第780話 15歳(夏)…ケーキはどこへ消えた?(3/4)
ミーネが砂糖をペロペロしたところで事件が解決するはずもなく、そのあと俺たちは手分けして屋敷を捜索してみることになった。
これで何か見つかってくれたら盛り上がりようもあるのだが――
「これはあれか、常時異変だらけな屋敷だからちょっとした異変は見つけづらいのか? 木を隠すなら森の中、みたいな話なのか?」
探せども探せども、本当に何も見つからない。
なーんの異変も見つからないのでは、推理のためのとっかかりすら得られないばかりか、ただただ徒労感が募るばかりである。
「せめてダイイングメッセージでも残っていれば……」
神妙な顔をして妙なことを言うのはシアだ。
「ケーキがそんなもん残したらミステリーじゃなくてホラーだ」
突っ込みをいれてみたものの、シアは表情を変えることなく続ける。
「ご主人さま、わたし思うんですけど、いつまでも消えてしまったケーキに固執するのではなくて、わたしたちはそろそろ新しいことに目を向けて前へと歩み始めるべきなんじゃないでしょうか?」
「よくもぬけぬけとそんなことを……」
こいつ、探偵ゴッコに飽き始めていやがるな……!
「お前とんでもねえ奴だな。じゃあどうすんだよアレは、どうすんだよ」
ほれ、ほれ、と首を振って示す先。
そこにはシアの気まぐれに翻弄された哀れな道化が一人。
「お爺さまの、名にかけて! お爺さまのぉー、名にかけて!」
ミーネのテンションは未だ高く、何かするたびにいちいち決め台詞を言うのである。
例を挙げるとすれば、扉を開ける場合「お爺さまの」で溜め、「名にかけて!」で扉を一気に開くといった感じである。
「あいつもう決め台詞を掛け声にしちまってるぞ。どうすんだ」
「いや、あの、焚きつけたのは認めます。でもですね、あれをわたしのせいにされても困りますよ。どう考えてもあれミーネさん天性のものじゃないですか」
「天性か……」
天から二物どころか三物も四物も与えられていたら、いらん物まで詰め合わされてしまうということらしい。
ミーネはお爺さまお爺さま言いながら屋敷を練り歩き、異変が無いかと調べて回る。最初は「えいえい、おー」みたいに思えていたミーネの掛け声は、この頃になると「泣く子は、いねーがー」と無駄に溢れる熱意で子供を捜し回るナマハゲのように思えてきた。
どうしたものかと思っていたところ――
「ただいまなのじゃー」
いつもより早めにシャロが帰宅した。
「おかえりー。……あれ、ロシャは?」
「あとを任せてきた!」
清々しい笑顔でシャロは言う。
そうか……、ロシャも大変だな。
「ところで婿殿、なにやら皆の様子が妙な――」
「おっ爺さまのぉ~、名ぁにかけてぇぇ――……」
「うむ、特にミーネがおかしいようじゃが、何かあったのか?」
「あー、んっとね、実は――」
と、俺は要点をかいつまんで状況を説明した。
すると――
「なんじゃとぉ!?」
くわっとシャロがいきり立つ。
きっと侵入者がいるかもしれないという状況に――
「またワシが留守の間にそんな面白そうなこと始めて!」
いや、侵入者はどうでもいいようだった。
「始めたというか、なんか始まっちゃったんだよ」
すべてはケーキが消えたことに端を発するのだ。
「むむぅ……、まあ事件はよいとしても『あーん』は納得できん! ワシも『あーん』してもらうんじゃ! ワシは『あーん』を所望するぞ! してくれるまで離れんからな!」
そう言ってシャロはひしっとしがみついてきたのだが、別にくっついてくれていても構わないのでなんの責め苦にもならず、むしろくっつけておきたいくらいだった。
「くぬぬぬ……」
シャロは懸命にしがみつく力を強めて『あーん』を要求してくる。
「ご主人さま、ひとまずシャロさんに『あーん』してあげたらどうですか? あっちはわたしが見ておきますから」
「お爺さまのぉぉ――……」
「わかった。じゃあ俺とシャロは食堂行ってるから」
こうして俺はシャロをくっつけたまま食堂に戻り、要求通り『あーん』をしてあげる。
「はい、あーんして」
「あーんなのじゃー」
俺はフォークの先にちょっとだけケーキをのせては、ゆっくりシャロのお口に運んでやる。
これではちょっとずつしか食べられない?
無駄に時間がかかる?
