第80話 9歳(春)…恐いお姉さん2
「まあ簡単に言うとだな、私はシャーロット様に仕え、そして後を託された元使い魔だ。とは言え私のような古いものがでしゃばってはいけないからな、ギルドの裏でほそぼそと雑用を取り仕切っているんだ」
そんなことを言ってロールシャッハは笑うが、バートランやエドベッカの態度からして実態は雑用係なんて話じゃないんだろう。
たぶん明るみには出来ないギルドの裏の仕事とかを取り仕切っている裏の総ギルド長といったところなのでは……。
ん?
「どうしたね?」
「あ、いえ、ちょっと思いついたことがあっただけです」
「ほう、何だね? 言ってみるといい」
「えっと……、ぼくの父さん知っています?」
「もちろん。昔バートランに暗殺を指示したこともあるくらいだ」
「あんたか!?」
「はっはっは!」
もしかしてと思ったら、あっさり認めて大笑いし始めた。
とんでもねえなこいつ。
「はは、いやすまん。そう睨むな。指示はしたが、絶対に殺す、というつもりではなかったんだぞ? だからバートランを向かわせたんだ。あれの判断にまかせたのさ」
「えー……」
父さんにしたらいい迷惑だろう。
いや、おかげで母さんと添い遂げることになったんだから、結果としてはよかったのか?
「で、今日、君をこうして呼んだのは実はそのロークのことを聞きたかったからだ。出来れば本人から話を聞きたかったのだが……、まったくつかまらん」
「……ぼくもしばらく会ってませんね。何を知りたいんです?」
「ロルック鉱山町のことだ」
「あー……」
そこでなんとなく理解する。
父さん、この人に会いたくなくて姿をくらましてるんだこれ。
「ぼくが聞いたことは話しますが……」
父さんはロルック鉱山町の惨劇以降、過酷な人生を送るハメになったわけだが、そのときその惨劇の町で何があったか。
なぜ父さんだけが生き残れたのか。
「……リッチに助けられただと?」
「はい。父さんが言うには」
リッチ――、魔導師が秘術によりアンデッドへと転化した存在だ。
ゲームでは中ボスだったりすごく強いザコだったりするアンデッド。
この世界においては小魔王とでも言うべき災厄だ。
「ゴブリンに襲われ、意識が朦朧とした状態で死者に抱きおこされていることに気づき、そして次に気づいたときには町が滅び自分だけが生き残っていた、なのであの状況からは助けられた。しかし、呪われた、と」
「呪われた……?」
呟き、ロールシャッハは拳を口にあてて考えこんだ。
なにか考えついたことでもあるのか、虚空を睨みつけるようにして。
「えっと、それでですね、現在、父さんのステータスに呪いのようなものはありません。本当に呪われていたのだとしたら、うち消されたんだと思います」
「ん? うち消された?」
「実はうちの家族、みんな善神の加護がついているんですよ。たぶん母さんからの影響だと思います。シャーロット様は善神と関わりがあって、母さんはそのゆかりの者ですから」
「ああなるほど。善神か。……いつか殺すとシャーロット様は言ってたな」
「なぜに!?」
びっくりして尋ねると、ロールシャッハは露骨に顔をしかめた。
「鬱陶しいんだ、あいつは。まあ君もいつか会うだろう。覚悟しておいたほうがいいな」
「え、善神って良い神なんでしょ……?」
「善人だろうが鬱陶しい奴は鬱陶しいだろう? まあ善神の話はやめよう。私も思い出したくない」
善神の嫌われように愕然とした。
いつか会うんだろうか。嫌だなあ。
「しかしリッチか……」
再びロールシャッハは考えこんでしまい、おれはしばらく棒立ちで「はやくお家に帰りたいなぁ」と思いながら待った。
シャロ様と一緒にいた精霊なんだから、シャロ様のことをいっぱい聞くチャンスだとは思うんだが……、ちょっとこの人、恐いのです。
気軽にシャロ様のことを聞ける雰囲気じゃない。
「……、おっと、すまない。考えこんでしまった。これで君を呼んだ用件は終わりだ」
「あ、それでは――」
「待ちなさい。そんな逃げるように帰らなくてもいいだろう。私は君の良き理解者になれると思うのだがね」
ロールシャッハはにっこりと笑うが、こうも安心できない笑顔というのは珍しいのではないだろうか。
「ああそう、今日、君についてわかったことは誰にも言うつもりはない。シャーロット様と同じようなものということはね。ただ、君が導名を目指すかぎりシャーロット様の再来という印象はこれからも広まるだろう。バートランやエドベッカなどはすっかりそう信じ込んでいるしな」
「それはまた恐れ多いと言うか、荷が重いと言うか……」
シャロ様の偉大さに比べたらおれなんぞ――、と言うか、比べて考えること自体がおこがましい。おれは所詮、シャロ様が植えた木にとまって囀っている小鳥みたいなものだ。
「しかしあいつらはわかってないな。シャーロット様の再来がどういうものなのか、まったくわかっていない」
「そうなんですか……?」
「そうだとも。あいつらは密かに君に護衛をつけようと言いだしているんだ」
「……? ありがたいことですが……?」
「おいおい、それじゃあ君はいつまでたってもシャーロット様と同じようなもの、どまりになってしまうんだぞ?」
「……?」
意味がわからず首をかしげてみせると、ロールシャッハはにやりと笑みを浮かべる。
「つまりだな、シャーロット様の再来たる者には護衛などいてはいけないということだよ。そんなものをつけては君が育ちにくくなるじゃないか。なあ?」
「……え?」
あれ、なんか不穏な空気がただよってきたような……。
「だから私はこれから機会があればこれぞという困難を君にぶつけることにした」
「ちょ!?」
なんかとんでもないこと言いだした。
ありがた迷惑ここに極まれり!
「なに、心配するな。確実に死ぬようなことはさすがにやらん。下手したら死ぬ程度のものだよ。いや、うまくやらないと死ぬ、くらいか? まあ生き残る確率はちゃんとあるから大丈夫だ」
「ぜんぜん大丈夫じゃないですよそれ!?」
「はっはっは!」
「いや笑いごとじゃなくてですね! ぼくは基本的に平凡な能力しかなくて、これから強くなっていくわけでもないですから、困難とかぶつけられたら死にます! そりゃもうあっさり死にます! それにそもそもシャーロット様のように強くなるつもりもありませんし!」
「話は以上だ。頑張ってくれたまえ」
「ちょっとぉ!?」
結局、それからなにを言おうとロールシャッハはとりあわず、おれは暗澹たる気分で部屋から退出した。
外にはバートランとエドベッカが待機していた。
「だ、大丈夫かね? ずいぶんと憔悴しているが……」
「なにか無理難題を押しつけられたか?」
おれの顔色がそんなに悪いのか、バートランとエドベッカが心配して尋ねてくる。
おれはそっと廊下の窓から外を望んで言う。
「森からでないようにして慎ましく暮らしていこうと思いました」
「「なにがあった!?」」
※誤字を修正しました。
2018/07/21
※さらに修正しました。
2018/12/19
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2022/06/29




