第788話 15歳(秋)…マッスル☆フェスティバル(4/7)
それから闘技場の上空にクマ兄貴の投影が始まり、何も知らなかった観客がたまげてどよめくなどの出来事はあったが、特に問題も起こらず開会の時刻が迫ってきた。
やがて数人の闘士たちがアリーナに大きな号令台を運び込み、さらに拡声の魔道具が備え付けられた演説台の準備をする。
ここで一人の闘士が現れた。
この闘都ロンドの市参事であり、上級闘士でもあるバイアーだ。
バイアーは号令台にあがると、さっそく口を開く。
『皆様、本日はこのロンド闘技場にお越しいただきありがとうございます。これより、各種催しに参加する闘士たちの入場が始まります。第一回マッスルフェスティバル、この記念すべき晴れの舞台に立つことを許された、選び抜かれた闘士たちです。どうぞ皆様、温かい拍手をもってお迎えいだだけるよう、よろしくお願い致します』
バイアーの話が終わるとすぐにアリーナに通じる門が開き――
『うおぉぉぉ――――――――――ッ!』
奥から闘士たちが雄叫びを上げながら一斉に駆けだしてきた。
いよいよ祭りが始まる――と、この雄叫びに呼応するように観客たちも大声を上げ、闘士たちに惜しみない拍手を送る。
歓声の中、濁流のように門から吐き出された闘士たちはアリーナの中心部へと集まっていき、みるみる間に整然と列を形成していった。
もうすでにちょっとしたパフォーマンスである。
俺たちのいる方を正面とし、九つの列となった闘士たち。
それぞれ上級闘士を先頭にしていることから、その列が担当支部の闘士たちを集めた集団ということなのだろう。中央の列だけ上級闘士が不在なのは、バイアーが号令台に立っている都合だ。
『盛大な歓声と拍手、ありがとうございます。それではこれより、開会の挨拶を偉大なる我らが指導者、大闘士たるレイヴァース卿にお願いいたします』
そう言うとバイアーは号令台から降り、駆け足で中央の列に向かって先頭に収まった。
空いた号令台は控えていた闘士たちによって特別スペース前まで運んでこられ、ぴったりと設置される。
俺はこのまま号令台にあがって挨拶をするというわけだ。
みんなに「頑張って!」と応援をされながら号令台にあがると、賑やかだった闘技場が徐々に静まっていく。
それを見計らい、俺は開会の挨拶を始める。
『えー、皆さま、おはようございます。急な開催となったこのマッスルフェスティバル、こうして多くの方々にお集まりいただけたことはたいへん嬉しく、まずは厚くお礼申し上げます』
せっかくのお祭りなのだ、毒を吐くわけにはいかないので当たり障りのない無難な挨拶を心がける。
『本日は天候にも恵まれ、闘士たちが日々の鍛錬の成果を披露するに絶好の状況となっています。今日という日を待ち望み、鍛錬を続けた闘士たちがどのようなものを皆さまにお見せするのか? この場でそれを語ることはできませんが、一つお約束できることは、人という存在は鍛錬を続けることによってこれほどのものになるのか、という鮮烈な驚きです』
まあ本当のところは何をするか俺も知らないだけだ。
でも闘士たちが俺の想像を超えてくるのはもはや平常運転に近いものがあるので、初めて目にする人ともなればそれは理解を超える代物に違いなく、よって俺の言葉は嘘ではなくなるのだ。
『これまで存在しなかった、鍛え上げた肉体を誇るための祭典。新しい時代の幕開けに相応しい――とまでは申しませんが、これから皆さまが目にするものは、既存の祭りとはまったく違う何か。それがなんであるかご自分の中で答えを出すためにも、ぜひ最後までご観覧いただけたらと思っております』
と、ここで俺は言葉を止め、大きく息を吸う。
そして大声で宣言。
『それでは、マッスルフェスティバルの開会をここに宣言します!』
『わあああぁ――――――――――――――――ッ!!』
応える大歓声……、うん、大歓声だ。
当初は今も田舎に残る奇祭的なものを想像していたのに、まさかこんな大規模な祭典になるとは……。
