第806話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(15/17)
液晶テレビに突撃したシアたちが飛び出すことになったのは、また別の液晶テレビからだった。
「ぐえっ」
すぐ下が床だったのはちょっと予想外。
シアは体勢を立て直す間もなくそのまま落下。痛みこそ無いものの、寝相が悪くてベッドから転げ落ちた、くらいの衝撃があったのでついうめき声を上げてしまう。
そんなシアの上に、遅れて液晶テレビから飛び出してきた面々が次々と落下しては右へ左へ転がって行く。
「ぐえっ、ぐえっ、ぐえっ」
下でクッション代わりになるシアはたまったものではない。
全部で十二回うめいたあと、散々だったシアはのそのそ起きあがって周囲の様子を確認する。
「はて、どこかの家の……、リビングですね」
彼が元居た世界、さらに厳密に言えば日本のご家庭によく見られる作りのリビングである。液晶テレビがあり、背の低いテーブルがあり、ソファーがあり、部屋はすぐ隣の台所に繋がっている。ガラス戸の向こうには庭と言うよりも空きスペースといった感じの空間があり、塀の向こうにはお隣さんの家が見えた。
「さっきの家とは違う家みたいね。ひとまず安全なのかしら?」
「いや、そうでもないようだぞ」
ミーネの言葉に応えたのはヴィルジオ。
彼女が睨んでいるのはつい今し方、皆で飛び出してきた液晶テレビで、何やらビクンッ、ビククンッと震えているのである。
「これってそういう機能がついてる……、なんてわきゃないよな」
「向こうからこっちに来ようとしてるやつだニャ……」
シャンセルとリビラがそう言う間にも、液晶テレビの振動は大きくなっていき、やがてピキッと画面に小さな亀裂を作った。
「おおっ、これやばいな! どうするんだー!?」
「ひとまずここから離れましょう」
「賛成です」
サリスの言葉に頷き、シャフリーンはすぐにリビングのガラス戸を開けて外に出ようとする。
が――
「はて? 開きませんね……」
ロックもされていないガラス戸だが、シャフリーンが「むん!」と力を込めてもビクともしない。
「ではほかの出入り口なら――」
「ねえねえ、玄関が開かないんだけど!」
シャフリーンが言いかけたところで、すでに一人玄関から外へ出ようとしたミーネが戻ってきた。
「んー、これ、この家に閉じ込められたやつですかね……、一応、手分けして出られる場所がないか探してみます?」
「でしたら、少し試したいことが。あ、シャフさん、ガラス戸から少し離れてもらえますか。割りますので」
シャフリーンを退かせ、アレサが愛用のメイスを具現化しようと手をかざす。
が――
「おや? 具現化が行われません……」
現れるはずのメイスが現れない。
それを見た面々も各々で試してみるが、アレサ同様、具現化は行われなかった。
この事態に、リオが表情を曇らせる。
「具現化が行えないと、あのパレードがこっちに溢れてきたら対処しようがないですね。これは困りました。コルフィーさん、リアナさんから何かこの場について話はありませんか?」
「リアナさんは……、あれ? リアナさん? リアナさーん!」
コルフィーはふいに慌ててリアナの名を呼び始めたが、やがて険しい表情で皆に伝える。
「リ、リアナさんとの接続が切れています……」
「あっれー、これ、もしかして本格的にマズいやつですか? まいりましたね……、ひとまず、この家を手分けして調べてみましょう。何か意味があるはずです。それを見つけなければ」
こうしてシアたちは家の中を調べるべくそれぞれ散った。
その中で素手で戦えるシア、ヴィルジオ、シャフリーン、それから念力が使えるジェミナが液晶テレビの監視もかねてリビングを調べるために残る。
やがて――
「ん、ん」
ジェミナが控え目な感じで呼びかけてきた。
「おや、何かありましたか?」
「これ、これ」
シアがジェミナから手渡したものを、シャフリーンとヴィルジオも左右から覗きこむ。
それは――
「写真立てですね。この写真は……」
「家族。この家の、たぶん」
「なるほど、この家の住人というわけですか」
「父親、母親、そして子供だな……」
男性と女性と、そしてまだ幼い少年――。
「あれ……?」
その少年にシアは見覚えがあるような気がした。
いや、見覚えではない。
面影を見たのだ。
「あ」
瞬間、シアの脳裏に閃きがあった。
彼は恐るべき筋肉に追い立てられ追いやられ、生活している屋敷から生まれ直した家へ、さらに元の世界まで来た。
ならば、そこからさらに潜ったこの家は?
