第783話 15歳(夏)…サボタージュのすすめ(前編)
今月始めに風邪で寝込む……!
治ったと思ったらぎっくり腰の追撃をくらう……!
おかげで投稿の予定が10日ほど遅れました。
この悲しみはそのうちヒロインたちと遊び呆けている主人公にぶつけたいと思います。
「甘えるべきか、甘やかすべきか、それが問題です」
「ふむ、深いですね」
旦那様のそばがいいです。
そう駄々をこねて仕事部屋に居座ることになったアレサが神妙な顔をして呟いたところ、制止役としてやはり居座ることになったシャフリーンが感じ入るように頷いた。
二人は仲良し……、基本は仲良しだ。
なので今は放って置いても大丈夫。
若干気は散るものの、俺は俺でサリスと大事な話をしなければならない。
「さて、サリスくん」
「休憩になさいますか?」
「しないよ!? まだなんの話もしてないよ!?」
話し合わなければならないのは休止中のお仕事について。だがどうやらサリスもこれについて語るのは乗り気でないらしい。
しかし、いいかげん、もうそろそろ、ちゃんと話し合わなければマズい時期に来ていることは日々募っていく焦燥感に現れている。
「では仕事を再開するにあたり……、どうだろう、まずは予定を組んでみるというのは?」
「素晴らしいお考えだと思います」
例えるならそれは『守られることのない健全で計画的な夏休みの予定』のようなものだと俺はわかっているし、サリスも薄々その胡散臭さには気づいているはずだ。
しかし、まずは予定くらい決めておかないと、もうどこから手をつけていいかわからないのも事実であり、まあ何かの目安になって多少は役立つかもしれないわけで、であればあながちまったくの無駄とも言い切れないのである。
「甘えるか、甘やかすか、当然ながらどちらも優劣つけがたく尊いことはシャフさんも理解されていると思います。しかしあえてどちらかを選ぶとなったとき、その判断に大きな影響を与えるのは本人の気質なのでしょう。私はこれまで自分は甘やかす派だと思っていました。しかし帰郷を境に、甘えたいという気持ちが日々高ぶっていくのを確かに感じるようになったのです」
「なるほど、アレサさんは『聖女』として尊ばれ、本当に甘えることが許されない環境で育ちましたからね。それが許される状況となった今、かつて得られなかったものを心が求めているのでしょう」
「そこまで私を理解してくれているなら、もう少しお目こぼしをお願いしたいところなのですが……。それはそうと、シャフさんはやはり甘やかす派でしょうか?」
「ええ、私は甘やかす派ですね。もちろん甘えるのもよいですが、望むならば甘やかす方が好みです。どちらが好みか、一度みなさんにも確認をとってみたいですね」
「そうですね。では次の同盟――」
「ていっ」
「あう!」
突然シャフリーンがアレサの頭にチョップを喰らわせ、ここで俺はハッと我に返る。
すごく真剣に話し合っていたのでつい耳を傾けてしまっていた。
いかんいかん、お仕事の話をせねば。
「それで、だ。サリス、まず確認したいんだが……」
「私は甘やかす派ですね」
「うん、そうじゃなくてね、現段階で決まっている予定はあるかなってことを確認したかったんだ」
「あっ、すみません……、え、えっと、決まっている予定は一つだけですね。ミリメリア様とアルザバート様の結婚式への出席です」
「あー、そんなもんか……」
「ただ、はっきりと決まっていない予定になるのですが、年末年始は大変なことになると思われます。このザナーサリー王国はもちろんのこと、星芒六カ国、さらには大陸中の国々から催しへのお誘いと言いますか、参加の要請が……」
歴史的にも記念すべき年の終わりと、迎える新たなる年。
これは参加しておかないとマズいよな、シャロがいるから可能だもんな……。
「もしかしてお仕事再開どころじゃなくて、年末年始をどう乗り切るか今から予定の調整を始めないといけないんじゃない……?」
「いえ、予定は各国で話し合われるので、御主人様は参加することを伝え、その期間を空けておけば大丈夫です」
「そうか……」
