第779話 15歳(夏)…ケーキはどこへ消えた?(2/4)
「そ、そんな……」
絶対の自信があったのだろうか、予想を外したアレサは唖然とした表情でいたが、やがて顔に手を添えてがっくりと項垂れた。
自信満々だったからな、きっとショックだったのだろう。
何か慰めの言葉でも……、と思ったが、俺が何か言うよりも先にアレサはばっと顔を上げた。
でもってちょっと半泣き、ヤケクソ気味に告げる。
「わ、私が食べました……! 私が、きれいに、全部、食べちゃいました……! 私が犯人です……!」
「どうしたいったい!?」
思わず尋ねた。
何がどうして自白することになったのかわからない。
事件後のCMが開けたら、いきなり場面が海をバックにした崖になっていて犯人の自供が始まったくらいの唐突さだ。
するとシャフリーンがあきれたように言う。
「アレサさん、嘘の自白をしても御主人様に執事をしてもらうことは無理というものですよ」
あ、やっとわかった。
強引に自分を犯人ということにして、犯人を見つけたと言い張るつもりだったのか。
さすがに力業すぎんだろ。
「違うのです、本当に私が……」
「いやアレサさ、犯人だったら執事とか無しだよ?」
「んな!?」
アレサ、再びがっくり。
その様子はトリックを全部まるっと曝かれちゃった犯人みたいである。
「旦那様……、私は……、私は……、ただ、旦那様に執事をお願いしたかっただけなのです……」
うんまあそれだけ落ちこんでたらわかるよ。
「おいシア、視線そらしてないでちゃんと片付けしろ。お前が妙な提案したせいでアレサが盛大に自爆したじゃねえか」
「むむっ。なんですか、全部わたしのせいですか。ご主人さまが人を犯人あつかいしたのが最初なんですけど!」
「それはまあ……、確かに」
関係者集めて謎解きする探偵ってすげえ度胸だな。
ハズレてたら赤っ恥どころじゃねえぞ。
「えっと……、アレサ、ちょっと部屋で休んでいたらどうかな?」
「うぅ……、はい、そうさせていだたきますぅ……」
しょぼくれながらアレサが退室する。
それを見送ったあと、シャンセルが言う。
「結局さ、ケーキはどこへ消えたんだ?」
『…………』
この疑問に答えられる者はいなかった。
アレサの真偽判定によって、ここに居る誰もの潔白は証明された。
判定を下したアレサは……、まあ除外でいいだろう。
ここに居ない者となると、お昼寝中のセレス、つきっきりを禁止されたせいでおやつよりもアリベルくんとの時間を優先したレスカ。
あとはお仕事へ出掛けた父さん母さん、シャロ、ティアナ校長であるが、この四名は容疑者から除外してもいいだろう。
本日のガチムチ警備員や領地屋敷の管理人をしているダンシュールも除外だ。
ルフィアがいればまず疑って、ついでにしばらく出入り禁止にしてやれるのだが――
「ルフィアさんはべつのお仕事があるようで、今日の屋敷侵入はお休みになっていますね」
このリオの証言によりルフィアを犯人に仕立て上げることはできなくなった。
つか人ん家に侵入するのがお休みってなんかおかしくね?