最後に軽く手を振って号令台から退くと、整列していた闘士たちがばっと散り、駆け足で撤収していく。
号令台も控えていた闘士たちがえっさほいさと運んで行った。
「お疲れさまです。お水をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
サリスがそっと差し出してきたコップを受け取り、喉を潤す。
「さて、これであとは閉会式までのんびり見物できるな。いったい何を見せてくれるのか、それとも見させられるのか。正直なところ、期待よりも不安の方が大きいのだが……」
「体調に変わりはありませんか?」
「今のところはとくに変わりないよ」
「そうですか」
少しほっとしたように吐息して、サリスはコップを回収する。
なんだかサリスにずいぶん心配されてしまっているが、敷きつめられたようなムキムキたちを見ても平気だったのだ、きっと何事もなく祭りを終えることができるだろう。
△◆▽
開会式の熱狂は徐々に収まり、闘技場は期待に浮かされた人々のざわめきばかりとなった。
するとそこで、俺の居る特別スペースのちょうど向かいにある大門から音楽が聞こえてきた。
やがて大門の暗がりから現れたのは、サブリガ姿で各自携えた楽器を演奏するマッスル音楽隊であった。
「わあ! 姉さま姉さま、すごいすごい!」
「すごいですねー」
セレスはマッスル音楽隊――マーチングバンドがお気に召したようで、シアに自分の感動を一生懸命伝えようとしている。
リマルキスの奴はそんなセレスを見るばっかで、アリーナの様子なんか見ちゃいないな……。
こうしてまず姿を現したマーチングバンドは長い列を成し、大門を出てからかくっと左折、アリーナの外周を時計回りに行進し始めた。
そんなマーチングバンドに続いて現れたのは、隊列を組んだガチムチたちだ。
一つの集団が一糸乱れぬ動きで行進する様子はそれだけで映えて目を惹くものだが、ことさらに印象的なのは大きく振られる腕と、その手に鉄アレイが握りしめられていることだろう。
この鉄アレイ隊のあと列は一度途切れ、少し遅れて大門からやたらでかい団旗みたいな旗を突き出すようにして一人の闘士――バイアーが現れ、すぐにその旗は立てられた。
旗には獣の紋章が――。
「あの紋章……、イノシシかしら?」
「それっぽいですねー。倶楽部のシンボルか何かじゃないですか?」
「え? 初見なんだけど?」
勝手に倶楽部の紋章が決まっていたが、まああの程度のことならそう目くじら立てる必要もないだろう。実害は無いしな。
バイアーはそのまま旗を立てて先の隊に続き、そのあとに現れた集団は太い縄を握り、肩に掛け、犬ぞりの犬たちのように集団で何かを引っぱってくるガチムチたちだった。
やがて暗がりからのっそりと姿を現したのは、ピラミッド型に段々になった巨大なお立ち台が搭載された引き車。
お立ち台には思い思いのポーズを決める闘士たちがみっちり並んでおり、非常に暑苦しい。
これが何台も何台も続く。
もしかしたらエレクトリカル的なパレードを目指したのかもしれないが、どいつもこいつもガチムチなのでどちらかというと世紀末覇者的な方の軍による行軍を連想してしまう。
「いったい俺たちは何を見せられているんだ……」
これはパレードなのだろう。
だがいったい何のパレードなんだ?
観兵式ではない。そういうのは武装組織が内外への示威目的に行うものである。組織の内にも外にも敵などいない闘士たちが己の力を誇示しようとする理由はなんであろうか?
おそらく……、それは鍛え上げた筋肉をぜひとも見てもらいたいという『見せびらかし』なのであろう。
今回、闘技場に集まった人々は同志の親族、そして関係者――どういうわけか闘士倶楽部に可能性を感じて関係を結んだ組織や投資をした裕福な方々である。
そんな人々にとってこの『見せびらかし』はどれほどのインパクトなのであろうか?
