第803話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(12/17)
ティアウルとリオを加え、さらにシアは仲間の回収を続ける。
次に訪れたのはカラオケボックスで、そこではジェミナが日本語で熱唱を続けていた。
これは意外で誰もがびっくりする。
「あの、ジェミ、得意じゃないから、喋るの。だから、良くなるかなって思って、上手く歌えるなら」
自分にとって楽しいものに取り込まれていた面々とは違い、ジェミナは前向きな意識を絡め取られたようだ。
しかしながら――
「それは今やることではないですよね?」
「ごめん……」
ジェミナが失敗をするというのは珍しい。
しょぼぼんと素直に反省しているようだし、シアはこれ以上とやかく言うのは止め、次に回収する者の元へ急ぐ。
それにいちいち説教をしていては、時間がいくらあっても足りないのだ。
ジェミナを回収し、これで残るポンコツはあと四人。
シアたちが次に向かったのは規模の大きなゲームセンターだ。
そこではダンスゲームに夢中になっていたヴィルジオがいた。
『…………』
思わず黙り込むことになったのは、あのヴィルジオが楽しそうに踊っているからか、それとも相当の集中力をもってやりこんだのかキレッキレになっているその踊りに目を奪われたからか。
メイド姿でスカートを揺らしながら踊るヴィルジオは非常に絵になり、基本、こちらに無関心であるはずの夢の住人たちまでもが集まってその踊りを眺めている。
まあ彼は間違いなく好きそうな状況なので、もしかするとその意識が影響を及ぼしているのかもしれない。
やがて曲が終わり、ふう、とひと息ついたヴィルジオがふとシアたちの方へ視線を向け、すぐにゲーム台の画面へと戻したが、次の瞬間にはまたシアたちを見た。
二度見である。
「あ、あ、あ……」
あれこそ驚愕の表情というのだろう、そう思ったのはシアばかりではない。
ただ無邪気なジェミナはダンスに対してパチパチと拍手を送る。
ひとまずシアたちも倣い、ヴィルジオに拍手を送った。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ――――――ッ!」
崩れ落ちるヴィルジオ。
まるで悲劇的な演劇のようで、それもまた絵になった。
「ねえちゃん踊りうまかったぞ! あたい、戻ったらああいう踊りを広めたらいいと思う!」
ティアウルは褒めるが……、今はそれも追い打ちである。
「くっ……、殺せ!」
「またネタなのかマジなのかわかりにくいことを……」
ヴィルジオは苦渋に満ちた実に良い表情をしていたが、今はそれをイジっている場合ではない。
「はいはい、色々と押してるので早く復活してください。いつまでもイジイジしてると、あとでご主人さまに助けに行ったはずのヴィルジオさんはダンスゲーに夢中になってたって報告しますよ」
「シア!?」
「嫌だったら早く立ってください。ここはちょっと危険――、ってミーネさん! 駄目ですよ! めっ!」
シアが声をあげると、レースゲームの大型筐体に乗り込もうとしていたミーネがビクッと身をすくめた。
「ちょ、ちょっとだけ……、だってF-MEGAが……」
「それは普通のレースゲーであってF-MEGAではありません! まったく油断も隙もない……、ほら、ヴィルジオさん、ここは誘惑が多くて面倒なので、さ、立ってください」
「う、うむ……」
いつまでも恥ずかしがっている場合ではないと思ったか、それともいまさらと諦めたか、ヴィルジオは渋い顔をして立ち上がる。
「さて、これであと繁華街にいるのはリビラさんですね。でも家電量販店……? リビラさんがここに留まっているというのはちょっと妙な気がしますね。これがリィさんなら納得なのですが……」
不思議に思いながらシアは皆を連れて移動する。
もしかしたらリビラが留まっているのは何か意味があるのではないか。普段はともかく、緊急時は何かと頼りになることがわかったリビラだからこそ、わずかばかりの期待を抱く。
そして辿り着いた大型の家電量販店。
そこには高級マッサージチェアに身を任せ、目を瞑ってうっとり夢心地になっているリビラの姿があった。
「ンニャニャニャニャニャ……」
所詮は儚い期待であった。
シアは生活家電売り場へ向かうと、吸引力が変わらないらしい掃除機を持ってきてリビラの顔を吸った。
ウヴォォォ――――ン!
