第804話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(13/17)
「いいですか皆さん、わたし達はご主人さまを助けるために夢の世界へ来たのであって、楽しく遊ぶためではないのです」
行ったきり戻ってこなくなった困ったちゃん達を回収したのち、シアは遊び呆けていた九名を正座させて説教を始めた。
賑やかな遊園地の一角、主にメイド服姿のお嬢さんたちが正座して、同じくメイド服姿のお嬢さんに怒られている様子は何かのパフォーマンスのようである。
「何らかの罠であればまだ話はわかりますが、そんな意図なんて存在しないのに自分から取り込まれちゃってるじゃないですか。そんなの詐欺師が騙そうと思ったらもう騙されていた、みたいな話ですよ」
さすがにここは反省するところだと自覚があるのだろう、誰もシアの言葉に反感を覚えることもなく、大人しく叱られるままになっている。
しかし――
「確かにシアにゃんの言う通りニャ。ニャーたちがうかつだったニャ。でも聞いてほしいニャ。シアにゃんはこの世界のことをよくわかっているから誘惑に打ち勝てたってところがあると思うニャ」
「え、あたし打ち勝ったけど……」
シアの後ろでアレサと一緒に説教を見守っていたシャンセルがぽつりと言う。
リビラは苦々しい顔になる。
「い、今はちょっと黙っていてほしいニャ。お願いニャ」
「いやまあいいけど……」
珍しく素直にお願いしてきたリビラにちょっと戸惑いつつシャンセルが黙ると、リビラは気を取り直してシアに言う。
「それに比べてだニャ、ニャーたちは見る物すべてが新鮮で興味深いニャ。知識だけは与えられて、それを体験できないってのは生殺しなのニャ。さらに言うと、この機会を逃したら二度と体験することができないかもしれないニャ。ならちょっとだけ……、と魔が差すのも理解してほしいニャ」
「うむむ……」
確かに、猫に『待て』をさせるのは難しいとシアは考え、だがすぐにそういう話ではないなと考えを打ち消す。要はこれ、小さな子供をネズミ園に連れてきて、そこで宿題をさせようとするものなのだろう。目の前に広がる楽しみに意識を奪われ、とても集中などできないのだ。
シアは知識の共有は失敗だったかと考えるも、では目にするものすべてが不可思議なまま野に放つのが正解だったかというと、もちろんそんなわけもない。
未知の世界で皆に指示ができるのはシアを置いてほかに居ない。
ならばこれは、あらかじめこの事態を想定して、事前に指示を出しておくべきだったということになる。
「うーん……、まあいいでしょう。私もみなさんがどんな反応するか予想しきれなかったところがあります。それにただでさえ時間を無駄にしました。これ以上、ぐちぐち言うのはすべて解決してからにします」
あ、終わったあとに説教するんだ……、と正座していた面々の誰もが思ったものの、それを口に出すことはなかった。
「さて、それでは調査を再開しますよ。報告は……、してもらう必要ありませんね。コルフィーさん、これまで移動してきましたが、ご主人さまの反応はなかったんですよね?」
「あ、はい。兄さんはいないようです」
「繁華街、動物園、遊園地、どこにもご主人さまが居なかったとすると……、あとそれ以外の場所は……」
「シアさん、そもそも旦那様がこの領域にも居ない、ということもあると思いますよ?」
「そうですね、それも有り得ます。そうなると、また別の領域へ行くための入口を探さなければなりません。これはリアナさんでもわからないようなので、やはり手分けしてそれらしい物を見つけるしかないんですよねぇ……」
「居ないかもしんないのか……、ダンナ、ここで遊んでると思ったんだけどなー。すっげえ楽しそうだし……」
「楽しいことに特化した施設ですからね。いえ、この領域自体がご主人さまにとって楽しい――、楽しかったことをぎゅっと寄せ集めた場所なのかもしれませんね。ここからさらに移動したとなると、じゃあどこに行ったって話ですよ」
そうシアがため息まじりに言った――、その時。
「遊び疲れて家に帰ったんじゃない?」
あっけらかんと言ったのはミーネ。
それは深く考えての発言ではなかったのだが――
「住宅地!」
都市なのだから当然あって然るべき地域。
だがここは現実ではなく夢の世界、それが存在することに存在するだけの意味がある。
それに最初の領域も、次の領域も、そこには彼の住む家があった。
ならばこの領域にも彼の『家』があるのではないか?
「予定変更です! 住宅地の調査を優先しましょう! そこにご主人さまが暮らしていた家があるかもしれません!」
かろうじてその家のことは覚えている。
絵でも描いて配り、似ている家を皆に探してもらえばいずれは見つけられることだろう。
無駄かと思われた手分けしての調査だったが、次に繋がりそうな発想を得られたのであればひとまず良しとすべきだ。場合によっては、皆で真面目に調査を続けたとしても気づけなかった可能性もある。
シアは皆を立たせ、さっそく住宅地へ向かおうとする。
が――
……ドゴォーン……!
