第791話 15歳(秋)…マッスル☆フェスティバル(7/7)
闘士倶楽部誕生物語が演じられたあと、最後にマッスル☆フェスティバルの締めくくりとなる催しが行われる。
舞台の周囲にはこれまでの催しに参加したすべての闘士たちがわさっと展開し、それぞれ思い思いのポーズをとって石像のように固まっていた。
「今度はいったい何をするつもりだ……?」
恐いもの見たさで来たらマジで恐いものを見せられた――、そんな感のあるこの祭りの締めくくり、どのようなものが飛び出して来るかもはや想像もつかない。
やがて舞台に一人の闘士が姿を現したことで、ざわめいていた観客たちは次第に静まっていく。
「ん……? あいつは……」
舞台のど真ん中に立つ闘士、それは筋肉腹話術で幼気な子供たちを騙し、筋肉は友達であると洗脳しようとしていたウィーダーだった。
まさかこの大舞台で筋肉腹話術を披露しようというのか?
確かに、奴の芸は妖術かと思うほど卓越したものであった。しかし祭りの締めくくりに行うとなると、さすがに午前、そして午後と濃いものを見せつけられた観客にとっては物足りないと言うか、見事ではあれど肩透かし――期待外れと感じられてしまうのではないか。
そんなことを考えていたところ、ウィーダーは「ご注目ください」とでも言うように、自分の右胸の前にそっと左手を持って行く。
やはり筋肉腹話術か――。
そう思った時だ。
びくんっ、と右の大胸筋が震える。
同時――。
ドンッ!
大太鼓のごとき大きな音が闘技場に響き渡った。
『――ッ!?』
困惑に満たされる観客席。
音の発生――人にはその発生位置を自然と察知する機能が備わっている。その親しみ馴染んだ機能を信じるのであれば、音の発生元は舞台だ。しかしそこにはあの音を発生させるような物はない。ただ大胸筋を強調するようにしているウィーダーがいるだけだ。
そこでさらにウィーダーが大胸筋を震わせる。
ドンッ!
再びの音。
俺を含め、みんな――観客を含めた誰も思っているはずだ。
筋肉の震えに合わせてどこかから音がなっている?
だが、その音の発生源はどこだ?
おそらく舞台に音を出す何かが仕込まれているのではないか?
そんなふうに、困惑は常識的な予想によって落ち着いていく。
だが、そこでウィーダーが大きな声で語り始めた。
「音とは何か! それは空気の振動です! こうして私が皆様に語りかけているこの声も、空気の振動なのです!」
あれ……。
なんだか……、すごく嫌な予感がしてきた……。
「私は考えました! で、あるならば! 筋肉の振動を空気に伝えることで、大きな音を発生させることも可能なのではないかと!」
うっそだろお前!
え、じゃあなに、さっきのあの音って胸ピクで発生させたの!?
「常々、私は筋肉と仲良くなりたいと思っていました! 今よりもっと親しくなりたいと! そのために必要なのはやはり対話! 私は鍛えました! 筋肉で会話ができるようになることを目指しました! 筋肉で会話をしていれば、いずれは筋肉に自我が宿り、自然と喋り始めてくれるだろうと信じて鍛えました!」
やばい、あいつマジもんのサイコだぞ!
こんな人前に出しちゃいけない奴だ!
「残念ながら、私はまだ筋肉を喋らせるまでには至っていません! しかしこうして大きな音を出せるようにはなりました! 全闘士の中で私だけが実現したこの筋肉音――、いえ、筋肉の雄叫びは、上級闘士の方々も認めるものであり、故にこうして祭典の締めくくりに披露する機会を与えられました! 私の筋肉が奏でる演奏、どうぞご堪能ください! ――それでは行くぞぉぉぉッ!」
『おおおぉ――――ッ!』
ウィーダーの掛け声に、舞台の回りにいた闘士たちが応じる。
ドンッ、ドンッ、ドドンドンドンッ!
震えるウィーダーの右大胸筋が音を奏でる。
そればかりか、小刻みに震える左大胸筋もドコドコドコドコッと音を出し、二重奏を始めた。
それに合わせ、闘士たちが『せいやっ、せいやっ』と掛け声を上げながら踊り始める。
さらにウィーダーは左右の大胸筋ばかりではなく、背中――広背筋や、尻――大臀筋も使って三重奏、四重、五重と音を重ねていく。
それはまるで和太鼓の集団演奏であった。
ドッ、ドドンッ、ドーンドドンドンッ!