そこは安堵したものの、年末年始の一週間くらいは忙殺されることがほぼ決定しているというのはつらい。
お家でのんびり年越しとか夢のまた夢である。
重かった気がさらに重くなってしまったが、肝心のお仕事の予定はまだ何も決まっていない。ミリー姉さんとアル兄さんの結婚式、あと年末年始を避けて、これからどう仕事を片付けていくか計画を立てねばならない。実に憂鬱である。
暗澹たる気持ちで話を進めようとしていると、そこでノックがありリビラとシャンセルが現れた。
「お茶ですニャー」
「お茶なんだぜー」
少し息抜きでも、と二人はお茶の用意をしてくれる。
うだうだしていて何の進展もない状態にあるが、ならばこそここでひと息ついて気持ちを切り替えるのもよいだろう。
「ふう……」
お茶を飲んでひと息。
熱心に話し合っていたアレサとシャフリーンのぶんも用意されるが、二人はお礼の言葉もそこそこに『甘えるか甘やかすか』についての議論を続けている。
「面白いこと話し合ってるニャー。その場合、ニャーはどっちなのかちょっとよくかわらねえニャー」
「リビラさんは甘える派でしょう」
「そうですね、私も甘える派だと思いますよ」
「ンニャ……!? そ、そうとも言い切れないとニャーは思うニャ」
アレサとシャフリーンに二人して言われ、リビラはちょっと驚いている。
そしてそのまま議論に加わってしまった。
「何やってんだあいつ……」
シャンセルはあきれつつも、お茶のおかわりなど給仕を続ける。
「それでダンナたちの方は何を話し合ってんだ?」
「これからどうやって仕事を片付けようかっていう話し合いだな。要は今後の予定を決めようとしているんだ」
「そっか……、でも捗ってはないみたいだな」
ぱっと様子を見ただけで看破されるのは少し切ない。
頑張ろうという気持ちよりも、面倒くせえという気持ちが表面に出てしまっていることはもはや疑いようもないようだ。
「ダンナー、もう今日のところは諦めてさ、気晴らしに遊ぶのもいいんじゃないかな? あたし特に予定もないしさー」
と、ここでシャンセルは遊びに誘ってくる。
これは単純な誘いではあるが、ホームビデオの撮影時、シャンセルが水上戦の優勝者となって獲得した『ちょっとしたお願い権』の効力もちょっと含まれている。
シャンセルの『お願い』は『時間が空いてたら一緒に遊ぶ』というもの。
とくに当たり障りもなく、わざわざ『お願い権』を行使する必要がないような気がするものの、これはシャンセルなりにあれこれ考え頭を悩ませて決めた『お願い』のようであった。
「婚約者らしくとか諦めた。そういうのはみんなに任せるよ。あたしはまずダチから始めねえとどうにもなんねえ」
どのような思考の遍歴を辿りこの結論に至ったかはわからないものの、これでシャンセルは何か吹っ切れたらしく、以降はちょいちょい遊びに誘ってくるようになった。
この場合、時間のある面子をみんな誘うので、特別二人きりで遊ぶことを意識してはいないようだ。
単純に遊びたい、ということらしい。
バスカーに近いものがある。
「いや、暇してるわけじゃないんだよ」
「でもさっぱり捗らないんだろ? 何も決められないまま時間を無駄にしてるんならそれこそもったいないぜ?」
「う……」
痛いところを突かれる。
「このままだと何の成果もないまま夜になって、こんなことなら遊んでいた方がマシだった、なんてことにならないか?」
何気ないようにシャンセルは言うが、俺もサリスも否定はできず苦い表情を浮かべる。
うん、すでに何度か経験済みなんだ……。
「そ、そうかもしれない……。でもさ、だからって遊んでばかりじゃ何も始まらないんだ。もしかしたら無為な時間をすごすことになるかもしれない。けれど、もうそれを恐れているわけにもいかないんだ」
「うーん……?」
お仕事への決意を表明するように告げると、シャンセルは少し考えてから口を開く。
「ダンナは遊びたくないわけじゃないんだろ?」
「そりゃまあ……」
正直な話、遊んでいたい。
もう仕事なんてしたくない。
「じゃあさ、それはまだ遊び足りないんだよ、きっと」
