第83話 9歳(春)…ミーネの服
翌日、おれと父さんは帰るための準備にとりかかった。
とは言え荷物は妖精鞄にほうりこめばいいだけなので、これは屋敷に残る父さんにまかせた。おれはバートランと一緒に馬車でお世話になった人たちに挨拶をするため王都を巡回だ。ギルド支店、ダリスの商会、鍛冶屋『のんだくれ』、冒険者訓練校と順番にまわり、これまでのお礼と別れの挨拶をすませていく。
「すまんが、帰ったらちょっとミーネと話をしてやってくれるか。君がきてから世話になりっぱなしで本当にすまんが」
孫娘が拗ねて部屋からでてこなくなってしまったので、お爺ちゃんは実に申し訳なさそうにおれにお願いしてきた。
おれが原因といえば原因なので、やや釈然としないものを感じつつもお願いをきくことにする。まったくめんどくさい。そう言えばミーネがレイヴァース家にきたときも一回こんなことがあったな。
あのときはおれの部屋に籠城しやがったが。
挨拶回りを終えてクェルアーク家に戻り、やがて夕食の時間になる。
が、ミーネは引きこもったままだったので、仕方なくおれが呼びにいく。
前回はおやつで釣りだした――、ではなく、勝手にでてきたが、夕食になってもでてこないとなると前よりも拗ねているのか? いや、たぶん出てくるタイミングを見失ってひっこみがつかなくなってるだけだろう。そういうところは完全に年相応なお嬢ちゃんだ。
おれはミーネの部屋へいく前に、ちょっと自分の部屋へいって荷物を回収する。
「おーい、夕食だってよー。おーい」
ノックをして呼びかけるが応答はない。
扉に鍵はかけられていなかったので、おれは勝手に中へはいる。
これが応答で拒絶され、扉に鍵がかけられているようなら怒り心頭といったところだったろうが、応答もなく鍵が開いているならやっぱり単純に拗ねているだけ――一時的なかまってちゃんだ。
ミーネはベッドの真ん中で毛布をかぶり、もそもそする小山に化けていた。フライングボディープレスして潰してみたくなったが、そのあとでおれが叩き潰されることが予想できたのでこらえた。
「むー……」
そして相変わらずのムームー星人だ。
「おーい、そろそろ機嫌なおせって。いきなり帰るっていいだしたのは悪かったよ」
とりあえず謝る。
それから持ってきた荷物を小山と化したミーネに乗っけて言う。
「あと服が完成したぞ。昨日徹夜して仕上げてやったんだからありがたく思え」
「……? ――ッ!?」
がばっと毛布をふっとばし、ミーネは小山から人にもどった。
「できたの!?」
「できたよ。なんとか」
おかげで眠い。馬車でもちょいちょい意識飛んだし。
ミーネはベッドの上に服を広げ、そしておもむろに着ている服を脱ぎ捨て始める。
今すぐに着るつもりらしい。
おれはミーネのお着替えをぼんやり眺める。
もうさすがになれた。言っても聞かないのでほっとくことにした。
服は白のシャツと深緑のブラウス、そして黒のスカート。
軍服ワンピースではなくツーピースだ。
調べてみたところ、特別な生地を使用しただけあって色々と効果をもっている。おれが仕立てたことによる共通の効果のほか、その生地そのものの効果もある。
たとえばスカート。
〈ミネヴィアのスカート〉
【効果】復元(微)。
清浄(小)。
成長(小)。
破邪(小)。
雷撃無効。
神撃無効。
ヴィルク浸食中……
効果はシアのメイド服の下位互換といったところだが、これからミーネの魔力によってヴィルクが浸食していき、効果も上昇していくのではないだろうか。
「……似合う?」
「そりゃおまえに似合うように作ったんだから似合うよ」
貴重な生き布に、ハンカチ程度とはいえ存在の確認すら困難な古代ヴィルクを使用した服だ。これで気にいられずに箪笥の肥やしにされたらさすがになんちゃって仕立屋のおれでもヘコむわい。
「えへへー」
ミーネはたいへん満足したようでにやにやしている。
もうついさっきまで拗ねて籠城していたことなど記憶からすっとんでいるだろう。
まあきっかけさえあればどうにかなるような不機嫌をこじらせていただけだからこんなもんか。
「あはっ」
ミーネは鏡の前で腕を上にあげたり、広げたり、妙なポーズをとったりと、ころころ体勢をかえて、しまいにはくるくる回りだした。
くるくる、くるくる。
いつまでも、いつまでも。
「どんだけまわるつもりだこら! 夕食だっつーんだよ!」
ミーネはすっかり上機嫌になったが反比例しておれは不機嫌になった。
ようは平常運転に戻ったということだった。
△◆▽
王都をあとにするその日の朝、おれと父さんはそそくさと帰省するつもりだったがそうもいかなくなった。ミーネ、そしてバートランとアル兄が見送ってくれるのはわかるのだが、ほかにダリスやサリス、エドベッカとマグリフ、クォルズとティアウルまで見送りに駆けつけてくれたためだ。わざわざすいませんと思うと同時に、昨日挨拶回りしたからそれでいいじゃんと思わないでもない。なんかそれぞれ話しはじめて「これから帰ります!」と言いだすタイミングがつかめない。父さんもどうしようって顔してるし。
「え、これ? うん、作ってもらったの」
サリスに尋ねられ、ミーネは着ている服について話していた。
やっぱりサリスも女の子だからああいう服とか欲しいものなのだろうか。かなり真剣な表情で聞いている。
ふーむ、そうだな。
ダリスには世話になりっぱなしだし、これからも世話になるからサリスになにか贈ったほうがいいな。
ただ服はちゃんと寸法とらないとおれには無理だ。生き布みたいに勝手に体にあうような生地を使えば話は別だが……。
ウサギが好きみたいだし、ぬいぐるみを作って贈ろうかな。
「あんちゃん元気でな!」
将来の展望が頓挫しっぱなしのティアウルだが、相変わらずくったくない笑顔を見せてくれる。健気な子や。なんとかしてやりたいと思うけど、おっちょこちょいのなおし方なんてあっちの世界でもないんだよ。すまぬ。無力ですまぬ。
「さて、あまり引き留めるのもあれだ」
やがて見かねたバートランが言い、予定より一時間ほど遅れて出発となった。
「それじゃあまたね! ちゃんと再来年こっちにきてね! 絶対だからね!」
「再来年、王都へお越しの際はどうぞ遊びにいらしてくださいね」
「あんちゃんまたなーっ!」
そんなかしましい声を背にうけながら、おれはクェルアーク家をあとにしたのだった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/19
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/26
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11