「こうなると、残るのはピネたちか……」
お菓子大好きなことはわかりきっているし、あの数ならケーキワンホールも群れたピラニアのように喰らい尽くすことだろう。
ただ、あんな妖精たちでも、勝手に食べていい状況と食べたらヤバい状況を判断するくらいの知能はもっている。
今回はあきらかに後者。
それを思うといまいち奴らが犯人という気がしなかった。
「ひとまずピネたちに話を聞いてみるとして、セレスは……、まあつまみ食いをしたとしてもわざわざ残りを持って行くとは思えん。起きたらちょっと聞いてみるくらいか」
「ですね」
妖精たちが犯人なら、まとめてどこかに捨ててくれば事件は解決する。
しかし、これで妖精たちも無関係となると……、ちょっと不思議な話になってしまう。
いくら『ケーキの消失』なんて目じゃない超常現象が跋扈するこの屋敷であっても不思議なものは不思議なのだ。
「ご主人さま、もしかしてこれって意外と難事件なんですかね?」
シアも何か妙だと感じたらしく、何とも言えない困惑顔である。
正直、あまり良い予感はしない。
△◆▽
「し、知らねえよ!? ケーキなんてホントに知らねえ! いや嘘じゃねえよ! 本当に知らないんだ! 知らねえんだよぉぉぉ!」
ひとまず俺とシアで妖精帝国にガサ入れを行ったところ、事情を知った妖精たちは半狂乱で無実を主張した。
「ご主人さま、どうも違うっぽいですよ」
「んだな」
良くも悪くも嘘がつけない連中だ、もし犯人だったらそれはそれは白々しい演技を見せてくれたのだろうが、この必死な様子からすると本当にケーキのことは知らないらしい。
当てが外れた俺とシアは、それからレスカに話を聞いてみたり、ついでに今日のガチムチ警備員や管理人ダンシュールにも話を聞いてみたが、やはりケーキなど知らないとのことだった。
聞き込みが空振りに終わって食堂に戻ってみたところ、それなりに気になっているのだろうか、皆はまだ留まったままでいた。
「謎は深まるばかりですね」
シアの言葉に、みんな揃ってうーんと唸る。
正直、どうでもいいっちゃどうでもいいのだが、放置するのは気持ちの収まりが悪い。これは何かをど忘れして、頭の中にそのもの自体を思い浮かべられるのに名称が出てこずもやもやするのに似ていた。
それから俺たちはあーだこーだと話し合っていたが――
「盛りあがってるとこ悪いんだけどさ、私はそろそろ仕事に戻るぞ」
これ以上は時間の無駄と判断したのだろう、リィが言う。
「クロアもべつにいいよな?」
「うん。兄さんの執事はちょっと気になるけど、それは姉さんたちが優先だから」
あ、そういえばシアがそんなこと提案していたんだっけ。
もしかして真相を探ろうとしているみんなはそれが目当てなのか?
まあともかく、リィが切り出したのをきっかけに、デヴァスやシオン、それからコルフィーも仕事に戻ると言いだし、さらにパイシェとアエリスもこれに追従する。
もちろん引き留めたりはしない。
むしろ時間を浪費させてしまって申し訳ないくらいだ。
ところが――
「い、いけません……!」
「ん?」
急にシアが声をあげ、リィが怪訝そうに首を捻る。
「こういう場合、集団行動から外れると……」
「と?」
「死にます!」
「なんでだよ!?」
シアの悪ノリが加速しているようだ。
思わず突っ込んでしまったリィは、やや面倒くさそうに言う。
「んなこと言ったら、アレサがもう部屋に戻ってるぞ?」
「しまった!」
リィの言葉にシアは勢いよく立ち上がり、慌てて食堂を飛びだして行く。
向かった先はおそらくアレサの部屋だろう。
仕方なしにみんなで追うと、シアはアレサの部屋のドアを開けっぱなしにして立ちつくしていた。
部屋にはアレサの姿が……、はて、無いな。
「やられました! ご主人さま! アレサさんが攫われました! 今ならまだ生きている可能性もあります! 早く捜さないと!」
「大変! みんなで手分けして捜しましょう!」
シアの悪ノリにミーネが乗っかって盛り上がり始める。
が、そこでシャフリーンが言った。
「心当たりがあります」
毅然と――、いや、心なしかうんざりしているようにも見えるシャフリーンについてみんなで移動すると、辿り着いたのは俺の寝室だった。
「すやー……」
行方をくらませたかに思われたアレサは、俺のベッドで安らかにお休み中であった。
いつから俺のベッドは『アレサほいほい』になったのだろうか?
