第79話 9歳(春)…恐いお姉さん1
ギルド通いを続けていたある日、おれは何も聞かされないまま別室へと案内された。
通されたのはギルド支店長室。
入室するとそこにはバートランとエドベッカ、そして部屋正面の立派な机に腰掛け足を組んでいる女性が一人。
すごく美人だがすごく威圧感がある。
悪巧みとか得意そうで、逆らう者には容赦なさそうなイメージを勝手に抱いた。
悪の秘密結社の女幹部とかそんな役どころが似合いそうだ。
少し気がひけているようなバートランとエドベッカの態度からして、かなりの権力者と推測した。
おそらくは冒険者ギルドの。
なにしろここはギルドだし、もし大貴族のような貴族的権力者であればこんなふうにバートランが萎縮するようなことになってないだろう、というのがそう判断した理由だった。
総ギルド長とかそういう人なのだろうか。
ふむ、ひさしぶりに〈炯眼〉さんの出番かな。
でりゃーっ!
《ロールシャッハ》
【称号】〈シャーロットの使い魔〉
「――ッ!?」
ちょっと予想をこえる称号がでてびびった。
そしてそんなおれを見て、その女性――ロールシャッハがにやりと笑う。
え? 気づかれた?
「二人は外で待て」
ロールシャッハが言うと、バートランとエドベッカはちょっと逡巡したのち、すごすごと退室していく。
恐いのでおれもふたりの後を追うように退出しようとした。
「こらこら。君は行くな」
逃げられなかった!
「何もとって食おうというわけじゃない。そんなに恐がるな。大人しく私が尋ねることに答えていれば何も恐いことはない。わかるな?」
わかんねえよ! もうすでに恐いんだよ!
「ではまず最初は……、そうだな、今、何を見た?」
「……え、何をと聞かれましても、あなたを見たとしか。どこか見覚えがあったような気がしたもので……」
と言うのは嘘ではない。
どこか見覚えがあるというか、既視感があるというか――
「それは大門正面広間にあるシャーロット様の像だろう。この姿はシャーロット様の若かりし頃の姿を借りているものだからな」
「はあ!?」
いきなり暴露してきたことに愕然とする。
シャロ様のお姿だと!?
「私に興味が湧いたかね? まあ質問を受けつけてもいいが……、まず君が正直に答えるようになってからだな」
ちょっとどういうことか問いただしたいが……、どうしたものか。
両親にすら話していない〈炯眼〉のことを、会ったばかりの人に言うのは躊躇われる。
称号からしてシャロ様の関係者なのは間違いないのだが、それでもおいそれと言えるものではない。
使い魔――、シャロ様に仕えていたなにかということなのだろう。姿を借りているということは、本来の姿は別にある。姿を変えられる存在なのか? だからロールシャッハなんて名前なのだろうか?
「ふむ、なかなか強情だな。もしかしてあれか、神々の神になにか制約をかけられているとか、そういう話かね?」
神々の神……?
暇神のことか?
「ふむふむ、そうか。やはり君はシャーロット様と同じものか」
そして勝手に納得するロールシャッハ。
なんでわかるのよ。
心を読めるのか?