ドコドコドコドコッ!
『そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやーっ!』
ウィーダーの筋肉太鼓には、普通の太鼓のようにカッカッと音を立てる『縁打ち』がない。
まあそもそも太鼓ではないのだから当然なのだが、しかし、そこを周りで踊る闘士たちがカバーする。ウィーダーの演奏に合わせ、合いの手だけでなく自分たちでも音を出し始めた。
自らのケツを激しく叩いて。
ドンドドンドンッ、ドンドドンッ!
パーンパパンパーンッ! パパパンパーンッ!
『ほいさっさぁー、ほーいほいっ!』
闘士たちは各自で好きなように踊っているのに、ケツ太鼓だけはきれいに揃い、まとまった旋律となっていた。
パパパンパンッ、パンパンパーンッ!
ドドドドドッ、ドドドドドッ!
パパンパパーンッ! パパンパパーンッ!
ドドンッ、ドドンドーンッ! ドドンッ、ドドンドーンッ!
信じられるか? これ闘技場に集まった人々を生贄にして地獄の大魔王を召喚する儀式とかじゃなく、ただのパフォーマンスなんだぜ?
「うああ、み、見える……、荒れ狂う海が……!」
ウィーダーと踊り狂う闘士たちが作り出すあまりにも異様な空間は、俺に嵐の大海原を幻視させるに至った。
幻想的……、そう、もはやこれは幻想的と表現するしかない。
例え認めたくなくとも、そうとしか表現できないのだ。
めくるめく筋肉幻想。
幻想的という言葉は美しいものだけを指すわけではない、そのことを俺は今日ようやく知った。
「あばばばば……!」
「御主人様、気をしっかり!」
ここで謎の痙攣。
あんまり俺がビクンビクンするもんでサリスが心配した。
「もうこれ以上は心に障ります! 私と屋敷へ戻りましょう!」
「い、いや、これで催しも終わりなんだ。あとは挨拶だけだし、それまで頑張るよ……」
そう、もうあとこれ乗り切れば終わり、もう一踏ん張りなのである。
冷静に考えてみると、なんで見てる方がもう一踏ん張りしなければならないとか思わないでもないが、この際細かいことは置いておく。
「ウィーダーか……、あのとき気になったのはこういうことだったんだな……」
これまでの闘士は変態的ではあれどまだ理解の範疇だった。
しかしウィーダーは完全に理外、奴は変態集団の中で発生した突然変異――真の変態だったのである。
そして俺にはこういう奇天烈な閃きを実現しようと努力し、ついうっかり実現してしまった変態たちに心当たりがあった。
そう、変態奥義――絶技を生みだした変態たちだ。
おそらくウィーダーもその手合い……。
つかあいつ、筋肉をいったい何だと思っているんだ?
無限の可能性を見出すのは勝手だが、それを努力でごり押しして実現するのはやめろ。
それはあまりに俺に効く。
効いてしまうのだ。
△◆▽
ウィーダーによる筋肉演奏とそれに合わせた集団舞踊は、マッスル☆フェスティバルを締めくくるに値する常軌を逸したパフォーマンスであり、大きな拍手と歓声を送られた。
その後は舞台が片付けられ、閉会式の準備となる。
空いたアリーナには開会式の時のように闘士たちが整列し、俺は号令台で閉会の挨拶と宣言をするのだ。
遣り遂げた――、とでも言いたげに、晴れ晴れとした顔の闘士たちにうんざりしながらも、俺は最後の務めを果たす。ともかくこの挨拶さえ終えればもうあとは自由。かなり精神的に疲れているのを感じるから、さっさと帰って今日はもう早めに寝たい。
『あー、あー、おっほん。本日、当闘技場にお目見えの皆さまにおかれましては、長い時間にわたりご観覧いただき誠にありがとうございます。非常に圧のある催しであったため、大変お疲れとは思いますがもうこれで終わりますので、どうぞもうしばしお付き合いください』
この挨拶が終わったら開放されると思うと気分が軽くなり、俺は機嫌良く言葉を続けることができた。
が――。
『――これも闘士たちの日々の努力が……、ん?』
その時、闘技場に異変が現れた。
