第795話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(4/17)
「あいたっ」
不意に感じたのは倒れ込んだような衝撃。
シアは思わず声を上げてみたものの、実際に痛みを感じたわけではなかったため少し不思議に思いながらのっそり顔を上げた。
「……はえ?」
目に映る景色。
知っている、ここは王都の公園だ。
だが……、どうして自分はここにいるのだろう?
どうして地面に倒れた?
あと公園の様子が何やら妙なような気もする……?
この状況に至るまでの記憶がいまいち思い出せないことに戸惑ったシアは、ひとまず周囲を見回してみる。
するとよく知った面々が自分と同じように地べたで身を起こし、きょとんとした顔できょろきょろ状況を把握しようとしていた。
「んー? んんー?」
自分や皆の身に何が起きたのかわからず、シアはいよいよ困惑し始める。
と――
「皆さん、ここは夢――兄さんの夢の中です!」
『あ!』
コルフィーに告げられた瞬間、直前の記憶――夢操作一号にて彼の夢へ潜ろうとしていたことが閃きのように思い起こされた。
それと同時、夢であるが故に感じることができなくなっていた違和感――現実との差異をはっきりと認識できるようになる。
ここは王都の公園、それは確かであったが――
「なんか闘士みたいのがいっぱいいるぞ!?」
そう叫んだのはティアウルだ。
夢の王都の住人なのであろうか、公園に集った人々は老若男女、誰も彼もが逞しい筋肉の鎧を身に纏ったガチムチであった。皆一様に闘士たちが身につけていたサブリガを穿き、女性はさらに布を胸に巻いただけという、実に肌面積の多い格好をしている。
そしてそんなガチムチたちは、夢の世界へ侵入してきたシアたちを遠巻きに眺め、警戒心剥きだしでひそひそと囁き合っていた。
「……や、痩せている……!」
「……筋肉がまったく発達していないぞ……!」
「……ガリガリよ、ガリガリだわ……!」
「……ママー、こわいよー……」
「いや恐くはねえだろ!」
『……ひぃ!』
なんとも散々な言われようだとシアが思っていると、我慢できなかったのかシャンセルが突っ込みを入れた。
「……しゃ、喋ったぞ……!」
「……喋るだけの筋肉はまだあるのか……!」
「あるに決まってんだろぉ!?」
『うわーッ!』
無茶苦茶な言いように、やっぱり我慢できなかったシャンセルが怒鳴ったところ、ガチムチたちは恐れおののいて公園から退散していった。
あれだけ筋肉があって臆病というのも妙な話だが、もしかするとここではガチムチでない者は異形に見えてしまうのかもしれない。
「あの、シャンセルさん、落ち着いてくださいね……?」
「あ、わりぃ、つい。釈然としなくてさ」
「気持ちはわかりますが、夢ってそんなものですから」
「そりゃそうだけど……。ったく、なんだってんだよ。つかダンナの夢はどうなってん――、って、みんなどうした?」
皆が呆けていることに気づいたシャンセルが尋ねると、これには茫然とあらぬ方向を眺めたままのリビラが答えた。
「景色をよく観察してみるニャ……」
「あん? ――あんッ!?」
「うええぇ……?」
少し遅れたものの、シアとシャンセルもまたそれに気づく。
夢の世界の異様さ、それは公園にいたガチムチだけに留まるものではなかったのだ。
建物こそあまり変わりは見られない。しかし、その向こう、遙か遠く、まるで山々がそびえるように超巨大なガチムチたちが王都をぐるっと包囲して筋トレを行っていた。また空を流れる雲はガチムチの形をしており、風に流され緩やかに変化することでポーズを切り替えている。輝く太陽はやけに大きく、そして暑苦しいマッスルスマイルを浮かべていた。
「あの太陽、いい笑顔してますね……、ご主人様もあんな笑顔ですごせるようになればいいですね……」
疲れ切ったような、呆れたような、そして諦めたような声でそう言ったのはリオである。
「少なくとも、そのためには夢の中がこんな状態であっていかんのだろう。もしかするとこの王都は主殿が悪夢に呑み込まれてしまった場合の……、いや、不吉なことを言うのはやめようか」
ヴィルジオは嫌な予感を振り払うように首を振る。
この王都こそが彼を助けられなかった場合に訪れる未来なのではないか、そんな予感である。
さすがに遠近感がおかしくなるガチムチが出現したり、雲や太陽が変異するような超常現象は起きないだろうが、誰もが誰もガチムチ化して無闇やたらに肌面積が多い格好をするようになってしまうことは充分にありえる話であった。
「まあ、わかりやすく異常ですね……」
この異様な世界。
だがシアとしては少なからず安堵するところもあった。
