精鞄をとりかえした。
主人の荷物整理を妨害しようとすんじゃねえ、まったく。
「おれが留守にしている間とくになにもなかったか?」
「ありませんよ。平和なものです。まあクロアちゃんが寂しがってましたけど、そこはわたしが全力で甘やかしましたから。そのせいでセレスちゃんがかまってもらえないってぐずりましたが、そこはお母さまが全力で甘やかしました。なので問題なしです」
えっへんとシアは胸をはる。
「よくやった……のか? まあいい、じゃあご褒美というかお土産というか……」
「……!? お土産!? わたしに!? あるんですか!?」
「いやおまえ出発前にお土産お土産さわいでただろうが……」
「そりゃまあそうですが、あんまり期待はしてなかったんです」
「そうか、なら……」
「いや嘘ですめっちゃ期待してました! お土産を持って帰ってきてくれるのを今か今かと待ちわびていました! だからお土産ください!」
「お、おう」
ものすごい食いつきで迫ってきたので、おれはちょっと気圧されながら机にそっと小さな革袋を置く。
「お? お?」
期待に胸を膨らませたシアがさっそく革袋を手にとってなかを覗きこむ。
「……うん? 土?」
「王都の土だ」
本当のお土産はクォルズに依頼した霊銀製の鎌なのだが、すぐに渡すのはなんか癪だったのでまずはブラフをぶつけてみることにした。
「………………………………」
シアはしばらく固まっていたが、やがて糸のきれた人形みたく、くしゃっと机につっぷした。
動作が唐突だったのでおれはちょっとびくっとした。
「も~ちょっとい~ものを期待してたんで~す~け~ど~……」
ぐでんぐでんの軟体生物のようになったシアがうめく。
ってか、もうちょっとであればよかったの?
「うぅ……、まあいいです。ご主人さまがせっかく王都から運んできてくれたものです。ありがたくいただきますね。種をうえたら案外特別きれいな花が咲くかもしれませんし」
「え?」
シアは気をとりなおしたように言い、苦笑する。
てっきりキレると思っていたのに、なんかすごく健気なことを言いだしやがった。
これじゃあ完全におれがダメ主人ではないか。
それに土で納得されてしまうのは、おれとしても釈然としないものが残る。もうちょっと期待しろよ。
「待て。まあ待て。それはちょっとした冗談だ。それは帰りにそこらでとってきたただの土だ」
「ええ!? 王都の土ですらないんですか!?」
「土はもういいから!」
おれはシアから小袋をとりあげて、窓からぺいっと投げ捨てる。
「わたしのお土産が!?」
「いやだから違うっての! あれは冗談! 忘れろ!」
「でもせっかくもらったんです!」
「おまえどんだけお土産に飢えてんだよ!?」
「だってあっちでもこっちでもお土産なんてもらったのなんて初めてじゃないですか! ご主人さまがお土産だってくれるなら、土だろうが石だろうが大切にします!」
シアは大真面目な顔で言いはなった。
おれはうっかりふれてはいけないシアの闇に会心の一撃をくれちまったらしい。
「なんかごめん……」
さすがに罪悪感がわいてきておれは素直に謝った。
すごく素直に謝った。
こんな普通に謝ったのなんて前世をふくめても記憶にないくらいだ。
冗談でシアをちょっとヘコませるつもりが、おれが盛大にヘコまされるという事態に陥ってしまった。こんなことならよけいなことをしないで素直に出しておけばよかったと思いつつ、おれは妖精鞄から二丁の鎌がおさめられている木箱をとりだして机に置く。
「これがほんとのお土産だから、な? 土はもう忘れろ?」
「……むぅ」
鎌がおさめられている木箱はただ木の板を打ち付けただけの代物ではない。しっかりとした彫刻が施された代物で、貴重品入れにしてもおかしくないほど立派な箱だった。まあ総霊銀の鎌となればそれこそきらびやかな装飾品レベルの貴重品だしな。
「立派な箱ですね……、そして、重い……?」
シアは箱を両手で持ちあげてじっくりと観察している。
「さてはあれですね、王都で使われていたレンガ」
シアにとってのおれの期待値はレンガらしい。
「まったくもう。土だのレンガだの。わたしはどこかの農耕系アイドルではないんですよ」
ちょっとぷんすかしながら、シアはそっちの箱の蓋を開く。
そして――
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/26
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/30
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11