整列する闘士たちの正面にほんわか光が現れ、それはみるみる大きくなって最後に眩く輝いて闘技場に居る誰もの目を眩ませる。
「何だよもう……、って、おい……!?」
光が消え失せたあと、そこには一人の男性が現れていた。
特攻服みたいなコートを纏い、髪型はポンパドール&リーゼント。
古き悪き時代に生息していた気合いの入ったヤンキーみたいな男。
闘神ドルフィードである。
もう閉会式だってのに、いったい何しに現れやがったのか。
この突然の闘神の登場に、まず慌てたのは一度会ったことのある上級闘士たちである。
あわあわ取り乱し、やがて一人が声を上げた。
「ド、ドルフィード様だ!」
『――ッ!?』
信奉する神の登場、ほかの闘士たちも状況を理解して慌て始めるが、すぐに上級闘士たちに倣って跪いていった。
そこで闘神が口を開く。
「闘士たちよ……、見ていたぞ、俺は……、己を鍛えるお前たちの姿を……」
闘神はいちいち溜めて囁くように話すが、どういうわけかちゃんと声は届く。
もしかするとこれで闘技場全体にも届いているのかもしれない。
観客たちが唖然として静まる一方、自分たちの日々の鍛錬を闘神が見守っていたと知り、闘士たちは感無量、感動からのうめき声ばかりでなく、ちらほらと嗚咽をこぼし始める者まで現れた。
「この祭り……、本当は静かに見守るつもりでいた……、しかし必要が生まれたのだ……、こうして姿を現す必要が……!」
そっかー……。
うん、良い予感はしないな。
やっぱ祭りはやらせない方がよかったかなー、と俺が思っていると、闘神は一人の闘士の名を告げる。
「ウィーダー……! 俺の前に……!」
『――ッ!?』
神が名を告げたことに闘士たちはびっくり。
指名されたウィーダーはもっとびっくりなのだろうが、呼ばれたからには行かねばならず、かなり挙動不審な様子であたふたいそいそと闘神の元へ向かい、その前で跪く。
「ウィーダーよ……、お前の披露した筋肉での演奏……、あれは俺も想像しないものだった……。わかるか、お前は神ですら予想もしなかった筋肉の可能性を示して見せたのだ……!」
「お、お、おぉ……」
闘神の言葉にウィーダーは打ち震える。
「そこで俺は、お前に加護を授けようと思う……!」
「――ッ!?」
「覚悟は、あるか……!」
「――は、はいっ!」
「よし、では立つがいい……!」
ウィーダーが立ち上がると、闘神は右腕を振り上げた。
ああ、あれか。
俺だけ何故か握りこぶしのボディーブローだった恩恵の授与か。
「ゆくぞ……、闘心、注入……!」
ごっ、と繰り出される闘神渾身の張り手。
バチコーンッ!
凄まじい張り手を喰らったウィーダーは、かつて加護を貰った上級闘士たちと同じようにくるくるくるっと華麗に舞ってぶっ倒れた。
そして動かない。
まあ前回はちゃんと生きていたし、今回も生きているだろう。
「よし……! では、さらばだ……!」
そう告げて、やることやった闘神はさっさと姿を消した。
あの野郎、やりっぱなしじゃねえか……。
闘技場が静寂に包まれるなか、やがてウィーダーがよろよろと立ち上がり、そして万歳するように両腕を掲げた。
『お、おおっ、うおおぉぉ――――――――ッ!!』
ここで跪いていた闘士たちが飛び上がるように立ち上がり、闘神から加護を授かったウィーダーを祝福するように雄叫びを上げる。
あーもーメチャクチャだよぉ……。
まあいいや、こうなったらあれこれ喋っても蛇足なので、とっとと閉会の宣言だけすることにした。
『えー、それでは皆さま! これにて第一回マッスルフェスティバルを終了します! 最後に、ここにいる闘士たち、また闘神より加護を授かったウィーダーに拍手をお願いします!』
ヤケクソ気味に叫び拍手を送ると、観客たちも俺に続いて拍手を始め、やがて闘技場は万雷の拍手と割れんばかりの歓声に包まれた。
色々あったが……、まあ今回のマッスル☆フェスティバルは成功したと言ってもいいんじゃないかな……?