「ギニャァァ――――――ッ!?」
天国から地獄。
多くの場合、猫にとって掃除機は忌々しい宿敵である。その騒音は安寧を打ち砕く機械獣の咆吼であり、また飼い主は気まぐれに抜け毛を吸い取ろうと吸い口を押しつけてくるものだからだ。
「な、なっ、なにすんニャ!?」
「……」
ヴォン! ヴォン! ウヴォ――――ン!
「ちょっ、シア、やめるニャ! 無言で掃除機突きつけるのやめるニャ! 吸われるニャ! そいつ吸引力強いニャァ――――ッ!」
ちょっと期待しただけに落胆も一押し。
シアはしばらく掃除機でリビラをいたぶり、それからどうして調査をさぼっていたか、一応聞いてみる。
「ちゃ、ちゃんと調査もしたニャ。ちょっと疲れてきた頃にここに辿り着いて、物珍しさから入ってみたニャ。そしたらこんな良い物があったから、ちょっとだけ試し――」
ウヴォォォ――――ン!
「だからそれは止めるニャァァ――――――ッ!」
またしてもリビラはいたぶられることになったが、このシアを止めようとする者はいなかった。アレサはうんうんと頷いているし、ほかの面々は気まずそうに顔を背けるばかりだ。
「夢の中なのに、集合時間も忘れてマッサージを堪能してしまうほど疲れていたのですか?」
「つ、疲れていたのニャ。そそ、それに、ちゃんと最初は調査していたニャ! 本当だニャ!」
「いまいち信用できませんね……」
「ニャ、ニャア……」
シアに睨まれ、リビラは震える。
もちろんそれはマッサージチェアが稼働しているからではない。
「まあいつまでもイジめているわけにもいきませんし、これくらいにしましょうか。さ、付いてきてください。あと二人回収しに向かわなければなりません」
「んニャ? 居ないのはサリにゃんと……、シャンだニャ! きっとシャンもさぼってるニャ! いっぱいお仕置きするニャ! 掃除機持ってくニャ!」
リビラは残る二人の内、特にシャンセルを目の敵のように悪し様に言う。
残念ながら、今のリビラは頼りにならないリビラであった。
△◆▽
繁華街にいたポンコツを回収したシアは、それからサリスが留まっている動物園へと向かった。
残念なことに、もう動物園という場所からしてサリスがどうなっているか結果はわかってしまう。もしかすると、なんて期待を抱くことが不可能なほどの、ある意味それは信頼であった。
そして――
「何者ですか!? ここはウサギ王国、許可なき者の立ち入りは禁じられています!」
「これはまたいい感じにキマってまあ……」
いきなり怒鳴りつけられることになったが、確かにサリスが居たのは動物園の一角、ウサギと触れ合える『ウサギ王国』だし、入るためには係員の許可がいるので間違ったことは言っていない。
サリスはそのウサギ王国でウサギに囲まれ、側には中型犬くらいある巨大ウサギをはべらせていた。
もうすっかり夢の世界の住人である。
「うわー、おっきいウサギがいるのねぇ……。ほーら、ウサウサ、ウサウサ」
「あたいもあたいも」
「ジェミも、ジェミも」
さっそく興味を惹かれたミーネが巨大ウサギを撫で始め、それに倣ってティアウルとジェミナも抱きつくようにしてもふもふを堪能し始めた。
ほかにもウサギと戯れたそうな者もいたが、すでに失態を演じていたこともあって自重する。無敵だったり、面の皮が厚かったり、無邪気だったりの三名のようには振る舞えない。
「ふむ、もしかして貴方たちは王国の住人となることを望んでいるのですか? よろしい、ではまず貴方がたが王国の住人になるに相応しい愛ウサ心を持つか試させていただきます」
「愛ウサ心ですか……」
有るか無いかで言えば、微かには有るのだろうが、ここでサリスに付き合ってウサギ王国の住人になって、ウサギたちに囲まれて平和に暮らすわけにはいかない。
シアは少し考え、それからコルフィーを見る。
