第787話 15歳(秋)…マッスル☆フェスティバル(3/7)
筋肉の星となれ!
そんな合い言葉で準備が進む筋肉の祭典『マッスル☆フェスティバル』。
俺としては気の乗らない参加だが、お祭りとなればやはり楽しいものという印象があるわけで、ひとまずこんな奇祭でも『行きたい』というメンバーがどれだけいるか確認をとってみた。
すると、うちに居るほとんどの者が参加を表明。
不参加なのは留守番を引き受けたティアナ校長と、アリベルくんを独り占めするつもりのレスカ、これだけだったのである。
おまけに、祭りのことを聞きつけた妖精たちまですっかり楽しむ気になって浮かれ始めた。
「うおー、祭りだ祭りだー!」
「楽しみなのよー!」
「いやお前らは留守番。騒動起こしそうだし」
『――ッ!?』
人と妖精との避けられぬ戦いはこうして始まった。
ぴぎゃーっ、と泣きながら特攻してくる妖精たちを、俺は無慈悲な雷撃でシビビビッと迎撃する。
妖精たちは為す術もなく、青い光に誘われた夏の蚊のようにここで滅びる運命かに思われた。
が、しかし、その刺激が妖精たちに啓蒙をもたらしたらしく、セレスに「イジワルされている!」と泣きつくという搦め手を行使してきたので俺は渋々ながら妖精たちの同行を認めることになった。
「当日、お前らの面倒は見てられないからな、勝手に楽しんでもらうことになるぞ」
『はーい!』
返事は良いが、やはり不安だ。
群れとなって出店している屋台を巡り、片っ端から俺のツケで飲み食いされたらたまったものではない。
そこで仕方なしにお小遣いを配り、この範囲で楽しむよう約束させた。
もし破ったらマムシ酒みたいに『悪漢殺し』に漬け込んで販売する予定だ。
またこのほか、クロアはユーニスを誘うつもりで、リオは祭りの様子を記録するために撮影係としてルフィアの同行を提案してきた。
映像記録として残される初めての祭りがコレであることにはちょっと申し訳なさを覚えるが、俺の心境を別とすればわりと真っ当な提案なので許可を出す。
それから俺はふと思い立ってシャフリーンに妹さんと弟くんを誘ってはどうかと確認したが――
「せっかくのお誘いありがたいのですが、まだ二人は多感な時期ですので……」
断られた。
やんわりと……!
「セ、セレスも行くんだよ……?」
「セレス様はある意味一番慣れていらっしゃいますから……」
「そ、そうなのか……」
言われてみればセレスは動じることがない。
なるほど、大物だな。
将来有望だ!
△◆▽
何か事故や問題が発生してお祭り中止――、なんてことはなく、準備は順調に進んでいよいよ『マッスル☆フェスティバル』開催当日となった。
「えー、ではではー、これより国境都市ロンドへと向かいまーす」
午前七時。
お出かけの準備が整ったところで、まずは皆に屋敷の精霊門へ集合してもらった。
精霊門の前に立つのは俺と行き先の微調整をするシャロ、それからクマ兄弟の二体だ。
廊下には俺たちと向かい合うようにして、ずら~っと祭りに参加する面々がちょっとそわそわした様子で並んでいる。
うん、こうやって実際に集めてみると結構な人数だ。
俺、シャロ、婚約者十二名に、父さん母さん、クロアとメタマル、セレスとピヨ、アエリス、パイシェ、リィ、デヴァス、シオンときて、撮影係のルフィア、さらにクロアが誘ったユーニスと、倶楽部メルナルディア支部から報告を受け、祭りの存在を知って押しかけてきたリマルキスと従聖女のレクテアお婆ちゃん、総勢二十七名である。
『ひゃっはー!』
ほかにも浮かれた妖精が飛び回っており、姿は見えないが警備役として微精霊たちもごそっと移動することになっている。
しかしながら、今回の祭りに微精霊の警備は必要ないかもしれない。
ほとんど身内の祭りのようなものであるし、右を向いても左を向いても半裸のガチムチたちが溢れかえり、そいつらが威信をかけて行う祭りで悪事を働こうなどという鋼の度胸を持った悪党がいるかどうかという話である。
「よし、じゃあ出発するか。……シャロ、リマルキスの奴だけメルナルディアに出るようにできない……?」
「聞こえてますけど!?」
セレスの隣でにこにこしていたリマルキスが愕然として叫んだ。
「ずっと大人しく国で頑張っていたんです! 今日一日くらいセレスさんといることを許してくださいよ!」
「そう騒ぐな、言ってみただけだ」
すでに揉めて母さんに取り成されたばかりだ。これでセレスが嫌がれば問答無用で送り返していたが、普通に久しぶりの再会を喜んでいたのでこれ以上のことは俺に不利に働いてしまう。
今日は姉弟水入らずでどこか遠くへお出かけしたらどうか、とシアに提案したら「のけ者にするつもりですか!」とキレられもしたしな……。
△◆▽
ロンド側の精霊門はすでに数日前から混雑しっぱなしなので、俺たちは事前にシャロが設定しておいた位置――直接闘技場へ移動し、皇帝席みたいなレイヴァース御一行用の特別スペースを訪れる。
広めに作られているため、この人数で押しかけてもまだちょっと余裕があるのは嬉しい誤算であった。
「ふわー! すごーい! ここってユーニスのところの闘技場とどっちが大きいかな!」