「遊び足りない……?」
「ダンナはこれまで名前を変えるために頑張ってただろ? それがどうにかなった今、ずっと我慢していた『遊びたい』って気持ちがやっと表に出てこられたんだよ。それを無理矢理抑え込むのは、あんまりよくないんじゃないかなー」
「いや、でもそれを何とか抑え込んで、やりたくなくてもやらなきゃいけないのが仕事なんだ」
「それもわかるけど……、ダンナの場合はまた違うと思うぜ?」
「違う……?」
「ああ。ダンナってさ、もう物心ついた頃からずっと訓練や勉強してたんだろ?」
「まあ、うん」
「でもってクロアが生まれたあたりからは、もう商売に関わってたって聞くし、ミーネと会ってからは冒険の書を作り始めたって話じゃん。で、王都に来てからは自分の仕事しながら冒険者の先生やって、さらになんか騒動にも関わるようになってさ。王都に来てから三年でどんだけの騒動に関わったんだよ。その間も仕事はしてたし」
「してたね……」
「これどう考えても働きすぎだって。つか世界まで救ったんだから、一年や二年、仕事せずに遊んでたって誰も怒れやしねえよ。つかダンナはさ、休むのがへったくそなんだよ。休暇をとることに慣れてなさすぎなんだって」
「そうかな……?」
「そうだよ。前にも強制的に休日を作るって話になっただろ? その時はちょっと嫌そうだったダンナが、仕事やりたくねえって気分になってるなら、ここにきてやっと気持ちの疲れが自分でわかるようになったってことじゃねえかな?」
休み、回復したことでやっと自分が疲れていることを認識する。
妙な話のような気もするが、実はそう珍しくもない話だ。
「ここはさー、無理して仕事を始めるんじゃなくて、満足するまで遊んだ方がいいんじゃねえかな? 徹底的に遊んで、やりきったーって満足したらさ、んじゃそろそろ仕事でもするかって気になるかもしんねえじゃん? それに仕事が片付いたらまたいっぱい遊ぼうって考えるようになれば、集中もできるようになるんじゃないかなって思うんだ」
一理ある――、ような気がする。
集中力は無限ではない。
また、自分の意識を特定の事柄に集中させ続ける意志力も無限ではないのだ。
どちらも総量があり、使い切ってしまえば回復を待たねばやるべきことに取り組むこともままならなくなる。ただ怠けてしまっているようでも、実のところそれは疲れ切っている場合は多いのだ。
「確かに……、シャンセルの言う通り、俺は導名を得ようとずっと頑張ってきたな……」
結局はその頑張りが功を奏したのかよくわからない結果によって名前を変えることはできたが……、そのせいでこれまで保っていた緊張の糸が切れたのではないだろうか?
目的は達成した。
ならばその手段であったお仕事は、今となっては無用の長物。義理と責任感でやらねばとは思うが、俺自身に必要なものではない。
なるほど、どうやら俺はお仕事というものとの関係を構築し直す時期に来ていることに気づいていなかったようだ。
これまでと同じような意識で臨もうとしても、それは無理というもの、このままでは仕事というものはただ面倒で嫌な作業というものになってしまう。
これは……、あまりよろしくない。
例えば冒険の書は、言ってみれば俺のささやかな善意による社会貢献の性格が強い仕事だ。これを嫌々に取り組んでしまえば、それは質に表れる。要は『このくらいでいいだろう』というやっつけなところが出てくるということだ。今では大会が開かれ、もしかしたら冒険者の命に関わるかもしれないことを、そんな気持ちで片付けてしまえば、いずれ消せない後悔を抱くようになることは容易に想像がつき、それを抱えて生きていかなければならないのは皆との暮らしに水をさす。
やるならば、その時における全力で取り組むべきであり、全力を尽くせない状況にあるならば……、それは少し待つべきなのだろう。
何だかんだでシャンセルの言う通り、こんな状態なら遊んでいた方がマシということになる。
そう気づくと、渦巻いていた嫌な気分がすーっと晴れ、妙にすっきりとした気分になった。
「そだな、遊ぼっか」




