第786話 15歳(秋)…マッスル☆フェスティバル(2/7)
筋肉の祭典『マッスル☆フェスティバル』の許可を出してから三日目、視察のため、俺はひさしぶりに国境都市ロンドへ向かおうとしていた。
前回訪れたのが去年、年越しを祝うためのごたごたの合間にちょっと寄って以来だから、およそ八ヶ月ぶりといったところだろうか?
最初はパイシェに案内してもらうつもりだったが、パイシェはパイシェで闘士長という立場にあり忙しいようだったので、若干の不安はあるものの現地にいる上級闘士に頼むことになった。
「よし、じゃあみんな行くよー」
同行することになった面々の準備が整ったところで屋敷の精霊門をくぐり、ロンドの地下施設にある精霊門からこんにちは。
「ようこそ、大闘士殿」
「お久しぶりでございます」
ロンド側では二名の上級闘士が出待ちをしていた。
この都市の市参事にして担当者であるバイアーと、ネーネロ辺境伯家の次期当主にして支部担当者であるレヴィリーだ。
「ふ、二人とも久しぶり、元気そうだな……、うん、元気そうだ」
もうムキムキで元気がはち切れそうな二人は、皮と布のおむつみたいなサブリガに靴という肌面積の多すぎる格好である。
質問しようか、それともスルーしようか。
そう迷っているうちに、二人は皆に挨拶を始めてしまったので結果的にはスルーになった。
そのあと、シャロがロンド側の精霊門を回収する。
設置当初はシャロのことがまだ内緒だったので目立たないようここに置いたが、もう今となっては気にする必要もないので利便性を考えて地上に設置し直そうという話になったのだ。
祭りの間、一時的にでも一般開放するとなると、やはり地上にあった方が何かと都合がよいのである。
それに一応、この地下施設って神聖な『神殿』だからな。
「前とだいぶ変わったわねー。立派な感じになってるわ」
そう言うのは、この地下空間の創造者であるミーネだ。
以前は薄暗く、陰気な地下空間であったのが今だいぶ改装されてそこはかとなく厳かな雰囲気のある陰気な地下空間になっている。
闘神が降臨した食堂は最も神聖な場所であり、闘神が踏んづけていた円卓は祭壇となっているようだ。
前はここでポーション作りとか酒造りしてたんだよなぁ……。
「ねえねえ、そう言えばなんで地下に住むことにしたんだっけ?」
「はて……?」
しばらく生活していたのは覚えているが、どうしてわざわざ地下空間暮らしを始めたのか、そのきっかけが思い出せない。
「やれやれ、ご主人さまもミーネさんも若ボケですか? リオさんの国を乗っ取っていたナントカって魔導師が国境を封鎖したせいで、商人さんたちが足止めされて宿がいっぱいだったからですよ」
「あー、そっか!」
「そうだったそうだった。んで上の酒場のおっさんがここでよけりゃあって言ってくれて、ミーネがじゃあって地下空間を作ったんだったな。それがまさか神殿になるとはなぁ……」
「この都市も国境都市から宗教都市化しましたしね」
かつてはザナーサリー王国のネーネロ辺境伯領とエルトリア王国領の境界にある都市と知られていたのが、闘士倶楽部が誕生したり闘神が降臨したりと想定外の事が起きた結果、現在ロンドは闘神を祀る宗教都市になってしまっていた。
都市産業は筋肉らしい。
ちょっとよくわからない。
みんな喜んで受け入れているから責任を感じる必要はないのだが……、うん、どうしてこうなった。
悩ましい思いをしつつ、俺は上の酒場に出る。
こちらも改修され、選ばれた闘士にのみ『悪漢殺し』が提供される特別な酒場となっていた。
店主は以前と変わらず飲んだくれのギーリスがやっている。
まだ飲尿健康法を続けているのか気になるところではあるが、それを知ったところで何一つ建設的な効果を及ぼさないので尋ねる気にはならなかった。つかいらん記憶なので抹消したいくらいだ。
ギーリスとは挨拶程度の会話をしてから酒場を出る。
まず向かうのは精霊門の設置予定地だ。
「以前、旦那様と訪れた時とは違ってずいぶん賑わいがありますね」
「祭りの準備をしてるからよけいに騒がしいんだろうな」
初めて訪れた時は立派な都市なのに活気がなく、どこか陰気な雰囲気が漂っていたロンド。
エルトリアを乗っ取った魔導師カロラン、ずっと沈黙を保ってきたのにここで動きを見せたということで、ネーネロ辺境伯とザナーサリー側は緊張状態に陥り、間に挟まれるロンドはもろにその影響を受けていたのだ。
それが今ではこの賑わいなのだから、もちろんそこは喜ぶべきところなのだろうが……、気になる、働くガチムチたちがどいつもこいつもバイアー・レヴィリーと同じようにサブリガ姿なのが気になる。
もうスルーしきれなくなって尋ねたところ、二人は朗らかに笑いながら答えた。
「はは、これは闘士の正装ですので」
「一人前の闘士と認められた者は、この格好になることが許されるのですよ」
「初めて聞いたけど!?」
正装って、まさか冬になってもこのままその格好なのだろうか?