これで異世界の景色や品々が溢れていようものなら、いきなりあれこれ説明することになり出鼻を挫かれるところであったが、この様子ならひとまずその心配はないようだ。
ただ異常な不思議の国、というだけである。
これなら説明はいらない。
と言うかこんなもの説明しようがない。
「ダ、ダンナは大丈夫なのか……?」
「んなもん大丈夫じゃねえニャ。これからニャーたちでどうにかするニャ」
「リビラさんの言う通りですね。私、頑張ります」
「ん。ジェミも頑張る」
むん、と気合いを入れるサリスとジェミナ。
これを見てシャフリーンが一つ頷く。
「衝撃的な光景に惑わされるのもここまでですね。まずは現状の把握をしましょう。幸いなことに皆さん同じ場所に現れることができました。合流の手間が省けたのは大きいです」
「そうだな。こんな王都でみんなバラバラとか、考えるだけでうんざりだ。こっからもなるべく、はぐれないようにしないとな」
「あ、それなんですけど少し報告を! えっと、リアナさんは皆さんの位置を把握できるみたいです! なのでうっかりはぐれても心配しないでください! 捜しますから!」
リアナを憑依させているコルフィーの知らせ、それはこの異様な世界での活動にほんの少しだけ安堵をもたらすものであった。
「じゃあさっそく行動ね! まずは何をしたらいいのかしら? とりあえず変なのを全部破壊する?」
「いやいやミーネさん、破壊するってのはちょっと現実的ではないですよ? いやまあ夢の中ですけども。あの遠近感にケンカ売ってるアレって戦うようなものに見せませんし、そんなこと言いだしたら、空に浮かんでるアレもですよ?」
つい、とシアが見上げる先にある太陽。
『お~きくなれよぉ~』
喋った。
なるほど、あれは意識を向けてはいけないものなのだな、とシアは理解して太陽を見るのをやめる。
「え、えっと……、ですね、これはわたしの予想になるのですが、汚染された世界を破壊してもあんまり意味ないように思うんです。やるなら、やっぱり元を絶つべきではないかと」
「その元ってのはどこかしら?」
「それを探すのがここへ来た目的なわけですよ。コルフィーさん、そういうのってリアナさんはわかったりしませんか?」
「ちょっと待ってくださいね。えー……、あー、リアナさんが言うには、そういうものがわかるか、わからないかも判断がつかないらしいです。少なくとも今現在は特になにも感じないようです。あと、兄さんの反応もこの辺りにはないようです」
「あれ? この辺りにいないの? じゃあどこに?」
「えー、えー、あ、えっと、ここは汚染されすぎたようで、より深い場所へ避難したのではないかと言っていますよ。王都という場所は兄さんにとって日常に接している場所、現実に近い場所みたいです」
このコルフィーの話を聞き、シャフリーンがしみじみと言う。
「確かにこの様子は……、普段の御主人様が耐えられる世界ではありませんね」
「あぁ……、旦那様はきっと恐くて泣いておられます。早く見つけて差し上げなければ……」
「より深い場所ってどうやって向かえばいいのかしら?」
「手分けして手がかりを探すニャ? ここに集合ということにしておけば合流もしやすいニャ」
「いや、公園の外はどうなってるかわかんねーから、下手にバラけるのはやめた方がいいんじゃねえか?」
これからどうすべきか話し合われる。
その中でサリスは会話に参加せず考え込んでいたが――
「皆さん、少し考えてみたのですが、もし御主人様がこの世界で一人でいた場合、どのような行動をとると思いますか? 私は……、家に帰ると思うんです。そして閉じこもる」
『あー……』
大いなる納得。
確かにこれまで出先で色々とあったとき、彼はとても家に帰りたそうにしていた。
「なるほど……、サリスさんの言うことはもっともな気がします。考えてみたら、ほら、わたしたちが揃って公園に現れたのって……、えっと、何と言いますか、ねえ、この公園って想い出がありますから……」
シアに言われ、納得する者、微笑む者、にやにやする者、照れる者、誇らしげにする者など様々にわかれる。
「ご主人さまの夢の世界ですから、やっぱり起きることはご主人さまの心が関係するのでしょう。そうなると、夢の世界のご主人さまの行動も心の赴くまま、この状態が恐くて家に帰った、閉じこもっている、というのは説得力があります。まあほかに手がかりもありませんし、ここはまず屋敷に向かってみることにしましょう」
うん、と誰もが頷き、シアたちは公園を離れようとした。
が、その時だ。
「きっ、きっさまら~ッ! なんだその脆弱な筋肉はーッ!」
突然、怒声が飛んできた。