「この子……、ご主人さま? じゃあ、ここはご主人さまの生家……!? あ、これマズい、マズいですよ……!」
「シア、落ち着け。話がわからん」
「ここ――、この家がご主人さまの原点なんです! 外に出られないんではなくて、もうここが終わりなんです! 夢の探索の終着点なんですよ!」
「なんだと!? では……、ではどうするのだ!?」
「それがわかっていたら苦労はしませんよ! で、でもきっとこの家に何かあるはずです! いや、ここが終着点ならご主人さまがいるんじゃないですか!? どっかに隠れているんですよ!」
「ならば――」
とヴィルジオが言いかけた時だった。
「おーい! みんな来てくれー!」
シャンセルが大声で呼びかけるのが聞こえてくる。
「何かあったか? シアは行け。ここは妾たちで見張っておる」
「じゃあ、えっと、お願いします」
シアは三人を残し、シャンセルの元へ急ぐ。
途中、散っていた皆も合流し、訪れることになったのは二階の部屋。
そこには――
「なん……、です?」
「わっかんねえ!」
シアの問いにシャンセルが答えられるわけもなかった。
その部屋に居たのは巨大な筋肉の塊――、いや、肉の塊、バケモノであったのだ。
「ふぐぐ……、ふぐぐぐぐ……!」
筋肉の塊は散々見てきたが、比喩でなく本当に剥きだしの筋肉で形成された塊を見るのは初めてであり、誰もがその不気味な姿に嫌悪感を抱く。
「さすがに気味が悪いニャー」
「これからお料理がちょっとしにくくなるわ……」
うんざりしたように言うのはリビラとミーネ。
幸いなことに、筋肉のバケモノは攻撃的ではなかったため観察する余裕があった。バケモノはうめき声を上げながら、ひたすら伸び縮みなど反復運動を続けているだけで、見てくれに反してずいぶんと大人しい。
「うーん、これをどうにかすればいいんでしょうか……。皆さん、調べてみて何かありましたか?」
このシアの問いに対し、皆は首を振るばかり。かんばしい反応ではない。となるとやはり、この家にただ一匹だけ存在するこのバケモノが何らかの鍵となるのだろう。
シアはつい持ってきてしまった写真立てを、ひとまず室内にあった学習机に置き――
「……ん?」
そこで気づく。
この部屋にある品々が意味するところ。
学習机の横に掛けられているランドセル、部屋の一角に寄せられているオモチャ、漫画雑誌、ゲーム機。
ここは子供部屋。
であるならば、その主は――
「ご主人さま!?」
『はあ!?』
突然、シアがバケモノにそう呼びかけたため、居合わせた者たちは驚きの声を上げることになった。
しかし愕然としたシアはそんなこと知ったことではなく、バケモノにすがりついて呼びかける。
「ご主人さまー! ご主人さまでしょう!? ちょっとなに筋肉のバケモノになってるんですかー! さすがにこの姿はクロアちゃんとセレスちゃんが泣きますよ!? ロボットダンスの比じゃないです!」
怒鳴るようにシアは呼びかける。さらにぺしぺし叩いてもみるが、バケモノはまったく反応を示さず、ただ黙々と反復運動を続けるばかりだった。
「無視ですかー! ここにきて無視なんですかー!」
「ちょちょ、シアさん、この塊が御主人様って本当なんですか?」
ようやく驚きから回復したサリスが尋ねる。
どのようにしてシアがこのバケモノを彼であると看破したか、その過程がまったくわからないため疑うのも仕方のない話であった。
「まず間違いないと思います。ほら、あの写真を見て気づいたんですが、写っている男の子は元のご主人さまの面影があるんです。ここはご主人さまが生まれ育った家で、ここは子供部屋、ならここにいるのはご主人さまですよ。ご主人さまは……、一人っ子でしたから」
「じゃあ……、あの子の……」
そう呟いて俯いたサリスだったが、そこではっと顔を上げる。
「シアさん、御主人様なのは確かとしても御主人様であるかどうかはわからないのではないですか?」
「え、は? えっと……?」
「今の御主人様は御主人様ではなく、あの子なのではないですか?」
「あ、そういう……、なら……、えっと……、どうすれば?」
「あの子として呼びかけてみてはどうでしょう? 短い時間ですがあの子はこっちの世界で過ごしました。シアさんはずっとお世話していましたから、反応を示すかもしれません」
「なるほど! えーっと、では……、シ、シアお姉ちゃんですよー? 久しぶりだからわかりませんかー?」
気づけやオラァという感じだったシアは、打って変わって猫なで声で呼びかけ始める。
が、やはりバケモノは反復運動を続けるばかりで……。
「その動きはもしかして筋トレしてるんですかー? いやいや、もう充分ですよ? そろそろひと休みしませんか? そんな運動ばかりしていてはお腹が空くでしょう? お姉ちゃんが何か美味しいものを作ってあげるので食べませんか?」
そのシアの提案は何とか気を惹こうという苦し紛れでのものであった。
が、しかし、それはサリスに天啓をもたらした。
「シアさん、ここをお願いします! 私は台所へ行きますので!」
「台所? 何か作るんですか?」
「はい! ちょっとパンケーキを!」