いや、体脂肪率が低ければそれだけ寒さに弱くなる。気温が下がってきたらさすがにちゃんと服を着るはずだ。
着るよね?
未来へ若干の不安を抱くことになったが、そのままマッチョ二人に祭りについての説明を受けながら精霊門の新しい設置場所へと向かう。
だが――
「なんかあるわ!」
ミーネが声を上げて指し示した先。
確かになんかあった。
建物の向こう、にょきっとその姿を覗かせているのは……。
「コロッセオっぽいな」
「コロッセオっぽいですね」
「コロッセオっぽいのう」
ここからではしっかりと判断できないが、なんとなく古代ローマのフラウィウス円形闘技場を連想させる石作りの巨大建造物。
つい、と視線をガチムチたちに向けると、二人はなにやら誇らしげな表情をしていた。
「去年あんなの無かったよね?」
「皆で頑張りました」
「あそこで各種催しを行う予定になっています」
さらっと言っているが、それで納得できるような代物ではない。
俺があれの建造に関して精霊門の使用許可を出してないってことは、あれを作り上げるための石材運搬は普通に陸路で運ばれて来たのだろう。そこにかかる費用は莫大なものになるはずだ。
それについて尋ねると、二人はやはり誇らしげに言う。
「あの闘技場は闘士たちのお布施と、見返りを求めぬ労働によって実現しました」
「とは言え、己の筋肉が聖地で最も大きな建造物を作り上げるというのは我々にとって大きな喜びですから、ある意味その労働――建造に関われたという事実が報酬であったとも言えますね」
潤沢な資金と異常なマンパワーによって闘技場がにょきっと生えてきちゃったらしい。
宗教って何気に究極のやりがい詐欺だよな……。
△◆▽
精霊門の設置予定地よりも闘技場の方が近いということで、ちょっと予定を変更して先にそっちを見学しにいくことにした。
映像でしか見たことのないイタリアのコロッセオと建築様式はだいぶ違うものであるが、構造自体はだいたい一緒な闘技場。真ん中にアリーナがあり、それをぐるっと囲むように観客席がすり鉢状に配置されている。収容人数は約四万人ほどであるらしい。馬鹿か。
「えっ、俺ここで挨拶すんの?」
一番外周となる立ち見席から闘技場を一望し、思わず尋ねる。
「はい。よろしくお願いします」
「あちらに見えます特別席でお願いすることになりますね」
促された先には、アリーナに迫り出すように作られたちっちゃい石造神殿みたいになっているスペースがあった。
まるで皇帝席である。
「開会の挨拶が終わり次第、さっそく趣向を凝らした催しを行うことになります」
「各支部から選りすぐりの闘士を集めた催しですから、きっと満足していただけるでしょう」
「そ、そうか……」
何をするかちょっと不安だが、今聞いたら中止させてしまいそうだから聞かないでおこう。
「ほかにもこの闘技場を中心として、都市の各所ではささやかな催しを行うことになっています」
「闘技場での催しは午前の部と午後の部、その間に長めの休憩時間がありますから、その間に見て回ることができますよ」
「なるほど」
そこは普通に見て回るつもりだったから問題ないな。
さすがに都市全体を巡るのは無理かもしれんが。
「ところで、相当な人が来るんだろ? 宿泊施設とかはどうなっているんだ?」
「郊外に野営できる場所を整備中です」
「なんとか天幕くらいは提供できればと思っているのですが……」
どうやらそっちは難航中らしい。
祭りの参加者は主に大陸各地の闘士、そしてその親族、あとは倶楽部の関係者。ある意味で身内のお祭りだが、その身内が多すぎる。
少なくとも都市の宿泊施設はパンク、絶対足りないだろう。
祭り自体は一日だが、事前に都市へ訪れる者も多いだろうし、祭りの後もしばし留まる者だっているはずだ。