「コルフィーさん、リアナさんを通じて現実でお留守番しているフィーリーさんに、サリスさんはあなたを捨てて夢の世界のウサギと仲良くすることにしたようだと伝えて――」
「何てことをしようとするんですか!?」
ぎょっとしたサリスが叫び――
「あ、あれ……?」
どうやら正気に戻ったようで、きょとんとする。
シアとしては思いのほか早く片付いたという心境だった。本当はサリスの状況を伝え、さらにそう聞いたフィーリーからの伝言を今のサリスに伝えようと考えていたのだ。
「サリスさん、何か言うことはありますか?」
「え、えーっと……、お手数をお掛けしました。申し訳ありません」
ウサギ王国の主をやっていた記憶はあるのか、サリスは恥じ入って縮こまり、皆とまともに顔を合わせられないでいた。
「まあ、いいでしょう。ともかくこれで九人目、残るはシャンセルさん一人です。さっそく向かいますよ」
ポンコツ回収、最後の地は遊園地。
ここに留まっているシャンセルの回収に向かうシアの心境はすでに諦観の極致にあった。
もはや神も仏もない。
シアは荒涼たる心境で皆と遊園地へ向かうと、すぐにシャンセル捜しを始める。皆でまとまっての行動なので効率は悪かったが、おおよその位置はわかるのでそう時間がかかることもないだろう。それに、ここでまた手分けして人捜しなどという愚を犯すつもりはなかった。
「シャンの好きそうなアトラクションを探すニャ! きっと遊び呆けてるに違いないニャ!」
シャンセル発見に並々ならぬ熱意を見せるリビラ。
しかし、少し歩き回ったところで、先にシャンセルの方がシアたちを見つけて駆け寄ってきた。
「おう、みんなもここを調べに来たのか!」
「調べ……、え? シャンセルさん、もしかしてここをずっと調べていたんですか?」
「へ? そりゃそうだろ、だって調査に来たんだから」
「……ッ!?」
当然の返答のはずだが、シアはシャンセルの答えに衝撃を受けた。
「そ、そうですね。普通はそうですよね。でもシャンセルさん、集合時間はもうとっくに過ぎてるんです。ひとまず集合ということにしたんですから、そこは戻ってもらわないと。心配して連絡もいれたんですが……」
「え? あっれ? わ、わりぃ、あっちこっち見て回るだけでそんな時間がかかってるとは思わなくて……。それにほら、ここ煩いだろ? それで連絡も気づかなかったみたいだ」
そう語るシャンセルは実に自然で、やましいことなど何一つしていないといった感じであった。
が、リビラとしてはそれが面白くないのだろう。
「そんなこと言って、実はたっぷり遊んでたんじゃないかニャ?」
「いやいや、んなことねえよ。そりゃ楽しそうだし、遊びたかったけど……、今はダンナをどうにかするのが優先だからさ」
言いつつ、シャンセルは周囲をざっと見回す。
「ここって楽しく遊ぶ場所だろ? ダンナって最近やっと遊ぶようになったし、ならこういうところで遊んでるんじゃないかなって思って捜してたんだよ」
「と言いつつ、本当は遊んでたニャ?」
「遊んでねえっつーの!」
しつこいリビラに言い返すシャンセルに嘘の陰は見られない。
どうやら本当にこの遊園地が重要だと考え、一人で歩き回って彼を、あるいは彼を見つけるための手がかりを探していたようだ。
「くぅー、素晴らしい! 素晴らしいですよシャンセルさん!」
「シャンセルさん、あなたはちゃんと旦那様のことを思って行動していたのですね。こう言っては失礼ですが、見直しました」
「え……? 何であたし褒められてんの……?」
シアとアレサの称賛にシャンセルは戸惑う。
本人としてはただやるべきことを優先しただけという、ごく当たり前の行動のつもりなのだ。
一方――
『……』
その様子を見守る九名のポンコツたちは、実に気まずそうな顔をしていた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/27




