第801話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(10/17)
一時的に手分けしてこの領域を調べることにしたあと、まずシアは飛行して方々を観察し、何か意味ありげな、それらしい場所はないかと探し回った。
それでわかったのは、まずこの領域は予想した通りまだ筋肉の侵食が起きていないということと、地理的に現実的ではないということだった。
繁華街を中心として、そこから住宅街に繋がっているのはまあいいとしても、すぐ近くに動物園や遊園地があるのはさすがにおかしいだろう。
「まあ夢の中ですからねぇ……」
何しろ映画の登場人物や怪物が闊歩している領域。
もしかすると彼にとって楽しいもの、あるいは、楽しかったものが集まった領域なのではないかと考える。
今を生きる世界を模した領域ではなく、もう二度と訪れることはない世界の領域、それはより彼の心に近い夢の中の夢。
「昔を思い出しますね」
こうして都市の上空をふよふよ浮遊していると、まだ死神をやっていた頃の感覚が思い起こされ、思わずシアは苦笑する。
感慨を覚えながらシアはしばらく上空での調査を続け、その後に地上へ降りて歩き回り、ひたすら何かないかと調べ回ったが、意味のありそうなものを見つけることは叶わなかった。
「あ、もうそろそろ時間じゃないですか。仕方ありませんね、ここはひとまず百貨店に戻って、皆さんと情報の擦り合わせをしますか」
とは言え、何かあれば連絡があるはずなので、それがないまま二時間が経過してしまったということは、ほかの面々も成果がなかったということではないだろうか?
ともかくシアは急いで百貨店前まで戻る。
すると――
「おや? アレサさんだけですか?」
「はい。まだ皆さんは戻ってきていません」
集合場所で先に待機していたのはアレサだけであった。
まあ土地勘などあるわけもない繁華街なので、戻るにしても予想よりも時間をくってしまって遅れることは充分考えられる。
「シアさんは何か見つけられましたか?」
「いやー、それがさっぱりなんです」
「そうですか……、私の方も旦那様に繋がるようなものは見つけることができませんでした」
それからシアはアレサと話をしつつ残りの面子の到着を待った。
待った……。
「誰も来ないじゃないですかー!」
待てど暮らせど待ち人は来ず、シアはいいかげん痺れを切らす。
「もしかして何かあったのでしょうか……?」
「どうでしょう、あったら連絡してくれるでしょうし……、あー、でもいきなり連絡もできない状況になったって場合もありますか。ですが全員……? ともかくちょっとこっちから連絡してみます」
シアはスマートフォンで連絡をいれてみる。
が――
「誰も出ないじゃないですかー!」
「やはり何かあったのでは?」
「うーん、ちょっと待ってくださいね」
シアは位置情報共有機能で皆がどこにいるかを確認。
するとどういうことか、内三名は今シアとアレサが入口にいる百貨店の内部に留まっていた。
「ま、まさか……、いや、さすがにそんなわけは……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「どうしました?」
「どうもミーネさんとコルフィーさんとシャフリーンさんがこの建物の中にいるようなんです」
「え? この中に? 居るんですか?」
「はい。なので、ちょっと迎えに行ってみましょう」
外れてくれ、と嫌な予感の否定を試みながら、シアはアレサと一緒に百貨店の中へ重い足取りで入っていった。
△◆▽
集合時間になっても戻ってこない困ったちゃん三名が百貨店内にいることはわかったが、百貨店のどの位置、どの階層に居るかまではさすがにわからなかったため、そこからはおおよその位置を確認しつつシアとアレサは三人を捜した。
そして――
「居ましたね」
「居ましたが……、えっと……」
まず発見したのは、書店でマンガを読んでいたミーネだった。
立ち読みどころか床に座り込んでの熟読。ただし速度はパラパラマンガでも見ているような尋常でない速度である。周囲には横積みされたマンガのタワーが高層ビル群のごとく立ち並び、まるで自分こそがこの書店の主とでも宣言しているようなその堂々たる振る舞いは、もし現実であれば警備員につまみ出されること間違いなしであった。
シアはしばしその様子を見つめ、そして――
「あ――、あはは、あはははは!」
「シアさん……!?」
唐突に笑いだし、アレサをぎょっとさせた。
が、次の瞬間だ。