「ちなみに私は心を読んでいるんじゃなくて、君の表情を読んでいる。さっき君は私の……ステータスとでも言えばいいのか? まあそんなものを読み取っていたのだろう? シャーロット様もそんな能力を持っていた。急に視線が私に定まったからな、すぐわかった。懐かしくてつい笑ってしまったが、そのとき君はすこし驚いた表情をしたな。顔にだしてはせっかくの能力がだいなしだぞ? もっと慎重に使うように心がけたまえ」
なんかここに立っていて質問をぶつけられるだけで丸裸にされそうな勢いだ。
もう正直に喋ってしまった方がいいような気もしてくるが、信用しても大丈夫という保証がなにもない。
信頼するほどのなにかが――
「しかし君も大変だな。記憶を残すために不本意な名前をつけられたのだろう?」
信用することにした。
「ええまったくそうなんですよホントになんでこんな名前をつけやがったのかあのアホ神まあマシな名前にするって話をちょっとでも信用したのがまちがいだったんですけどね!」
「お、おお? ……急に喋りだしたな。そうか、腹に据えかねていたのか。シャーロット様も名前を呼ぶと激怒していたな。本当に激怒していたな……」
ロールシャッハがちょっと遠い目をする。懐かしんでいるというより恐い目にあったことを思いだしているような感じだった。
「ぼくがシャーロット様と同じだとどうして考えたんです?」
「バートランとエドベッカがシャーロット様の再来だとか騒いでいるので、詳しく話を聞いたらすぐにわかったよ。ああ、同じものだと。でたらめな奴だと」
「でたらめですか……、身の程をわきまえて、ひかえめに活動してるんですけど」
「シャーロット様に比べたら、だな。とは言え決定的だったのはやはり名前を毛嫌いしているということ、そして――」
とロールシャッハは苦笑する。
「本気で導名を目指していること」
「あ」
そりゃそうだ。
シャロ様の関係者なら、冒険の書の収入を蹴ってまでその普及を急ぐという選択の意味――どれだけ本気で導名を得ようとしているかがよくわかるはずだ。
「ふむ、ところで君は導名についてどこまでわかっている?」
「えっとですね――」
と、おれは今現在の仮説をロールシャッハに話して聞かせる。
省略するならそれは『多くの人々に影響を与える』と『自分の名前を広める』である。
ロールシャッハは何度もうなずいていたが、話を聞き終えるとしかめっ面で顎に手をやった。
「なんだ、とくに教えることはないじゃないか。そう、導名を得るためにはそれでいい。影響、そして名声だ。シャーロット様はこの名声に躓いた。なにしろ名乗りたくないわけだからな」
やっぱりか……、シャロ様……。
「神からヒントをもらったとは言え、よく気づいたな」
「気づいたときは心労で寝込みましたけどね」
「そ、そうか。君も大変だな……」
ロールシャッハが気の毒そうな顔をする。
シャロ様を知っているだけに、これからのおれの心労も何となく想像できたのだろう。
「さて、君の警戒も解けたようだし、もう一度尋ねようか。君はさっき何を見たんだ?」
「えっと、見ることが出来たのはあなたのロールシャッハという名前とシャーロットの使い魔という称号だけです。親しくなれば情報は増えますが、基本は名前と称号だけなんです」
「それはまたずいぶんと中途半端な話だな。ロールシャッハというのは偽名だぞ? 称号はまあ正確だとは思うが……、どうしてそんな能力なんだ?」
「人捜しを頼まれたんです。とある称号がついてる奴を捜すっていう」
「神々の神に頼まれたのか?」
「ええ、まあ」
「そうか、ではそれについては尋ねない方がいいだろうな。しかしそういう話ならば、その称号は間違いないものなのだろう。そうか、私の称号はシャーロット様の使い魔か」
ロールシャッハは苦笑するが、どこか嬉しそうな表情でもあった。
「あの、こう尋ねるのは失礼なのかもしれませんが、あなたは何なんですか?」
「ん? 私は精霊だよ。生まれはイギリスの片田舎。見習い魔法使いの女の子の使い魔になったと思ったら、なんやかんやでこの有様だ」
「あ、シャーロット様の出身はやっぱりイギリスだったんですね」
「そうだ。……気づいていたのか?」
「そこは魔導言語からなんとなく」
「ああなるほど。それもそうだ。……いや、アメリカもあるぞ?」
「アメリカならベーコンとバーベキューが普及してると思ったので」
「その判断はどうなんだ?」
ロールシャッハが困惑顔で首をひねった。
「まあ確かに、シャーロット様は食文化については手を加えようとしなかったからな。料理がからっきしということもあるが、当時は料理以前に、食料が求められる時代だったし……」
それを聞いて、おれはえらく失礼な思い違いをしていることにようやく気づいた。
当時の食事は舌を満足させるためのものではなく、美味しい不味いは二の次、まずは腹を満たすためのものだったのだ。
シャロ様がイギリス人だから食文化が発達しなかったとか、これはちょっと失礼すぎる。
うん、これは黙っとこ。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/19




