第792話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(1/17)
年内でなんとかと言ったな、あれは嘘だ(ごめんなさい)。
今回、主人公はおねんねしているのでほぼ三人称となっております。
眠り続ける彼を目覚めさせようと、あれこれ試みられたが何一つ功を奏したものはなかった。
本当にいったいぜんたいどうしてしまったのか?
アレサの診断はもとより、シャロによる魔導師としての観点からの診査も彼の昏睡に繋がるような異変を見つけることはできず、また、ティアウルの観察も結果は同様だった。
せめてもの救いは、彼に苦しむような様子が見られず、ただ静かに眠るばかりであることだろうか。
「兄さん……、すぐにでも目覚めそうに見えるんですけどね……」
コルフィーがぽつりと言う。
確かにその通り、しかし目覚めてくれないのだ。
「あの、皆さん、ちょっとご主人様を移動させませんか? みんなでここに集まったままだとさすがに狭いじゃないですか?」
リオの提案により、彼は寝室から第二和室へと運ばれることになった。
この頃になると、彼が昏睡状態にあることは屋敷の誰もが知るところとなり、心配して様子を見に来るようになる。
だがやはり、いつもであれば飛び起きるであろうクロアやセレスの呼びかけにも彼は反応を示さない。
ひょっこり現れたバスカーが顔をぺろぺろしても、のそっと現れたネビアがお腹でくつろぎ始めても、さらに気まぐれに鼻の頭にガブッと噛みついても彼は眠ったままだった。
ひとまずお見舞いに来た面々には退出してもらい、残ったのはなんとしても昏睡から回復させようと考えている婚約者一同。
部屋の中心に寝かされる彼の周り、ぐるっと輪になって座る十三人の婚約者。その様子は事情を知らぬ者に『これから儀式を始めるところ』などと嘯けばすんなり信じてしまうような状態であった。
もしここで彼が目覚めれば、いったい何事かと驚くのであろうが、残念ながらそんな笑い話のような展開が訪れることはなく、やはり彼は静かに眠り続ける。
「よしよし、よしよし」
枕元近くに座るミーネは、彼の頭をずっと撫でている。
「本当に目覚めないわね。いったいどうしちゃったのかしら」
『……』
この呟きに、答えられる者はいなかった。
すでにあれこれ試したあと、そろそろ深刻な要因によって彼が昏睡状態に陥っていると誰もが悟り、いったいどうすればいいのかと途方に暮れ始めていた。
重い空気が立ちこめる室内。
やがて撫でるのに飽きたのか、ミーネは彼の頬をつんつん突き始める。
と――
「あ、そうだ」
そこでミーネが何かを思いつき、俯くようにして彼の顔に自分の顔を近付けていく。
が、しかし、そのミーネの頭を反対側にいたアレサがガシッと鷲掴みにして止める。
「ミーネさん、何をなさろうとしているのですか?」
「え? ほら、口づけしたら目覚めるかなって」
『……ッ!?』
陰鬱な室内に希望の光が……!
これには誰もが『なるほど』と納得するところであったが、そのまま発案者であるミーネがダイレクトアタックすることについては納得しなかった。
「確かにミーネさんの言うことには一理あります。しかしミーネさんはすでに抜け駆――、先走って口づけをしてしまっています。ならば今回は別の誰かがするというのがよろしいかと。では僭越ながらわたくしめが……、くえっ」
ミーネの頭を押しのけ、今度は自分が迫ろうとするアレサであったが……、隣にいたシャフリーンに襟首を引っぱられて邪魔される。
「どうしてここで貴方なのですか? 貴方である必要性はありませんが?」
ややキレ気味なシャフリーンの言葉にうんうんと頷く者は多く、先ほどまでの沈黙が嘘のように会話が活発になる。
「そうじゃな。誰が婿殿に口づけをするか、ここは話し合いが必要じゃろう」
「婚約者勢揃いしてるんだから、これはもう臨時の婚約者同盟会議ニャ。ちゃんとみんなで決めるニャ」
「お、おう、そうだな。……き、決まったらやるしかねえ!」
「決まったら、か。どうだろう、ここは年長――、あ、いや、えっと……、むぅ……」
ミーネの思いつきに端を発し、それぞれが自分に都合の良い提案をしようと企む。もしぐうの音も出ないほどの見事な提案をすることができれば、ただ皆を押しのけるばかりでなく、なかなか踏ん切りのつかない自分の心に対しても強制力を働かすことができる。
が、この儚い希望をぶち壊す者がいた。
「皆さん、話し合いで決まったから仕方なく、などという軟弱な嘘はこの聖女アレグレッサが認めません」
このアレサの言葉に愕然とする者が多数。
またその一方、当然だ、とすまし顔でいる者も少数。
「いいですか、したいなら『したい!』と主張してください。要はまず自己推薦、そこから話し合いというわけです」
「なるほど、ではさっそく立候補いたしましょう」
「シャフさん……、やはりきますか……」
「ん。ジェミも」
「ジェミナさんもきますか……」
「はい! 私も!」
「あ、ミーネさんはちょっとすっこんでいてくださいね」
「――ッ!? さ、最近なんだかアレサのあたりが強いように感じるわ……」
ミーネはやや切なげに呟くが、それは仕方ない話でもあった。
嘘をつくことなく突然の思いつきで行動するミーネはアレサにばかりでなく婚約者同盟においても危険人物であり、恋愛テロリストと言っても過言ではない人物なのだ。
