第793話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(2/17)
唐突に現れたロアとリアナ。
始めこそにっこりと挨拶をしてきた二人であったが、シアたちが驚いているうちにすぐ表情をあらためた。
「時間がもったいないのでまず端的に説明します。僕とリアナはまだ奴の観察下にあり、自由に行動することは許されていません。今回こうして父上の元に戻れたのは、父上の昏睡が神々の間でも問題になっており、その解決のための手伝いを奴が特別に許可したからです」
奴――、おそらく装衣の神であるヴァンツのことだろうが、その言い方からしてまったく敬っておらず、また懐いてもいないことがよくわかった。
この親にしてこの子あり、である。
「あの……、もしかしてご主人さまが目覚めないのって、けっこう危機的な状況だったりするんですか?」
「その通りです。ですがそれは、父上の命に関わるようなことではありませんから、そこは安心してください。危機に陥っているのはこの世界の未来――、正確には『本来あるべき未来』です」
「は、はあ……」
ロアは真剣な顔をして言うが、シアたちはいまいち話が飲み込めず困惑するばかり。どうして彼の昏睡がこの世界の行く末に関係してくるのかわからないのだ。
その様子を見て、リアナはロアに言う。
「兄さま、もう少し詳しい説明をしないと。皆さんを置いてきぼりにしていますよ?」
「あれ? あ……、そうか。――すみません、急ぎすぎました。父上の昏睡と世界の未来がどのように関係するか。これは単純に父上の英雄という立場が影響するものです。父上が世界の未来を左右するほどの影響力を持つことは、皆さんも理解できますよね?」
このロアの問いかけに異議を唱える者はいなかった。
積極的に世界を動かそうとはしないが、彼が望めばそれも可能であることはシアたちにもわかっている。
「そんな父上が陥っている昏睡。ちょっとおかしな表現になりますが、これは普通の昏睡ではないのです」
「普通の昏睡ではない……?」
「はい。今、父上は悪夢に囚われ、目覚めることができなくなっているのです」
「悪夢……、えっと、どんな悪夢なんですか?」
若干の嫌な予感を覚えながらシアが尋ねると、ロアは困り切った表情で答えた。
「筋肉です」
「ええぇ……」
うんざりしたように唸るシア。
その一方――
「ああ、やっぱり……」
予想が的中してしまったと、サリスはがっくり項垂れる。
すでに半泣きだったので、もうそろそろ落涙しそうである。
するとロアが言う。
「サリスさん、父上は僕たちのためにあの恐ろしい存在に挑み、心に深い傷を負ってしまいました。その傷は重度の火傷のように、じわじわと心を蝕み続けていた。そんな苦しみをやわらげてくれたのがサリスさんです。感謝こそすれ、責めることなどできません。神々も一番悪いのはあの恐ろしい存在だと言っていましたから」
「サリスさんが自分を責める気持ちもわかります。何しろ私たちも同じなのですから。ですが今は落ちこんでいる場合ではありません。まずは父さまを目覚めさせるために、行動しなければなりません」
確かに、今は誰が悪いなどという話よりも、彼を目覚めさせることが先決だ。
「しかし行動と言ってものう……。危機的な状況と言うなら、神々は何か手助けをしてくれるのか?」
「直接的な手助けをするつもりはないようです。現在は以前悪神が暗躍していた状態とは違い、神々もわりと大っぴらに干渉を行えるようになってはいますが……、この世界の未来が関わるとなるとあまり干渉しすぎるのも問題らしいので」
「あー、そう言えばそれについての話じゃったな。婿殿が悪夢に囚われておるのが、どのように未来に関わるのじゃ?」
「父上が悪夢に呑み込まれてしまった場合、世界は筋肉を尊ぶ世の中へ向かうと予想されています。なにしろ父上が主導するのですから……。神々はまあ健康的なので悪くはないと捉えています。捉えているのですが……、なんだかな、という感じで……」
「悪くはないが、良くもないということじゃな」
「はい。かつての悪神が目指した新世界ほどやっかいなものではないのですが、せっかく救われた世界が残念世界になるのは避けたいと」
「もっともじゃな」
「父さまが望んでそうするなら仕方ありませんが、悪夢に呑み込まれ正気を失っての行動となれば話は別です。止められるならば止めようということになり、その機会は今しかないということで間接的な干渉を行うことに決まりました」
この決定ののち、白羽の矢が立ったのがヴァンツ。
最初は抵抗していたが、世界が半裸のガチムチだらけになるのは装衣の神として見過ごせる問題ではないだろうと指摘され、仕方なく引き受けたという経緯があったらしい。
ヴァンツは「どうして俺ばかりが……」と泣いていたそうだ。
「なるほど、それでお二人が派遣されてきたわけですか。先ほどお手伝いしてくれると言っていましたが……、それってわたしたちに何かしてくれって話なわけですよね? 何をすればいいんです?」
