第790話 15歳(秋)…マッスル☆フェスティバル(6/7)
午前の催しは観客の精神を破壊するような集団パフォーマンスであったが、午後の催しは打って変わって大人しい演劇である。
休憩時間の間にアリーナ中央へ設置された妙に背丈の高い円形の大きな舞台、ここで闘士倶楽部がどのように誕生したのか、その経緯が演じられるのだ。
この舞台であるが、舞台袖がない代わりにどこからでも階段で降りられるようになっており、役者はぐるっと舞台を取り囲むように張られた天幕に隠れられるようになっていた。
『それでは午後の催しである、闘士倶楽部誕生物語を始めさせていただきます』
やがて準備が整ったのかアナウンスがあり、まず最初に演じられる状況が語られた。
『エルトリア王国の王族を人質に、国を乗っ取った邪神教徒――魔導師カロラン。反逆後は不気味な沈黙を保っていたが、数年の時を経てとうとう動きを見せた。この異変、ゆくゆくは戦争に発展するのではないかと、エルトリア王国領とザナーサリー王国のネーネロ辺境伯領の境界にある国境都市ロンドは緊張に包まれ、人々は不安の中で過ごしていた。そんなロンドに、一人の少年とその仲間たちが訪れるところからこの物語は始まる――』
そのあと、俺たち役と思われる役者たちが舞台に上がってきた。
「うん、普通の役者っぽいな」
「ですね。もし闘士さんが銀髪のカツラ被って『我はシア』とか言いだしたらカッとなって突撃するところでしたよ」
さすがに脳味噌まで筋肉になっちまった闘士でも、自分たちが俺たちを演じるのは無理があると判断できたようだ。
そこからの展開は、まあ若干の改変などもあるが俺たちの行動がそのまま役者たちに演じられる。
バカ坊ちゃんだったレヴィリーの部下が絡んできたのでシメたり、宿の空きがなかったので酒場の地下にミーネが地下空間を作ったり。
その後、ちょっと反省したレヴィリーにポーションの提供をお願いされたので暇つぶしがてら作り始め、ついでに酒造りも始めたり。
「あれだな、こう客観的に見せられると、俺って行動おかしいな」
ポーションはまあわかる。
でもなんで酒を造り始めたんだ?
うーむ、思い出せん……。
まあともかく酒造りをして、最終的には『悪漢殺し』が完成してしまったわけだ。
舞台では『霊薬が完成した!』と皆で大喜びしているが、確か実際は『なんだこれ……?』って感じだったような……。
ちなみに、現在舞台にいる錬金の神さま――ディーメルン役は人ではなく像で、魔道具で声だけあてている。
神さまを演じるのは恐れ多いということなのだろう。
そしてこの『悪漢殺し』の誕生をきっかけに、ロンドの様子は加速度的におかしくなっていったのだが、当然ながらそれに倣い舞台の方もおかしくなっていった。
レヴィリーとバイアーの決闘があり、ここで俺が『悪漢殺し』を提供したことでその存在が一気に拡散。この酒飲みたさに殴り合う者が現れ始め、路上でやられると迷惑だからと地下施設の大広間に押し込めた。
殴り合い集会――。
そうだ、ここからだ。
闘士倶楽部はここから始まったのだ。
「ここで違った判断をしていればなぁ……!」
「ご主人さま、いまさらですよ。諦めましょう」
闘う喜びを覚えた野郎どもがより楽しむために体を鍛え始め、これをパイシェが指導したのだが……、舞台では俺が自発的に鍛えるよう指導していた。
ひどい捏造である。
俺が皇帝だったら「とりあえず全員死刑」とか言っちゃうくらいの捏造である。
舞台の外側では、肉体改造に勤しむ野郎どもの様子を再現するようにエキストラの闘士たちが生き生きと筋トレしている。
演劇としてはこれまでにない画期的な演出なのだろうが……、まったく称賛しようという気持ちが湧いてこない。
で、舞台ではアレだ。
アレが始まろうとしている。
この頃になると『殴り合い集会』であったものは『共に鍛え称え合う闘士たちの集い』へと変化していた。
つまり――
