第789話 15歳(秋)…マッスル☆フェスティバル(5/7)
すごいものを見たと言うべきか、ひどいものを見せられたと言うべきか、判断の難しい午前の部が終わった。
濃密な三時間を過ごした俺たちはすでにぐったり、撮影のために走り回っていたルフィアに至っては瀕死だ、しばらくそっとしておこう。
また観客たちも休憩時間になったのにまったく動きが無く、まだ精神的なショックから回復しきれなくて放心しているようだった。
「休憩時間が妙に長いと思っていたが……、こうなるとちょうど良く思えてくるな……」
三時間あればショックから復帰し、精神を回復するための休息がとれ、さらに次のショックに備える心の準備ができる。
「え、えーっと、それで、みんなどうする? 町のお祭りの様子を見に行く? それとも屋敷に戻ってちょっと休む?」
少し落ち着いたところで確認をとると、みんな祭りの様子を見に行くつもりのようだった。
だがそうなると、このまままとまっての行動は難しい。
何しろ数が多い。観光ツアーのように列になって町へ繰り出したとしても、気づけばはぐれて人数が減っていることだろう。
いくつかのグループに分かれるか。
そう考えていたところ、もう行く気満々で待ちきれなくなったミーネがシオンを誘う。
「さあ行くわよ! 大急ぎでね! 全部回るの、全部!」
「全部はちょっと無理じゃねえ? けっこう混雑してるだろうしさ」
「大丈夫! 私たちにはデヴァスがいるから!」
「えっ」
こうしてデヴァスはミーネとシオンに拉致されていった。
頑張れ。
「んじゃどうしよっか。別行動で町を見て回って、午後の部が始まる時間に戻って来る感じでいいかな?」
「いいんじゃないですかね」
そう言ったシアはセレスにぴとっとくっつく。
にこっとするセレス。
そんな二人のおまけがリマルキスで、さらにそのおまけにレクテアお婆ちゃんが同行する。
リマルキスは殺そうとしても死ななそうだし、レクテアお婆ちゃんも一緒だから大丈夫だろう。
あとここに父さんが参加しようとしていたけど、それは母さんに止められていた。
「ユーニス、一緒にまわろう!」
「うん!」
クロアはユーニスと一緒。
二人の付き添いはリィ、そしてリビラとシャンセル、あとおまけのメタマルである。
こうして順々にグループが出来上がるなか、母さんがコルフィーとジェミナを捕まえていた。
「ねえ二人とも、お母さんと一緒にお祭りを回らない?」
「一緒にですか? えっと……」
「ん。回る」
ジェミナはそう言い、ぴとっと母さんにくっつく。
「あ、じゃ、じゃあ私も一緒に……」
と、コルフィーも遠慮がちながら母さんにぴとっとくっついた。
「あらあら、これはいっぱい何か買ってあげないと……。お父さんは荷物持ちね」
「え、俺って荷物持ちなの……?」
「ん。荷物、大丈夫。ジェミ、鞄持ってる」
「あ、私も魔導袋を持ってますから……」
「こらこら、さすがに人がいっぱいいるところで大っぴらに魔導袋を使うのはいけないわ。いいのよ、お父さんってのはそういうものなんだから。知らないけど」
母さんにとってはもうみんな娘だが、今回は先に義娘になった二人との親睦を深めるつもりらしい。
こうなると残るのは俺、シャロ、アレサ&シャフリーン、サリス、ティアウル、ヴィルジオ、リオ、アエリス、そしてパイシェか。
しかし――
「ボクは皆の様子を見に行ってきます」
パイシェは闘士たちの激励に向かうとのこと。
するとアエリスがリオに言う。
「私たちも行きますよ」
「えっ。アーちゃん? 私、ご主人様とお祭りの様子を見て回りたいんだけど!」
「駄目です。エリトリア支部から参加している闘士たちは主に騎士団員なんですよ。貴方は未来の女王なのですから、ここは顔を見せに行ってよくやったと労いの言葉をかけるべきです」
「そ、そんな~」
パイシェのあとを、嫌がるリオを引っぱったアエリスが続く。
リオはちょっと気の毒だが……、下手なことを言って大闘士である俺も行くべきとかアエリスに反撃されても困る。
リオは尊い犠牲になったのだ。
△◆▽
何だかんだで幾つかのグループに分かれた俺たちは、人でごった返すロンドの町へと繰り出した。
俺と一緒に行動するのはシャロ、アレサ&シャフリーン、サリス、ティアウル、ヴィルジオの六名である。
「婿殿、どこを見て回るとか決めておるのか?」
「とくに決めてはないよ。闘技場の周辺をぐるっと眺めて回ろうかなって、それくらい。神殿は行く必要ないしね」
闘技場周辺は縁日のような屋台が建ち並んでいるが、地下神殿の方は参拝専用の地区といった感じで祭りの騒ぎとは別の賑わいとなっている。
まあ行こうと思えばいつでも行ける俺たちには参拝なんて関係の無い話だ。
みんなとお喋りしながら町をぶらぶら。
やはり闘士たちの祭りというだけあって、倶楽部や筋肉にまつわる物がよく販売されている。
筋トレのためのトレーニング器具とか、各種教本、それから闘神の像だったり、バケイノシシの仮面、それから冒険の書で使うガチムチのフィギュアなんてものもある。
「自分だけこんなムキムキのコマ使ったら浮きまくりだな……」
「敵役によいのではないか? 盗賊などな」
俺の呟きを聞いてヴィルジオが言うも、こんな盗賊が出てきたらそんなん『逃げる』一択である。
販売されている納得の変な物、その一方で食べ物に関してはわりとまともなものが多かった。
高タンパク質・低カロリーな食べ物ばかり売っていたら辟易するところだが、幸い(?)なことに、まだ闘士たちは食事にまで神経を配るようなことはしていない。何でもよく食べ、よく鍛える。どうやら魔術的な要素もあるようだが、それで充分なガチムチになれるのだから、そこまでストイックになる必要がないのかもしれない。
それでも、飽くなき筋肉への欲求はいずれプロテインに到達するのだろうか?