「皆さんには父上の夢に潜り、昏睡の原因を突き止め、それを排除してもらいたいのです」
『夢……!?』
予想もしなかった提案に誰もが驚いた。
「そんなこと出来るんですか? いやまあ出来るからお二人が派遣されてきたんでしょうけど……。でも、夢ってある意味で心の中じゃないですか? いくら……、えっと、こ、婚約者でもですね、そこに押しかけるってのはどうなんでしょう。ご主人さまってけっこう頑丈そうですけど、極端に脆い部分もあったりするので下手に触れるとよけい変なことになる可能性もありそうです。数日様子を見てみません? それでも駄目なら、ということでなんとか……」
「いえ、シアさん、それでは駄目なのです」
「駄目なんですか?」
「はい。自然に目覚めるのを待つとして、ようやく目を覚ました父上は本当に僕たちの知る父上なのでしょうか?」
「今の父さまは言わばサナギの状態なのです。内側はどろどろになっていて、再構築が行われようとしている。ここで放置したとして、羽化してくるものはなんでしょう? 克服しての蝶でしょうか、屈服しての蛾でしょうか、それとも恐れるあまり恐れる『それ』そのものに成り果ててしまった得体の知れぬ毒虫?」
『……』
目覚めた彼が眠りにつく前までの彼でなくなっている可能性。
これを聞き、シアたちはいよいよ深刻な表情で押し黙る。
こうなるともう『夢へ潜る』という方法も認めざるを得なかった。
「夢に潜るなんてことが可能なのですか?」
「可能です」
「シアさんはすでに近いことを体験されていますよ」
「うん……? あ――」
気づき、シアはシャロを見る。
シアの思いついたことにシャロもまた思い至っていたようだが……、難しい表情をして腕組みをした。
「ワシの霊廟を利用すればよいという話か? いや、それは無理じゃぞ。あそこはもう閉じてしまった。それにあれは……、まあ夢に潜る装置と言えんこともないが、正確には夢を介して精神を神域へ送り込むものじゃからな」
「大丈夫です、そこは僕がなんとかしますから」
「なんとかするじゃと?」
「はい。僕が装置と父上の夢を結びつけます。そして眠ることで皆さんが父上の夢に潜れるようにします。なのでシャロさんには装置の用意をお願いしたいのです」
「いや、そう言われてものう……、あそこを直すのはのう……」
「シャロさん、装置の構造――魔法陣はまだ覚えていますか?」
「覚えてはおらんが、図面は仕舞い込んであるぞ?」
「では作り直しましょう」
「作り直すじゃと? 可能……、可能ではあるが、さすがに複雑な代物じゃ、作るにしても時間がかかるし、稼働させるためには相応の魔素溜まりに設置せねばならん」
そうシャロは問題を挙げていくのだが――
「ねえねえ、それってメタマルに頼んで小さく作ってもらえばいいんじゃないの? 魔素溜まりは庭園があるじゃない」
「んんッ!?」
あっけらかんとしたミーネの発言にシャロはハッとし、ぺしっと頭を押さえる。
「そうか……、メタマルならば人の手では困難な高密度の積層魔法陣を刻めるか。それに魔素溜まりなんぞ考える必要もなかったわ!」
上手くいく――、可能性がある。
それに気づいたシャロは、何やら悪巧みでもしているような笑みを浮かべた。
「どうでしょうシャロさん、可能でしょうか?」
「わからん! じゃがとにかくやってみるしかないからの!」
こうして、かつてシャロが眠っていた霊廟を小型化した魔導装置が製作されることになったが、便宜的にでもこれを『霊廟』と呼ぶのは縁起が悪く、ではどのような名称にすべきかという話になる。
しかし――
「夢を介してご主人さまとコミュニケーション回路全開――、ということで夢操作一号でお願いします」
「なるほど、わかりやすいですね。それでいきましょう」
このシアの提案で名称はすんなり決定した。
「これで皆さんは夢へ潜ることができると思うのですが……、装置の様子を観察してもらうためにシャロさんには現実へ残ってもらいたいのです。夢の世界で何かあった場合、強制的に目覚めさせるとなればやはりシャロさんが適任ですし」
「む。むぅ……、仕方ないのう。またワシは仲間はずれか……」
残念そうだが、ワガママを言っている場合ではないとシャロもわかっているため大人しく引き受けた。
「それから、リアナには奴の加護持ちであるコルフィーさんに憑依させてもらおうと思います」
「え!? 私に? ど、どうしてですか?」
「夢に潜るコルフィーさんに憑依していれば、リアナは現実世界と夢の世界の連絡役になれます。ほかにも夢の世界の皆さんに助言かなにかできるのではないかと思いまして」
「そういうことですか……、わかりました」
「お願いします」
ロアは皆を見回し、そして言う。
「それでは皆さん、一緒に父上を助けましょう」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/16




