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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
810/820

第798話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(7/17)

 精霊門の向こうはいかなる不思議の国か。

 そう警戒していたシアたちは、訪れた場所がどこであるかすぐに理解してちょっと肩透かしを食らうことになった。


「領地……、ですね……」


 もうずいぶん馴染み親しんだレイヴァース男爵領の森の中。

 そこにあるのはシャロが用意した大きな屋敷と、彼の生家たる小さな屋敷だ。


「そのようですが……、ここは静かなのですね。まだ汚染されていないということでしょうか? コルフィーさん、リアナさんは御主人様を見つけられますか?」

「えー……、いえ、兄さんはここにも居ないみたいです」

「居ないのですか……?」


 コルフィーの返答を聞き、困惑するサリス。

 筋肉に汚染された王都から遠ざかるべく彼はこっちへ移動した、という仮説が誤りであったのかと首を捻っている。


「あんちゃん森に隠れたのかな? みんなで捜すか? 隠れんぼか?」

「もしかするとそうなるかもしれんが、まだ待て。主殿が居ないにしても、少しここを調べてからにすべきだ」

「そうですね。森を捜索するとなれば、これはもう手分けして行うしかありません。その前に、まずは全員で二つの屋敷をよく調べてからにした方がよいでしょう。それで構いませんか?」


 ヴィルジオの提案に賛成したシャフリーンが確認をとる。

 反対意見は出ず、さっそく皆での調査を開始。

 勝手知ったる他人の――、いや、もう半分は我が家のようなもの。

 調査は速やかに行われる。

 しかし――


「とくに何もなしね!」


 ミーネが勝手に宣言してしまったが、実際その通りだったので誰からも文句は出ない。


「こうなったら、みんなで森に入ってニャーさま捜しかニャ?」

「それしかねえよなー。あんまり気乗りしないけど……」

「んニャ?」


 乗り気でない様子のシャンセルに視線が集まる。


「あ、いや、べつにダンナを捜すのが嫌とかそういうわけじゃねえぜ? ただほら、気づいてねえ? 静かすぎるだろ」

「え? あれ……、そうですね、静まり返っている……」


 そのシャンセルの指摘によって、シアたちは森が静寂に包まれていることに気づいた。自分たちの立てる音が妙に大きく聞こえ、誰も音を立てないでいると耳鳴りが起きるほど。

 静かすぎる森は正直気味が悪く、気乗りしないでいたシャンセルの気持ちがわかってしまい思わず黙り込む。

 そのとき――


「ふわぁ!?」

『――ッ!?』


 急にリオが大声を上げ、みんな仲良くビクゥッと身を震わす。


「な、なんだニャ! 急に大声出すのはやめるニャ!」

「そうだぜ……、あー、びっくりした……」


 種族的な関係で耳が良いリビラとシャンセルは特に驚いたらしく、リオを責めるのだが――


「いや、あの、仕方なかったんです、向こうの木の陰からマッスルな人がひょこっと顔を出したんです! 私もびっくりしたんですよ!」


 あそこ、あそこ、とリオが森の奥を指差す。

 皆で見つめてみるが……、身を潜めてしまったか、それらしきガチムチを見つけることはできなかった。


「んー、顔を出さないわね。本当にい――、た!?」


 喋っていたミーネがリオの方へと視線を戻したそのとき、リオの向こう側――森の奥の木陰から顔を覗かせるガチムチを発見。

 いや、それどころか――


「居ました!」

「いたぞ、向こうの方!」

「居る、あっち!」


 サリス、ティアウル、ジェミナも立て続けにそれぞれ向いた方角の木の陰にガチムチを発見する。

 だが、発見されたガチムチはすぐに顔を引っこめた。


「森の妖精でも気取ってんのか……?」


 シャンセルがうんざりしたように言う。

 もしこれを居候の妖精たちが聞いたら「さすがにそれは侮辱がすぎる!」といったいどれほど憤慨することだろうか。

 様子を窺う森のガチムチたちは王都のマッスル兵のように好戦的ではないようだが……、ガチムチがそっと木の陰から顔を覗かせ、こちらを見つめてくるという状況は当然ながら不気味であり、脅威よりも恐怖を感じる。

 もう妖精と言うよりも妖怪だ。


「あ、あの、リアナさん、これどうなっているんですか? もしかして森にいっぱいいるんですか?」


 得体の知れぬガチムチに恐怖したコルフィーがリアナに尋ねる。


「え、よくわからない!? どーしてですかー! 兄さんの夢には違いないから区別のしようがない? そんなー!」


 コルフィーの要望は水の中で水を探せと言うようなもの。

 すべてが彼の夢で成り立っている幻の世界で、違った形をした幻を探し出せというのは難しい話であった。


「ちょっと待って! なんかそこら中にいない!? これ包囲されてるわよ!」

「くっ、すでにここまで侵食されていたか」


 そこかしこで木陰から顔を覗かせ始めたガチムチたちに、ミーネとヴィルジオは一気に警戒心を高める。

 最初こそすぐに顔を引っこめていたガチムチたちだが、今ではじ~っとこちらの様子を窺ったのち、そっと隠れるようになっていた。


「シアさん、これは王都の屋敷が落とされてしまったということでしょうか?」

「どうでしょう……、でも、もしそうなら精霊門からわらわら現れると思う……、いえ、そういう話ではない……?」


 結局のところ、どの場所であろうと彼の夢。精神が筋肉に汚染されて昏睡状態に陥ってしまったのならば、完全に筋肉をシャットアウトした場所――絶対に安全な領域というものは存在しないのではないだろうか。

 王都はすでに汚染されてしまった領域、ならばここは――まさに汚染が進行している最中の領域ではないか?