遠くで大きな音がした。
「何でしょう、この音は……。ちょっと気になりますね、住宅地へ向かう前に確認をしにいきましょう」
この提案に反対する者はおらず、シアは皆を引き連れ音の発生源へと急いだ。
△◆▽
大きな音はなんであったのか?
結論から言うと、それはシアたちが飛び出してきた大型モニターのある百貨店が倒壊した音であった。
いや、そればかりか、百貨店に隣接していたビル、またさらに隣接していたビルが次々に倒壊し、轟音を立て土煙を上げる。
何故そんなことが起きているのか。
それは――
「筋肉の侵食がここにまで……!」
シアたちが上空から見下ろす先、そこにはマッスル☆フェスティバルで闘士たちが披露したようなガチムチたちのパレードが、立ち塞がるビルなどものともせず行進し続けていた。
五十人……、あるいはそれ以上のガチムチが横に並ぶ。それは横列ではなく、横にそれだけ並んだ長い長い縦列で、邪魔であればビルであろうと粉砕して進む様子は土石流を思わせた。
「まさかの『直進行軍』……! どこぞの私塾の名物でもあるまいになんでわざわざあんなことを……!?」
「シア、どうする!? 攻撃しとく!?」
「いや、下手に手を出すのはあまり得策とは――、ん?」
言いかけ、シアはふと考える。
この直進大行軍――ガチムチ大パレードは、いったいどこへ向かおうとしているのか?
と、その時、舞い上がった土煙のベールから姿を現したのはガチムチたちに担がれる巨大で荘厳な御輿であった。
御輿は玉座を戴く教皇御輿。
だがせっかくの玉座も今は空席。これではこのガチムチ大パレード自体が何のために行われているのかわからぬ空虚なものになってしまう。
「あ」
閃き――、それはろくでもないものであった。
このガチムチ大パレードは、あの玉座に座るべき者を迎えに行くために最短距離を進んでいるのではないか?
その者とはもちろん――。
「こ、こ……」
「こ?」
予感。だがほとんど確信。
あれが彼のところに辿り着き、彼が玉座に座ったら終わりだ。
「こ――、こぉぉぉげきぃぃ――――――ッ!」
叫び、シアはその肩にM202FLASH――四連装携行型ロケットランチャーを具現化するとすぐさま発射。
ドーンドーンと放たれた焼夷ロケット弾がガチムチ大パレードで破裂するが、周囲のガチムチたちを炎に包む程度でそこまで強力な威力ではなかった。
「ちぃ、わたしが具現化するのでは映画のように大爆発はしませんか! ならいいです!」
くそったれ、とM202FLASH放り投げ、次にシアが具現化させたのはM134――六銃身のガトリングガン。
一秒で百発近くの弾丸を吐き出す破壊の権化だ。
「くぅたばれぇぇ――――ッ!」
ダラララララ――――ッ!
「ちょ!? シ、シア、それってアレ――、あれ!? 手で回さなくてもいいやつ!? すごい!」
ミーネは叫ぶように言うが、それすらも圧倒的な発砲音に掻き消されシアには届かない。
この上空からの無慈悲な攻撃はさすがに効果があり、弾丸を食らったガチムチたちは空気を入れすぎた風船のようにバンバン爆ぜて消えていく。
だがシアが別のガチムチを始末している間に、またにょきにょきと生えてきて復活、何事もなかったかのように行進を始めた。
「倒されてすぐ復活とかスナークの方が可愛いじゃないですか! ああもう、皆さんなに悠長に眺めているんですか! 攻撃、攻撃です! あれがご主人さまのところに辿り着いたら終わりですよたぶん!」
「こ、攻撃って言っても、私たちは普通にやればいいの!?」
「何でもいいのでどかーんとやってください!」
「シアさん! 私は遠くから攻撃する手段がないです! なのでそれ貸してください! ばりばり撃ちまくって死傷者ゼロとか言いたいです!」
「死傷者ゼロでどうすんですか! ネタはいいのでここは生存者ゼロを目指してください!」
そう言ってシアはリオにM134を渡す。
が――
「ありがとうご――、ごっ!? 重っ!? 重いぃ――――ッ!?」
「リオ!?」
あわや渡されたM134ごと落下しそうになるリオを、慌ててヴィルジオが助ける。
「確かに重いな、これは妾が使おう。……なるほど、こういうものか。便利ではあるが危ういな。主殿が秘匿しておくわけだ」
「そういうことです。これについては戻っても内緒でお願いします」
そう言いつつ、シアは次々と銃器を具現化させて遠距離攻撃できない面子にせっせと配る。
銃という存在を知られるのはよろしくないし、彼も望まないだろうが今は無視する。それに何もこの武器を広めようという話ではない。この面子ならば、銃器というものの性能を確認し、これが世に広まればどのような惨劇を生むか説明すればわかってもらえるだろう。
「では皆さん、あらためて、攻撃ぃぃ――――――ッ!」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/31




