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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
808/820

第796話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(5/17)

 状況把握に務めていたシアたちのもとにどたどたと駆け寄ってきたのはガチムチの一団だった。

 先ほど退散したガチムチとは少し違い、イノシシのマークと『マッスル兵』の文字がはいったタスキをかけている。


「シア! シア! 来たわ! なんか変なの来たわ!」

「いやもう何もかも変ですから。いまさらあれくらいのが来たところでそんな騒がなくとも……」


 あのガチムチ団――マッスル兵たちが自分たちに友好的ではないことはもうなんとなくわかっていたが、だからと言っていきなり薙ぎ払って良いものか判断がつかず、ひとまずシアは静観することに。

 すると、マッスル兵たちはシアたちをぐるりと取り囲んだ。


「通報を受けて駆けつけてみたが、まさか本当に貴様らのような者たちがいるとはな!」

「筋肉増強怠慢罪で逮捕する!」

「貴様らには厳しいトレーニングが課されることだろう! 覚悟するがいい!」


 どうやらこの世界、ムキムキでないことは罪らしい。

 マッスル兵たちは「けしからん、けしからん」といきり立っているのだが、シアたちにすればそんなの知った事ではなかった。


「ねえ、シア、これどうする?」

「強行突破しかないでしょうね。聞く耳なんて持たないでしょうし」

「んー、となると残念ね。私、いま剣がないから」


 剣がないとだいぶ危険度が下がり、せいぜい狂暴なお嬢さんになるミーネは戦いに参加できないことを残念がった。

 しかしコルフィーが言う。


「あ、ミーネさん、想像すれば武器とか出せるみたいですよ。ここは兄さんの夢の中ですけど、今のミーネさんはミーネさんの夢なので、自分が常日頃から親しんでいる物であれば具現化できるようです」

「そうなの!? じゃあ……、ニルニル!」


 ばっ、と手を掲げるミーネ。

 すると光の塊がパァ~っと出現し、それは徐々に輪郭をはっきりさせ、最後には鞘に収まったミーネの愛剣となった。


「おおお! 今、私すごく格好良かった気がする!」


 剣を抱きしめてきゃっきゃとはしゃぐミーネ。

 一方、マッスル兵たちは憤った。


「どうやら抵抗するつもりのようだな!」

「はんっ、所詮は怠け者、筋肉の違いもわからぬか!」

「その貧弱な体で我らに挑もうなど片腹痛い!」

「そっちの娘など、我の方が胸があ――、ぶべっ!?」


 気づいた時にはもうシアは動いていた。

 自分を見下すようなことを言おうとしていたマッスル兵に、それはそれは見事なアッパーカットをお見舞いしていたのだ。


『おぉ――――!』


 マッスル兵は大砲で発射でもされたように、現実的でない速度で空高く飛んでいき、皆はなんとなくそれを目で追う。

 そのままマッスル兵は星にでもなるかと思われた。

 ――が、ここで異変が起きる。

 それまでゆるやかにポーズを変えているだけだったマッスル雲が飛んできたマッスル兵を素早くレシーブしたのだ。

 さらにトス、そしてアタック!


「ああぁぁ――――――――ッ!?」


 放たれたマッスル兵は一直線に太陽――そのお口に飛び込んでもぐもぐされてしまう。


『うまい!』


 カッと太陽の光量が増し、気温がぐんと増した。


『かつてアステカでは人の新鮮な心臓を捧げることで、太陽に活力を与えることができると信じられ――』

「シア! 太陽が何か喋りだしたわ!」

「き、気にしないでおきましょう! それよりこっちです! こっちに集中しましょうね!」


 詳しく聞かれてはちょっとマズいと、シアは慌ててミーネの意識を残されたマッスル兵たちに向けさせる。

 いや、実際にウンチクを述べる太陽を気にしている場合ではなかった。


「おお、マッスル線が降りそそぐ!」

「今年は筋肉が大豊作だ!」

「こうしちゃいられねえ!」


 マッスル兵が居ても立ってもいられないといった感じで急に筋トレを始めてしまう。

 絡んできておいての放置、まったくマナーがなっていない。

 だがそれならばそれで良いのだ。マッスル兵たちが筋トレに気を取られているうちに、この場から脱すればいい。

 ところが――


「シア、大変よ! マッスル兵たちが生えてきたわ!」

「う、うぅ~ん……」


 ミーネが指摘した通り、筋トレを始めたマッスル兵の周囲からガチムチがにょきにょき生えてきて、それで何をするかと言えばやっぱり筋トレを始める。するとまたガチムチが生えてきて……、あれよあれよという間に、公園は筋トレするガチムチで埋め尽くされてしまった。