「こっちの方が大きい気がする! 兄さまがいたらきっとはっきりわかると思うんだけど……!」
「いやユーニス、そこはあたしに聞こうぜ」
「ニャーに聞いてくれてもいいニャー」
クロアと一緒になってはしゃぐ弟を見守る姉貴たち。
今回、リクシー兄さんは俺たちと遊びすぎたのがまずかったようで国に拘束されてお留守番らしい。
泣いていないといいが……。
「もう人がいっぱい! すっかり席が埋まっちゃってるわね!」
楽しげなミーネが言うように、特別スペースから見渡せる観客席にはまだ開会式までしばし時間があるにも関わらず人で埋め尽くされていた。
また逆に、観客席からもこの特別スペースに俺たちが現れたのが見えるためだろう、それまでの雑談によるざわめきが、一気に俺たちに向けられる歓声に変わった。
これにセレスはびっくり。
「ふわぁ!」
突然の大歓声に目をぱちくりさせるセレスを、頭の上のピヨがピヨピヨなだめ、リマルキスは「大丈夫ですよ」とか言いながらちゃっかり手を繋いでいたりする。おのれ。
「あはは! すげーすげー!」
喧しい歓声の中、熱気に当てられた妖精たちが浮かれすぎて特別スペースから飛び立っていき、まだアリーナが空いていることをいいことに好き勝手に飛び回り始めた。
『わあああぁ――――――――ッ!』
呼応するようにさらに喧しくなる歓声。
なるほど、忌まわしき存在であろうと、その見た目は可愛らしく普通は目にする機会などない妖精たちだ。それが集団で飛び回っている様子は、観客からすれば余興が始まったようなもの、大いに盛り上がってしまうのも無理はない。
しかし盛り上がりすぎてもう怒鳴り合うようにしないと会話ができないのは困りものである。
簡単に祭典のプログラムを説明しときたいのだが……。
と――
「ん?」
急にすん、と歓声が静まった。
まだ聞こえてはくるが、防音材でも間に挟んだように伝わってくる音が抑えられる。
みんな何事かときょとんとするなか、ふふーん、と得意げな顔をしているちびっ子が一人。
シャロである。
「このままではろくに会話もできんかったからの!」
どうやら魔法でなんとかしてくれたらしい。
できる幼女、シャロ。
できすぎて仕事をいっぱい抱えているが、今日の分はロシャに放り投げたので安泰だ。
「ありがとう。大声で祭りの予定を説明しなきゃなんないところだった」
よしよし、とシャロの頭を撫でる。
「あ、セレスもシャロちゃんなでます」
すると歓声にびっくりしていたセレスもシャロの頭をよしよしとなで始めた。
せっかくなので空いた手でセレスの頭もよしよしと撫でる。
その様子をリマルキスが羨ましそうな顔をしていたので、二人を撫でたあとリマルキスの頭も撫でてやることにした。
「いやそういうことではなくて……」
何やら不服そうなリマルキス。
しかしながら大人しく撫でられるままだったので、面白がってシアも撫でるのに参加する。
「じゃあお姉ちゃんも撫でてあげましょう!」
「ええぇ……、いや、あの……」
さすがに恥ずかしくなってきたのか、途中でぷるぷるし始めたがリマルキスを助ける者はおらず、護衛兼世話役のレクテアお婆ちゃんですらにこにこと見守るばかりであった。
ひとしきりリマルキスをからかったあと、俺は今後――祭典がどのように進行するかを簡単に皆に説明する。
「このあと八時から開会式が始まって、そこで俺がちょっと挨拶、それから三時間くらい催しがあるらしい。そのあと十一時から十四時まで休憩時間になるから、その間に町に遊びにいけるね。午後の部は二時間くらい、十六時までだ。最後に閉会式があって、ここでも俺がちょっと挨拶する。これで催しは終わりになるけど、町のお祭り騒ぎは続いて後夜祭もやるらしいから、そっちに参加するかどうかは自由かな」
特に難しいことはない。
ひとまず現状は開会式が始まるまでのんびり待つだけだ。
説明を聞いたあと、お嬢さん方はおやつと飲み物の準備、撮影係のルフィアはリィと一緒に撮影機の調整を始める。
そこでパイシェが話しかけてきた。
「それではボクはクーエルを連れて行きますね」
「あ、よろしくお願いします」
今回、クマ兄貴とプチクマが同行したのは一緒に祭りを見物するためではない。
コロシアムは大きいが、それでも収容できない人は出る。
そこで来た人が催しの様子を眺められるよう、プチクマがここからアリーナの様子を撮影し、クマ兄貴がそれを上空へ投影することにしたのだ。
要は悪神との決戦時にデヴァスの様子をライブ中継させたあれである。
「クーエル、頑張ってね!」
『うむ。任された』
ミーネの言葉に、ナチュラルに精霊字幕で返答するクマ兄貴。
周りに微精霊がいればもう普通に会話できるようになったことは感動すべきか困惑すべきかちょっと迷う。
クマ兄貴はのっしのっしと歩き始めたが、遅いのでパイシェにひょいっと抱えあげられて運ばれて行った。
「アークも頑張って撮影してね!」
ミーネに言われ、任せろとばかりにひょいっと手を挙げてプチクマは応えた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/11/30