俺が何とも言えない気分になるなか、みんなは寄って集ってびしびしアレサにチョップを食らわせている。
が、アレサは一向に起きない。
強い。
「御主人様、いかがいたしましょう。私としましては、窓から放り投げるのがお勧めです。大丈夫、アレサさんなら平気ですから」
「いや、寝かせておこう」
本当に安らかに寝ているのだ、起こすのは忍びないではないか。
△◆▽
アレサ失踪事件を早期解決した俺たちはひとまず食堂に戻った。
「九人が戻らぬ人となりました……」
「死んだみたいに言うな」
シアが言う九人とは、お昼寝してるアレサ、お仕事に戻ったリィとクロア、コルフィー、パイシェ、アエリス、デヴァス、シオン、それから精霊獣との触れ合いに戻ったジェミナのことである。
まだ遊ぶつもり――、ではなく、事件解決に意欲を燃やすのは俺、シア、ミーネ、サリス、ティアウル、リビラ、シャンセル、リオ、ヴィルジオ、シャフリーンの十名だ。
「事件は混迷を極めてきました。ここはやはり探偵――、いえ、名探偵が必要です」
「名探偵!」
なんだろう、この振り出しに戻った感じは。
「ふっふっふ、では、今こそこのわたしが名乗りを上げましょう! たった一つの真実見抜く、普段はメイド、たまには王女、その名は名探偵シア!」
「なにそれ!? ちょ、シア、私もなんかそんなの!」
ミーネががっつり興味を持ってシアに教えを乞うている。
このままでは事件そっちのけで妙なことを始めそうだ。
「もうここにいた精霊から話を聞けばいいんじゃないかな」
「ちょっ、ご主人さま、そういうのは興醒めってもんですよ!」
「そうよ、邪道よ!」
え、なんで怒られるの……。
ってかこの二人はもうダメだな。
「みんなはどう思う?」
そろそろお開きにしませんか、という思いを込めて尋ねてみる。
しかし――
「せっかくだからもうちょっと考えるニャ」
何が『せっかく』なのかまったくわからないが、リビラはやる気。
「そうですね、このままではなんだか負けた気分になります」
「だよなー。諦めたあとでしょうもない真相が明らかになったりしたら腹立たしいもんなー」
サリスとシャンセルも諦めてはいないようだ。
「私としてはケーキはどうでもいいのですが、ご主人様に執事になってもらいたい。それだけです」
「あたいもだ」
歯に衣着せぬ――、いや、どちらかと言えばノーガード戦法のような気がするのがリオとティアウルである。
こうなるとヴィルジオとシャフリーンも続行だろう。
「んじゃ、もうちょっとみんなで考えてみるか」
どうしてケーキは消えたのか?
誰かが持ち去ったにしても、ほとんどの者はアレサによって身の潔白を証明されたし、残る面々もケーキを持ち去るようなことをする人物ではなく、またそんな度胸のある奴らもいない。
「何者かが屋敷に侵入している――、とは考えられないか?」
みんなでぐだぐだ話し合いを続けていたところ、ふと、ヴィルジオが真面目な顔をして言った。
精霊に守られたこの屋敷に侵入することは可能か?
結論から言えば可能だ。
ただし害意が無ければ――、である。
「となると、悪いことするつもりはないけどうちに侵入して、もう腹ペコで仕方なくてついケーキ食べちゃうようなのが犯人というわけか」
『…………』
俺の言葉に皆は沈黙する。
きっと脳裏に同じ人物を思い浮かべているのだろう。
他意は無い。
ただミーネみたいだな、と思っただけだ。
「なんだかみんなが失礼なことを考えているような気がするわ」
「いやいや、そんなことはないさ。あ、プリンどうぞ」
「いただくわ」
ミーネは詫びプリンを受け取ると、魔法のような早食いで消し去った。
なんだろう、ミーネがうっかり誤ってケーキをぺろりしちゃったというのが真相として一番しっくりくるような気がする。
でも犯人じゃないんだよなー……、まったくもって不思議だ。
ひとまず何者かが屋敷に侵入したと仮定して、ちょっと異変が無いか手分けして調べてみることになる。
すると――
「ケーキをまるごと食べちゃうような腹ペコならきっと台所に痕跡を残しているはずよ!」
ミーネはそう言って台所へ突撃していった。
俺たちはそれを見送り、何事もなかったかのように話を再開。
だが――
「みんな! 来て!」
台所でミーネが呼ぶ。
これで行かないとぷりぷりしながら戻って来るのは明らかであったため、仕方なく皆で向かったところミーネは床にしゃがみ込んでいた。
「見て! 怪しい粉があるわ!」
床に少しばかり散らばっている白い粉。
まあ調味料なのだろうが……、確かにこぼしたままになっているというのはおかしいか? みんな毎日ちゃんと掃除しているし、そもそもこぼしたらすぐに片付けるはずだ。
そんなことを考えていたところ――
「ちょんちょん――、ぺろっと」
ミーネがその白い粉を指につけ、躊躇無く舌先にぺろりした。
「これは……、砂糖!」
ミーネは大げさに驚いて見せ、さらに床の砂糖を指につけてはぺろりぺろりする。
「おいそこのお嬢さま! やめなさいって! 食べ物を粗末にしないその心意気は認めるけどさすがにそれはどうかと思うから!」
もう食い意地とかそういうのを超越している。
お願いするようにしてやめさせたところ、ミーネはすくっと立ち上がって首を振る。
「犯人の手がかりにはならなかったようね……。でも大丈夫、事件はこの私が解決するわ! お爺さまの名にかけて!」
いや、バートランの爺さんもこんなチンケな事件に名を出されても困るだろ。
つか畑違いだ。
「シアさんや、ミーネに変なこと教えないでもらえませんかね? あとぺろぺろはお前の役目でしょ」
「いやー、さすがにそれはちょっと……」