さて、ではミーネを除いた者たちの誰が口づけをするのかと場は喧々囂々となっていくのだが……、ここでずっと神妙な顔をして黙り込んでいたサリスが口を開く。
「皆さん、すみません。御主人様が目覚めないのは、おそらく私のお節介が原因だと思います」
「お節介……? サリス、あんちゃんに何したんだ?」
「催眠術を少々……」
『は?』
そう聞いただけでは理解できるわけもなく、ここからさらにサリスは詳しい説明を始める。
それは彼があまりに筋肉を恐れるため、催眠術でもってその恐れの根幹となるものを思い出せないようにしたというお節介から始まる。
「ふむ、恐れの根幹とな。それはなんじゃ?」
「おそらく善神ではないかと……。以前、シャフさんのご妹弟を屋敷に招いたとき、御主人様は善神の抱擁を受け、あわや精神を崩壊されるところでしたから……」
『……』
善神かよ、となんとも表現の出来ない、モヤモヤした心境になる者が多数。
それまではまだ軽度であり、時間経過による回復が見込めた筋肉恐怖症を悪化――重度の症状にしてしまったのが善神なのだから無理もない話であった。
「ふむ、私はそろそろ改宗すべきでしょうか……。ラヴリア様を祀る聖女でも、皆さん構いませんよね?」
「待て待て、アレサよ、そう事を急ぐな。そこは主殿が目覚めてからゆっくり考えた方がよいぞ」
「そうだぜ。あれでダール様はさ、ダンナとあたしらを取り持ってくれたんだし、一応」
「むぅ……」
ヴィルジオとシャンセルに言われ、アレサは突発的な改宗をひとまず思いとどまる。
「ともかく、御主人様は私の催眠術によって筋肉への恐怖が抑制された状態でした。普通の生活を送るのであれば、それでなんの問題もなかったのですが……」
「ここで昨日の祭りというわけじゃな?」
「はい……」
よりにもよって開催してしまったのがマッスル☆フェスティバル。
これが彼の精神に致命傷を与えることになったのではないか、というのがサリスの仮説であった。
「筋肉への恐怖を薄れさせていたことが、より悲惨な結果を生む要因になってしまったのです。私が余計なことをしなければ、御主人様はまずお祭りの開催を許可しませんでしたから……」
「あー、確かにご主人さまからお祭り許可したって聞いたときは、とうとうおかしくなったかと疑いましたからね」
「ねえねえ、サリスの催眠術ってそんなに効くの?」
「効きますよ。試しにミーネさんが何を食べても味を感じなくなる催眠をかけてみましょうか?」
「!?!!?」
瞬間、ミーネはシャッとシアの背中に逃げ込んだ。
「わ、私なにも悪いことしてないわ! でもごめんなさい!」
「いえ、試しにですよ……? ミーネさんはたくさん食べ物を携帯しているのですぐに試せるかと思って……」
サリスは何の気なしであったが、ミーネにとってそれは生きる喜びをごっそり抉られる拷問にほかならず、シアの背で縮こまってぷるぷる震えるのも仕方のない話であった。
「えー、つまりサリにゃんとしては、自分が催眠術をかけてニャーさまの筋肉に対する恐怖心を薄れさせたせいで、お祭りを許可してしまって余計ひどい心の傷を負わせることになったってことかニャ?」
「はい。その通りです」
痛みを感じないからといっても、アチアチの熱湯風呂に飛び込めば大やけどを負うし、崖から飛び降りれば死ぬ。
彼はコレをやってしまったのだが、だからと彼に過失があったわけではない。何しろ彼は知らなかったのだ。
「すべては、私が催眠術をかけていることを御主人様に内緒にしていたのが悪いのです。私の浅ましさが、御主人様をこんな目に遭わせることになったのです」
サリスはひどく悔やんでおり、それを見かねてシアは言う。
「いや、すべてって事はないですからね? そもそも因果を辿っていくと、これご主人さまの自業自得まで行っちゃいますから」
善神の抱擁を受けるという結果、この原因――出発点は彼がクロアのために特別な服を作ろうとしたところから。長い長い因縁の賜物であった。
「それにまだお祭りが原因と決まったわけではありません。そもそも筋肉が恐すぎて昏睡とかわけがわかりませんよ。まあそれで納得できてしまうのがご主人さまなんですが、そうと決めつけてみたものの、実は別のことが要因でした、なんてことも有り得ます。ここは少し様子を見つつ、視野を広くして考えてみましょう。もしかするとその間にご主人さまが目覚めるかもしれません。ほら、何日も目覚めないとか、これまでにも何度かあったじゃないですか」
シアが言うことはもっともであり、皆はひとまず納得する。
が――
「ところがそうはならないのです」
突然の聞きなれぬ声。
皆がはっと声のした方を見ると、そこにはまだ幼い少年と、メイド服姿の少女が佇んでいた。
「皆さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
少年の名はロア、少女の名はリアナ。
この二人は彼が仕立てた『特別な服』が擬人化した存在であり、装衣の神ヴァンツが強引に引き取って行った子供たちであった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/15
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/25