「頭がおかしくなりそうニャ……」


 色々と狂った世界。

 夢とは得てして奇妙なものであれど、それにしても限度というものがある。


「あーもー、うっとうしい!」


 とうとう我慢できなくなったシャンセルが愛刀を召喚。

 そして叫ぶ。


「〈王女令(プリンセス・オーダー)〉! えーっと、とりあえずおりゃー!」


 雑に冷気を浴びせかける。

 ごばっ、と猛烈な吹雪が刃を払った方向に吹き荒れる。


『あああぁ――――ッ! さ、寒ぃ――――――ッ!』


 筋トレしていたガチムチたちが寒さに身悶え、凍える体を温めようと抱きつき合い、密集していく。

 何しろ半裸だ、それはもちろん寒かろう。


「ちょっとやりすぎニャ?」

「いや、なんか予想よりすげえのが出ちまったんだ……」


 自分の攻撃の威力にシャンセルは驚いてきょとんとしている。


「ダンナの夢の中だからかな?」

「だとしても威力が底上げされる理由にはなんねえニャ」


 夢の中だから、それは確かだが理由は不明。

 そのうちに、密集することで寒さを凌ごうとしていたマッスル兵たちがいつの間にか合体して筋肉のイノシシに化けていた。


『よくもやってくれたな、筋肉を持たざる者たちめ! だが我々が力を合わせたからには――』

「〝覇王剣〟!」

『んぎゃぁぁ――――――――――ッ!?』


 筋肉合体獣は何か言っていたが、ミーネが空気を読まず最大攻撃をぶっ放したことであえなく倒される。

 ゴゴゴゴ……、と謎の音を響かせながら筋肉合体獣は足元から崩壊していき、最後には跡形も無く消え去った。

 だが葬ったミーネは筋肉合体獣のことなどもうどうでもよかったらしく、何やら納得がいかないように唸っている。


「ん~、おかしいわ。私はあんまり威力かわってない感じなの」

「え、そうなの? じゃあ……、なんでだ?」


 何故だろう、とミーネとシャンセルが首を傾げていると、唐突にコルフィーが「あっ」と声を上げる。


「わかりました! 理由は兄さんがメイド好きだからみたいですよ! メイドだと強化されるんです!」

『あー……』


 とても納得できてしまった者が多数。

 逆に納得がいなかいのが二名。


「え~、私は仲間はずれなのー?」

「旦那様をお救いして戻ったら、私は聖女をやめてメイドになろうと思います」

「いやべつに聖女をやめなくてもいいのでは? まあそれは戻ってからよく考えてもらうとして、さっさと屋敷へ向かいましょう。このまま留まっていると、またなんか変なのが絡んでくるかもしれません」

「それもそうね! じゃあ私、ひとっ飛びして先に屋敷の様子を確認しに行くわ!」

「あ、待った! ミーネさんちょっと待った!」

「ほえ?」


 じゃあさっそく、と一人ぶっ飛んでいこうとするミーネをシアは慌てて止める。


「何が起きるかわからない状況で単独行動はまずいです!」

「あー、じゃあみんなで歩いて行くしかないわね」

「そうなりますが……、ちょっと待ってくださいね。試したいことがあるので」

「うん?」


 ミーネを引き留めたあと、シアはそう言って目を瞑る。

 ここは夢の中、ならば――


「シュワッチ!」


 実現できる、そう信じてシアは両腕をピーンと空へ伸ばした。


『……?』


 試したいことがあると告げてからのシアの奇行。

 いったい何を……、と誰もが疑問に思いながらもひとまず見守っていたところ、シアの体がふよふよっと浮き上がった。


「やりました! やりましたよ! ちょっと想像よりも地味ですがやりました! 夢の中なんですから飛ぶくらいできますよね! というわけで皆さん、飛んでください! ミーネさんだけ飛んでいくのが問題なら、まとまって飛んでいけばいいのです!」

『え、えぇ……』


 やや暴論なような気がするも、のこのこ歩いて向かえば先のマッスル兵、あるいはもっと意味不明な邪魔者が行く手を阻むかもしれないわけで、ここはシアの言う通り飛ぶことに挑戦する。


「えーっと、こうだな! シュワッチ!」

「シュワチ!」


 シアの真似をして勢いよく両手を伸ばしたのはティアウル、そしてジェミナ。

 実際にシアが成功させたことで、飛ぶことは可能であると信じた二人はすぐにふよふよっと浮かび上がった。


「おー! あたい飛んでるぞ!」

「飛んでる……!」


 夢の中とはいえ、自分の意思で飛んだティアウルとジェミナは興奮を露わにして公園を飛行し始める。


「お二人は飲み込みが早いですね! では皆さんも!」


 シアに促され、別に言わなくてもいい「シュワッチ」を叫びながら残る面々が飛行にチャレンジする。

 この後、そう時間もかかることなく、ほぼ全員が飛行の感覚を掴んで自在に飛び回れるようになったのだが――


「どうして私だけ!?」


 何故か飛べないのが意外なことにミーネであった。


「どういうことなの!? 夢の中だから飛べるんでしょ!? あれ、もしかして私、嫌われてる!?」


 わりとパニック。

 飛べないからか、もしかしたら嫌われているのではないかと思ってなのかは謎である。


「うーん、ミーネさんって普段から飛んでるじゃないですか。その感覚が染みついているせいかもしれませんね。もうミーネさんはいつもの要領で飛んでくださいよ」

「ええ~!」


 ミーネは不満そうな声をあげたが、ここでグズっていても埒が明かないと判断したのか、渋々了承することになった。


「ではでは皆さん、屋敷へ向かうとしましょう! シュワッチ!」

『シュワッチ!』


 こうしてシアたちは屋敷を目指し、バビューンと王都の上空を飛んでいくのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] このお話作者さんの本領発揮な感じがビンビンしてますねぇ…
[良い点] 何でもありの世界だからいつも以上に弾けてて面白い
[良い点] シュワッチ! あ~もしも下から見れたなら~ [気になる点] これ飛行の魔導言語がシュワッチになるやつでは?
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