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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
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第8話 2歳(秋)

 二歳になりました。

 恥の多い生涯を送っております。

 これまでほとんどの時間を寝てすごし、起きたかとおもえば曖昧な意識でぼんやりとしており、空腹を覚えれば泣き、授乳されても油断すれば吐き、しばらくすればただ漏らす。

 何かしようとしても何もできず、喋ろうにもそれはただの音調で、それでもその意を汲み取ろうとする両親にただただ甘え、しかし気に入らなければ声をはりあげて泣く。

 もちろん赤子とはそのようなものと両親は理解はしておられるのでしょう。

 しかしわたしは十七歳を生きた少年の精神をもつ異質な赤子であり、その精神は自分ひとりではなにひとつ満足になしとげられない自らを強く恥じてしまうのです。

 そんな無為な日々をおくるわたしが最も恥じるもの、それは――


 セクロスって名前だよ!

 ちっくしょぉぉぉ――――ッ!!


 さて、二歳ともなれば見た目の印象が赤ちゃんからちっちゃい子供に変化するくらいの年齢である。活動時間もだいぶのびた。それまで昼夜をとわず寝て起きてをくり返していたのが、そこそこ規則的になった。朝起きてキャッキャして、昼寝して起きてキャッキャして、そして夜に眠る、とこんな感じである。

 おれが起きている間、両親は一緒になっておれの面倒をみている。

 ありがたいことだ。

 ただ、なんでいつもふたり一緒に家にいるんだ?

 うちの両親っていったいなにして生計立ててるんだろう?

 観察した感じではまったく働いてないようなんだが……、そのわりには住んでいる家はお屋敷レベルの立派な洋館だ。蓄えがたっぷりあるから悠々自適の暮らしということなんだろうか?

 しかしまあ、いまのおれからすれば、つきっきりで言葉を教えようとしてくれているのは助かる。喋る方はまだ舌足らずで曖昧だが、聞き取りの方はかなり進歩してきた。

 そんなある日――

 母さんが読み聞かせてくれた絵本によって、おれの人生の目標はさだまった。

 それは四百年ほど昔、この国――ザナーサリーで生まれたとある魔導師の物語。

 最初は絵本を眺めて「へー、活版印刷はあるんだー」とか思いながらなんとなく聞いていた。

 魔導師は女性だった。

 名前はない。

 話はただ『その魔導師は――』と進んでいく。

 要は女魔導師のサクセスストーリーなのだが……おれは途中から真剣に、わからない言葉は少ない語彙で懸命に尋ねながら聞いた。

 その魔導師はとても強く、頭がよく、そして善意にみちていた。

 魔導師は創造した。

 物を、制度を、現代を生きる人々の、その生活にかかせないものを数え切れないほど生みだした。

 魔術とひとくくりにされ、ごく限られた才能をもつ者にしか使えなかったその力を、魔法という汎用的な理論を構築することによって広めた。日雇いの流れ者でしかなかった者たちを冒険者という存在にするための冒険者ギルドを設立した。家畜のようなあつかいをうける奴隷の境遇を改善するために法制化を進めた。

 魔導師はさまざまなものをひろめた。

 0から9までの数字を。

 物の共通単位を。

 年月、そして時間すらもさだめた。

 ああっ、とおれは声をあげていた。

 同郷だ――そう思った。

 おれみたいに暇神にこっちへ送られたのか、なにかの偶然によって迷いこんだのかはわからないが、あっちの世界の知識を持つ人がいたことに、おれは強い衝撃をうけた。まったくの他人なのに、その人の成功が嬉しく、その偉業を素直に褒め称えたくなった。同郷がいたという安堵やら勝手な親近感やら、色々な感情が一緒くたになった。

 おれの反応が妙なので母親はちょっと不思議そうにしていたが、おれが話の続きをせがむとすぐににこにこと話しはじめた。

 そんな魔導師の最後をしめくくる偉業はやはりぶっとんでいた。

 約三百年の周期で誕生する魔王――その討滅である。

 晩年、魔導師は仲間とともに魔王に挑み、見事討ち滅ぼした。

 そしてこの功績によって魔導師は新たなる名前を得る。

 以降、ほかの誰にも名乗ることが許されなくなる特殊な名前――導名しるべなを名乗る権利を。

 そして名無しの魔導師が名乗った導名は――


 〈万魔〉シャーロット・レイヴァース。


 ……レイヴァース? 

 それに〈万魔〉って……?

 なんだかもろにうちの家名と、リセリー母さんの称号についてたものがでてきた。

 二歳のおれが物語を聞いて困惑していることに母さんも困惑していたが、それでも母子の以心伝心か、おれにそのあたりのことをちょっと説明してくれる。

 なんでも母さんの師匠であった人の師匠がこのシャーロットであるそうな。

 ということは母さんの称号〈万魔につらなる者〉の万魔はシャーロットからきているものなのだろう。

 シャーロット……、確か英語圏の名前だ。イギリスだったか? なんかイギリス王家の赤ちゃんの名前がそれに決まって、その名前を日本の動物園がサルの赤ちゃんにつけようとして不謹慎教団員が食いついたとかそんな話をどっかで聞いたことがある。

 まあ、それはいいとして、おれが一番気になったのは、シャーロットが新しい名前を得たという事実だ。

 導名――これって暇神が言っていた、こっちの世界の制度ってやつだろう。

 ならば、これでおれは名前をどうにかする方法、そのひとつの手がかりをつかんだわけだ。

 シャーロットのおかげである。

 ありがとうシャーロット。

 勝手に敬意と親しみをこめてシャロ様と呼びますね。

 シャロ様という先駆者がいてくれたおかげで、おれは漠然とだがやるべきことがわかる。

 暇神は偉業をなしとげることが条件と言っていた。

 シャロさまはまさにその偉業をなしとげて導名を得た。

 この偉業とはおそらくギネスブックの大多数をしめる実にどうでもいい偉業ではなく、本当に人々へ影響をあたえるものでなくてはならないのだろう。

 でもそこでちょっと疑問が生まれる。

 シャロ様の功績を考えると、魔王を倒す前に導名を得ていてもおかしくないように思うのだ。

 アラビア数字導入や単位だけですさまじい影響あたえると思うんだがなぁ……。

 うーむ、わからん。

 これに関しては誰に聞くこともできないので、色々と情報を集めて推測をかさねていくしかないだろう。

 まあとにかく目標ができた。

 どこにいるともしれない神の敵対者を捜すよりも、名声を高めていって影響力を増やしていったほうが建設的である。

 ただ、この導名を目指すにあたってリスクも覚悟しておかなければならない。

 下手をすれば導名に至れないままおれの名前が歴史に残るのだ。

 最悪の事態である。

 これはなんとしても避けねばならない……!


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※導名に気取った当て字をつけていましたが、これ以降使わなくなるのでやめました。

 2019/03/07


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― 新着の感想 ―
[良い点] 去年読み切ったけど面白すぎてまた読み返してる! 恥の多い生涯を送っております。 この文を引用したいほどにつらいのか…と 前も今もこの文章で大爆笑した いやもうほんとこの小説全部面白い…
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