違う、違うのだ。
今日すでに十人以上のお嬢さんたちに『あーん』をした俺は、かつてのスペシャリストとしての勘を完全に取り戻していた。
だからこそわかる。
シャロはケーキを食べたいわけではない。ケーキを『あーん』してもらうという行為こそを求めているのであり、であるからこそ俺は長く楽しんでもらえるようにと配慮しているのである。
こうして俺は時間をかけてシャロに『あーん』していたのだが、そこに「ばぶばぶ、ばーぶばぶ」とやや興奮したアリベルくんを抱っこしたレスカが現れる。
彼女もまた日々『あーん』を行う未来のスペシャリストだ。
「あ、ケーキを食べに来た? じゃあ用意するね」
「いや、ケーキはまだいいよ。それよりミーネをなんとかしてくれないか? あの妙な掛け声に合わせて、こいつが興奮するんだよ」
「ばぶばぶー、ばーぶばぶー」
あー、それでアリベルくんが興奮してるのか……。
俺が悪いわけじゃないのに申し訳ない気持ちになる。
「わかった、このあと静かにさせるよ」
「悪いな。……でさ、まだみんなでケーキ探してるのか?」
「探してるんだよ、これが」
「はぁー、平和だなぁ、ここは……」
レスカはちょっとあきれたように言うが、実は俺も同意見だったりする。
「シャロさんは過去に戻る魔法とか使えないのか? 何が起きたのかちょっと覗いてくれば解決するだろ?」
「んお? えらい無茶振りじゃのう。そんな恐いことできんわ。あーん」
「はいはい、あーん」
シャロはさらっと流したが、不可能とは言わなかった。
もしかしたら可能なのか気になるところだが、ややこしいことにしかならない予感もするので詳しく尋ねるのはやめて『あーん』作業に戻る。
やがて屋敷の各所に散っていた皆が食堂へと戻ってきた。
予想はしていたが、侵入者の痕跡どころか、なんの異変も見つけられなかったようだ。
「僅かな手がかりすらも見つかりません。困りましたね。犯人さえ用意すればすむ話ならやりようはあるのですが……」
サリスが妙なことを言う。
あまりに無為であるため、飽きてなあなあになってきたのかな?
と、そこで口を開いたのはヴィルジオだ。
「少し考えてみたのだが……、精霊がいようといまいとお構いなしで現れる存在のことを妾たちは失念していたのではないか?」
「ん?」
一瞬何のことかわからなかったが、俺はすぐに思い至る。
「あ、神か」
そうか、奴らならこっちの都合お構いなしで唐突に現れる。
そして精霊たちも気にしない。
「じゃあヴィルジオはどっかの神がケーキを持っていったと思うの?」
「いや、さすがにそれは無いと思う。ケーキ目的で現れるとは思えないからな。主殿に用があって、そのついでならばわかるのだが」
「となると神は除外?」
「ああ。それで……、だ、もう一つ、慣れすぎて気にしなくなった存在がいるだろう?」
「んん?」
今度は考えてみたがわからない。
みんなも『はて?』といった感じである。
「ほら、我が物顔で屋敷を闊歩したり、飛び回ったり、コルフィーをぶっ飛ばしたりしているあいつらだ」
「ああ、魔獣か!」
そうか、そういえばあいつら生き物だったな!
もう括りがぬいぐるみや精霊獣と同じになってしまっていて意識から外れていた。
「あやつらならばあるいは……、と思うのだが、どうだろうか?」
なるほど、これは説得力がある。
つか説得力のある話が出たのって初めてじゃねえか?
みんなもヴィルジオの話には納得顔だ。
名探偵を僭称していたシアとミーネは悔しそうな顔をしているが。
「それで主殿、ちょっとバスカーに協力を頼みたいのだ。もし魔獣であれば、ここに匂いが残っているだろうからな」
「なるほど、バスカーに辿ってもらうのか」
良い考えだ、ようやく事件解決のための建設的な行動が起こせる。
俺はさっそくバスカーを召喚し、続けて〈モノノケの電話相談室〉を使用する。
「わん!(なになに!)」
「バスカー、実は――、いや、細かいことはいいか。えっとな、ここにいつも屋敷に居るみんな以外の匂いがないか調べてほしいんだ」
「わうふ!(わかったー!)」
バスカーはさっそくふんふん匂いを嗅ぎ回る。
やがてぱっと顔を上げてひと鳴き。
「わん! わわん!(主、見つけたよ! 撫でて撫でて!)」
「あったか! よーしよしよし、じゃあな、今度はその匂いを辿っていくことはできるか?」
「わふ、わおーん!(できるよ! ぼく、すごいんだから!)」
こうして俺たちは床をくんくん嗅ぎ回るバスカーのあとに続き食堂を出たのだが、犯人(獣?)は予想以上にあちこち移動していたらしく屋敷中を歩き回ることになった。
そして辿り着いたのが屋敷の精霊門である。
「くぅ~ん……(ここからどこへ行ったかはわかんない……)」
「いや、それは仕方ないさ。よしよし、よしよしよし」
「わふ、わふ(えへへ、えへへへ)」
撫で繰り回してやると、バスカーはひっくり返る勢いで喜ぶ。
「まあほとんど決まりみたいなもんだけど……、一応どこにでたか確認してみようか? つっても魔境はさすがに調べようが無いし、行くとなると庭園か領地の屋敷だな」
「庭園はだだっぴろくて壮大な散歩になりそうなんで、領地だけ調べることにしません?」
「んだな。じゃあバスカー、領地の精霊門に出て、もうちょっと匂いを探してもらえるか?」
「わふ!(うん、がんばる!)」
こうしてあと領地側だけ調べる、と決めてみたが、いざ行ってみると犯人はこっちの屋敷でもあちこち移動していたことが判明した。
ここでサリスが確認するように尋ねてくる。
「御主人様、これは扉の開け閉めができる、ということですよね……?」
「そうだな。となると魔獣でもかなり絞られる」
なんとなく予想がついてきたなか、バスカーが最後に行き着いたのは屋敷の裏手から行ける地下倉庫だった。
そこはゴリラと初めて遭遇した場所である。
「ゴリラか」
「ゴリラですかね」
「ゴリラなのかしら」
「ゴリラかのう」
四本腕のゴリラなら、ひょいっとケーキワンホール持ち上げて移動することも可能だろうし、扉を開けることもまた可能だ。
まあ一応、向こうに戻ったら微精霊たちに確認は取ってみるが……。