△◆▽
俺はさっさと屋敷に帰りたかったが、闘神から加護を与えられたウィーダーをどういう扱いにするか話し合いが必要ということになって足止めをくらった。悲しい。
だがまあ放置しても知らないところでとんでもないことになるかもしれないので、俺は渋々話し合いに参加した。
結果から言えば、ウィーダーは新たに上級闘士へ加えられることになった。
とは言え、最初の九人は運良く闘神が降臨したその場に居合わせた感が強いことに比べ、ウィーダーは実力で加護を勝ちとった猛者であるため、何かしらの差別化をした方がよいのではないかという事になった。
もしかすると今後も闘神から加護を貰って上級闘士の仲間入りする者が現れないとも限らないため、ここで決めておくのは正解だと思う。
そしてその称号とやらは俺に丸投げであったため、もう面倒くさくなっていた俺は『獣』と定めることにした。
闘士倶楽部で『獣』といったらバケイノシシ――フォーウォーンなので、この称号はすんなり受け入れられた。
皆は俺がフォーウォーンにあやかって決めたと思っているようだが、実際は『可能性によって育まれ力を得る獣』からきている。
今回のことに触発され、今後、筋肉を盲信した変態たちは、想像を絶するような可能性を筋肉に見出し、筋肉まかせの強引な努力を続けていくのだろう。
う~ん、不可能を可能にしてしまうのはちょっと違うと思うんだがなぁ……。
まあともかく、闘士倶楽部に新たな上級闘士が誕生した。
その者の名はウィーダー。
筋肉で音楽を奏でることを可能にした『第一の獣』ウィーダーである。
こうして決めることを決めた俺はようやく開放され、屋敷に戻ってからはすでに決めていた通り早めに就寝することにした。
しかし――
「……ぬぅ……」
ベッドに入って目を瞑っても、なかなか眠ることができない。
よほど今日の祭りが衝撃的であったせいか、どうやら意識に焼き付いてしまったようで、うとうとしてくると催しの光景が浮かび、びっくりして目が覚めてしまうのである。
「くそう……、頭の中が筋肉でいっぱいだ……」
忌々しく思いつつも、それでも眠ろうと努力する。
願わくば、これから向かう夢の世界が筋肉で溢れているようなことがありませんように……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
マッスル☆フェスティバルの翌日早朝。
昨日はひどくお疲れの様子で早めに就寝をした彼の寝室に訪れたのは、いつものごとくのアレサと、アレサの暴走を食い止めるべく同行するシャフリーンの二人であった。
「旦那さま~、朝ですよ~、おはようございまーす」
アレサは静かに眠る彼に声をかけながらゆさゆさと揺する。
しかし――
「……おや?」
いつもであればすぐに目を覚ます彼であるが……、今朝はなかなか目を覚まそうとしなかった。
「旦那さま~、旦那さま~」
さらにゆさゆさ。
しかし彼は相当眠りが深いのか、一向に目を覚ます気配がない。
「……旦那さま?」
さすがにおかしいと感じ始めたアレサは、今度は強めに体を揺すってみる。
が、それでも彼はまったく目覚めようとしない。
「アレサさん、御主人様の体調に異変はありませんか?」
「ありません。健康です。健康なんです……」
様子がおかしいことに気づいたシャフリーンの言葉に、アレサは戸惑いながら答えた。
彼はまったくの健康である。
にもかかわらず目覚めない。
これはどういうことなのか……。
「アレサさんはそのまま御主人様に呼びかけ続けてください。私はシャロさんとティアウルさんを呼んできます」
異変を感じ取ったシャフリーンはアレサにそう言い残すと、急いで部屋を出る。
体の不調が原因で目覚めないわけではない、となると、これはもう魔導的な要因、そうあたりをつけてのシャロ。そしてティアウルはかつて誰にも気づけなかった彼の不調を見抜いた実績からの選択であった。
シャフリーンはまずこの二人だけを連れてくるつもりであったが、事情を聞いた二人が騒いだので結局皆に知られることになり、予定が狂って大挙して彼の元に戻ることになった。
眠り続ける彼に対し、シャロは診断、ティアウルは観察、また話を聞きつけてやって来た面々はあれこれ目覚めさせようと策を講じる。
だが、昏睡の原因が判明することはなく、彼は静かに眠り続けるばかりであった。
お疲れの主人公はぐっすり(昏睡)。
続きはしばしお待ちください。
年内でなんとかしたいところなのですが……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/12/03
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/25