『キレてる、キレてるよー!』
『胸デカイ! ナイスバルク!』
『筋肉の魔法陣が発動中!』
『ケツプリエレガント! ハムケツキレキレアルティメット!』
鍛え上げた肉体を、闘士たちが互いに褒め称え合う地獄絵図。
おそらく今あの『舞台』に立っている闘士たちは、全闘士から選りすぐられた肉体を持つマッスルエリートなのであろう。
『筋肉に包囲されたヘソが泣いてんぞ!』
『仕上がってるね! ナイスカット! 血管出てるよ、バリバリ!』
『背中にフォーウォーン宿ってんよ!』
『デカいんだよ! どんだけだよ! お前の父ちゃんオーガかよ!』
『いつまで肩にコカトリスの卵を乗っけてんだよ! もういいかげん孵化させてあげて!』
闘士たちは盛り上がっているが、さすがにアリーナの舞台は遠く観客席から眺めるだけではその迫力も伝わりきらない。
しかしプチクマが舞台で撮影しており、闘技場の上空には大迫力の筋肉が映し出されているので、よく筋肉を観察したい人はそっちを見ればよかった。
俺は見ないが。
「あれ以降、俺が直接関わることはなくなったが……、この様子を見るにあいかわらず続けてるみたいだな……」
大陸各地の支部で、こんな儀式が日夜行われているという現実には目の前が暗くなる。
かつて、もしボディビルディングの概念が広まってしまったら、シアが面白半分で教えた『掛け声』文化も広まり、下手したら伝統になってしまうのではと危惧したが……。
じーっとシアを見る。
「え、えへっ」
可愛らしく微笑まれた。
仕方ない、許そう。
やがて舞台は次の段階へ移行する。
『お互いを心ゆくまで褒め、讃えあったあと、闘士たちは肉体を通じての対話を行う。そう、殴り合うのだ』
闘士たちが幾つかのペアを作り、舞台で激しく殴り合う。
演技ではない。ガチンコの殴り合いだ。
『闘士たちが戦うのは相手が憎いからではない。これは神聖な儀式なのである。繰り出される一撃は「俺の拳はどうだい?」という問いかけであり、相手はそれを受けとめることによって「素晴らしい!」と肯定の意を示すのだ』
この戦いという名の儀式が終わると、戦っていた闘士たちは用意された椅子にふんぞり返った、バケイノシシの仮面を被った俺役の前に跪く。
『存分に戦った闘士たちに与えられるもの、それは霊薬――悪漢殺しである』
悪漢殺しを受け取った男たちは、戦ったペア同士、向かい合わせでがっと腕を組み合わせるようにして悪漢殺しをあおる。
「はあぁぁん!」
「あふぅぅ~ん!」
悪漢殺しの効能によって悶え始める闘士たち。
おい、それもしかして本物か。
舞台で大っぴらに見せていい光景じゃねえぞ。
『こうして闘士たちは集会を通じより結束を高めていった。身も心も鍛えられた闘士たちの存在は、不安に脅かされるロンドに光をもたらした。しかし、魔導師カロランはそれを良しとしなかった。こともあろうに、闘士たちを邪神教と断じ、その殲滅のためにエルトリア王国の獅子王騎士団を派遣したのである!』
舞台には円卓が用意され、俺たち役と上級闘士九人が相談中。
当時、俺はこれ幸いとこの結社を解散させようとした。
邪神など崇めてはいないが、この集いが武力介入を許す口実になってしまうのは本意ではない、と。
この企みはまったく非の打ち所の無い素晴らしいものであり、倶楽部を解散まであと一歩というところまで追い詰めることができた。
が、しかし、そこで余計なのが現れる。
そう、闘神の野郎だ。
舞台でも闘神の像が運びこまれ、この集いが健全なものであると認め、加護と祝福を与えていた。
こうして闘神を信奉する『闘士倶楽部』は完成してしまったのだ。
これでめでたしめでたし(めでたくない)かと思いきや、舞台はまだ続いた。
エルトリアからやってきた獅子王騎士団との対決である。
舞台の外で二つに分かれた闘士たちの集団、これは一方が闘士倶楽部であり、もう一方が獅子王騎士団だ。
騎士団は当人たちか……?