「うーん……、シャロ、お願いできる?」
「うむ、任された」
困ったときのシャロ頼み。
冒険の書の大会で用意したような、簡易の宿泊施設を郊外に生やしてもらうようお願いする。
「あ、じゃあ私も協力するわ!」
宿泊施設の構築にはミーネも乗り気だ。
伝説の大魔導師であるシャロと、闘神の加護持ちで地下神殿の創造者であるミーネが用意した宿泊施設とくれば、もしかすると『むしろそっちに泊まりたい』と考える人が多くなるかもしれない。
ひとまず二人が施設を生やしてくれ、水場やトイレなどは用意するので、そこからの細かな内装などは闘士たちに任せることになる。
まあ急に決まったお祭りだし、そのままでも野宿よりはだいぶマシなので今回はそのまんまでもいいだろう。
「どうせ祭りも今回だけにするつもりはないだろうし、残しておくからおいおい整備していけばいいんじゃないかな?」
「そうですね。気持ちとしては来年、再来年と続けていきたいです」
「さすがに季節ごとは難しいですからな」
「いや、一年も短くないか?」
下手すると催しに参加したいからって、一年中トレーニングだけしている奴が現れかねない。
「なるほど……、筋肉は積み重ね、一年で無理に鍛え上げるようなことをしてはよろしくない、と」
「ではどれくらいの期間で行うのがよろしいのでしょう?」
「ひとまず三年に一度くらいでいいんじゃないかな」
「ではそのように」
「三年に一度、しかと承りました」
いや、命じてるわけじゃないんだが……。
まあいいや、あとは三年後の俺に任せよう。
「闘技場に関してはわかった。じゃあ精霊門を設置しなおして、それから郊外に行って宿泊施設を用意できそうな場所を探そう」
「かしこまりました」
「では、精霊門の再設置場所である大臀筋広場へご案内します」
……ん?
「ちょい待て」
「はい、なんでしょうか?」
「なんでしょうかじゃねえ、なに広場だって?」
「大臀筋広場です。ああ、都市の各地区の名称を筋肉に当てはめた話はまだ御存じではなかったのですか」
「では驚かれるのも無理はありませんね。まだ試験的ではありますが、直感的にわかりやすくなったと皆には好評ですよ」
「嘘つけボケェ! わかりにくいどころかさっぱりわからんわ!」
「なんと……! これは失礼しました……」
「大臀筋というのは、端的に申せばお尻の筋肉――」
「そういうことじゃなくて! どこの筋肉かわからないって話じゃなくて、そんな名称つけたら余計に場所がわかりにくいって話なの! つかお前ら、ほかにも呼び方を変更したものとかないだろうな!?」
「ほかとなりますと……、この都市に相応しい呼び方を広めているくらいでしょうか?」
「聖地を擁する都市ですので、聖都と呼びたいところなのですがそれではセントラフロ聖教国とかぶってややこしくなります。そこで闘都と呼ぶようにしたのですが……」
「闘都か……、まあそれなら……」
「さらにロンドという名称も変更してはどうかと話し合われています」
「いやそこは変えなくていいだろ……。ちなみにどんな名称が候補にあがっているんだ?」
「マッスルです」
「え?」
「闘都マッスルです」
「や・め・ろ!」
いくらなんでもアレすぎる。
ここで育った子が将来故郷の話をしにくいじゃねえか。
アレな都市だと悟られてしまえばロンドでも同じだが、そもそもの名称がイカれているよりかはいくらかマシなはずだ。
「では折衷案として闘都マッスル・ロンドということで……」
「だからマッスルがよくねえつってんの……! そこは闘都ロンドで我慢しとけよ……!」
後世の人々は、この都市の名称が『マッスル』になりそうだったのを俺が阻止したことを褒めてくれるだろうか?
※間違いの修正をしました。
ありがとうございます。
2022/09/28




