第778話 15歳(夏)…ケーキはどこへ消えた?(1/4)
念のために申し上げておきますと、これはミステリーではありません。
いつものしょうもないファンタジーでございます。
ケーキまるごと、ワンホール。
切り分けると六人前。
それは腹ペコのミーネならぺろっと食べちゃうくらいの大きさである。
今日のおやつはそんなまるごとケーキが三つ、これを切り分けてみんなで食べることになっていた。
やがておやつの時間となり、屋敷にいる面々が食堂に集まってくる。
不在なのは仕事に出掛けた父さん母さん、シャロ、ティアナ校長の四名と、お昼寝中だったセレス、付きっきりを禁止されているのでおやつよりもアリベルくんとの触れ合いを優先したレスカである。
「ケーキが一つ消えた?」
「ええ、なんか無くなったみたいです」
用意してあったケーキ三つのうち、一つが行方不明。
異変――と騒ぎ立てるほどの事ではない。ただあるはずの物が消えている不可解さに「はて?」と首を傾げる程度の出来事である。
ともかく無いものは仕方ない。残った二つのケーキを、今ここに居ない面子のぶんも考慮して切り分ける。
一人当たりのケーキがずいぶんと小さくなってしまうのも仕方のないことだ。
『…………』
食べるぶんが減った、と皆はちょっとだけ不機嫌になっている。
ここはおやつを辞退して、皆のぶんが少しでも大きくなるよう配慮すべきだったかと考えていたところ、ふと、シアが静かに語りだした。
「みなさん、今日の楽しみだったケーキが小振りになっちゃったことはとても悲しいことです。わたし思うんですけど、ここはこのケーキに付加価値をつけて満足感を増やすというのはどうでしょうか? 具体的に言うと、ご主人さまに『あーん』してもらうというのは」
『――ッ!?』
さっとシアを見るお嬢さん方。
なんか『それだ!』って顔してますね。
「ねえねえ、私もう食べちゃったんだけど。自前のハンバーグでもいいかしら?」
ミーネの前に置かれたケーキはすでに魔法のように消え去り、残ったお皿には丸々としたハンバーグが鎮座していた。
「……いいのではないでしょうか」
ここでダメと言ってごねられるのも面倒くさいと思ったのだろう、シアはミーネのハンバーグを認めると、皆の顔を見回して言う。
「ではでは、提案者特権ということでまずはわたしからご主人さまに『あーん』してもらうことにします。その間にどうぞ皆さんは順番を決めてくださいな」
そう言うと、シアはケーキを持って胡散臭い優雅さで俺のところへやってくる。
「シアさんや、俺まだ承諾してないんだけど……」
「またまたー、あれを見てもまだそんなこと言えますか?」
シアが顎で示すようにした先には、俺に『あーん』を望む面子が「せっ、せっ」と真剣な顔でジャンケンをしていた。
参加者はミーネ、アレサ、コルフィー、サリス、ティアウル、リビラ、シャンセル、ジェミナ、リオ、シャフリーン、そしてシオンだ。
シオンは絶対面白がっての参加だろう。
一方で、クロアが不参加なのはちょっと残念だ。
昔はよく『あーん』してあげたもの。それを思えば俺は『あーん』のスペシャリストと言っても過言ではないかもしれない。
そしてそのほか、不参加なのは険しい表情で悩んでいるヴィルジオ、それから興味なさげなリィに、微笑んで皆を見守るデヴァス、あとアエリスはパイシェに絡んでいるからそっとしておこう。
「さあさあご主人さま、バッチコイですよ!」
むん、意気込むシア。
表情を硬くして……、いや、口が閉じっぱなしなんですけど。
「シアさんや、意気込むのはいいんですけど、口を開けてもらわないことには食べさせることもできないんですよね。あ、もしかして『あーん』て言わなきゃダメなの? じゃあ、はい、あーんして」
「ちょ、ちょっと待ってください! これ思いのほか照れるんで、今『あーん』に対しての心構えをしているところですから!」
「ただ口開けるだけでしょ!?」
いざとなって照れるならどうして言いだした。
お前が照れてると俺も照れるでしょ……!