「うおぉるぁぁ――――――ッ!」
「んぎゃー!」
シアが猛ダッシュから繰り出した鮮やかなフライングクロスチョップは、マンガのビル群を粉砕しながらミーネに叩き込まれた。
「な、なに……!? なにごと!?」
まき散らされたマンガに塗れながらがばっと身を起こし、ミーネはびっくりした様子で言う。
「なに、じゃないんですよぉ! この状況でなぁーにしてんですかー!」
「何をってそんなの……、あれ? 私、どうしてマンガを読んでいたのかしら?」
のそのそと立ち上がり、ミーネは周囲の惨状を見回しながら不思議そうに首を傾げる。
「みんなと別れて、私はまずこの建物から調べようと思ったの。ほら、ここに来る前は出口と入口が同じだったじゃない。だからまずはって」
「なるほど、そこは納得のできる話ですね」
「でしょう? それから食品売り場で果物食べたり、お惣菜食べたりして、フードコートで色々食べて、次にこっちに来たのよ」
「……」
もうすでに駄目な感じがしたが、一応、シアは話を聞く。
「そしたら本がいっぱいあるじゃない。でね、あー、これが本場のマンガなんだなーって思って、ちょっと手に取ってみたら……、そしたらシアに攻撃されてたのよ!」
「……」
どうやらミーネは記憶が飛んでいるようだ。
相当な集中力でもって速読をしていた――、いや、あの様子は速読と言うよりもダウンロードしていたと表現する方が的確なのかもしれない。
「ミーネさん、あなた二時間かけてこの建物どころか、食品売り場とフードコートしか調べてないじゃないですか」
「え!? もう二時間たったの!?」
「たったんです」
驚くミーネに、シアはため息を一つ。
彼が描いた『オーク仮面物語』で楽しんでいたミーネだ。こっちの世界の漫画となればもうそれは麻薬のようなもので、時間の感覚など跡形もなく消し飛んでしまったのだろう。
「そ、そんな……、おかしいわ、そんなに時間が進んでるなんて……、はっ、まさか攻撃を受けたんじゃ!?」
「何を言わんとしているかはよくわかります! ――が、今はネタでボケている場合ではないんですって! ほら、もう行きますよ!」
「わかったわ。でもちょっと待ってね、今ディスク奪われたところだから――」
「おるぁー!」
「あいたー!」
「普段なら乗るところですが今はそれどころではないのです! あとべつに痛くはないでしょう!」
「そ、そうだけど……」
「わたしたちはご主人さまを助けに来ているんです! ご主人さまの夢の中で遊ぶために来ているんじゃありません! ほら、行きますよ!」
「だが断る!」
「おんるぁーッ!」
「あいたぁーッ!?」
ズビシッと脳天にチョップを叩き込まれたミーネは、つい痛みがあるように反応してしまうようで、頭を押さえて倒れ込んだ。
「まったく、覚えたての小娘ごときが……、このわたしにそのネタを振るのは百年早いのですよ」
ミーネは余計なことを知ってしまったのだ。
覚えたては何かと活用したがるので、まったく面倒くさい。
「ミーネさん、いいですか、改めて言いますが今は遊んでいる場合ではないんです! ほら、もう……、ああいいです。アレサさん、ミーネさんを引きずってください!」
「はい。ではミーネさん、行きますよ」
「あ、ちょっと待って立つから! ってアレサ!? 足を持って引きずられたら立てないわ!? あれ!? もしかしてアレサも怒ってる!?」
「怒ってないと思いますか?」
「ご、ごめんなさい……」
こうして、シアの指示のもとアレサによる無慈悲な店内引き回しの刑は執行された。
「次に近くに居そうなのはコルフィーさんですね。あー、こっちはもう予想がついてしまうのが……。参りましたねぇ、これちゃんと調査してたのわたしとアレサさんだけなんじゃないですか?」
「嘆かわしいことです。旦那様が苦しんでいるというのに……」
「……ごめんごめん、これからはちゃんと頑張るから~……」
「確かに嘆かわしい話です。調査はしてない、時間は守らない、連絡はとれない。せっかくスマートフォンを渡したのにこれじゃあ何の意味もないじゃないですか」
「戻らない皆さんを捜すのには役立っているのがなんとも……」
「喜べませんねぇ……」
「……ねえ~、そろそろ許して~……」
スカートがめくれ、おパンツ丸見えな可愛らしいお嬢さんが哀れに許しを請いながら引き回される様子は、もし現実であれば移動撮影会が開催され、その後に拡散、ミーネは一躍時の人となるところであったが、やはり夢の中ということもあって特別反応を示す人はおらず、刑は粛々と継続されるばかりであった。