そんな集団に挟まれた舞台では、聖女アレグレッサ役がすでに闘士倶楽部が闘神公認の宗教集団であることを語っていた。
ここで闘士集団は闘神からお墨付きを貰ったのをいいことに騎士団を煽りまくり、カッとなった騎士団が乗ってしまって筋肉自慢合戦が始まる。
俺たちの筋肉は凄い。
いやいや、俺たちの筋肉の筋肉の方がもっと凄い。
このしょうもない自慢合戦は決着のつけようがなく、やがて舞台の俺役が闘士たちに何か合図を送った。
すると――
『大闘士殿がアレをやれと仰せであるぞ!』
『おお、アレか! アレをやるのか!』
思い思いのポーズをとっていた闘士たちが集合。
押し合い圧し合い、やがて一塊の筋肉となり、終いには巨大なイノシシへと姿を変えた。
密集マッスル造形芸術だ。
「進化してやがる……!」
当時のイノシシに比べ、この闘技場で再現されたイノシシはより洗練された見事な造形となっていた。特筆すべきは牙であろうか。二人の闘士がぴーんと足を伸ばした逆立ち状態でやや海老反りになり、イノシシの二本の牙を再現しているのである。
『見よ! これぞ我らが聖獣なるぞ!』
『称えよ! フォーウォーンを!』
参ったか、と得意げな闘士たちであるが――
『はっ、まだまだだな!』
『よかろう、獅子王騎士団の真価を見せてやるわ!』
ここで騎士団の皆さんも集合。
密集して筋肉の獅子を作り上げた。
「こわっ、こわーっ!」
思わず声を上げたのは騎士団のボスになる予定のリオだ。
しかし気持ちはよくわかる。
騎士団の連中は獅子の鬣を自分たちの腕で表現していた。
風になびく鬣でも表現しようとしたのか、筋肉で出来た巨大な獅子の顔を囲むようにして大量の腕がわさわさしている様子は宇宙的恐怖に通ずるものがある。
観客席の子供たちは大丈夫か?
ひきつけを起こしたりしてないか?
「シアねーさま、まえが見えません」
「ちょっと我慢してくださいねー」
うちではシアがセレスの目を手で塞いで見せないようにしていた。
同じように、リィはクロアを、リビラはユーニスを守り、リマルキスは放置されて硬直していたがまあそれはべつにいいや。
「午前の催しでやらなかったのはこういうわけか……」
要は舞台の流れの中で披露したかった、ということなのだろう。
『こうして両者は持てるすべてをぶつけ合い、その結果、互いに互いを認め合うことになったのである。ある意味でこれは神聖な決闘に通ずるものがあり、それは例え立場の違いにより敵同士となったとしても、闘神を崇める者同士、筋肉で語り合えばすべて解決するという真理の証明であった。ここに闘士倶楽部と獅子王騎士団の和解は成ったのである』
ひどいまとめ方されてるけどほぼ事実なので何も言えねえ。
『その後、リオレオーラ王女が獅子の儀を執り行い、これを達成。王位を継ぐに相応しき者と認められたリオレオーラ王女は、獅子王騎士団を率い祖国を奪還するための行動を起こし、見事これを達成するのであった』
こうして舞台は終わった。
大きな歓声と拍手が贈られるなか、不機嫌なお嬢さんが一人。
リオである。
「ここまでやったのに私の活躍が省かれるとかこれどういうことでしょう! 一応、私王女なんですけど! あれわりと一世一代の頑張りだったと自負してるくらいなんですけど!」
大変ご立腹だ。
よしよしと撫でて、なんとかなだめた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/30