まあ……、少なくとも頼りないとは思わない、もとい、思えないだろう。
この、とにかく筋肉を見せたい闘士たちによるパレードは、大蛇のように長くのび、アリーナをぐるっと一周するほどになる。
やがて先頭の音楽隊が出発地点である大門まで戻って来ると、進行方向を変えてアリーナを横断するように中心に到達。
音楽隊はアリーナ中央で演奏を続けるが、そのほかの闘士たちは出てきた大門へと撤収していった。
また同時に、別の門からは様々な大道具を運びこむ闘士たちが現れて、いそいそとあちこちに設置し始めた。
この準備が整ったところで、引っ込んだ闘士たちがまたわっと出てきてそれぞれ設置された大道具を使ってのパフォーマンスを始める。
それは人力で支えられた何本もの高いポールに、見た目からして重そうな野郎どもが次々と登っていって片手で自重を支えながら大の字になったり、両手で支えて体を地面とは水平――鯉のぼりみたいになったりするもの。
また別の場所では燃えさかる火の輪をくぐっていたり、建てられた櫓同士を結ぶように人力で張られた縄の上を跳んだり跳ねたりしてみたりと見ていてはらはらする非常に危なっかしいものであった。
こういったパフォーマンスに観客が目を奪われているうちに、ほかの場所ではもっと大がかりな準備が進められ、それが始まると今度はそれまで続けていたパフォーマンスが終わって別のパフォーマンスの準備が始められる。
「はわわわ……、ルフィアさんが大変なことに……」
軽い気持ちで撮影を依頼したリオが慌てている。
現在、ルフィアは撮影機を担ぎ、同時展開するパフォーマンスをすべて撮影するためアリーナ内で走り回ることを強いられていた。一つの撮影に時間をかけていると、別のパフォーマンスが終了してしまうため、どうしても急がなければならないのである。
本人は本人で「これは歴史的な記録だから!」とか意気込んでいたが、さすがに後悔しているのではないだろうか?
「そのうち労ってやろう……」
あのルフィアに哀れみの気持ちが生まれるほどの激務。
そんなルフィアに対し、闘技場の雰囲気を伝えればいいプチクマの方は適当にちょこちょこ走り回っており、ずいぶんと気楽そうである。
「それにしても忙しねえなおい。普通、一つ一つ順番に見せていくもんじゃねえのか?」
空中ブランコで宙を舞う筋肉、その下では鉄棒や吊り輪など、器具を使った新体操に近いパフォーマンスが行われている。
金網で作られた巨大な球体の内部では、筋肉たちが重力を無視して縦横無尽に走り回っていた。
それってバイクや自転車でやるもんじゃなかったっけ?
困惑しているうちにまた別の場所ではチアリーディングみたいなアクロバティックな組体操のパフォーマンスが始まった。
ガチムチがぽいぽい放り投げられて、空中でポーズを決める様子は見ていると脳が誤作動を起こしそうになる。
これでも喰らえとばかりに次々と繰り出される演目。
これ思いついたこと全部詰め込んだんじゃねえのか?
困ったことにそれぞれのパフォーマンスが無駄に見事なせいで、一つに集中できなくて混乱してくる。
情報量が多すぎるんだよ!
「ぬおぉぉ……!」
「ご、御主人様、大丈夫ですか!?」
謎のダメージがあって俺が苦しむと、サリスが心配して身を寄せてきた。
「だ、大丈夫だ、あまりに目まぐるしくてな……」
そんなことを言っている間にも、ガチムチな像を戴く神輿みたいな代物を担いだ集団がいくつも出てきて、奇声を上げながら互いに激突し始めた。
もう何がしたいのかわからねえよ……。
パレードとサーカスと新体操と奇祭を一緒くたにしたようなパフォーマンスはまだまだ続く。
奴らこのまま三時間いっぱいこれを続けるつもりなのか?
体力どうなってんだ。
つか見てる方が疲れ果てて倒れるぞ。
ある意味で幻想的とも言えるが、どちらかというと理解を超えたところにある悪夢、一種の地獄だ。
「御主人様、しばし屋敷に戻って休みませんか?」
「いやさすがに――」
と俺がサリスに答えようとした、その時。
チュドーンッ!
アリーナの一角が大爆発。
「な……、事故か? シア、何があった!?」
「わかりません! 闘士さんたちが集まってポーズを取っていたんですが、突然爆発したんです!」
いったい何が起きたのか?
もくもくとした煙が晴れたあとには、なんということか、みんなでまとまってポーズをとり続けている闘士たちの姿が……!
「ただの耐久自慢かよ! 何だよ、もう何だよこれ! つかあいつらなんであんなに頑丈なの!?」
どうしてあんなバケモノじみてきてしまったのか?
するとこれにリィが答える。
「身体強化じゃねえか?」
「うーむ、ちょっと違うような気がするのう……」
考え込むシャロ。
しかしここで意外な人物が答えを導き出す。
母さんだ。
「おそらくは身体強化に類するものね。単純に身体強化を体得したわけではなく、日々の訓練で筋肉を練り上げるなかで少しずつ術が熟成していき、その相乗効果でもって身体強度が常人の枠組みを逸脱し始めたんじゃないかしら? 父さんと同じよ」
「ええっ、俺と同じなの!?」
あ、父さんが頑丈なのってそういうことなのか。
……。
もしかして、闘士たちって俺が思うより強いんじゃね?