まあプロテインならいいのだが、これが筋肉増強剤となるとちょっと問題である。いや、すでに若干の中毒性があるものの、安全で劇的な効果と快感をもたらす『悪漢殺し』があるからその心配はないか。
「あんちゃんあんちゃん、なんか『お姉ちゃんの揚げイモ』ってのがけっこう出店してるけど、あれってなんなんだ?」
「あー、あれか……」
ティアウルが疑問を抱いた『お姉ちゃんの揚げイモ』とは?
ぶっちゃけただのフライドポテトなのだが、これ、実はかつてロンドに訪れた俺たちに深い関わりのあるものなのだ。
俺が地下空間に篭もって酒造りをしていたとき、原料となるイモをかっぱらってミーネがいっぱいフライドポテトを作った。それを町の子供に配った結果、ミーネは『揚げイモのお姉ちゃん』と呼ばれるようになったのである。
これがロンドの定番ジャンクフードがフライドポテトになった経緯であり、さらにミーネが闘神の加護を授かったということで、霊験あらたかな食べ物として闘士たちに人気になったのだ。
筋トレにはまったく向かないどころか天敵のような食べ物がこの都市で有り難がられているのは個人的にちょっと面白いと思う。
△◆▽
適当に買い食いをしつつ町を回っていると、闘士たちが個人や小グループでちょっとした路上パフォーマンスをやっているのを見かける。芸達者で派手なものもあれば、子供を両腕にぶら下げて遊ばせたりと地味なものまで様々だ。
そんなパフォーマンスのなかで、ちょっと気になる奴がいた。
集まった子供たちの前で、そいつは言う。
「やあみんな、お兄さんはウィーダー。今日はみんなにお兄さんの筋肉と友達になってもらおうと思ってやってきたんだ」
爽やかにサイコなことを言ってやがる。
だが闘士ってのは基本的にみんなサイコなので、その辺りはあまり気にならなかった。では何が俺の気を惹いたのか? 正直なところ自分でもよくわからない。どういうわけか、俺は奴にただならぬものを感じ取ったのだ。
この直感の正体は何か?
そっと見守ることで明らかにしようとする俺をよそに、ウィーダーは逞しい右腕をあげ、ムキッと立派な力こぶを出して見せた。
すると次の瞬間だ。
「コンニチハ、ボク、上腕二頭筋ダヨ!」
「……ッ!?」
上腕二頭筋が喋った……!?
いやそんなわけねえ!
びっくりしているうちに、ウィーダーの胸の筋肉がピクピク震えだした。
「ヘヘッ、オイラハ大胸筋ッテ言ウンダゼ!」
「!?!!?」
大胸筋が――ってんなわけねえ!
これは詐欺だ。
いや詐欺っていうか、腹話術だ。
それが尋常じゃないほど無駄に卓越しているせいで、本当に筋肉が喋っているように錯覚してしまうのである。
これ見てるちっちゃい子たち信じちまうぞ……!
「ええい、やめいやめい! おいこら、小さい子たちを騙すんじゃねえよ、マジで認識が歪んじまうだろうが!」
これはまずいと声を掛けた。
これを放置すれば「ロンドのお祭りに行ったあと、うちの子が自分の筋肉に喋りかけるようになってしまったんです」なんて親御さんから相談が寄せられることになる。
だというのに、諸悪の根源は俺を見て朗らかに微笑んだ。
「おお、これは大闘士殿! わたくしめの拙い芸がお目汚しになって申し訳ない。実はこれ、苦肉の策でして……。本当は実際に筋肉たちを喋らせることを目指していたのですが、恥ずかしながら努力不足で今日に間に合わなかったのですよ」
なんかおかしなこと言い始めた……!
「筋肉が喋る……?」
「はい、喋ります。あともう一歩というところまで来ているのですが……。実現した暁には、ぜひとも大闘士殿に見ていただきたいと思っております」
「……」
ちょっと筋肉に可能性を求めすぎなんじゃないかな……?
うん、関わっちゃダメっぽい奴だ。
とりあえず集まっていた子供たちには、ショーを中断させちゃったお詫びに『お姉ちゃんの揚げイモ』を買ってきて配り、それから俺はウィーダーに「早く筋肉が喋れるようになるといいな」とだけ言ってそそくさと逃げた。
だって恐いんだもの。