「ほれ、さっさとしろ。ちゃっちゃと行くぞ」
「そんな流れ作業でなくて、心を込めて食べさせてください!」
ちょっと待てとか心を込めろとか、人を巻き込んでおいて注文の多い奴め。
しかしまあ、ここは覚悟を決めねばならんな。
「なるほど、それはつまり『あーん』のスペシャリストである俺に全力を尽くせというわけだな?」
「いつの間にスペシャリストになったんですか……。ちょっと恐いので普通でお願いします、普通で。……ちなみに『全力』がどんな感じなのか、参考までに教えてほしいです」
「うん? えっとな、こう、お前を膝の上に横座りさせてだな、左腕で背中を支えながら、右手でケーキを運んでみようかと」
「ちょっと人類には早すぎますね」
「マジで?」
「マジです。それはいずれ、ということでお願いします」
「いずれか」
「いずれです」
それからやっと覚悟が決まったのか、ふるふるしながら口を開けるシアにせっせとケーキを食べさせてやり、その後は決まった順番通り参加者に『あーん』を続けていく。
最初こそ照れたものの、やはり数をこなしていれば慣れてくるもので、そのうち俺は親鳥って大変なんだな、と感じ入るようになった。
その一方、満足したヒナ、まだ順番待ちをしているヒナたちは、ケーキがどこへいってしまったのかを話し合っていた。
「ケーキが載っていたお皿だけ残っていたんですよね?」
「ん。お皿だけ」
サリスの問いにジェミナが答える。
庭園で今日の精霊合体して交友を深めていたジェミナは、おやつのために一時合体を解除して少し早めに食堂を訪れた。その時すでにケーキは二つになっていたようだ。
「ジェミナさんが来たのが三時ちょっと前で、私が用意しておいたのが二時過ぎだったので、その間にケーキはどこかへ行ってしまったわけですか」
「まるまる一つ……、さすがにつまみ食いには量が多すぎニャ」
「わ、私は食べてないわよ!」
そう声を上げたのは順番待ちの間にハンバーグを食べてしまって今はコロッケを皿に乗せているミーネである。
ワンホールつまみ食いが可能なのは自分くらいのものという自覚があるためだろうか。
「ミーにゃんを疑ってるわけじゃないニャ。そもそもミーにゃん自分で色々持ってるからつまみ食いする必要がないニャ」
以前とは違い、あれこれ自炊するようになったミーネはつまみ食いをしなくなった。それはつまり、自炊を始めていなければ今もつまみ食いは続いていたということでもある。
「じゃあどういうこと?」
「ケーキが自分でどこかへ行くわけがないニャ」
「うん? でも前にお肉とか魚とか野菜が――」
「そういう特殊な例を引き合いに出されても困るニャ。今は普通のケーキの話ニャ」
「それってさー、つまり誰かがこそっと隠した。もしくは隠し持ってるって言いたいわけか?」
「そうニャー」
シャンセルの確認にリビラは頷いて返す。
そうか、魔導袋持ちだから隠しておくことは可能か。
「そんなしょうもないことするか?」
「んなこと言われても、無くなってるんだからそう考えるのが自然というものニャ」
「んー……」
シャンセルはなんだか納得いかないような感じだ。
するとそこで、シアが妙に元気な声で言う。
「これは事件ですね!」
「事件!?」
即座に反応したのはミーネである。
この楽しめそうな事に対してのレスポンスの速さは、驚嘆すべきなのだろうか、それとも諦念すべきなのだろうか。
いや、今俺が集中すべきは「んあー」と大口開けてるティアウルにせっせとケーキを運んでやることだ。
「そう、事件なわけですよ。となると……」
「なると?」
「これはもう探偵の出番なわけです!」
「探偵!」
そうか……、なるほど。
シアは探偵ごっこを『計画』していたのか。
だがそういうのは、みんなが楽しみにしていたケーキを隠してまでやるべきではない。
「シアさんや、ほら、そろそろケーキを出しなさい。今なら怒らないから」
「なにいきなりわたしを犯人あつかいしてるんです!?」
「え? だって探偵ごっこを思いついて、きっかけ作りとしてケーキを隠したんじゃないの?」
「そんな小狡いことはしません!」
くわっ、と威嚇されたので、俺はそっとアレサを見る。
苦笑いされた。
うむ、どうやら冤罪であったらしい。
「まったくもう、失礼しちゃいます! わたしの心はひどく傷つけられてしまいましたよ! これはもう賠償ですね!」
「はあ、賠償ねえ……、具体的には?」
「夕食のときも『あーん』してもらいます! でもただ『あーん』するだけじゃありませんよ! ご主人さまはわたし専属の執事として、イスに座るところから甲斐甲斐しくお世話してもらいます! こう、イスを引いて『お嬢さま、どうぞおかけになってください』みたいなことを言ってくれないと駄目ですからね!」
ちょっと賠償が過剰ではないだろうか?
そう思ったとき、アレサがにっこり微笑んで言う。
「もうシアさんが盗んだということでいいと思います」
「アレサさん!? 冤罪の幇助とか! 聖女として守らないといけない一線ってものがあると思うんですけど!」
「そんなの知りません」
ぷいっ、とアレサがそっぽを向く。
アレサのおかげですぐに容疑が晴れたのに、お礼も言わないうちから俺への要望を盛り盛りにして自分だけ楽しもうとしたのが怒りを買ったようだ。
さらには少なからず皆のヘイトも稼いでいたようで、みんなは『シア……』と残念そうな目をシアに向ける。
まあノリである。
シアはしばらく『ケーキをワンホール食べちゃった姫』として皆にからかわれる運命なのだ。
「いやいや、ちょっとみなさん!? じゃ、じゃあこうしましょう! ケーキを誰が盗んでいったのか、それを明らかにした人がご主人さまを専属執事にして至れり尽くせりしてもらうってことで!」
「みなさん、シアさんは犯人ではありませんよ」
すぐに言ったのは、厳かな表情でうんむと頷くアレサであった。
「シアさんは本当に良い提案をしました。私はその案に賛成です。さて、今ここには屋敷にいるほとんどの方が集まっています。これはもう私にとって犯人を見つけたも同然ということです」
「――ッ!?」
ハッとするシア。
「謀りましたね!」
「いえ、私はなにも謀ったりはいたしておりません。すべては神のお導き、日頃の行いの良い私へのご褒美なのでしょう」
アレサもしれっと面の皮の厚いことを言うようになったなぁ……。
「では皆さん、正直にお答えください。ケーキを盗みましたか?」
盗ってなーい、と皆は口々に答える。
これにアレサは目をぱちくり。
「……あれ?」
この反応、どうやらこの中に犯人はいなかったようだ。