「シアさん! 徐々に距離を詰められています!」


 考え込んだシアを我に返したのは、シャフリーンの声。

 徐々にではあるが、ガチムチたちが顔を覗かせる木がこちらに近い位置にあるものに移り変わっている。


「旦那様を捜しに森に入るどころではなくなってしまいましたね。シアさん、どうします?」

「どうしますって……。ああもう、ちょっとしたホラーじゃないですかこんなの……」


 今はまだ木々のある領域に留まっているガチムチだが、木のないところまで来た場合はどうなるのか?

 ちっとも良い予感はしない。

 これならマッスル兵に攻められていた王都屋敷の方がまだマシだった。


「ここは一度戻るべきでしょうか……」


 悠長に考え込む時間はない。

 いやそれどころか――


「ぬわぁぁ――――ッ!?」


 大声を上げたのはティアウル。

 その視線の先は森の木々ではなくヴィルジオだ。

 なにかとヴィルジオにお仕置きされるティアウルであるが、この状況でわざわざ恐れおののく理由はない。

 つまり――


「ふっ!」


 ティアウルの反応から事態を悟ったヴィルジオは、振り向きざまに自分の背後へ回し蹴りを繰り出した。

 が、そこには誰もおらず、蹴りは虚しく空を薙ぐ。


「……? 何もおらん」

「い、いや、いたんだ、ねえちゃんの後ろから顔出したから! う、嘘じゃないぞ! ホントだぞ!」

「ティアさん、落ち着いて。誰も嘘だなんて言っていませんから」


 サリスがなだめるティアウルの取り乱しようは「ガチムチの幻影が見える!」と怯えていたかつての彼のようである。

 しかし彼の場合とは違い、この状況でただの見間違い――、などと断じるのは無理があった。


「こちらまで来たか。だが気配すらないとはな……」

「案外、姿を見せるだけで害はないのかもしれませんね。気味が悪いのはどうにもなりませんが、それなら――」


 と、リオは言いかけ――


「ひぃやっ!?」


 悲鳴を上げてその場から飛び退く。


「い、いいい、今! 肩に手を! ガッと! み、見ました!?」


 安堵から一転、怯えて落ち着かなくなったリオはしきりに背後を気にするようになってしまう。


「こちらからは手出しできず、向こうからは干渉ができる。これは困りましたね」

「これはちょっとまずいやつニャ」


 怯えるリオを見て、背後を気にしだしたアレサとリビラ。


「今のところ、見つめていれば出てこないんだから、みんなで背中合わせで輪になったらどうだ?」

「んなことしたら絶対輪の中から出てくるニャ!」

「あ、そっか」


 シャンセルはすんなり納得して――


「うひおぉ!?」


 その場でぴょーんと飛び上がる。


「し、尻尾を握られた! あたしの尻尾はどこのゴブリンの骨かもわかんねえ奴が触れていいもんじゃねえ! ふざけんな!」

「落ち着くニャ、落ち着く――、ニャァァァッ!?」


 今度はリビラがびょいーんと飛び上がる。


「ニャーもやられたニャ! もうお嫁にいけないニャ!」


 もうほとんどお嫁に来ているのでは?

 そう多くの者が思ったが、のん気に突っ込んでいる場合ではなさそうなので誰も口にはしなかった。


「シアよ、どうする!?」

「え、えーっと……」


 まだ危害を加えられてはいないとしても、得体の知れぬガチムチを無視することはできない。

 これならまだ殴れるマッスル兵の方がマシであり、ならば一時撤退――王都屋敷に戻るというのも一つの手だろう。

 だが、戻ってどうする?

 シアとしては王都屋敷から領地屋敷に来たことは『正解』だと考えていた。なのに彼は居ない。これはどういうことか?

 彼はさらにどこかへ行ったのか?


「ご主人さまは現在の王都屋敷から、安全を求めて生まれ育った領地屋敷へ来た。そう仮定するなら、この先は……」


 現在から過去、であれば過去から向かう先は……、生まれる前ではないだろうか?


「まいりましたね、そんなのどうやって向かえば……」


 思いついてみたものの、行き方がわからずシアは顔をしかめる。

 そんな間にも――


「ぬわ!」

「ひぃ!」

「わ!」


 妖怪マッスルの干渉は頻度を増して皆が悲鳴を上げている。

 いまいち目的がわからない妖怪マッスル。

 いや、目的はこの領域の侵食なのだろう。

 となると、今現在、まさに侵食の最中であるのか。

 自分たちへの干渉はそのついで、王都屋敷を攻め落とそうとしていたマッスル兵と同じように、妖怪マッスルたちも目標があるのではないか。

 それは自分たちではない、とシアは考える。

 ではほかに、ここにある重要なものとは……。


「精霊門!」


 別の場所へ通じる門。

 シアがそれに気づいたとき、精霊門に変化があった。

 表面の渦巻きがより激しさを増したのだ。


「皆さん! 精霊門の前へ!」


 シアはそう指示を出し、さらに言う。


「このあと門の向こうで、おそらく皆さんはこれまで見たこともない不思議なものを見ると思います! 驚くと思いますが、まずは落ち着いてわたしの話を聞いてください! いいですね、絶対ですよ! これはフリとかそんなんじゃないですからね!」


 できればここで事情を説明してから向かいたかったが、もうそんな余裕はなくなっている。


「では皆さん! わたしに続いてください!」


 シアは自分に続くよう指示を出し、変化した精霊門へ飛び込んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ遡っとるわけですか。 そうなるとこの後ご対面の生前の顔立ちとかは死んだ時対面してたシア以外は知らなかったりする?
[一言] 810(野獣)話達成おめでとうございます
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